白の皇国物語

白沢戌亥

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第四章:万世流転編

第十五話「八洲の園」 その三

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 坂東、秦白国三ツ木城。
 東方の覇者とも言われる鈴月の本城は、幾重にも連なる堀と石垣による総構えだった。外周三里といえばこの時期の同国では最大のものであり、それは鈴月の権勢を示すこれ以上ない証拠でもあった。
 その様を本丸天守から眺めている男が居る。
 鈴月像秀。鈴月家八代目の当主であり、この城の主だ。
 あらゆるものが太く、大きな造形の体躯をこの頃のイズモ諸侯の正装であった詰め襟の軍装で包み、背後に何人かの近侍を従えている。
「瀬川の小倅はぁ、何というとる」
 語尾を上げ、伸ばす独特の訛りは、この地方でごく一般的なものだ。ただ、上流の家になるほど宮城周辺の標準訛りを話すようになるため、これほどの大身でありながら訛りの強い言葉で話すことは珍しかった。
「すでに幾度か使者が参っておりますが、いずれも心配ご無用と」
「そうかぁ、ならば良い」
 鈴月に対して、執政たる瀬川から疑義を問い質す手紙や使者が来ていることは、像秀に得も言われぬ優越感を与えてくれた。
 中央は自分たちを恐れているのだ。
 恐れているからこそ、決して軍を発することもない。
 鈴月家臣団にはそういった空気が蔓延しており、当主像秀もそれは同じであった。
「何、そう遠くない時期に世は動き出す。それまで我々は力を蓄えておればよい」
「はい、然れども、港に停泊している東夷の船に怯える民もおります。連中は大陸にこそ敬っておりますが、この地には傍若無人に振る舞います故」
 近侍は家臣団のうち、特に商家との繋がりが強い者たちから港の一部を占有するウォーリムの商船団を規制してほしいという意見が出ていることを知っている。
 しかし、今の鈴月にとってそれらの海外勢力との交易は家を支える大事な収入源である。像秀も積極的な動きを見せようとはしなかった。
「多少は仕方なかぞ。しかし、民草が被害を受けたならぁ、遠慮せずに捕縛せい」
「はい」
 しかし、像秀も東夷貿易以前に自国内の領民あってこその鈴月であるということは理解していた。
 ウォーリムの者たちはあくまでも協力者であって主君ではない。
 いくら彼らが鈴月に多くの利益をもたらしているのだとしても、その対価以上の施しなどするつもりはなかった。
「して、山の方はどうなっておるか」
 像秀は視線を西へと向けた。
 その先では、彼が雇った多くの山師が山地を探索している。鈴月をこの地の主とするための大義が、あの山のどこかに眠っているはずだった。
「これといって大きな知らせはございませぬ」
 近侍の言葉に、像秀は落胆こそしたものの、怒りなどは湧かなかった。
 何千、何万も昔のことであり、周辺の地形などは大きく変化している。たとえその頃を直に知る者たちの言葉であったとしても、容易に探し出すことなど無理な話である。
 しかし、その範囲が大きく絞り込まれていることも事実だ。そう遠くない未来に目的のものを探し当てることができるだろう。
「だがぁ、手に入れてもいないものを当てにするほど儂は耄碌しておらんし、宸襟を乱すことも望んでおらん。ただ、鈴月が鈴月でいられればそれで良い」
「は」
 近侍は像秀の内心をほぼ正確に読み取っていた。
 鈴月にとっての敵は、大陸勢力と通じて宮城を支配する瀬川であり、天子そのものではない。天子がこれまでと同じように八洲を照らし、海軍とともにその四方の海を守っていける環境を作り出すことが目的だった。
「風が冷えてきた。戻るぞ」
 像秀は山の影に落ちていく太陽を眺め、そう告げた。
(卯尾離無の者たちが何を考えようと、儂がこの地を裏切ることはない。亜国の王とて天子様の義弟には違いない。恨むは瀬川のみよ)
 この当時の鈴月の敵意の先は瀬川のみだった。
 自国の政治に介入しているはずの同盟国〈アルトデステニア〉に対してさえ、彼はこれといった敵意を抱いている様子を見せなかったのである。
 天子の縁戚であるならば仕方がない、という理由もあっただろうが、何よりも西に敵を持つことの危険性を彼ほど理解していた者はいなかった。
 東夷と呼んで蔑んではいるものの、ウォーリム教国という国が八洲の国力を大きく上回る大国であり、その西進の意図を妨げているのが自国の海軍戦力であることに疑いの余地はない。
 国家同士に信頼はない。しかし互いに利用価値があるならば、それは疑似的な信頼関係ともなる。
 そして〈アルトデステニア〉は国家間の約定を違えたことがない。それが例え自国にとって大きな損失を伴うものであったとしても、国家として結んだ約束を覆すことはないのだ。
 ならば、像秀が警戒すべきは侵略の意図を見せるウォーリムと、彼ら鈴月を東の蛮族と呼ぶ瀬川以外にない。
(この国が覇者である必要はない。ただ、天子様がおり、民が安寧を得られるならばそれ以上は望むまい)
 八洲諸侯としての彼の限界は、あくまでも世界を自国とその周辺国とする視点でしか見ることができなかったことだろう。
 彼にとっての世界は天子の座する八洲を中心としたものであって、それ以上でもそれ以下でもなかった。
 だからこそ、彼は他国の悪意を正確に理解することができなかった。
 彼らはこと満足を得る、という点で恵まれていたのだ。
 ヒトの欲望は計り知れない。その果てを自覚できることはこの上ない幸福なのである。
(倅の気性からすれば、この軋むような世は耐え難いことであろうな)
 像秀は嫡子興秀の長閑な気性を気に入っていた。
 治世であれば間違いなく名君になれるであろうが、八洲は長きに亘る戦乱の小休止の中にいるだけである。
 瀬川が世に号令するようになり、一応の平穏は訪れた。だが、それはあくまでも〈帝〉の意向によるものだ。
 どこかで火の手が上がれば、再びこの地は戦乱に包まれることになる。
 そうなったとき、彼の息子では鈴月を維持できない。
(摂生に務めねばなるまいな)
 彼は息子に安寧の世を托すつもりだった。
 どんな形でも構わない。ただ、この地が然るべき形で安定を得られるのであれば、それ以上は望まない。
「ままならぬものよ」
「は?」
 天守の階段を降りながら呟いた像秀の言葉に、近侍のひとりが反応する。
 像秀は頭を振り、ただ黙って家族の居る屋敷に戻っていった。
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