白の皇国物語

白沢戌亥

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第四章:万世流転編

第十九話「貴族の誇り」 その一

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 皇都の下町といえば、軍事都市らしく画一化された街の中で一際異彩を放つ雑然とした街並みで知られていた。
 皇都の都市部面積の一割強のこの場所に、都市人口の六割が居住していると言われている。だが、市民登録をしていない者も暮らしているため、その数はさらに膨れ上がると言われていた。
 そんな場所を仕立ての良い服を着た一組の男女が歩いていれば、どうしても目立つ。近所の悪童たちはふたりの様子を隠れて窺い、遊びの延長として女の尻を撫で上げた。
「うきゃあっ!?」
 飛び上がるようにして驚いた女は、自分の横を駆け抜けていく子どもたちをきっと睨み付ける。その視線の先で、悪童たちは手を叩き合って喜んでいた。
「よっし!」
「やったねあーちゃん!」
「やーい! 悔しければ掛かってこーい!!」
 両手で尻を押さえて頬を染める女と、囃し立てる子どもたち。
「こ、この……!」
「こらあんたたち! また夕ご飯抜かれたいのかい!?」
 子どもたちを追い掛けようとする女だが、それよりも早く怒声が飛ぶ。
 それは悪童たちの背後から現れた巨人族の女性のものだった。
「フェローズんところの坊主! あんた前も警邏の女の子泣かしてただろ! お父さんが屯所まで謝りに行ったんだからね!」
 褐色の髪を引っ詰めにした女性は、手にしていた布団叩きを振りかぶって悪童たちを追い掛け始める。
 ぎゃあぎゃあと悲鳴を上げながら逃げ惑う悪童の姿に、女はぽかんとした表情を浮かべていた。
「まぁ、躾はあの人に任せるとしましょう」
「は、はい……」
 男のそんな言葉に、女は恥ずかしげに顔を伏せて頷く。
 気配が多すぎる下町では、彼女の武人としての警戒は穴が空きっぱなしであった。
「あのレクト様、あまり遠くまで出歩くのは……」
「大丈夫です。ここなら地下鉄路で皇城まですぐですから」
 男――レクティファールがそう言って示した先には、地下鉄路の駅を示す標識が出ていた。下町とはいえ皇都である、都市機能としては他の地区と何ら変わりはない。
「というかマリカーシェル、こんなところまで付いてこなくても良かったのに……」
 時折こんこんと石畳を叩き、その地下にある地区防壁を調べながら歩くレクティファールに、マリカーシェルは至極真面目な顔で言う。
「あなたをひとりでどこかに放り出すことの愚かさは知っているつもりです。またどこかで問題を引き起こして、事後処理に当たる関係各所から陳情書が山の如く送られてくるのは目に見えてるんですから」
 曲技団から逃げ出した地竜を捕まえたり、引ったくり犯を追いかけ回したり、時々市井の女性や子供と仲良くなったりと、レクティファールの行動は多くの人々に影響を与えている。
 ただ、街に出掛けることを諫めるほど大きな問題を起こしたことはなく、護衛の監視から逃れるようなこともないので、誰もレクティファールを止められずにいた。
「私、そんなに問題児ですかねぇ。至極真面目に仕事してるつもりなんですが」
「真面目に仕事をしている人が、わたしをここまで連れてくる訳がありません。お、お尻触られたのはへ……あなたのせいですからね!」
「確かにそれは申し訳ありませんでしたが……」
「い、い、か、ら! 早く行きましょう!」
 マリカーシェルに手を引かれ、レクティファールは半ば引き摺られるようにして歩く。服こそ目立っていたが、そのやりとりは下町の人々に好意的に受け止められ、ふたりは人々の暖かい視線を浴びながら進んでいくのだった。

                            ◇ ◇ ◇

 皇都の各地に建設された公園は、有事の際に様々な用途に使用される目的で整備された。
 噴水はその基部に消火用水栓が埋め込まれていたし、記念碑のように見える時計塔はその高さが伸長するようになっており、都市結界の端子となる高純度魔導結晶が頂点に埋め込まれている基点結晶塔だった。
 木々に囲まれた防災用の倉庫は強固な作りで、中には地下の避難用通路への直通斜路があった。
 自宅近くであれば避難するべき場所や順路は良く理解している。しかし皇都の人々は、幼少の頃から外出先でそれらの事態に遭遇した場合、近くにある基点結晶塔を目指せと教えられている。その近くには必ず避難用通路への入り口が存在するからだ。
「ここは第三城壁がよく見えますねぇ」
 公園の奥、下町を一望する展望台で、レクティファールは手で庇をを作って街並みを眺めていた。
 最も内側の城壁から数えて三つ目の城壁。その城壁の上を走っている陸軍訓練兵の姿が、彼らのいる展望台からはよく見えた。
「あぁ、懐かしいですね。あれって士官学校でもやるんですよ。皇都の地形を憶える一環なんですが、一日一周を十日間続けるんです」
 マリカーシェルがどこか遠い目をしているのは、当時の辛い訓練を思い出しているからだろうか。
「第三城壁は確か、一周五〇キロくらいでしたか。確かに訓練にはちょうど良い長さかも知れませんね」
「ええ、基礎訓練が終わった三年次ですから走れないことはないんです。訓練甲冑も着けますし、ただ、夏の一番暑い時期にやるので……ごふっ」
 何か込み上げるものがあったのか、マリカーシェルが顔を青ざめさせて両手で口を押さえ、蹲る。
 士官学校以外にも歩兵学校や砲兵学校、工兵学校などの生徒は同じ項目の訓練を受ける。そして揃って、もう二度とやりたくないと答えるのだ。
「ふふふ……精霊さんを初めて見たのはあのときでした……中年のおじさんの顔をした精霊でしたけどね……」
「それって精霊だったんですかねぇ……」
 レクティファールは冷や汗を浮かべながら、マリカーシェルの背中をさする。
 もしやあそこで走っている訓練兵たちも、すでに精霊を追い掛けているのかもしれない――そんなことを思いながら、レクティファールはやらずに済んで良かったと心の底から安堵していた。
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