白の皇国物語

白沢戌亥

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13巻

13-2

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「では、思考を直接人形に送り込む方法なら?」
黎明期れいめいきに存在した傀儡くぐつ人形の操作方法ですね? 術者の技量に左右されることが多かったため、結局は機械による操作方式に淘汰とうたされてしまったという……」

 ヘスティも、自動人形の始まりについては多くの研究資料を読みあさったものだ。祖父の書斎には、そういった資料も多く揃っており、弟とともに絵本代わりに読んだ。

「あれは魔導師の使い魔と同じようなものでしたから、自動人形の操作方法としてはあまり適していなかったのでしょう。ただ、人形と一体化するという点は、〝かげ〟型の操縦方式に似ているかもしれません」
「わたしも最初に新型の話を聞いたとき、同じことを思いました。人形がヒトに近付いているのか、それともヒトが人形に近付いているのか。そう悩んだこともありました」
「研究者の立場から言わせてもらえるなら、わたしたちはただひたすらに〈装甲機兵パンツァール・アイアトス〉を目指しているに過ぎません。ですが、それを目指していくと、あるいはヒトへも近付くのかもしれません。人工搭載とうさいした自動人形というのも、ここ十年ほどで現実味を持ちはじめましたし……」

 すべての自動人形の雛形ひながたである〈装甲機兵パンツァール・アイアトス〉。
 操縦者と同化し、強大な力を振るう神の模造品。それを目指し、様々な国家や集団が叡智えいちを求めた。
 研究の集大成として自動人形が生まれ、その自動人形は神ではなくヒトに近付いている。

「いずれ、ヒトと同じ心を持つ自動人形が生まれるかもしれません。そうなったとき、わたしたちは果たして彼らの造物主足り得るかどうか」

 ヘスティは、特機研が祖父の代から研究し続けている人工知性の存在を思い浮かべた。
 今は機人族きじんぞくなどがおこなっている各種兵器の動作補助をになう、ヒトと同じ思考を持った人工の知性体の研究。人的資源のとぼしい皇国が悲願とするその研究は、ようやくいくつかの実験体を構成するまでに至った。研究の根幹を占めているのは、精神情報生命体である神々の生態だ。ヒトは神々を模倣もほうし、新たな神々を創ろうとしているのかもしれない。

「造物主……わたしにはどうしても、否定的な印象しかありませんね」

 イレスティアがわずかにほおゆがめる。
 苦笑だった。
 作られた存在である自分たち機人族と同じような境遇の存在は、これからも生まれ続けるだろう。
 そう考えても、苦笑を浮かべるだけで心が平静を保っていられるのは、この国がそれらの生命体さえ、生まれが違うだけの同胞だと結論付けると予想しているからか。

「ずっと未来では、物質の身体を持つヒトと、情報の身体を持つヒトが、兄弟姉妹として生きているかも……」

 ヘスティは自分の言ったことを想像し、口元に手を当てて笑った。
 そういった存在はこれまでにもいた。それどころか、今現在の皇国には神族とそれ以外の種族の兄弟というのもめずらしくない。

「そんな存在が当たり前になれば、わたしたち機人族もようやく本当の意味でヒトになれる」
「本当の意味、ですか?」

 ヘスティには、イレスティアの言葉の意味が理解できなかった。
 機人族はヒトである。これは皇国での常識であり、そこに疑いを挟む者はほぼ存在しないと言っていい。
 だが、機人族たちからすれば、自分たちとその他の種族の間に、確かに壁が存在した。

「わたしたち機人族は、基本的に能力を生かせる職業にきます。軍の管制官、官庁や民間の情報管理官などです。わたしたち以上に情報の扱いにけている種族は、おそらく機族や一部の神族ぐらいでしょう」

 そして、種族としての絶対数は機人族が残り二種族をはるかに上回る。
 機人族は皇国にあってなお、生まれのくびきから解き放たれたわけではないのだ。

「この種族に生まれた瞬間、ある程度将来が定められる。最近、そんな現実を変えたいと思うようになりました」

 彼女がそう思いはじめたきっかけは、帝国軍に属していた同族の子どもたちを養育するようになったからだった。
 子どもたちは今皇国の初等学校に通っているが、学校の教師たちは子どもたちがいずれ自らの技能を生かした職業にくものと思い、イレスティアにそれに適した教育を行うかどうかの確認をしてきた。
 自らの技量にあった職にくこと自体は、機人族に限らず、他の種族でも見られることだ。
 潮流を本能的に感じ取ることのできる海洋系水棲すいせい種族であれば、海洋研究者や航海技術者、あるいは海軍軍人。
 翼を持ち、飛行能力を保有する種族であれば、流通業者や通信業者が優先的に求人をおこなっているし、地下の鉱脈を探る能力を持つ岩窟小人ドワーフ地下妖精ロワ・エルフは鉱業商会などに就職することが多かった。
 そういった種族は、もともとそれらの仕事に従事することが多く、中には古来からの伝統として定着している種族もあった。
 だが、彼らは自ら進んでそれらの道を選んだ。自分たちが生きるために、もっとも得意とする生業なりわいを選ぶのは自然なことだからだ。
 一方、機人族などの人形種は、役目を果たすために創られた。まずくべき役目があり、次いで役目に適した能力を与えられ、その後に生み出された。
 それは、人形種たちにとってある種の劣等感となっている。
 存在するから役目があるのではなく、役目があるから存在する。役目がなくなったとき、果たして自分たちの存在に意味はあるのか。
 多くの人形種が皇国で暮らすうちに忘れ、しかしふとした瞬間に思い出す、本能的な他種族への劣等感であった。

「役目ではなく、ただそうありたいと願うには、我々は無知でありすぎる。ですから、我々が知らないことを知るための機会を得たい。――一介いっかいの軍人が語るには大それた話ですが」

 イレスティアは言葉を切り、ヘスティの表情をうかがう。
 同僚たちにも語ったことがない夢を口にしたのは、ヘスティが機人族の未来を変えることのできる立場にいるからだ。
 打算だと言われれば、確かにその通りだろう。しかし、受け止める相手次第で、打算は期待へと姿を変える。

「そんな! 素晴らしいことじゃないですか。わたしがその助けになるというなら、お手伝いさせてください」

 ヘスティは表情を輝かせ、両手をたたいた。
 自動人形の研究は、重要性に反して人々に受け入れられているとは言いがたい。大半の者たちが自動人形を兵器だと認識し、ヘスティたち研究者を〝死の研究者〟だと思っている。
 彼女たちを嫌う者も決して少なくはないのだ。もっとも、自動人形がらみで嫌われるのは、彼女たち研究者だけではないのだが。

「ありがとうございます。博士のようなご高名な方に助けていただけるなら、心強い限りです」
「いえ、そんな……」

 ヘスティは照れたように顔を伏せ、曖昧あいまいな笑みを浮かべた。イレスティアの言葉が心からのものだと分かったからだ。
 いつまで経っても、他人からめられるのは慣れない。ヘスティは心の中でそう思った。

「でも、やはり若くして将軍となられただけあって、広い視野をお持ちなんですね」

 イレスティアは今年で三十六歳になる――ということになっていた。機人族に人としての権利がない帝国出身であるため正確な生年月日がわからず、保護当時の姿格好や知識の習得度合を基準に年齢を当てはめており、最大で二年程度の誤差があると言われていた。
 ただそれでも、イレスティアの年齢で将官になるのは簡単なことではない。
 幼少期から高等教育を受け、入営時にはすでにそれに見合った種々の国家試験に合格している貴族は、軍の昇級基準上、比較的昇進が早いと言われているが、そんな彼らでも将官への昇進は困難なものだった。要求されている知識と経験が、恐ろしいほど深いのである。
 最上位の貴族である四公爵家のひとり、フレデリックでさえ当主就任が決まって予備役に編入されたあと、六年間騎士学校に缶詰かんづめにされてようやく将官になったほどだ。
 部下たちを効率的に消耗しょうもうさせることのできない指揮しきかんなど必要ない――軍の昇進基準の大前提である。

「中将閣下に何度も推薦すいせんしていただいてようやくですから、それほど大したことではありません。むしろ、中将閣下ご自身が何度も昇進をまぬがれている方をどうにかしてもらいたいのですけどね」

 目だけで苦笑するイレスティアに、ヘスティは驚いた。

「え? 確か軍で昇進を断るなんて不可能だと……」

 彼女の属する特機研に始まり、皇立と名の付く組織や皇国政府管轄下の組織において、人事命令に口を出すことは許されていない。
 それはその命令が名分上、皇王の勅命ちょくめいであるからだ。当然のことながら、異動なども含めて命令拒否はありえなかった。
 事前に一年以上の調査期間があり、その間に本人への聞き取りもあるため、問題があればそもそも命令がくだされることはない。たとえ勅命ちょくめいであろうとも、命令が出る前なら断ることはできるのである。
 ただ、昇進に関しては軍の都合が最優先されるため、本人への調査が行われないこともある。
 本人に内示される場合、それはすでに皇王の意向であるとされてしまっていることも多いのだ。こうなると、内示内容が誰かの生命財産に関わるということにでもならない限りくつがえらない。
 そういった事情から、ガラハは事前に情報を掴んでは、昇進の機会をつぶして回っている。
 軍内部での検討段階で、軍の都合に合わせた人物を代わりに推挙するのだ。そうすることで、自分自身の昇進をなかったことにできる。

「ああ……あのうわさってラグダナ閣下のことだったんですね」

 妙に納得したようにうなずくヘスティに、イレスティアは内心羞恥心しゅうちしんうずくのを感じた。
 どの組織でも、かたくなに昇進を拒む者がいる。
 たとえば、空軍にいる皇妃候補メリエラの兄エーリケは、直接摂政レクティファールに手紙を送り、自分の価値を延々と説明し、昇進によってそれがさまたげられると説明している。
 皇王の意向――この場合は摂政の意向が示される前に対処している形だ。
 すぐれた研究者も、昇進することによる研究以外の仕事の増加で、研究の時間が減少し、結果として本来皇国にもたらされるはずの利益が減少する、というむねの陳情書を提出することがある。
 実際にヘスティの祖父はこれをおこなっており、以後は実務がほぼ存在しない名誉職のみを受任することになった。
 なお、これは本人に限った話ではなく、その人物の才能を買っている同じ研究者が陳情書を提出するときもあった。

「わたしの祖父や、今の名誉理事の方も何人かは同じようなことをしていると聞いています。ご苦労なさったんですね……」

 ヘスティは少し遠い目をした。
 代わりに、彼女が様々な肩書きを押し付けられてきたのだ。幸いなことに研究に支障のないものばかりだが、そろそろ自分も弟に押し付ける時期が来たのかもしれないと思う。
 そもそも、この地への出張も、彼女の上にいる主席研究員が自分の研究のために断ったから、彼女にお鉢が回ってきたのである。弟も道づれにしようと試みたが、弟は近場で短期間の出張という荒技でそれをけた。

(あんにゃろー――お土産みやげどく蜥蜴とかげの干物にしてやる!)

 心の内で独語したヘスティは、少し困惑した様子のイレスティアに視線を向けた。
 まさか自分と同じ苦悩を抱えているとは思わなかったらしい。

「どこでも似た悩みがあるものですね……」

 機人族の将軍はなかあきれ気味につぶやいた。自分の上司のような人物が各地に存在していることに戦慄せんりつさえ抱く。
 ただ、それと同じように各地には本業と同じだけ人物間の調整能力にすぐれた人々もいる。そういった人物が組織の責任者や責任ある調整者となり、組織を運営するのだ。
 ガラハの率いる北方国境守備軍ならば、参謀長の少将がその任を負っている。各方面への調整に走り回る参謀長の姿を見てきたイレスティアは、自分にはとても真似まねできないと思っていた。

「ま、まあ、仕事の話はこのあたりで……」

 ヘスティは、これ以上この話題を続けることの危うさを感じ取り、話題の転換を図った。現在の特機研総所長ゴルーツの顔が浮かんできたのだ。
 研究者として特機研に所属していたのに、能力はあるがくせの強い他の研究者たちに上級研究員に推薦すいせんされ、さらに研究所主席研究員、総主席研究員と昇進していき――最終的には、研究所の運営をつかさどる理事になった途端、前任者と名誉理事たちによって総所長に推挙、就任させられた。
 イレスティアの言葉通り、どこにでも加害者と被害者はいるのだ。

「ええ、そうですね。では……」

 ヘスティの内心を察したのか、イレスティアは新しい話を考える。以前までの彼女ならば気付かないか、気付いても何ら考慮することのなかったであろう他人の感情の機微きびだが、今のイレスティアはすぐに対応することができる。
 口調もやわらかくなり、時折見せるほんのわずかな笑みの効果もあって、今では彼女をしたう部下たちも多い。
 部下たちの一部が、イレスティアがたまにやる子どものような仕草に心を射貫かれていることは、北方守備軍の重要な秘密だった。

「ああ、そういえば博士を知っている部下から聞きましたが、もうすぐご結婚なされるそうで、おめでとうございます」
「ふぁっ!?」

 ヘスティは奇声を上げ、持っていた磁碗じわんを受け皿に落としてしまった。
 ほとんど中身が残っていなかったために惨事さんじにはならなかったが、イレスティアは目を見開いて立ち上がろうとする。

「博士! 大丈夫ですか?」
「ええ、ええ、大丈夫です! ちょっと驚いてしまっただけで……!」
「それなら良いのですが……」

 イレスティアは、ヘスティがこうも大きな反応を示すとは思っていなかった。
 自動人形好きで、模型などを集めている部下が以前からヘスティを知っており、自動人形愛好家たちの間で広まっているそのうわさをイレスティアに話したのだ。
 うわさの出所は特機研内部のヘスティに近しいところからだと、イレスティアは推測していた。しかし、その程度の考えを巡らせるだけの余裕さえ、今のヘスティには全く存在しなかった。
 ヘスティは呼び鈴で呼んだ給仕に新しいお茶をれてもらい、給仕が去ったあとはそれを口にしながらちらちらとイレスティアをうかがっている。

(もしや秘密の交際だったのか? なら悪いことをしてしまったな)

 イレスティアはヘスティの反応をそう解釈した。
 うわさで聞くヘスティの相手は、自分と同じ陸軍の軍人であり、あの帝国との戦いにも参加していたと聞き、ならば話の種にちょうど良いと判断したのだが、失敗だったかもしれない。

「大丈夫です。ここでの話は外に漏れるようなことはありませんし、わたしも聞かなかったことにいたしますので……」
「いえ、そういうわけではなくてですね……!!」

 あせったように両手を振るヘスティに、イレスティアは困惑した。
 顔を真っ赤に染めたヘスティを見て、自分は礼を失したことを言ってしまったのかとあせった。
 幼少期から友人というものを持たず、人付き合いも非常に限定された範囲でおこなってきたため、情思じょうしに起因する他人の反応を十全に理解できないのだ。
 ただ、ヘスティが抱いている感情そのものを理解できないわけではなかった。

「あれは上司が勝手に色々やったことで、でもお礼を言っておしまいとか失礼かなって思ってるだけで、手紙ならそんなに迷惑にはならないかなーって」
「は、はぁ……」

 イレスティアは、ばばばと空気を斬り裂いて手を振るヘスティに、適当な相鎚あいづちを打った。下手な反応は被害を拡大させてしまい、ろくなことにならないと思ったからだった。

「でも最近忙しいらしくて、返事の消印がものすごい遠くだったりすることもあって……」
「な、なるほど」
「この前なんて、南洋のどっかなんかすご珊瑚さんごしょう綺麗きれいな島から絵はがきで返事が届いて、でも仕事で来てるから観光とかはできないって言ってて」

 ヘスティの両手も口も止まらない。
 自分が何を言っているのか理解していないのかもしれない。

「弟も最近ひどいんですよ。前に、官舎に戻ったら『出張多くても、研究室にもりきりの姉貴には逆にちょうど良いだろ』って、思い出したら腹立たしい!」
「ほー」

 そこでようやく、イレスティアの表情に気付いたらしいヘスティ。爆発的にほおを染め、風船がしぼむように身体を縮こませた。

「すみません……」

 の鳴くような謝罪の言葉。

「いえ、お気になさらず。誰かを想うのは決して恥ずかしいことではありません」

 一年前の自分が今の自分を見たら、おそらく思考機能に障害が発生したと思うだろう。それほどまでにイレスティアは変わった。
 他人の感情を理解しようと努め、つたない理解からでも相手を気遣うことができるようになった。
 それは間違いなく、イレスティアが兵器としての機人の枠組みから抜け出そうとしている証拠だ。

(そう、許されるならばわたしも……)

 保護した子どもたちの現状を、恩人であるレクティファールに伝えたい。
 機人族の子どもたちは、最近になってようやく、ヒトが本来持つべき感情を取り戻しはじめた。最初は困惑とおびえ、続いて悲しみと怒り、それらを経てようやく喜びという感情を思い出した。
 そしてイレスティアもまた、レクティファールという存在によってある感情を取り戻した。
 時折感じる胸の痛みも、自分の過去を思い出すたびに感じる苦しみも、その感情によって引き起こされている。
 彼女の同僚たちはそれを思慕しぼだと言う。堅物かたぶつの機兵参謀にもようやく春が来たのだと喜んだ。相手が国の頂点に立つ者であろうとも、それを否定する理由はこの国にはない。
 一方的に完結する話ではないため、イレスティアの想いがかなうかどうかは分からないが、イレスティアを大事な同僚だと思っているからこそ、彼らはそう考える。

(ああ、わたしもこの人のように生まれていれば……)

 イレスティアは目を細め、ヘスティを見る。
 生まれ持った資質を最大限に発揮している点に違いはない。ただ、生まれた環境が違っただけだ。それだけで、生き方も死に方も変わる。

「博士の想いが成就じょうじゅすることを願っております」

 自分の言葉に再びほおを染めるヘスティを見つめながら、イレスティアは軍装の上から自らの身体に刻まれたみにく傷痕きずあとをなぞった。
 古傷の痛みより、胸の奥底がきしむような痛みの方がつらかった。


         ◇ ◇ ◇


「うーん、やっぱり現役の軍人さんはすごいな」

 ヘスティは宿舎に戻って湯を浴びたあと、研究所に送る報告書をしたためていた。
 最低一日に一度、多ければ日に二度三度と送ることのある試験報告書だ。
 これを、ヘスティが持ってきた暗号化装置に掛けて全く別の文章に変え、それを軍の係官に渡せば、軍用暗号通信で特機研に送られ、そこにある固有暗号解読器付きの印刷機で出力される。
 ヘスティたち特機研の研究者たちの宿舎が警備兵によって固められているのは、警護はもとよりヘスティの持つ暗号化装置を守る意味もあった。

「あ、レクトさんにも手紙書かないと」

 文机ふづくえに座り、髪をまとめ、ヘスティは私物の便箋びんせんを取り出した。
 機鉄筆きてつふでに字墨を入れ、いつも通りに『勇敢ゆうかんなる友人レクト・ハルベルンへ』と書き出す。

「とりあえずバーバンティ将軍のことは書いておいた方がいいよね。一緒に戦ったことがあるって言ってたし」

 ――レクト・ハルベルンという名前は、イレスティアも記憶していた。
 無論、それは摂政レクティファールの偽名という意味ではなく、帝国との戦いで活躍したウィリィア・ハルベルンの弟としてだ。ただ、前線で活躍した者の中にその名前があり、義理とは言えさすが国内外に名の知られた名門騎士家ハルベルンの男だと思っていた。

「あと、新型の名前が決まったって教えてあげないと」

霄影そらかげ〉の後継ではあったが、あくまでも試験機であるために〝かげ〟の一字が付されることはなく、ただ〈かすみ〉という一字で呼ばれることになった。同じように四脚型も〝くも〟の字を与えられず、〈おぼろ〉の一字のみで呼称されていた。
 これは、ふたつの文字が摂政によって与えられたものであり、その〝ありがたみ〟を維持するための方策であったのは間違いない。
 証拠として、以降〝かげ〟や〝くも〟の一字は、新型の量産機にのみ与えられることとなり、近い将来には魔導筋繊維きんせんい駆動式の自動人形を示す文字となった。

「他には……」

 そういえば、摂政が試験に来るかもしれないと聞いた。
 ただ、ヘスティにとってそれは大した意味を持つことではなく、仕事の邪魔をされなければ構わないという程度の認識だった。

「さすがに摂政云々うんぬんは……これ書いたら怒られるよね。他にも軍機に引っかかりそうなのはやめておかないと」

 すると自然に、ごく個人的な話題ばかりになってしまう。
 たとえば最近、料理をするようになったこと。
 たとえば最近、裁縫さいほうを習うようになったこと。
 たとえば最近、郵便受けを気にするようになったこと。

「って、最後のは……!」

 あわてて文字を消そうと思ったが、字墨は容易に消すことはできない。溜息ためいきいて新しい便箋びんせんを取ろうとしたとき、昼食を一緒にった機兵参謀の姿を思い出した。
 あれはまるで、恋する若い乙女おとめのようだった。
 熱によって相手を見つめ、続いて自分をかえりみて、己の欠点ばかりが目について仕方のないという表情だ。ヘスティも経験がないわけではない。それどころか、今このときも同じような表情を浮かべているかもしれない。

「相手は……やっぱり殿下なのかな」

 それはこの地に来た当日、逗留とうりゅう手続きの間、基地の休憩所きゅうけいじょで若い女性下士官たちの世間話を聞いていたときのことだ。
 胸に主計科しゅけいか徽章きしょうを付けており、服装も動きやすい略装ではなく正装であったため、外部の者たちと接触する機会の多い事務官だとすぐに分かった。
 彼女らは基地内部のうわさについて話しており、その中にイレスティアに関するものもあった。
 イレスティアは、帝国との戦いでくつわを並べて戦った摂政レクティファールに想いを寄せているのではないか――ヘスティは少し驚いたものの、それを表情に出す前に手続き完了の知らせをもらい、すぐにそこから立ち去った。

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