417 / 526
第四章:万世流転編
第十七話「友情の価値」 その四
しおりを挟む自宅に戻ると、珍しくクラウディアが夕食を作って待っていた。
いつもならば研究室と化している自室に籠もっているのが常であり、自分の夕食は自分で用意するというのが当たり前になっていた。
「珍しいな」
「アリアさんから美味しそうなお肉が届いてねぇ。早く食べたいのにあなた宛だったから……」
「俺宛の荷物をいち早く食べたいがために夕食を作った、と」
自分の欲望のためには一切の苦労を厭わない妻に、イノーウィックは嘆息する。
しかしその点さえも魅力に感じてしまう辺り、惚れた弱みというのは恐ろしい。
「うん、ほら」
そう言って厨房から出てきたクラウディアが指し示したのは、部屋の片隅に置かれた紋章入りの木箱。中には使い捨て空間凍結魔法が籠められた魔導珠が残されており、イノーウィックが持ち上げると一般に使用されるような木箱とは材質からして違うことが分かった。
高級家具もかくやと思われる手触り、釘を用いずに組み上げる構造、しっかりと押された紋章の焼き印。
(こ、これだから上流階級は……!)
友人の心遣いが重い。否、自分たちが軽すぎるために相対的に重く感じてしまうだけなのかもしれないが、どちらにせよ自分たちとは価値観が違いすぎる。
(いや、違うな。アリア殿下がこんな木箱までいちいち指定する訳がない)
おそらく品物だけを指定して贈るよう命じただけだ。
イノーウィックはそっと木箱を床に戻そうとして、木箱の中に残された紙片に気付いた。
「ん?」
一折りのそれを開くと、そこに記されていた文章にイノーウィックの意識は一瞬遠のいた。
「ご、ごりょ……!?」
「あなた? どうしたの?」
わなわなと肩を震わせる夫の様子に気付いたクラウディアが、その肩越しに紙片に目を落とす。それは送付明細書であった。
「ふぅん、御料牧場のお肉詰め合わせだったのねぇ、そりゃ美味しそうな訳だわ」
間違いなく美味だろう。
皇国の皇城晩餐会などで供される料理は市井の名店のそれに勝るとも劣らず、晩餐会が開かれるたびに料理雑誌がその特集を組むほどだ。
宮中料理人を引退した者が店を開くことも多いが、大抵繁盛店になっている。
「――これって収賄にならないよな?」
ふと思い付いたことだが、自分でも以外と的を射ているように思えた。
世の中には思わぬことが犯罪になってしまうことがある。
「さあ? でも隣国のお妃様から貰ったものを賄賂扱いする度胸のある人、あなたの同僚の中に居るの?」
「居ないことはない。取り敢えず俺のことが大嫌いで罵倒できれば幸せって奴もいるし」
そう思い、何人かの顔を思い浮かべる。
いつも自分が壇上で喋っている間中野次を飛ばしてくる連中だ。
(くそ、今目の前に居たら八つ当たりしそうだ)
それが理のないことだと分かっていても、おそらく自分は本能を抑えきれないだろう。それだけにこの贈り物の衝撃は大きかった。
「あら? 何か隅に小さく書いてあるわよ」
「ああ?」
イノーウィックは明細書の片隅にある文章を読む。
「『これらの品物は市場に一切流通しておらず、当牧場は所有主たる皇王陛下の意向により、これの財的価値を一切認めない』……うん、これなら多分収賄にはならない」
大きく息を吐いて緊張を解くイノーウィック。
世の中には隣の家から野菜を貰っただけで収賄であると詰られることもあるというが、そこに財的価値がなければ収賄は成立しない。
流通せず、またその予定もないものに市場的価値は付与されないのである。むしろ御料牧場から取れたものである故に、それはより確固たるものになる。他に比較するべきものが存在しないのだから当然だ。
「御料牧場にしか居ない品種の牛さんとか豚さんのお肉だって。あ、銀竜の卵も入ってたよ。あと竜の肉とか珍しい果物とか」
再び意識が遠のくイノーウィックだが、辛うじてそれを繋ぎ止めた。
「――お返しどうしようか」
「贈賄とか言われないの?」
にやにやと嫌な笑みを浮かべるクラウディアに、イノーウィックは拗ねたように言った。
「見返りのない贈り物は贈賄じゃないんだよ。子ども向けの絵本でも見繕っておいてくれ。これを贈賄だと抜かす奴が居たら嘲笑ってやる」
くく、と些か暗い笑みを浮かべながら、イノーウィックは着替えをするべく寝室に消えていく。
クラウディアは夫の『いつも通り』の様子に肩を竦めながら、最後の仕上げのために厨房に入っていった。
ちなみにふたりは、木箱に入っていた竜の肉が海溝竜と呼ばれる希少種のものであり、珍しい果物がイズモで『神桃』と呼ばれていることにまったく気付かなかった。その方が幸せであったのは、間違いない。
1
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
娼館で元夫と再会しました
無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。
しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。
連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。
「シーク様…」
どうして貴方がここに?
元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!
私が死んで満足ですか?
マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。
ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。
全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。
書籍化にともない本編を引き下げいたしました
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
魔王を倒した手柄を横取りされたけど、俺を処刑するのは無理じゃないかな
七辻ゆゆ
ファンタジー
「では罪人よ。おまえはあくまで自分が勇者であり、魔王を倒したと言うのだな?」
「そうそう」
茶番にも飽きてきた。処刑できるというのなら、ぜひやってみてほしい。
無理だと思うけど。
最難関ダンジョンをクリアした成功報酬は勇者パーティーの裏切りでした
新緑あらた
ファンタジー
最難関であるS級ダンジョン最深部の隠し部屋。金銀財宝を前に告げられた言葉は労いでも喜びでもなく、解雇通告だった。
「もうオマエはいらん」
勇者アレクサンダー、癒し手エリーゼ、赤魔道士フェルノに、自身の黒髪黒目を忌避しないことから期待していた俺は大きなショックを受ける。
ヤツらは俺の外見を受け入れていたわけじゃない。ただ仲間と思っていなかっただけ、眼中になかっただけなのだ。
転生者は曾祖父だけどチートは隔世遺伝した「俺」にも受け継がれています。
勇者達は大富豪スタートで貧民窟の住人がゴールです(笑)
もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
【一話完結】断罪が予定されている卒業パーティーに欠席したら、みんな死んでしまいました
ツカノ
ファンタジー
とある国の王太子が、卒業パーティーの日に最愛のスワロー・アーチェリー男爵令嬢を虐げた婚約者のロビン・クック公爵令嬢を断罪し婚約破棄をしようとしたが、何故か公爵令嬢は現れない。これでは断罪どころか婚約破棄ができないと王太子が焦り始めた時、招かれざる客が現れる。そして、招かれざる客の登場により、彼らの運命は転がる石のように急転直下し、恐怖が始まったのだった。さて彼らの運命は、如何。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。