白の皇国物語

白沢戌亥

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第四章:万世流転編

第二一話「浅間のルコ」 その二

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「真子様の近侍任務って美味しいよね」
 リィラ・フォン・ビルバッハ侍女伍長は、隣に座っているミオ・ランザト侍女伍長のそんな呟きに表示窓から顔を上げた。
 ふたりは真子の寝室の隣にある近侍室。そこで夜警任務に当たっている。
「美味しい?」
 リィラは首を傾げるが、ミオは自分の考えに自信を持っているのか、どこか得意気に頷く。
「だってほら、真子様って差し入れいっぱいくれるし、他の皇妃様と違っていきなり喧嘩始めないし、すぐどっかにいなくならないし、何より陛下が優しいから恥ずかしくない」
「え、最後の何」
 指折り数えて真子の側に侍ることがどれだけ良いかと並べ立てていたミオ。しかしリィラは最後の一言に思わず突っ込みを入れてしまった。
 その突っ込みを予想していたのか、ミオがにやりと笑ってリィラの顔を眺める。
 そしてその顔のまま、リィラの耳元で囁いた。
「何って……ナニ」
 そのままリィラの肩に手を載せ、さらに太ももにてを這わせるミオ。
「――訊いたあたしが莫迦だった」
 リィラはそう吐き捨ててミオを振り払う。どうにもこうにも、リィラはこの同僚のこうした態度が苦手だった。
 後輩たちに手を出そうとして上官たちに小言を言われ、それでもめげることなく己の道を進み、調子に乗った挙げ句にマティリエを自分と同じ道に引き摺りこもうとしてマリカーシェルに叱責されたこともあった。その後もあまり態度は改まることがなく、最終的にはレクティファールにちょっかいを掛けて返り討ちに遭ったらしい。
 らしいというのは、あくまでリィラは人伝にその話を聞いたからだ。
 女性ばかり集まっているために噂が誇張されているのだとは思うが、ほぼ確実な情報として竣工したばかりの地下施設にレクティファールを誘い、半日後に救援を求める通信を送って保護されたらしい。
 そこで何が起きたかは、その場にいたと思われるレクティファール、そして皇妃オリガと本人だけが知っており、マリカーシェルたちですらことの真相は知らないらしい。
 ただそれ以来――
「また陛下呼ぶよ」
「えっ!? い、いやぁ、それは陛下に申し訳ないし……あ、不味い、思い出しそう、ちょっと待って……!」
 こうしてレクティファールの名前を出すとミオは大人しくなる。
 レクティファールの名前が出た瞬間、顔を真っ赤に染めてぶわっと額に汗を浮かべ、視線が定まらなくなって体温と脈拍が急激に上昇するのである。
 この姿を見せられれば、何が起きたのかと訊ねる気もなくなる。例外的にリリシアとメリエラがひーとか、きゃーとか言いながら頑張って事情聴取をしたことがあったが、それが果たしてふたりの糧になったかどうかは誰にも分からない。
「せっかく乙女騎士団に入ったんだから、青春楽しもうとしただけなんです……本当なんです、だからやめてください、それはちょっとむりです、ごめんなさい、ゆるしてください、しんじゃいます、しんじゃいます、しんじゃうぅ……」
 目から光が失われ、何ごとかをぶつぶつと呟き始めたミオに、リィラは九割呆れ、一割憐憫という割合の眼差しを向ける。
 一応、真子には手を出していないため真子付き侍女の役職を解かれる気配はないが、そのうち何か大きな問題を起こしてしまいそうな予感もある。
(うん、まあ、先輩たちに較べれば可愛いものだけどね)
 同僚乙女騎士を誑かす騎士というのはいつの時代も一定数いるようで、今の騎士団にもそうした乙女騎士はいた。中には大佐という肩書きを与えられた人物もいるのだから、なんとも業の深い組織だと思う。
「あひん」
 変な鳴き声を最後に、ミオの瞳に力が戻る。
 彼女はきょろきょろと周囲を見回して自分のいる場所と一緒に居る人物を確認すると、大きく息を吐いて脱力した。
「――良かった」
「良くないわよ。仕事中にどこに行ってたの」
「ちょ、ちょっと自分の現界の向こう側に……」
 あはは、と乾いた笑いを浮かべるミオの眦に光るものを見付け、リィラはそれ以上の追求をやめた。騎士の情けである。
「そのまま寝たりしないでよ。交代までまだ二時間もあるんだから」
 文句を言いながら、リィラは手元の操作卓の上で指を踊らせる。
 今回の夜警の報告書を書いているのだ。報告書は一時間ごとに皇妃の様子などを記載する書式になっている。
 彼女たちの働きから察するとおり、皇妃たちは日頃から乙女騎士たちに健康状態を監視されている。
 眠っている間は呼吸や脈拍、思考波なども観測されて様々な健康管理に用いられるのだ。
 もちろん、この監視と調査は皇妃とレクティファールが一緒に居る日も行われ、場合によっては報告書が発禁処分水準の小説と化すこともある。また、それぞれの皇妃付き侍女隊がマリカーシェルをどれだけ赤面させることができるか競っていたりもする。
 世の中には乙女騎士出身の女流作家が何人かいるが、その写実的描写が非常に高く評価されている。なお、リィラも何冊か持っていた。
「あと二時間もしたら、殿下起きちゃうと思うんだけど」
 ミオはそう言って近侍室の壁に掛けられた機械時計を見る。
 現在時刻は午前四時である。
 真子の朝は早く、だいたい五時には起床するため、交代よりも朝の支度の手伝いの方が早い。
「お付き部隊が全部同じ時間で当番回してるんだからしょうがないでしょうに。それに、朝弱い皇妃様なんて居ないし」
「陛下と一緒の方を除いてね。――あ、不味いまた思い出しそう」
 頭を抱えて唸り声を上げ、蘇る記憶を再び眠りに就かせようとしているミオに冷たい視線を向け、続いてリィラは報告書に各健康情報を写そうと表示窓に目を向けた。
 そして、彼女は首を傾げる。
「あれ?」
 映し出される真子の精神波形が、徐々に小さくなっている。
 いつもならこの時間になると、少しずつ意識が覚醒して精神波形の振れ幅が大きくなるのだ。
 だが、今の真子の精神はそれとは全く逆の動きを見せている。
「故障……じゃないわよね」
 リィラは険しい表情を浮かべ、忙しなく操作卓を叩く。
「何、何かあった?」
 その様子に気付いたのか、ミオが身を乗り出して表示窓を覗き込んできた。
「脈拍、呼吸も落ちてきてる……不味いじゃんこれ!」
 そう叫ぶミオを横目に、リィラは夜警時の異常事態基準を満たすために必要な情報を総て集めていく。他の騎士ならば精神波形を見ただけで全体非常呼集を掛けることもあるだろうが、リィラは可能な限り情報を集めてからその結論を導き出した。
「観測魔法、機器に異常なし! 夜警規則二十一条を適用! ミオ、緊急呼集!!」
 ミオに向かって非常呼集を宣言するリィラ。
「了解! 護衛中隊真子皇妃近侍小隊伍長ミオ・ランザト! いっきまーす!!」
 こちらも規則通りの宣言を行い、操作卓の片隅に埋め込まれていた保護硝子付きの釦に拳を叩き付ける。
 その瞬間、後宮の居住区画以外に音を伴わない警報が発せられた。
 それが、この騒動の幕開けになった。
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