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第五章:因果去来編
第四話「人形狂想曲」その三
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彼女は海の底にいた。
彼女が守るべき存在はとうの昔に死に絶え、その骸はこの海に住まう生命たちによって分解された。
或いは、それは幸せな最後だったかもしれない。
故郷を追われ、宇宙都市などの人工環境しか知らなかった彼らが、自然の一部に還ることなど、本来は考えられなかっただろう。
『――――』
海溝深く、光も届かない場所。
何もない。彼女を虐げる者も、彼女を敬う者も。
だから、彼女は眠り続ける筈だった。
『――目標を発見した。やっとだ。やっとオヤジに顔向けができる』
幾星霜ぶりに彼女の顔を照らし出したのは、本来の彼女に較べれば小さな小さな金属の塊だった。
それは人がひとりようやく乗り込める程度の大きさで、外装の継ぎ接ぎの隙間から小さな気泡が昇っているのが見える。
水を伝って金属の軋みが響くと、その気泡が一段と大きくなった。
『まずい。補修部分から浸水だ』
金属の塊が焦ったように身動ぎし、その下部から鋼索の付いた三角錐の何かを落とした。
『浮標の設置完了。一旦上げてくれ』
声が終わると、金属の塊は気泡とともにゆっくりと上昇していく。
光が遠ざかり、再び周囲は暗闇に包まれた。
静けさが訪れ、彼女は再び眠った。
◇ ◇ ◇
「なるほど、なるほど……」
「アキツシマさんはお外の国の方ですか?」
周囲を生け垣に囲まれた庭園で、マティリエと真子、そして突然現れた機械の身体を持つ女性が言葉を交わしている。
「この国と国交がない共同体の出身でありますので、外の産まれなのは間違いありませんね」
「どんな国だったのですか?」
マティリエは目を輝かせて『アキツシマ』に続きを強請る。
取り敢えず名前がないと色々困るという皇国の官僚たちの泣き言もあり、レクティファールが名前を尋ねたところ、彼女が答えたのがこの名前だった。
他にも製造番号や艦籍番号なども列挙されたが、一番穏当に名前として通用しそうなこの一語に決定した。
「そうですね。この世界でいえば、みんなお船の中で暮らしていました」
「まあ、そんなに大きな船があるのですか? お兄様のお船よりも大きいのかしら?」
「もっとも大きな循環型コロニーで月の半分程度でしたから、船の中に海や山、街があったのです」
「わぁ……」
マティリエが空を見上げると、そこには四つの月が浮かんでいた。
アキツシマが知る月よりも歪な形をした衛星だが、それでも月は月である。ある意味では彼女を作った人々が心の底から見たかった風景だった。
宇宙への移民となった人々は、当初惑星改造技術をもっとも重要なものと考え、研究に研究を重ねた。
しかし世代を重ねるごとにすでに自分たちが住んでいる閉鎖型居住船をよりよい環境にすることに注力し始め、最終的には外部から最低限の資源を取り込むだけで、地球と変わらない環境を作り出せる巨大居住宇宙船へと居を移した。
「アキツシマさんは、そこにいつお帰りになるのですか? お時間があるなら、八洲織りの小袖をお贈りしたいのですけれど……」
「帰還命令は出ていないので、帰還時期についてはお答えできません」
「そうなのです?」
マティリエが首を傾げると、それに合わせるようにアキツシマも首を傾げた。
「はい。まことに不思議なことですが、本国と通信が一切途絶しておりますので、出港時に登録された命令がそのまま継続しているのであります」
アキツシマは心底不思議に思っていた。
不安もなければ恐怖もないが、本国はどうしてしまったのだろうかという疑問だけはあった。
彼女、或いは彼女の本体に搭載されている空間観測器では、どう足掻いても銀河連邦の領宙域を見通すことはできない。なにせ、次元の壁の向こう側にあるのだ。
超次元航法を持たない彼女に、通信手段も帰還の術もなかった。
「じゃあ、ご連絡があるまでしばらくご一緒できますね」
「はい。そのようになるかと」
「わあい! じゃあもっとお話聞かせてください!」
「了解しました。では、艦内ネットワークにあった『腹がよじれる話まとめ』でも……」
アキツシマの話を興味深そうに聞くふたりの皇妃と、その周囲に隠れ潜む乙女騎士たち、彼女たちは皇城で繰り広げられているみっともない義理の兄弟喧嘩など知らないまま、比較的穏やかな時間を過ごすのだった。
彼女が守るべき存在はとうの昔に死に絶え、その骸はこの海に住まう生命たちによって分解された。
或いは、それは幸せな最後だったかもしれない。
故郷を追われ、宇宙都市などの人工環境しか知らなかった彼らが、自然の一部に還ることなど、本来は考えられなかっただろう。
『――――』
海溝深く、光も届かない場所。
何もない。彼女を虐げる者も、彼女を敬う者も。
だから、彼女は眠り続ける筈だった。
『――目標を発見した。やっとだ。やっとオヤジに顔向けができる』
幾星霜ぶりに彼女の顔を照らし出したのは、本来の彼女に較べれば小さな小さな金属の塊だった。
それは人がひとりようやく乗り込める程度の大きさで、外装の継ぎ接ぎの隙間から小さな気泡が昇っているのが見える。
水を伝って金属の軋みが響くと、その気泡が一段と大きくなった。
『まずい。補修部分から浸水だ』
金属の塊が焦ったように身動ぎし、その下部から鋼索の付いた三角錐の何かを落とした。
『浮標の設置完了。一旦上げてくれ』
声が終わると、金属の塊は気泡とともにゆっくりと上昇していく。
光が遠ざかり、再び周囲は暗闇に包まれた。
静けさが訪れ、彼女は再び眠った。
◇ ◇ ◇
「なるほど、なるほど……」
「アキツシマさんはお外の国の方ですか?」
周囲を生け垣に囲まれた庭園で、マティリエと真子、そして突然現れた機械の身体を持つ女性が言葉を交わしている。
「この国と国交がない共同体の出身でありますので、外の産まれなのは間違いありませんね」
「どんな国だったのですか?」
マティリエは目を輝かせて『アキツシマ』に続きを強請る。
取り敢えず名前がないと色々困るという皇国の官僚たちの泣き言もあり、レクティファールが名前を尋ねたところ、彼女が答えたのがこの名前だった。
他にも製造番号や艦籍番号なども列挙されたが、一番穏当に名前として通用しそうなこの一語に決定した。
「そうですね。この世界でいえば、みんなお船の中で暮らしていました」
「まあ、そんなに大きな船があるのですか? お兄様のお船よりも大きいのかしら?」
「もっとも大きな循環型コロニーで月の半分程度でしたから、船の中に海や山、街があったのです」
「わぁ……」
マティリエが空を見上げると、そこには四つの月が浮かんでいた。
アキツシマが知る月よりも歪な形をした衛星だが、それでも月は月である。ある意味では彼女を作った人々が心の底から見たかった風景だった。
宇宙への移民となった人々は、当初惑星改造技術をもっとも重要なものと考え、研究に研究を重ねた。
しかし世代を重ねるごとにすでに自分たちが住んでいる閉鎖型居住船をよりよい環境にすることに注力し始め、最終的には外部から最低限の資源を取り込むだけで、地球と変わらない環境を作り出せる巨大居住宇宙船へと居を移した。
「アキツシマさんは、そこにいつお帰りになるのですか? お時間があるなら、八洲織りの小袖をお贈りしたいのですけれど……」
「帰還命令は出ていないので、帰還時期についてはお答えできません」
「そうなのです?」
マティリエが首を傾げると、それに合わせるようにアキツシマも首を傾げた。
「はい。まことに不思議なことですが、本国と通信が一切途絶しておりますので、出港時に登録された命令がそのまま継続しているのであります」
アキツシマは心底不思議に思っていた。
不安もなければ恐怖もないが、本国はどうしてしまったのだろうかという疑問だけはあった。
彼女、或いは彼女の本体に搭載されている空間観測器では、どう足掻いても銀河連邦の領宙域を見通すことはできない。なにせ、次元の壁の向こう側にあるのだ。
超次元航法を持たない彼女に、通信手段も帰還の術もなかった。
「じゃあ、ご連絡があるまでしばらくご一緒できますね」
「はい。そのようになるかと」
「わあい! じゃあもっとお話聞かせてください!」
「了解しました。では、艦内ネットワークにあった『腹がよじれる話まとめ』でも……」
アキツシマの話を興味深そうに聞くふたりの皇妃と、その周囲に隠れ潜む乙女騎士たち、彼女たちは皇城で繰り広げられているみっともない義理の兄弟喧嘩など知らないまま、比較的穏やかな時間を過ごすのだった。
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