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グリニャック聖女編
011 養女ですか……
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いよいよ、エルネット様をお迎えする日になりました。王宮の方で養女の手続きも済んで、あとは王宮からエルネット様がいらっしゃるだけとなっております。
「はあ……」
「プリエマ、溜息を吐きたい気分もわかりますが、これも勅命です。がまんなさい」
「でも、お母様」
「わたくしだって、本当なら男爵家の令嬢など、受け入れるなど、嫌なのですから」
お母様が、眉間にしわを寄せかけ、「こほん」と咳払いをするとエルネット様をお迎えする用の笑みを浮かべます。
わたくしもお母様に習い、笑みを浮かべて、家の門のところでドミニエルが差してくれている日傘の下で、エルネット様が馬車でお父様とやってくるのを待っています。
はあ、屋敷に入れたくないからって、こんな門の所で待たなくてもいいのではないでしょうか。
お母様、本当にエルネット様をお迎えするのが嫌なのですね。
まあ、使用人の手配や人事の再配置など、お母様は今回の事で人一倍苦労なさいましたものね。
それをお手伝いするだけで、お母様の素晴らしさを思い知らされましたわ。人材の配置って大変ですわよね。
新しく雇った使用人の教育もございましたし、エルネット様をお迎えするのに三か月もかかってしまいましたわ。
まあ、その間エルネット様は王宮でウォレイブ様と仲良く(一方的だと思いますが)していたそうなので、よろしいのではないでしょうか。
気が付けば季節は初夏に差し掛かっており、学園も、もうすぐ長期休暇の時期に入ります。
わたくしは今年、長期休暇の間は領地にトロレイヴ様とハレック様の三人で行きまして、わたくしは領地経営についてお爺様に学び、トロレイヴ様とハレック様はその間、剣術の修行に明け暮れる予定になっておりますのよ。
お爺様とお婆様にお会いするのは何年振りになりますでしょうか?
お父様に爵位を譲ってからは領地に籠って隠居生活をしていらっしゃいますものね。
プリエマは長期休暇の間も家に残って、保留になっている婚約者候補の件をどうするか決めるとのことでした。
果たして、どうなるのでしょうね。
それにしても……。
「……遅くないですか?」
「そうですわね、予定の時間は過ぎておりますわね」
「王宮で何かあったのでしょうか?」
「さあ」
ああ、お母様の機嫌がどんどん悪くなっていくのが分かりますわ。
まあ、門の所で一時間も待たされていては、機嫌も悪くなるというものですわよね。
「グリニャックお嬢様、お飲み物をご用意いたしました」
「ありがとう、リリアーヌ」
わたくしは、リリアーヌが持ってきてくれたアイスミルクティーを一口飲んで、ほっと息を吐き出します。
初夏とはいえ、紫外線が厳しい季節ですし、なるべく表には出ていたくないのですけれども、早く来てくれないでしょうか。
「あ、来ましたよ!」
プリエマがそう言って表の方を見ます。
ところでプリエマ、貴女はわたくしやお母様のように侍従に日傘を差してもらわなくてよろしいの?
日に焼けて将来後悔するのは自分自身なのでですわよ。
到着した馬車は、我が家の紋が入ったものではなく、王家の紋が入った馬車でした。
後方から我が家の紋が入った馬車が追いかけて来ておりますわね。お父様と一緒に来たのではないのでしょうか?
馬車が門のところで停まり、扉が開くと、なんとウォレイブ様が下りていらっしゃいました。そのウォレイブ様にエスコートされる形でエルネット様が下りていらっしゃいます。
「いらっしゃいませ、ウォレイブ様、エルネットさん。旦那様と一緒に来ると思っていたのですが、なにかございましたの?」
「あたしがウォレイブ様と一緒に行きたいってお願いしたんですよ、お義母様」
「……然様ですか」
少し遅れて後方に停まった馬車から、お父様がげっそりとした顔をして下りてきます。
「それで、あたしの部屋はどこですか?」
「エルネットさんには、南の離れにお部屋をご用意いたしましたわ。専属の使用人も用意しております」
「え、専属の? ふーん、まあ将来の大公正妃ですし、そうなりますよね」
「……ご案内いたしますわ」
「はーい。あ、グリニャック、プリエマ、今日からよろしく」
一応誕生日の関係で義姉になるとはいえ、いきなり呼び捨てですか。そうですか……。
「ええ、よろしくお願いしますわ、エルネットお義姉様」
「よろしくお願いします」
プリエマも不承不承と言った感じに答えておりますわね。元男爵令嬢如きにいきなり呼び捨てにされては、機嫌も降下するというものですわよね。
わたくし達は、エルネット様とウォレイブ様を南の離れにお連れいたしました。
離れと言っても、建物自体は立派ですし、エルネット様を迎え入れるにあたり、色々整備いたしましたし、文句はないはずですわよね。
「わ、この離れが全部あたし一人で使っていいんですか?」
「ええ、エルネットさんの為に用意しましたもの」
「すごい、こんな好待遇を受けるとは思いませんでした。だって、折角姉妹になれるっていうのに、プリエマはあたしの事を睨んできたり、わざととしか思えないようなタイミングでぶつかってきたりしてたじゃないですか。グリニャックはあたしの事になんて興味がないって感じで無視してくるし」
「無視ですか? そのようなつもりはありませんでしたが、そのように捉えられていたのなら申し訳ございません」
「なっ! 私はそのようなことしておりません」
「えー、してましたよ。ねえ、ウォレイブ様」
エルネット様は来てからずっと腕を組んでいるウォレイブ様に向かって、神妙な顔で仰いました。
「そのような目に遭っていると、エルネット様からは聞いているが、生憎ボクはその場面に遭遇していないからね。何とも言えないよ」
「え、あたしの言う事を信じてくれないんですか?」
「いや、そういうわけでは……」
ウォレイブ様、なんだか大変そうですわねぇ。それにしてもプリエマがエルネット様に意地悪をするなんて、有り得ませんわね。
あわよくば婚約者候補から外れて、セルジルを攻略しようと思っているのですから。
むしろ、エルネット様とウォレイブ様の仲を応援していると思いますわよ。
「まあ、とにかく中に入って使用人を紹介いたしますわ」
「あ、それなんですけど、あたしの侍従とメイドは王宮から派遣してもらいたいんですよね。初めて会う人達よりも、顔見知りの人の方がいいし、どうせあと二年でお別れになる人たちでしょ?」
「……国王陛下はご承認なさっておいでなのですか?」
「あたしがそうして欲しいって言ったら、国王陛下が断るわけないですよ」
まさかとは思いますが、まだアーティファクトを渡していないのでしょうか? 国王陛下を脅すだなんて、アーティファクトを回収出来たら謎の変死を遂げる未来が見えますわね。
「そうですか。では、使用人との顔合わせは必要ないというのですね」
「ええ、所詮使用人でしょ」
その使用人も、元の爵位は貴方と同格かそれ以上の家の出の方々ばかりなのですけれどもね。
ああ、本当にこんな方が礼拝堂の謎を解決するなんて、厄介な事になっていますわね。
お母様の機嫌も相当悪くなっておりますし、わたくしも一緒に居て気分のいいものではありませんので、早めにこの通過儀礼を終わらせてしまいたいですわ。
エルネット様が離れに入って行くので、わたくし達も後について入って行きます。
中では待っていた使用人たちが一斉に頭を下げておりますけれども、エルネット様はそれに構わずに、手近にいるメイドに早く自分の部屋に案内するように言っています。
そのメイドは、一応エルネット様付きにする予定のメイドでしたのでよろしいのですけれども、格下のメイドに話しかけていたら、メイドや侍従たちからも不興を買ってしまいますわよね。
「ウォレイブ様、早く部屋を見に行きましょう」
「いや、ボクはこの辺で帰らせてもらうよ」
「えー、そんなあ。せっかく来たんだし、自分の家だと思ってゆっくりしていってくださいよ」
「いや、しかし……」
あー、わたくし達の事等もう目に入っていないといった感じですわね。
一応伝達事項などがあるのですけれども、お付きになる予定だったメイドから伝えてもらうということで良いでしょうか、早くこの場から立ち去りたいですわ。
「お母様、後の事は使用人達に任せて、わたくし達はお暇いたしませんか?」
「そうですわね。ウォレイブ様、エルネットさん。わたくし達はこれで失礼いたしますわ」
「あ、そうですか? じゃあまた」
エルネット様はそう言うと、振り返りもせずに、二階に続く階段を勝手に昇って行ってしまいました。
はあ、この方が名ばかりとはいえ、我が家の一員になるなんて、お母様ではありませんが頭が痛いですわね。
わたくし達は離れを出て、屋敷に戻りますと、リビングのソファーにそれぞれ座ると、誰とはなくため息がもれました。
「旦那様、本当にあの方をあと約二年もお預かりしなくてはなりませんの?」
「ああ、勅命だからな」
「そうですか。それにしても、王宮から使用人が来るとなりますと、また使用人の再配置をしなければなりませんわね」
「といっても、エルネット様付きになる予定だったメイドと侍従を外すだけですし、さほど苦労はしないのではありませんか?」
「まあ、そうなのですけれどもね。令嬢付きとなると言って雇って教育をしたというのに、すっかり無駄になってしまいましたわ」
「そうですわね。それで、お父様。その王宮からの使用人はいついらっしゃいますの?」
「儂もさっき初めて聞いた話だ。これから国王陛下にご相談しなくてはならん」
「まあ!」
エルネット様、自分勝手にも程がありますわよ。王宮で傍に居てくれたというメイドや侍従は、客室用の使用人なのでしょうし、それをいきなり我が家に移動させるなんて、本人の意思確認も必要でしょうに。
男爵家ではそのようなことも教えていなかったのでしょうか?
調べたところによると、エロイーズ男爵家は良くも悪くも普通の男爵家だと聞きましたが、娘の教育は間違ったようですわね。それとも、ゲームの記憶があるせいでこうなってしまったのでしょうか?
「はあ、なんだか疲れてしまいましたわ。わたくし、部屋に戻って休ませていただきます」
わたくしはそう言ってソファーから立ち上がってリビングを出ると、自室に向かいました。わたくしの自室は東側にございますので、この時間になりますと直接日差しが差し込むことも無くなってしまいますので、柔らかな光が部屋を包んでおります。
「夕食の時間まで、少し横になりますわ」
「かしこまりました。待機しておりますので、何かございましたらすぐにお申し付けください」
「わかっていますわ」
わたくしはそう言って、一人で寝室に入ると、さっそくドレッサーの前に立って、鍵付きの一番上の引き出しを開け、一冊のファイルを取り出します。
そこには、こっそり撮影したトロレイヴ様とハレック様の仲睦まじい様子の写真が張り付けられているのです。
はあ、何度見返しても、お二人は麗しいですわ。
このショットなんて、拳をぶつけ合う瞬間をとらえたもので、その後そのまま抱き合うのではないかと、見ていて顔が赤くなってしまったのを思い出しますわ。
こちらの写真は一枚のタオルを一緒に使うというもので、そのタオルはしっかりと回収して保管しております。
お二人の記念の品ですものね、しっかり乾燥させて、わたくしの衣装室の秘密の箱の中にしまっております。
はあ、エルネット様の事は気がかりですが、わたくしの心はこうなってしまいますと、二学年に上がる前の長期休暇に想いが飛んでしまうのです。
誰にも邪魔されない、王都から離れた開放感のある場所で、お二人の愛はより一層深まるのですわ!
はあ、それを間近で観察できるなんて、なんて腐女子冥利につきるのでしょうか。
お爺様からの領地経営の手ほどきを受けながらではありますけれども、お二人の観察は欠かすことは出来ませんわよね。
わたくしは一枚一枚、丁寧に写真をめくっては、艶めいたため息が漏れてしまいます。疲れた心も、お二人の写真を見るだけで癒されるというものですわ。
あ、この写真なんて、お二人が肩を寄せ合っている所を背後から撮ったものですわね。いったい何を語り合っていたのでしょうか。距離的に聞こえなかったのですけれども、きっと甘い会話を交わしていたに違いありませんわ。
こちらの写真はお二人が休憩をしているところですわね。一緒のベンチに座って、タオルで顔を拭いている所ですわ。
ああ、わたくしこのタオルになりたいですわ。
こうやって写真を眺めているだけで、時間はあっという間に流れてしまい、「コンコン」と寝室の扉がノックされました。
「グリニャックお嬢様、お目覚めでしょうか? そろそろ夕食の時刻になります」
「ええ、リリアーヌ。起きておりますわ」
むしろ、写真を拝見するのに忙しくて寝る暇などございませんでしたわ。
「ああ、グリニャックお嬢様、よくお休みになられたのですね。顔色が随分と良くなっていらっしゃいます」
「あら、そうですか?」
これもトロレイヴ様とハレック様効果ですわね!
一応、身だしなみを整えて食堂に向かいますと、そこには見慣れない使用人の制服を着た方々がいらっしゃいました。
お父様は休憩する暇などなかったのでしょうね、疲れが残っている顔をなさっておいでですわ。
「お待たせしてしまいましたか?」
「いいえ、そのような事はありませんよ、グリニャック」
「食事の前にこの二人を紹介しよう。エルネット付きになるメイドと侍従だ」
「あらそうなのですか」
わたくしは二人を見ますと、二人は無言で頭を下げました。流石は王宮で働いていただけの事はあって、作法などの仕込みはしっかりとなされているようですわね。
「侍従のフェリスと、メイドのローデットだ」
「「よろしくお願いいたします。グリニャックお嬢様」」
「よろしくお願いいたしますわ。急な異動で貴方方も大変でしょうけれども、仕事は仕事ですから、どうぞ頑張ってくださいませ。なにかありましたら、執事長やメイド長に遠慮なく仰ってね」
「「はい」」
「ではグリニャックにも紹介が終わったところだし、二人は早速エルネットの所に向かってくれ」
「「かしこまりました」」
二人はそう言うと、食堂を出て行きました。
「そういえば、ウォレイブ様はいつお戻りになりましたの?」
「いや、それがまだいらっしゃるんだ。エルネットが一緒に夕食を食べたいと言ってな」
「まあ……」
ウォレイブ様にも予定があるでしょうに、それを気にせずに自分勝手に振り回すなんて、なんという事でしょうか。
そんな方が将来の大公妃、それも正妃だなんて、国王陛下、いくらアーティファクトがあるからと言って、無茶があるのではないでしょうか? まず今のままでは、賓客の前に出せませんわよ。
教育、間に合いますでしょうか? まあ、教育に関しては、王宮から派遣されるようですので、構わないのですけれどもね。
間に合わなかったら、それは王宮の教育係のせいですわ。
「では、夕食にしようか」
お父様がそう言うと、ぞくぞくと食事が運ばれてきます。
食堂のシェフの腕も良いのですが、やはり我が家のシェフの腕はよいので、今日の夕食もとても美味しいですわ。
わたくしはしっかりと夕食を頂いてから、再び自室に戻りました。
自室に戻ると、お風呂の準備がされておりましたので、ゆっくりと湯あみを致します。
そういえば、アナトマさんが最近わたくしの胸が大きくなってきたといっておりましたわね。
わたくしは自分の胸に手を当てて感触を確かめてみますが、自分では大きくなっているかはわかりませんわね。
リリアーヌに髪を洗ってもらい、体も洗ってもらうと、丁寧にタオルで水分を取られて、寝着に着替えてから再び寝室に入りました。
はあ、なんだか怒涛の一日でしたわね。特にお父様にとっては……。
わたくしは「ぽふん」と音を立ててベッドに倒れ込みますと、今日一日の事を思い出します。
エルネット様がこの家の一員になったこと、本当によかったのでしょうか? 我が家にとってメリットがあまりないように思えますが……、勅命とあっては従わざるを得ませんものね。
翌朝、いつものように目が覚めて支度を整えてから食堂に行くと、お母様が疲れた顔をなさっておいででした。
「お母様、あまり眠れなかったのですか? 目の下に隈が……」
わたくしがそう言いますと、お母様の頬に朱がさします。
「え、ええ。ちょっとなかなか眠れなくて。朝食が終わったら少し眠ることにいたしますわ」
「それがよろしいですわね」
そう言って席に着きますと、今度は顔色が随分よくなったお父様が食堂に入っていらっしゃいました。
「お父様、昨日とは打って変わってお元気そうですが、ぐっすりお眠りになれましたの?」
「ん? ああ、いい夜だった」
「然様ですか」
よくわかりませんが、お父様がお元気そうで何よりですわ。
……プリエマ、なぜ貴女は顔を赤くしておりますの?
わたくしは終始首を傾げながら朝食を頂きました。
いつものように、我が家の紋が付いた馬車に乗り込んで、エルネット様がいらっしゃるのを待っていますと、王家の紋が付いた馬車がすぐ横に停まりました。
「プリエマ、ウォレイブ様が来ることを聞いていましたか?」
「いいえ、お姉様」
「そう……」
王家の紋の馬車が到着して五分ほど経つと、南の離れの方から、白い制服に身を包んだエルネット様がやって来ました。
エルネット様は、我が家の馬車には目もくれず、王家の紋のある馬車の方に向かいますと、中から差し出される手を取って乗り込んでしまいました。
わたくし達の知らないところで、お迎えに来て欲しいなどとおねだりをしたのでしょうね。
まずはエルネット様達が乗った馬車が走り出して、その後をわたくし達が乗った馬車が追いかけるように走り出します。
「はあ、エルネット様のご乱行には困ったものですわね」
「ええ……」
プリエマ、なんだか疲れておりますわね。まあ、それも仕方がないでしょう、婚約者候補も保留されておりますし、気疲れする事ばかりですものね。
癒しであろうセルジルは相変わらずの塩対応ですし。まあ、執事長なのですから、仕える家の令嬢に手を出すような真似、そうそうしませんわよね。
プリエマも、本当に無茶な攻略対象を選びましたわね。
「お姉様。私、エルネット様にゲームで誰推しなのかって聞かれたのですが、お姉様が何か仰いましたの?」
「ああ、そうえいば、貴女もエルネット様もこの世界の事をゲームだ何だと言っていたから、同じことを言っている的なことを言ったような気がしますわね」
「ウォレイブ様が本命なのかって、しつこく付きまとわれたんですよ」
「あら、ごめんあそばせ。けれども、この世界をゲームだなんて馬鹿げたことを言っている貴女方も悪いのですよ」
「それはっ! だって……」
プリエマ、貴女は公爵令嬢なのですから、少しは取り繕うということをなさいませ。マナーの勉強などは出来てきているようですが、令嬢としてはまだまだですわね。
「お姉様こそ、女公爵に成れなかったらどうするんですか?」
「え? わたくし以外に誰が公爵位を継ぐというのですか? プリエマ、貴女が継ぐ気ですの?」
「いえ、その……お父様とお母様もまだ仲がよろしいですし、弟が生まれたら、弟が継承権第一位になるでしょう?」
「弟が生まれると? 何故そう思うのですか?」
「だって、お父様達は昨夜も……」
プリエマの頬が赤くなっておりますわ。昨夜何があったというのでしょうか?
訳の分からないまま、馬車は学園に到着いたしました。
先に到着しているエルネット様は、ウォレイブ様を含む五強の方々に囲まれて、幸せそうな顔をしていらっしゃいますわね。
「「おはよう、グリニャック様」」
「おはようございます、トロレイヴ様、ハレック様」
わたくしにはいつものようにトロレイヴ様とハレック様がお迎えに来てくださっております。
はあ、今日も麗しいですわ。
うっとりとお二人を眺めているわたくしの目の端に、嫌そうな顔をしながら、プリエマが五強の方々の方に歩いて行くのが見えました。
まあ、お父様から婚約者候補が保留の内はウォレイブ様の傍になるべくいるように言われておりますものね。
「エルネット様は昨日、グリニャック様の家の養女になったんだよね」
「ええ、我が家の南の離れに住んでいただくことになりましたわ」
「そうなのか、ならグリニャック様に会いに家に行っても遭遇しなくて済むな」
「そうだね」
お二人も、エルネット様には関わり合いにはなりたくないのですわね。
「きゃぁ! プリエマ、今、あたしの髪を引っ張ったでしょう!」
「そんなことしてませんわ」
「嘘よ!」
プリエマ達の方が騒がしいですわ。朝っぱらから嫌ですわね。
「見たでしょう、ウォレイブ様。プリエマったら酷いと思いませんか!」
「いや、見てはいないのだけれど……」
「じゃあ他の方は? 誰か見ていたでしょう!」
エルネット様の言葉に、五強の方々は首を振っていらっしゃいます。
「そんな! 絶対に引っ張られました!」
「していませんわ」
はあ、本当に騒々しいですわ。
「トロレイヴ様、ハレック様。もう校舎の方に入りましょう」
「そうだね」
「ああ」
わたくし達はそう言って校舎の方に向かって歩いて行きます。
あのような騒ぎに巻き込まれて、貴重なトロレイヴ様とハレック様の絡みを見逃すなんて、本末転倒ですものね。
今日のトロレイヴ様とハレック様は一段と凛々しく感じますわ。なんといいますか、こう、気合が入っている感じと言いますでしょうか?
はっ! もしかして、わたくしの知らない所でなにかあったのでしょうか?
ああ、知りたいですわ。
聞けば教えてくださいますでしょうか?
けれどもお二人の秘密を暴いて邪魔をするような真似は出来ませんわよね。
ここは我慢ですわ。凛々しいお二人の姿を目に焼き付けておくことで満足しなくては。
わたくしは、せめてこのお二人と一緒の空気を吸うことを堪能するために、深く息を吸い込みます。
はあ、空気が美味しですわ。
校舎の玄関に着くと、お二人は騎士科の方に向かわれました。その背中を見送ってから、わたくしは特進科のクラスに向かいます。
クラスに着いて、自分の席に座ると授業の準備を始めます。そうしますと、ネデット様、ベルナルド様、ジョアシル様が教室に入っていらっしゃいました。
「グリニャック様、ちょっといいかな?」
「まあ、ネデット様。わたくしに何か御用でしょうか?」
「その……エルネット様の事なのだけど、どうにかしてくれないか? あれではプリエマ様があまりにもお気の毒だ」
「そう言われましても、エルネット様とのお付き合いは、わたくしよりもネデット様方の方が余程ございますでしょう?」
わたくしの言葉に、ネデット様方の顔が苦虫を噛み潰したようになってしまわれました。
ふむ、ネデット様方から見ても、エルネット様の行動は横暴が過ぎるということなのでしょうね。
けれども、わたくしに言われましても、あまり関わり合いになりたくないので、何もしたくないのですよね。
まあ、我が家の養女になったので、最低限のマナーは覚えていただかなければならないのですけれども……。
「マナーの講師は王宮から派遣されることになっておりますわ」
「そう言う事じゃないんだ、なんというか、エルネット様はプリエマ様を目の敵にしてるというか、何かにつけてはプリエマ様に何かをされたと騒ぐんだ」
「そうなのですか」
そんなの知りませんわよ。
隙を見せるプリエマも悪いですわよね。
「わたくしからも、プリエマに注意をしておきますわ」
「プリエマ様は悪くないんだ」
「わかっておりますわ。けれども、エルネット様にそのようにさせてしまう隙が、プリエマにあるということでしょう?」
「それは……」
まあ、実際にしていないのでしょうし、ただエルネット様が騒いでいるだけでしたら、大きな問題にはならないでしょう。
わたくしがそう考えた時、授業のチャイムが鳴り、講師の方がクラスに入ってきましたので、ネデット様方は自分の席に行かれました。
「はあ……」
「プリエマ、溜息を吐きたい気分もわかりますが、これも勅命です。がまんなさい」
「でも、お母様」
「わたくしだって、本当なら男爵家の令嬢など、受け入れるなど、嫌なのですから」
お母様が、眉間にしわを寄せかけ、「こほん」と咳払いをするとエルネット様をお迎えする用の笑みを浮かべます。
わたくしもお母様に習い、笑みを浮かべて、家の門のところでドミニエルが差してくれている日傘の下で、エルネット様が馬車でお父様とやってくるのを待っています。
はあ、屋敷に入れたくないからって、こんな門の所で待たなくてもいいのではないでしょうか。
お母様、本当にエルネット様をお迎えするのが嫌なのですね。
まあ、使用人の手配や人事の再配置など、お母様は今回の事で人一倍苦労なさいましたものね。
それをお手伝いするだけで、お母様の素晴らしさを思い知らされましたわ。人材の配置って大変ですわよね。
新しく雇った使用人の教育もございましたし、エルネット様をお迎えするのに三か月もかかってしまいましたわ。
まあ、その間エルネット様は王宮でウォレイブ様と仲良く(一方的だと思いますが)していたそうなので、よろしいのではないでしょうか。
気が付けば季節は初夏に差し掛かっており、学園も、もうすぐ長期休暇の時期に入ります。
わたくしは今年、長期休暇の間は領地にトロレイヴ様とハレック様の三人で行きまして、わたくしは領地経営についてお爺様に学び、トロレイヴ様とハレック様はその間、剣術の修行に明け暮れる予定になっておりますのよ。
お爺様とお婆様にお会いするのは何年振りになりますでしょうか?
お父様に爵位を譲ってからは領地に籠って隠居生活をしていらっしゃいますものね。
プリエマは長期休暇の間も家に残って、保留になっている婚約者候補の件をどうするか決めるとのことでした。
果たして、どうなるのでしょうね。
それにしても……。
「……遅くないですか?」
「そうですわね、予定の時間は過ぎておりますわね」
「王宮で何かあったのでしょうか?」
「さあ」
ああ、お母様の機嫌がどんどん悪くなっていくのが分かりますわ。
まあ、門の所で一時間も待たされていては、機嫌も悪くなるというものですわよね。
「グリニャックお嬢様、お飲み物をご用意いたしました」
「ありがとう、リリアーヌ」
わたくしは、リリアーヌが持ってきてくれたアイスミルクティーを一口飲んで、ほっと息を吐き出します。
初夏とはいえ、紫外線が厳しい季節ですし、なるべく表には出ていたくないのですけれども、早く来てくれないでしょうか。
「あ、来ましたよ!」
プリエマがそう言って表の方を見ます。
ところでプリエマ、貴女はわたくしやお母様のように侍従に日傘を差してもらわなくてよろしいの?
日に焼けて将来後悔するのは自分自身なのでですわよ。
到着した馬車は、我が家の紋が入ったものではなく、王家の紋が入った馬車でした。
後方から我が家の紋が入った馬車が追いかけて来ておりますわね。お父様と一緒に来たのではないのでしょうか?
馬車が門のところで停まり、扉が開くと、なんとウォレイブ様が下りていらっしゃいました。そのウォレイブ様にエスコートされる形でエルネット様が下りていらっしゃいます。
「いらっしゃいませ、ウォレイブ様、エルネットさん。旦那様と一緒に来ると思っていたのですが、なにかございましたの?」
「あたしがウォレイブ様と一緒に行きたいってお願いしたんですよ、お義母様」
「……然様ですか」
少し遅れて後方に停まった馬車から、お父様がげっそりとした顔をして下りてきます。
「それで、あたしの部屋はどこですか?」
「エルネットさんには、南の離れにお部屋をご用意いたしましたわ。専属の使用人も用意しております」
「え、専属の? ふーん、まあ将来の大公正妃ですし、そうなりますよね」
「……ご案内いたしますわ」
「はーい。あ、グリニャック、プリエマ、今日からよろしく」
一応誕生日の関係で義姉になるとはいえ、いきなり呼び捨てですか。そうですか……。
「ええ、よろしくお願いしますわ、エルネットお義姉様」
「よろしくお願いします」
プリエマも不承不承と言った感じに答えておりますわね。元男爵令嬢如きにいきなり呼び捨てにされては、機嫌も降下するというものですわよね。
わたくし達は、エルネット様とウォレイブ様を南の離れにお連れいたしました。
離れと言っても、建物自体は立派ですし、エルネット様を迎え入れるにあたり、色々整備いたしましたし、文句はないはずですわよね。
「わ、この離れが全部あたし一人で使っていいんですか?」
「ええ、エルネットさんの為に用意しましたもの」
「すごい、こんな好待遇を受けるとは思いませんでした。だって、折角姉妹になれるっていうのに、プリエマはあたしの事を睨んできたり、わざととしか思えないようなタイミングでぶつかってきたりしてたじゃないですか。グリニャックはあたしの事になんて興味がないって感じで無視してくるし」
「無視ですか? そのようなつもりはありませんでしたが、そのように捉えられていたのなら申し訳ございません」
「なっ! 私はそのようなことしておりません」
「えー、してましたよ。ねえ、ウォレイブ様」
エルネット様は来てからずっと腕を組んでいるウォレイブ様に向かって、神妙な顔で仰いました。
「そのような目に遭っていると、エルネット様からは聞いているが、生憎ボクはその場面に遭遇していないからね。何とも言えないよ」
「え、あたしの言う事を信じてくれないんですか?」
「いや、そういうわけでは……」
ウォレイブ様、なんだか大変そうですわねぇ。それにしてもプリエマがエルネット様に意地悪をするなんて、有り得ませんわね。
あわよくば婚約者候補から外れて、セルジルを攻略しようと思っているのですから。
むしろ、エルネット様とウォレイブ様の仲を応援していると思いますわよ。
「まあ、とにかく中に入って使用人を紹介いたしますわ」
「あ、それなんですけど、あたしの侍従とメイドは王宮から派遣してもらいたいんですよね。初めて会う人達よりも、顔見知りの人の方がいいし、どうせあと二年でお別れになる人たちでしょ?」
「……国王陛下はご承認なさっておいでなのですか?」
「あたしがそうして欲しいって言ったら、国王陛下が断るわけないですよ」
まさかとは思いますが、まだアーティファクトを渡していないのでしょうか? 国王陛下を脅すだなんて、アーティファクトを回収出来たら謎の変死を遂げる未来が見えますわね。
「そうですか。では、使用人との顔合わせは必要ないというのですね」
「ええ、所詮使用人でしょ」
その使用人も、元の爵位は貴方と同格かそれ以上の家の出の方々ばかりなのですけれどもね。
ああ、本当にこんな方が礼拝堂の謎を解決するなんて、厄介な事になっていますわね。
お母様の機嫌も相当悪くなっておりますし、わたくしも一緒に居て気分のいいものではありませんので、早めにこの通過儀礼を終わらせてしまいたいですわ。
エルネット様が離れに入って行くので、わたくし達も後について入って行きます。
中では待っていた使用人たちが一斉に頭を下げておりますけれども、エルネット様はそれに構わずに、手近にいるメイドに早く自分の部屋に案内するように言っています。
そのメイドは、一応エルネット様付きにする予定のメイドでしたのでよろしいのですけれども、格下のメイドに話しかけていたら、メイドや侍従たちからも不興を買ってしまいますわよね。
「ウォレイブ様、早く部屋を見に行きましょう」
「いや、ボクはこの辺で帰らせてもらうよ」
「えー、そんなあ。せっかく来たんだし、自分の家だと思ってゆっくりしていってくださいよ」
「いや、しかし……」
あー、わたくし達の事等もう目に入っていないといった感じですわね。
一応伝達事項などがあるのですけれども、お付きになる予定だったメイドから伝えてもらうということで良いでしょうか、早くこの場から立ち去りたいですわ。
「お母様、後の事は使用人達に任せて、わたくし達はお暇いたしませんか?」
「そうですわね。ウォレイブ様、エルネットさん。わたくし達はこれで失礼いたしますわ」
「あ、そうですか? じゃあまた」
エルネット様はそう言うと、振り返りもせずに、二階に続く階段を勝手に昇って行ってしまいました。
はあ、この方が名ばかりとはいえ、我が家の一員になるなんて、お母様ではありませんが頭が痛いですわね。
わたくし達は離れを出て、屋敷に戻りますと、リビングのソファーにそれぞれ座ると、誰とはなくため息がもれました。
「旦那様、本当にあの方をあと約二年もお預かりしなくてはなりませんの?」
「ああ、勅命だからな」
「そうですか。それにしても、王宮から使用人が来るとなりますと、また使用人の再配置をしなければなりませんわね」
「といっても、エルネット様付きになる予定だったメイドと侍従を外すだけですし、さほど苦労はしないのではありませんか?」
「まあ、そうなのですけれどもね。令嬢付きとなると言って雇って教育をしたというのに、すっかり無駄になってしまいましたわ」
「そうですわね。それで、お父様。その王宮からの使用人はいついらっしゃいますの?」
「儂もさっき初めて聞いた話だ。これから国王陛下にご相談しなくてはならん」
「まあ!」
エルネット様、自分勝手にも程がありますわよ。王宮で傍に居てくれたというメイドや侍従は、客室用の使用人なのでしょうし、それをいきなり我が家に移動させるなんて、本人の意思確認も必要でしょうに。
男爵家ではそのようなことも教えていなかったのでしょうか?
調べたところによると、エロイーズ男爵家は良くも悪くも普通の男爵家だと聞きましたが、娘の教育は間違ったようですわね。それとも、ゲームの記憶があるせいでこうなってしまったのでしょうか?
「はあ、なんだか疲れてしまいましたわ。わたくし、部屋に戻って休ませていただきます」
わたくしはそう言ってソファーから立ち上がってリビングを出ると、自室に向かいました。わたくしの自室は東側にございますので、この時間になりますと直接日差しが差し込むことも無くなってしまいますので、柔らかな光が部屋を包んでおります。
「夕食の時間まで、少し横になりますわ」
「かしこまりました。待機しておりますので、何かございましたらすぐにお申し付けください」
「わかっていますわ」
わたくしはそう言って、一人で寝室に入ると、さっそくドレッサーの前に立って、鍵付きの一番上の引き出しを開け、一冊のファイルを取り出します。
そこには、こっそり撮影したトロレイヴ様とハレック様の仲睦まじい様子の写真が張り付けられているのです。
はあ、何度見返しても、お二人は麗しいですわ。
このショットなんて、拳をぶつけ合う瞬間をとらえたもので、その後そのまま抱き合うのではないかと、見ていて顔が赤くなってしまったのを思い出しますわ。
こちらの写真は一枚のタオルを一緒に使うというもので、そのタオルはしっかりと回収して保管しております。
お二人の記念の品ですものね、しっかり乾燥させて、わたくしの衣装室の秘密の箱の中にしまっております。
はあ、エルネット様の事は気がかりですが、わたくしの心はこうなってしまいますと、二学年に上がる前の長期休暇に想いが飛んでしまうのです。
誰にも邪魔されない、王都から離れた開放感のある場所で、お二人の愛はより一層深まるのですわ!
はあ、それを間近で観察できるなんて、なんて腐女子冥利につきるのでしょうか。
お爺様からの領地経営の手ほどきを受けながらではありますけれども、お二人の観察は欠かすことは出来ませんわよね。
わたくしは一枚一枚、丁寧に写真をめくっては、艶めいたため息が漏れてしまいます。疲れた心も、お二人の写真を見るだけで癒されるというものですわ。
あ、この写真なんて、お二人が肩を寄せ合っている所を背後から撮ったものですわね。いったい何を語り合っていたのでしょうか。距離的に聞こえなかったのですけれども、きっと甘い会話を交わしていたに違いありませんわ。
こちらの写真はお二人が休憩をしているところですわね。一緒のベンチに座って、タオルで顔を拭いている所ですわ。
ああ、わたくしこのタオルになりたいですわ。
こうやって写真を眺めているだけで、時間はあっという間に流れてしまい、「コンコン」と寝室の扉がノックされました。
「グリニャックお嬢様、お目覚めでしょうか? そろそろ夕食の時刻になります」
「ええ、リリアーヌ。起きておりますわ」
むしろ、写真を拝見するのに忙しくて寝る暇などございませんでしたわ。
「ああ、グリニャックお嬢様、よくお休みになられたのですね。顔色が随分と良くなっていらっしゃいます」
「あら、そうですか?」
これもトロレイヴ様とハレック様効果ですわね!
一応、身だしなみを整えて食堂に向かいますと、そこには見慣れない使用人の制服を着た方々がいらっしゃいました。
お父様は休憩する暇などなかったのでしょうね、疲れが残っている顔をなさっておいでですわ。
「お待たせしてしまいましたか?」
「いいえ、そのような事はありませんよ、グリニャック」
「食事の前にこの二人を紹介しよう。エルネット付きになるメイドと侍従だ」
「あらそうなのですか」
わたくしは二人を見ますと、二人は無言で頭を下げました。流石は王宮で働いていただけの事はあって、作法などの仕込みはしっかりとなされているようですわね。
「侍従のフェリスと、メイドのローデットだ」
「「よろしくお願いいたします。グリニャックお嬢様」」
「よろしくお願いいたしますわ。急な異動で貴方方も大変でしょうけれども、仕事は仕事ですから、どうぞ頑張ってくださいませ。なにかありましたら、執事長やメイド長に遠慮なく仰ってね」
「「はい」」
「ではグリニャックにも紹介が終わったところだし、二人は早速エルネットの所に向かってくれ」
「「かしこまりました」」
二人はそう言うと、食堂を出て行きました。
「そういえば、ウォレイブ様はいつお戻りになりましたの?」
「いや、それがまだいらっしゃるんだ。エルネットが一緒に夕食を食べたいと言ってな」
「まあ……」
ウォレイブ様にも予定があるでしょうに、それを気にせずに自分勝手に振り回すなんて、なんという事でしょうか。
そんな方が将来の大公妃、それも正妃だなんて、国王陛下、いくらアーティファクトがあるからと言って、無茶があるのではないでしょうか? まず今のままでは、賓客の前に出せませんわよ。
教育、間に合いますでしょうか? まあ、教育に関しては、王宮から派遣されるようですので、構わないのですけれどもね。
間に合わなかったら、それは王宮の教育係のせいですわ。
「では、夕食にしようか」
お父様がそう言うと、ぞくぞくと食事が運ばれてきます。
食堂のシェフの腕も良いのですが、やはり我が家のシェフの腕はよいので、今日の夕食もとても美味しいですわ。
わたくしはしっかりと夕食を頂いてから、再び自室に戻りました。
自室に戻ると、お風呂の準備がされておりましたので、ゆっくりと湯あみを致します。
そういえば、アナトマさんが最近わたくしの胸が大きくなってきたといっておりましたわね。
わたくしは自分の胸に手を当てて感触を確かめてみますが、自分では大きくなっているかはわかりませんわね。
リリアーヌに髪を洗ってもらい、体も洗ってもらうと、丁寧にタオルで水分を取られて、寝着に着替えてから再び寝室に入りました。
はあ、なんだか怒涛の一日でしたわね。特にお父様にとっては……。
わたくしは「ぽふん」と音を立ててベッドに倒れ込みますと、今日一日の事を思い出します。
エルネット様がこの家の一員になったこと、本当によかったのでしょうか? 我が家にとってメリットがあまりないように思えますが……、勅命とあっては従わざるを得ませんものね。
翌朝、いつものように目が覚めて支度を整えてから食堂に行くと、お母様が疲れた顔をなさっておいででした。
「お母様、あまり眠れなかったのですか? 目の下に隈が……」
わたくしがそう言いますと、お母様の頬に朱がさします。
「え、ええ。ちょっとなかなか眠れなくて。朝食が終わったら少し眠ることにいたしますわ」
「それがよろしいですわね」
そう言って席に着きますと、今度は顔色が随分よくなったお父様が食堂に入っていらっしゃいました。
「お父様、昨日とは打って変わってお元気そうですが、ぐっすりお眠りになれましたの?」
「ん? ああ、いい夜だった」
「然様ですか」
よくわかりませんが、お父様がお元気そうで何よりですわ。
……プリエマ、なぜ貴女は顔を赤くしておりますの?
わたくしは終始首を傾げながら朝食を頂きました。
いつものように、我が家の紋が付いた馬車に乗り込んで、エルネット様がいらっしゃるのを待っていますと、王家の紋が付いた馬車がすぐ横に停まりました。
「プリエマ、ウォレイブ様が来ることを聞いていましたか?」
「いいえ、お姉様」
「そう……」
王家の紋の馬車が到着して五分ほど経つと、南の離れの方から、白い制服に身を包んだエルネット様がやって来ました。
エルネット様は、我が家の馬車には目もくれず、王家の紋のある馬車の方に向かいますと、中から差し出される手を取って乗り込んでしまいました。
わたくし達の知らないところで、お迎えに来て欲しいなどとおねだりをしたのでしょうね。
まずはエルネット様達が乗った馬車が走り出して、その後をわたくし達が乗った馬車が追いかけるように走り出します。
「はあ、エルネット様のご乱行には困ったものですわね」
「ええ……」
プリエマ、なんだか疲れておりますわね。まあ、それも仕方がないでしょう、婚約者候補も保留されておりますし、気疲れする事ばかりですものね。
癒しであろうセルジルは相変わらずの塩対応ですし。まあ、執事長なのですから、仕える家の令嬢に手を出すような真似、そうそうしませんわよね。
プリエマも、本当に無茶な攻略対象を選びましたわね。
「お姉様。私、エルネット様にゲームで誰推しなのかって聞かれたのですが、お姉様が何か仰いましたの?」
「ああ、そうえいば、貴女もエルネット様もこの世界の事をゲームだ何だと言っていたから、同じことを言っている的なことを言ったような気がしますわね」
「ウォレイブ様が本命なのかって、しつこく付きまとわれたんですよ」
「あら、ごめんあそばせ。けれども、この世界をゲームだなんて馬鹿げたことを言っている貴女方も悪いのですよ」
「それはっ! だって……」
プリエマ、貴女は公爵令嬢なのですから、少しは取り繕うということをなさいませ。マナーの勉強などは出来てきているようですが、令嬢としてはまだまだですわね。
「お姉様こそ、女公爵に成れなかったらどうするんですか?」
「え? わたくし以外に誰が公爵位を継ぐというのですか? プリエマ、貴女が継ぐ気ですの?」
「いえ、その……お父様とお母様もまだ仲がよろしいですし、弟が生まれたら、弟が継承権第一位になるでしょう?」
「弟が生まれると? 何故そう思うのですか?」
「だって、お父様達は昨夜も……」
プリエマの頬が赤くなっておりますわ。昨夜何があったというのでしょうか?
訳の分からないまま、馬車は学園に到着いたしました。
先に到着しているエルネット様は、ウォレイブ様を含む五強の方々に囲まれて、幸せそうな顔をしていらっしゃいますわね。
「「おはよう、グリニャック様」」
「おはようございます、トロレイヴ様、ハレック様」
わたくしにはいつものようにトロレイヴ様とハレック様がお迎えに来てくださっております。
はあ、今日も麗しいですわ。
うっとりとお二人を眺めているわたくしの目の端に、嫌そうな顔をしながら、プリエマが五強の方々の方に歩いて行くのが見えました。
まあ、お父様から婚約者候補が保留の内はウォレイブ様の傍になるべくいるように言われておりますものね。
「エルネット様は昨日、グリニャック様の家の養女になったんだよね」
「ええ、我が家の南の離れに住んでいただくことになりましたわ」
「そうなのか、ならグリニャック様に会いに家に行っても遭遇しなくて済むな」
「そうだね」
お二人も、エルネット様には関わり合いにはなりたくないのですわね。
「きゃぁ! プリエマ、今、あたしの髪を引っ張ったでしょう!」
「そんなことしてませんわ」
「嘘よ!」
プリエマ達の方が騒がしいですわ。朝っぱらから嫌ですわね。
「見たでしょう、ウォレイブ様。プリエマったら酷いと思いませんか!」
「いや、見てはいないのだけれど……」
「じゃあ他の方は? 誰か見ていたでしょう!」
エルネット様の言葉に、五強の方々は首を振っていらっしゃいます。
「そんな! 絶対に引っ張られました!」
「していませんわ」
はあ、本当に騒々しいですわ。
「トロレイヴ様、ハレック様。もう校舎の方に入りましょう」
「そうだね」
「ああ」
わたくし達はそう言って校舎の方に向かって歩いて行きます。
あのような騒ぎに巻き込まれて、貴重なトロレイヴ様とハレック様の絡みを見逃すなんて、本末転倒ですものね。
今日のトロレイヴ様とハレック様は一段と凛々しく感じますわ。なんといいますか、こう、気合が入っている感じと言いますでしょうか?
はっ! もしかして、わたくしの知らない所でなにかあったのでしょうか?
ああ、知りたいですわ。
聞けば教えてくださいますでしょうか?
けれどもお二人の秘密を暴いて邪魔をするような真似は出来ませんわよね。
ここは我慢ですわ。凛々しいお二人の姿を目に焼き付けておくことで満足しなくては。
わたくしは、せめてこのお二人と一緒の空気を吸うことを堪能するために、深く息を吸い込みます。
はあ、空気が美味しですわ。
校舎の玄関に着くと、お二人は騎士科の方に向かわれました。その背中を見送ってから、わたくしは特進科のクラスに向かいます。
クラスに着いて、自分の席に座ると授業の準備を始めます。そうしますと、ネデット様、ベルナルド様、ジョアシル様が教室に入っていらっしゃいました。
「グリニャック様、ちょっといいかな?」
「まあ、ネデット様。わたくしに何か御用でしょうか?」
「その……エルネット様の事なのだけど、どうにかしてくれないか? あれではプリエマ様があまりにもお気の毒だ」
「そう言われましても、エルネット様とのお付き合いは、わたくしよりもネデット様方の方が余程ございますでしょう?」
わたくしの言葉に、ネデット様方の顔が苦虫を噛み潰したようになってしまわれました。
ふむ、ネデット様方から見ても、エルネット様の行動は横暴が過ぎるということなのでしょうね。
けれども、わたくしに言われましても、あまり関わり合いになりたくないので、何もしたくないのですよね。
まあ、我が家の養女になったので、最低限のマナーは覚えていただかなければならないのですけれども……。
「マナーの講師は王宮から派遣されることになっておりますわ」
「そう言う事じゃないんだ、なんというか、エルネット様はプリエマ様を目の敵にしてるというか、何かにつけてはプリエマ様に何かをされたと騒ぐんだ」
「そうなのですか」
そんなの知りませんわよ。
隙を見せるプリエマも悪いですわよね。
「わたくしからも、プリエマに注意をしておきますわ」
「プリエマ様は悪くないんだ」
「わかっておりますわ。けれども、エルネット様にそのようにさせてしまう隙が、プリエマにあるということでしょう?」
「それは……」
まあ、実際にしていないのでしょうし、ただエルネット様が騒いでいるだけでしたら、大きな問題にはならないでしょう。
わたくしがそう考えた時、授業のチャイムが鳴り、講師の方がクラスに入ってきましたので、ネデット様方は自分の席に行かれました。
応援ありがとうございます!
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