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第五章:因果去来編
第一話「神の贄」その一
しおりを挟む〈ハルワント王国〉陸軍第一装甲騎兵師団の第一装甲大隊といえば、小国が割拠するミュネージ亜大陸では名の知れた装甲打撃大隊だった。
その装甲打撃部隊は今、密林の中に掘った穴の中に“戦車”を隠し、敵を待ち構えていた。
「はー……はー……」
車内の誰かが大きく息をしている。
敵の熱探知を避けるために空調を切ったため、金属の塊である戦車の中の温度は上がり続けている。
いくら擬装用の枝葉で覆われているとはいえ、外気温は四〇度近いのだ。直射日光がなくとも車内の気温はぐんぐん上昇する。
「前方哨戒部隊から通信、こちらに向けて移動している自動人形部隊を確認。数は――」
耳元の車内通信機から聞こえてくる通信士の声に車内の誰もが耳を澄ませる。
敵が自動人形であることは分かりきっている。問題は、ここに至るまでにどの程度の戦力が削り取れたかだ。
彼らがいるのは首都の目と鼻の先、装甲戦力を展開できる場所としてはもっとも後方だ。彼らの首都は一〇〇〇年以上前の街並みであり、戦車が展開できるような幅の道もなければ、その重量に耐えられるような橋もない。
無理やり街中に入ることはできるだろうが、彼らが崇める神のいる神殿の前庭に、戦うための道具を持ち込むことはできなかった。
「――数、八〇」
「くそったれ!!」
通信士の告げた言葉に、車長が喚く。
「航空隊の連中はなにをやっていたんだ! 連中の頭の上に水瓶の水でも撒いてやったのか!!」
車長の気持ちは理解できる。
本来ならばここに至るまでに多くの自軍陣地が存在し、彼らによって敵戦力は大きく減らされているはずだった。
海軍が先の海戦で大敗し、敵の上陸を防げなかったことは仕方がない。元々海上戦力に大きな差がありすぎた。しかし海軍はそれでも、敵の陸戦力を運んでいるはずの輸送船団に何度も攻撃を仕掛け、それなりの数の損害を敵に与えている。
並みの国家であるならばそれだけで戦いを取り止めるような損害を出してなお、今彼らが戦おうとしている連中はまったく退く気配を見せない。
自分たちが沈めた戦力など、最初から織り込み済みの損害だったのだろうか。それとも相手も無理を押してここまできたのだろうか。
できれば後者であってほしいと思いながら、彼は自分の仕事である砲の発射のために意識を集中した。
「――――」
照準鏡から覗いた外の世界は、平和そのものに見える。
しかし一〇メイテルほど離れた両隣の戦車壕には、同じように砲塔だけを出した僚車がいるだろう。その遥か前方には地雷原があり、地雷原と戦車陣地の間には歩兵たちが、敵が近づいてくるのを待ち構えている。
戦争だ。
この上なく、自分たちが想像していた通りの戦争だ。
楽天的な自分が抱いていた、圧倒的勝利と故郷への凱旋などという妄想ではない。臆病で冷静な自分が、実際にはこうなるだろうと想像していた最悪の方の戦争だ。
圧倒的な国力差を持つ相手に、首都の目前まで攻め込まれ、勝ち目のない戦いを強いられるという戦争。いや、戦争というにはあまりにも自分たちが弱い。
これは虐殺だ。屠殺だ。
自分たちが乗っているのが戦車という、主力兵器の系統樹から追い出された棺桶であることがその証拠である。
自分たちの国は、自動人形を運用するほどの金を持っていなかった。一応、二〇年ほど前に一度、研究のために購入したことはあったが、しかし結局のところ、自国で運用するにはあまりにも予算が掛かりすぎるということで取り止めとなった。
自分たちが殊更貧しい国家だと思ったことはこれまでなかった。
周辺の国も似たようなものであったし、むしろ戦車とは言え纏まった数を運用できる自分たちは地域の盟主的国家であるとさえ思った。
だが、それは所詮、この亜大陸の中での話。
海を越えた向こうには、千の自動人形をこともなげに使っている国がある。
もっと多いかもしれない。
一〇〇輌に満たない戦車を運用するだけで予算不足に陥るような国とは、地力が違うのだろう。彼らと戦うという選択をした国王を、彼は少しだけ恨んだ。
「敵、地雷原に入ります」
通信士が告げた次の瞬間、前方で盛大に爆発が起きる。
歩兵たちが泥だらけになって設置した地雷群は幾重もの爆炎を咲かせ、彼らに僅かな希望を与えた。
用いたのは対戦車地雷。今彼らが乗っている〈アルヒャー〉戦車を一発で破壊できるほどの珠石を詰め込んである。例え相手が自動人形であったとしても、歩行不能に追い込むことができるとされていた。
ゆえに、彼らは爆発が止んだあとに聞こえてきた地響きに色を失った。
「……っ!」
彼はこのときはじめて、自分が砲手であることを後悔した。
照準鏡の向こう、地雷の煙の奥で巨大な影が蠢いている。
その影の後ろには同じ大きさの影があり、ずっと奥まで同じように影が連なっているのだろうと彼に想像させた。
「砲手! 敵は見えるか!」
車長の怒鳴り声がする。
見えているとも、見えているんだ。自分たちを殺そうとする巨大な悪鬼の影が。
「敵、以前健在」
「数は! どれだけ減らせた!?」
本気で減らせたと思っていたのか、それとも自分の戦意を保つためにそう思い込むしかなかったのか。
彼は車長に同情した。
こんな場所で自分たちのような兵隊を率いるのは苦痛だろう。
本当なら首都にある自分の家に行って、家族を連れて逃げたいはずだ。
そんな欲求に耐えて自分たちと死ぬことを選んでくれた上官に答えるには辛い。辛いが、言わないわけにはいかない。
「敵に、目立った損害なし」
煙の向こうから、“奴ら”の法衣とそっくりの追加装甲を纏った自動人形が現れる。
同時に、後方の砲兵陣地から砲弾が飛来し、敵に次々と命中した。だが、砲弾は敵の装甲に阻まれ、まるで効果がない。
それどころか、彼らは戦車を一撃で叩き潰す鎚鉾を錫杖のように掲げながら、こちらの攻撃をまったく意に介さず前進してくる。
「ウォーリムのクズ坊主どもめ! 砲手、撃て!」
「了解、発射」
車長の命令に従い、彼らは予定よりも早く砲撃を開始した。
もっと引き付けてから撃つべきではないかと心の片隅で冷静な自分が言っている。
その自分に、彼は言い聞かせる。
「――どうせ、接射したって抜けやしないんだ」
引き金を握ると、彼の意識そのものともいえる砲弾が砲身から飛び出した。
魂が引っ張られるような錯覚が、一瞬だけあり、次の一瞬には、彼が放った砲弾は少しだけ大きな光と共に敵自動人形に弾かれた。
「はっ」
防御障壁を使わせただけマシか――彼はそう思うことにした。
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