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第四章:万世流転編
第二六話「嫁奪り」 その四
しおりを挟む炎に包まれながら森へと落下していく一艘の天翔戦船を避けるように、幾柱もの八洲神族が上昇している。
彼らは険しい表情を浮かべながら得物を何度も確かめ、その感触でほんの僅かに冷静さを取り戻した。
《彼らの目的は分かっている。こちらもカシマたちの根拠地に使者を飛ばした。彼らが姫を手放すかどうかは不明だが、我々としては彼らの真正面から敵対するつもりはない》
頭の中に直接声を飛ばしているのは、上から六番目という何とも微妙な位置にいる第一世代の神だ。彼は一部の第一世代神が統制を受け付けずに好き勝手に暴れ回る中、第二世代以降の神々を何とか纏めようと苦心していた。
しかし、八洲の神は自分たちを生み出した上位世代の意思に逆らうことが非常に困難である。八洲の神々は親と呼べる自分を生み出した神に従うかたちで統制を保っているのであり、現界の国々のように明確な政治体制を運営している訳ではなかった。
もっとも、これは他の神族も大差はない。彼らは古き時代の氏族制度を未だに続けているのだ。皇国の場合はその氏族の上に皇王が位置するため、皇国における氏族は政治組織ではなく単なる地域の同種族の寄り合いか、土着領主の一族を示す単語でしかなかった。
皇国の神族だけが何故そのような形に落ち着いたのか。それは皇国の神域側が、名のある神族でさえ近寄ることのできないほどに過酷な環境で、現界の神族が神域からの干渉を受けずにいられたという理由もあっただろう。
そういう意味で言えば、皇国という国は大多数の神族にとって未知の国だった。大抵の神は皇国のある場所を『龍の国』と呼び、いずれは手に入れたい地と考えている。その地を手に入れるということはこの積層世界の命運を握ることと同義であり、世界の管理者としてこの上ない栄誉となるからだ。
《かつて我々は敗北した。彼らはヒトの意識に世界を委ねることを由とせず、ヒトとしての我々は完膚なきまでに叩きのめされ、追い出された》
八洲神群は元々、八洲列島に加えて現在の皇国皇都周辺と、南洋の大部分を支配していた。彼らの祖である第一神――唯一絶対の管理者であったために個別名称を持たず、零落したために名前が必要となり、オノゴロと称された――は、惑星環境を再生する中で四界からの源素流入を調整するという比較的重要な仕事を任されていた。
しかし、彼はその権限を自ら補佐を務めていた子どもたちに分散して委譲しようとし、それに反対する龍との間に戦いが起き、結局はそれに敗北することになる。
所詮彼らは広域環境管理のための文官型完全自立知性体であって、戦闘はあくまで余技でしかない。
生来の戦闘型である龍や現界での機能強化を図った巨神たちに対抗できるほどの力は持っていなかったのである。
《カシマたちは父の考えを理解していない。父が四界の主たちへ管理権限を返還したのも、姉上が封じられたのも、我らの志が潰えたからではない》
言葉を聞きながらさらに上昇すると、雲に隠れた上空に〈天照〉の姿が見える。
空を征く鋼鉄の船が閃光を撃ち、百雷を降らせるその様は、さながら八洲神群に伝わる第一文明初期の最終戦争のようだ。
最初の次元間戦争となったその戦いは神々にとっての神話であり、現界の人々はその存在さえ知らない。だが、今目の前で行われている途方もない力と力のぶつかり合いを見ると、当時の記録は残っていないのではなく、意図的に残されなかったのかもしれないと思えた。
(あんなものが何千隻と轡を並べるというのだ。世界も潰えるだろう)
最終戦争では主戦場となったひとつの次元が急速に寿命を費やし、移民たちが逃げる間もなく消滅したという。
第一次文明側が叛乱世界に対して実験中だった次元干渉兵器を用いたという説もあり、第一次文明が最終戦争のあと、衝突しようとしていたふたつの次元を崩壊させずに融合させたというのが論拠だった。次元崩壊の過程を何らかの形で知悉していなければ、そのようなことはできない。
(そう簡単に世界が崩壊するとも思えないが……)
ある程度安定した世界しか知らない彼らは、世界というものが安定していると思い込む。しかし世界統合の時代を知っている者たちは、自分たちがいる世界が恐ろしく危うい均衡の上に成り立っていると理解していた。
だからこそ、これまで神々同士が直接争うことはなかった。
争ったところで得られるものはなく、それどころか世界を崩壊させかねないと恐れていた。その代わりに現界の人々を煽動し、自らの力を強めようとした。
惑星と龍脈が直接破壊されない限り、惑星環境などいくらでも回復させることができる――神々はそう考えているのだった。
しかし、時代は変わろうとしている。
《諸君らに期待することは地の同胞たちの足を止めること。決して戦う必要はない。ただひたすらに足止めに努めて欲しい》
そう言われ、彼らは空を見る。
「――島ひとつをどうやって押し留めろっていうんだ」
同じ隊の誰かが呟いたその一言は、彼ら全員の本心だった。
そして、その島からぽろぽろと何かがこぼれ落ちているのが見えた。
最初、彼らはそれを味方の攻撃によって剥離した装甲板の残骸だと思った。だが、すぐにそれが自分たちと同じか、それ以上の純粋熱量を内包した存在だと気付く。
「揚陸された……!?」
その悲鳴に答えるように、こぼれ落ちた豆粒のひとつが彼らに向けて空を駆ける。
巨大な剣を構えた仮面の女が、満面の笑みで降ってくる。
「――ぃぃぃぃいいいいいいいいはああああああああああああああぁぁぁっ!!」
彼女は心底嬉しそうだった。
それに対する神族は、身体の奥底から湧き上がる天敵への恐怖に顔を引き攣らせ、悲鳴を上げた。
「いぃぃぃやぁあああああああああ!! 何か来たぁああああああああああぁぁっ!?」
「ヤバい! あれヤバい! 何がヤバいって見ただけでヤバい!!」
「総員散開! 誰かが囮になれば他は逃げられる!!」
「くそったれ!!」
四方八方へと飛び散る八洲神たち。
女はその中から一番強そうな個体を本能的に選び出し、空中に展開した力場を蹴って追い掛け始めた。
「あいつの寄越す魔道具は毎度素晴らしいな! 譲渡ではなく貸借なのが不満だが」
「ならば今すぐわたしと戦いますか?」
女の背後に、些か扇情的な戦装束の娘が現れる。
ほぼ同年代の彼女たちは同じように空中を走りながら言葉を交わし、ついでに〈天照〉に近寄る八洲神たちを追い回す。
「やめておく。貴様の神槍とやらは些か痛そうだ」
「実質名ばかりの神具ですので、ヒトにとっても痛うございます」
槍の穂先から霆を放ち、娘は淡々と八洲神を地上へ叩き落とす。
「やはりな。しかし貴様は、どうにも余と同じ匂いがするなぁ」
女は大剣を振るって斬撃を飛ばし、逃亡を図る神の首を切り飛ばした。神は首を飛ばした程度で消滅することはない。ただ、顕現体の損傷を修復するには多くの時間が必要となり、少なくともこの戦いに参加することはできなくなる。
「――似たような者など、どこの世界にもいるものです」
「なるほど、ヒトの業とはどこも同じか」
呆れたように、しかし同時に誇らしげに漏らし、女は大剣を肩に担ぐ。
次の獲物を探して首を巡らせ、自分たちに向かって近付いてくる大部隊を認めた。
「多いな。それに逃げない」
「戦いを生業とする神もおりましょう」
娘の言葉通り、〈天照〉に近付きつつある集団は、八洲神群の中でも戦闘系の神々が集まった氏族だった。
彼らは旺盛な士気を維持したまま、戦域へと突入しようとしていた。
その先頭に立つ者は、この戦いの元凶とも言うべき存在の兄だった。
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