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グリニャック聖女編

036 誕生日パーティーと儀式

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 誕生日当日、我が家には沢山の招待客がいらっしゃっております。
 中には教会の関係者と言いますか、神官長が来ておりますので、いくら十八歳の誕生日パーティーとはいえ、いささか大袈裟なような気がいたします。

「ラヴィ、レク。ようこそいらっしゃいました」
「お誕生日おめでとうニア。そのドレス、とっても似合っているよ」
「誕生日おめでとうニア。流石はアナトマ、いい仕事をしたな」
「体のラインがはっきりわかってしまって少々恥ずかしいのですが、ラヴィとレクはこのようなデザインがお好きなのですか?」
「んー、好きって言うか、ニアに似合いそうなデザインを考えたらそうなった感じだね」
「そうだな。それに、そのデザインだと、ダンスを踊ってターンをした際に、裾が綺麗に広がって美しいだろう?」
「それはそうですけれども……」

 少々顔が赤くなってしまいましたが、わたくしはお二人をわたくしの部屋まで案内いたします。
 他のお客様はそのまま大広間まで案内されますが、お二人にはわたくしをエスコートしていただかなければなりませんものね。

「それにしても、ニアもやっと十八歳になるんだね」
「そうですわね。ラヴィとレクはそれぞれ十月、十一月生まれですので、とっくに成人しておりますものね。やっと追いつけた感じですわ」
「でも、まだ一応学園に通ってるから、夜会には出れないし、お酒を飲むことも禁じられてるけどね」
「まあ、それでも家では酒の練習だと言って飲まされてはいるがな」
「それは僕の家も同じだね。デビュタントの夜会で初めてお酒を飲んで醜態をさらさないようにだって」
「そうなのですか。わたくしもそうなりそうですわね」
「そうだね、ニアは特に女性なんだし、お酒に飲まれるわけにはいかないしね」
「まあ、私達もついているから、飲みすぎるという事もないだろうが、家で多少の訓練はしておいたほうが良いだろうな」
「そうですわね」

 お父様もたまにご友人の家に御呼ばれして、お酒を飲みすぎて帰ってらして、お母様に怒られている事もございますものね。
 お母様はお酒に強いとお父様が仰っていましたが、わたくしもお酒に強い方なのでしょうか?

「グリニャックお嬢様、そろそろ開始の時刻になりますので、大広間にご移動願います」
「わかりましたわ、ドミニエル」

 わたくしはトロレイヴ様とハレック様と一緒に大広間に向かいます。
 大広間に到着する寸前で、トロレイヴ様とハレック様がわたくしの方に手を伸ばして来ましたので、わたくしはその手に自分の手を重ねます。
 そのまま大広間に行きますと、拍手で迎えられました。
 そのままお父様の横まで行くと、トロレイヴ様とハレック様が手を離してわたくしの後ろに立ちます。
 それを確認したお父様が、拍手が落ち着くのを見計らって、口を開きました。

「皆様、本日はグリニャックの為にお集まりいただきありがとうございます。グリニャックも本日でようやく十八歳になりました。これも皆様のおかげでございます。まだ学園に通う身ではありますが、今後、立派な淑女として活躍できるよう、今後も皆様にどうかご助力いただければと思います」

 再び拍手が沸き起こります。
 お父様がわたくしを見てまいりますので、わたくしは拍手が収まるのを待って軽く息を吸い込みます。

「皆様、本日はわたくしの誕生日パーティーにお集まりいただきありがとうございます。お父様が仰ったように、わたくしも本日で十八歳となりました。今まで以上に、淑女としてだけではなく、次期女公爵としてこれからも精進してまいりたいと思いますので、どうかよろしくお願いいたします」

 わたくしがそう言ってカーテシーを致しますと、再び拍手が鳴り響きます。

「それでは皆様、グリニャックの誕生日パーティーをお楽しみ下さい」

 お父様の掛け声で、皆様がそれぞれに楽しみながら、わたくしに挨拶をしにいらっしゃいます。
 わたくしはしばらくそのお相手をして時間が過ぎていきます。
 その間、飲まず食わずですので、最後の方の挨拶になりますと、いい加減喉が渇いてきてしまいますけれども、招待なさった方で挨拶をしていない方もあと少しですし、頑張らなくてはいけませんわね。
 その後、しばらく挨拶が続き、ようやく全ての方の挨拶を受け終わると、リリアーヌが果実水を渡してきてくれましたので、それを一口飲みます。

「お疲れ様、ニア」
「招待客が多いと大変だな」
「そうですわね。けれども、こう言った事にも慣れなければいけませんし、がんばりますわ」

 わたくしは気合を入れ直すと、引きつりかけていた表情筋に再度力を入れて、笑みを作り直します。

「僕達も、ニアの伴侶になるんだし、こういった大規模の集まりには慣れておかないとね」
「そうだな」

 トロレイヴ様とハレック様もリリアーヌから受け取った果実水を飲みながら仰います。
 そうですわよね、招待するにしてもされるにしても、このような大規模なパーティーは今後もあるでしょうし、なれなくてはいけませんわね。
 わたくし達が話していると、曲が変わり、お父様とお母様が中央に出てダンスを踊り始めます。

「ニア、お手をどうぞ」

 そう言ってトロレイヴ様はわたくしに手を差し出します。
 咄嗟にハレック様を見ますと、肩を竦めていらっしゃいます。
 なるほど、ファーストダンスは正室と踊るという事なのですね。
 わたくしはトロレイヴ様の手に自分の手を重ねると一緒にダンスフロアに躍り出ます。
 一曲目のダンスをトロレイヴ様と踊りましたら、二曲目のダンスでは流れるようにハレック様に手を取られてダンスを踊りました。
 そうして二人とダンスを踊り終えると、やっと軽食が準備されている場所まで行きます。

「どれも美味しそうだね。ニア、何か食べたいものはある?」
「そうですわね、そちらのピッツァ風カナッペを頂けますか?」
「OK」

 わたくしが言いますと、トロレイヴ様がお皿に言ったものを盛り付けてくださいます。
 その間に、ハレック様が飲み物を取ってきて下さり、わたくしに渡してくださいました。
 ダンスを踊って喉が渇いていたので丁度いいタイミングですわね。
 グラスが空になったタイミングで、トロレイヴ様からピッツァ風カナッペが盛り付けられたお皿を渡されましたので、空になったグラスは近くを通った給仕係に渡します。
 ピッツァ風カナッペを食べていますと、視界の端にこの場にいらっしゃるには少々くたびれたスーツ姿の方が入り込みました。

「あら、ティスタン様ですわ」
「え?」
「ほう?」

 ティスタン様はキョロキョロと会場内を見渡して、わたくしを見つけたのでしょう、人垣を避けながらわたくしの方に近づいていらっしゃいます。

「グリニャック様。誕生日おめでとうございます。来るのが遅くなってすみません」
「かまいませんわよ。まさか来ていただけるとは思っておりませんでしたし、来ていただけただけで嬉しいですわ」
「実は、グリニャック様の誕生日までにカラーインクの開発を完成させようと思っていたのですが、生憎まだで、申し訳ありません」
「まあ、そうなのですか。カラーインクの開発はゆっくりでも構いませんわよ」
「そうですか?」

 ティスタン様はそう言って首を傾げます。

「そうですわ、丁度いいのでご紹介しますわね。ティスタン様、こちらがわたくしの正室になる婚約者のトロレイヴ様、こちらが側室になる婚約者のハレック様ですわ。お二人とも、この方がわたくしお抱えの錬金術師のティスタン様です」
「初めまして、トロレイヴ様、ハレック様。グリニャック様に雇用されている錬金術師のティスタンと言います」
「初めまして、貴方には会ってみたいと思っていたんだよ」
「お初にお目にかかる。貴君の開発した痛み止めや軟膏にはいつもお世話になっている」
「あ! そうでした。グリニャック様、生憎カラーインクの開発は間に合いませんでしたが、依頼されていた軟膏の匂いについて改善してみましたのでお持ちしました」
「まあ、そうなのですか?」
「はい、こちらになります。大分匂いはましになったと思いますよ」

 わたくしは軟膏の入った小瓶を受け取ると、蓋を開けて匂いを嗅ぎます。
 確かに、湿布臭さは残っておりますが、以前に比べたら大分匂いが薄くなっておりますわね。
 トロレイヴ様とハレック様も小瓶に鼻を近づけて匂いを嗅いでいらっしゃいます。

「本当だ、大分匂いがましになってるね」
「すごいな、あれだけ臭かったのがこんなにも改善されるんだな」

 近い! トロレイヴ様とハレック様の顔が近いですわ! 色々な意味で!

「匂いの改善は大変でしたでしょうに、よくやってくださいましたわ。後で特別報酬を出させていただきますわね」
「ありがとうございます、グリニャック様。それじゃあ、私は開発の続きがしたいので、これで失礼します」
「たまにはゆっくりとパーティーを楽しまれてはいかがですか?」
「それよりも、開発をしていた方が楽しいので」
「そうですか? だったら無理にはお引止めいたしませんけれども……」
「では、失礼します」

 そう言ってティスタン様はわたくし達から離れると、人垣を縫うように歩いて行き大広間を出ていかれました。

「なんだか変わった人だね」
「ボドワール伯爵家の次男と聞いているが、とても貴族とは思えないな」
「ティスタン様は本当に錬金術の研究に熱心な方ですからね、仕方がありませんわ」
「うん、でも安心したかな」
「なにがですの?」
「いや、ニアにかまけている余裕などなさそうだからな。ニアに信頼されているのを勘違いするような愚か者でなくてよかったと思っているだけだ」
「まあ、ティスタン様はそのような方ではございませんわよ」
「そうみたいだね」

 お二人とも、何を心配なさっているのでしょうか? わたくしはお二人以外目に入らないといいますのに。
 その後、パーティーを楽しんでいますと、様々な方にダンスに誘われ、ほぼ休憩無しでダンスを踊りましたので、パーティーが終わったころにはかなり体力が無くなってきてしまいましたけれども、わたくしは本日の主役ですので、これも試練だと思って最後までがんばりました。
 パーティーが終わり、最後のお客様を見送りますと、トロレイヴ様とハレック様もお帰りになり、わたくしは着替えを兼ねて私室に戻りました。
 ダンスを踊っている時間や、挨拶をしている時間が長く、ほとんど飲み食い出来ていなかったのをわかっていたのか、私室に戻りますと、パーティーに出ていた軽食の残りと飲み物が用意されておりました。
 夕食までまだ時間がありますし、正直助かりますわ。
 わたくしはソファーに座って、テーブルに用意されている軽食に手を伸ばしました。

「グリニャックお嬢様、先にドレスのお着替えを」
「……わかりましたわ」

 伸ばしていた手を引っ込めて、わたくしはリリアーヌと一緒に衣裳部屋に入り、ドレスを着替えます。
 着替えが終わり、やっと軽食を食べることが出来、一息ついておりますと、使用人達の手によって、どんどんとわたくしに贈られたプレゼントの箱が運び込まれてきます。
 中身を確認して、後でお礼状を書かなくてはいけませんわね。
 お誕生日プレゼントを頂けるのは嬉しいですが、お礼状を書くという細かい作業をしなければならないのが億劫ですわよね。
 まあ、これも貴族の務めですし、慣れましたけれども、今回は量が多いので大変そうですわ。
 わたくしは軽食を食べ終わると、ドミニエルとリリアーヌがプレゼントの箱を開けていくのを眺めて、メッセージカードを見ながら中身と照らし合わせていきました。
 その後夕食の時刻まで中身を確認して、お礼の手紙を書くという作業を行っておりましたが、半分ほどしか終わらず、残りは夕食後に行うという事になって、わたくしは食堂に向かいました。
 食堂に着くと、パーティー用の衣装から着替えたお父様とお母様がいらっしゃいましたので、わたくしもすぐさま席に座ります。
 そういたしますと、どんどんと夕食が運び込まれてまいりましたので、早速スープから口に付けていきます。

「グリニャック、プレゼントの開封は終わったか?」
「それが、お礼状を書くのに手間取ってしまっておりまして、半分ぐらいしか進んでおりませんの」
「そうか。まあ、今回は招待客も多かったからな、仕方がないだろう」
「けれどもグリニャック、今日中には終わらせるのですよ。お礼状を遅く出しては相手方に失礼ですからね」
「わかりましたわ、お母様」

 そのまま、今日のパーティーの話をしながら夕食は終わり、わたくしは私室に戻ると、プレゼントの開封とお礼状を書くことに専念致しました。
 終わった頃には、いつもでしたら寝ている時間になってしまい、湯あみを短時間で終わらせると、寝着に着替えて寝室に入りました。
 本日はわたくしが主役という事もございまして、射影機を会場に持ち込むことが出来ませんでしたので、トロレイヴ様とハレック様のお姿を写真に撮ることが出来なかったのが残念ですわね。
 そう思いながら、ベッドに入り目をつぶりました。
 ダンスをたくさん踊ったせいか、疲れがたまっているためか、この日はすぐさま眠りについてしまいました。
 翌朝、学園に行く前にドミニエルにプレゼントのお礼状を出してもらう様に頼んでから学園に向かいました。
 学園に着きますと、いつものようにトロレイヴ様とハレック様がお出迎えしてくださいます。

「「おはよう、ニア」」
「おはようございます、ラヴィ、レク」
「昨日は大変だったね」
「あれも、女公爵になるための試練だと思えば苦になりませんわ。それよりも、頂いたプレゼントへのお礼状を書くほうが大変でしたわね。夜遅くまでかかってしまって」
「ああ、確かに量が多そうだな。でも、開封の際は注意しないと、何が入っているかわからないぞ」
「ええ、開封に関してはリリアーヌとドミニエルにしてもらいましたわ」
「ならいいんだけどな」

 そうなのですよね、プレゼントに乗じて、何かを仕込んできている方がいらっしゃらないとも限りませんし、プレゼントの開封は慎重にしなくてはいけないのですよね。
 そんな話をしておりますと、丁度王家の紋が入った馬車がやってきて停まると、その中からジョアシル様とエドワルド様が出ていらっしゃいました。

「おや、ここで会うなんて珍しいね、グリニャック嬢」
「そうですわね、エドワルド様。昨日はわたくしの誕生日パーティーにお越しいただきありがとうございました。プレゼントのブローチもとっても素敵でしたわ。ジョアシル様も、耳飾りを下さって、本当にありがとうございます」
「いや、プリエマ嬢に贈ったものとお揃いだから、気にしなくて構わないさ」
「そうでしたか。プリエマの事も気にかけて下さりありがとうございます」
「ウォレイブ様の奥方だしね、離宮から出られないとはいえ、誕生日プレゼントを贈るのは当然だよ」
「そう言っていただけて何よりですわ」
「ああ、そうか。グリニャック嬢が誕生日という事は、プリエマ様も誕生日だったんだな。すっかり忘れていたよ」
「あら……」

 エドワルド様ってばうっかりさんですわね。

「後で何か見繕って遅くなったとわび状を添えてプレゼントを贈ることにしよう」
「そうしていただけると、プリエマも喜びますわ」
「では、こんな所で集まっているのもなんだし、クラスに行くとするか」
「そうですわね」

 わたくし達はそう言って、それぞれのクラスに向かいました。
 騎士科のクラスに向かうトロレイヴ様とハレック様を見送ってからになりましたので、わたくしが特進科のクラスに到着したのは、シャルナン様達よりも少し遅れての事となりました。
 その日もいつものように講義を受け、いつものように放課後はトロレイヴ様とハレック様の居残り訓練を見学して家に帰りました。
 家に帰ると、セルジルがすぐさまやって来て、着替えてから執務室に行くように言ってきたので、急いで着替えるために速足で私室に向かいました。
 手早く着替えを終えて、お父様の執務室に参りますと、ノックをする前にセルジルが扉を中から開けてくれました。

「お父様、お呼びとのことですが、何かございましたか?」
「ああ、忙しい所を呼び出してすまないな。実は、教会の方から、グリニャックの十八歳の祝いを改めてしたいという打診があったのだ。祝いと言うよりも、儀式のようなものらしいのだがな」
「まあ、そうなのですか? どのような儀式なのでしょうか?」
「それについては詳しくは聞かされてはいないのだ」
「……拒否権は?」
「聖女として、是非行いたいとの要求なのだ」
「それは、拒否できそうにありませんわね」

 はあ、なんで儀式などしなければいけないのでしょうか? 昨日の誕生日パーティーには神官長もいらっしゃっていましたけれども、何も仰っていませんでしたわよね。
 うーん、十八歳になった祝いの儀式ですか、何をさせられるのでしょうね。

「とりあえず、教会の方にはまず儀式の内容の説明を求めたいと返事をしていただけますか? もし数日かかるような儀式であれば、色々と支障が出てしまう場合もございますので」
「わかった、教会にはそのように返事を出しておこう」
「よろしくお願いいたします。他にご用事はございますか?」
「ああ、こちらにある予算表をまとめてくれ。それと、前期の領地での特産品の収穫量と流通を確認して書き出してくれ」
「わかりましたわ」

 わたくしは早速予算表をまとめることにいたしました。
 そのまま夕食までお父様のお手伝いをして過ごしまして、一緒に食堂に行って夕食を頂きました。
 その日の夜、いつものようにトロレイヴ様とハレック様の写真を張り付けたアルバムを堪能してからベッドに入り目を閉じました。
 翌日、いつものように学園から帰って来ると、また着替えてからお父様の執務室に行くようにとセルジルに言われました。
 着替えをしてお父様の執務室前に行くと、扉をノックいたします。

「お父様、グリニャックです」
「入りなさい」
「はい」

 扉を開けて執務室に入りますと、そこにはお父様と神官長がいらっしゃいました。

「まあ、神官長もいらっしゃったのですね」
「はい、グリニャック様。本日は聖女が十八歳になった際の祝いの儀式について説明しようと思い参りました」
「然様でしたか」

 わたくしはそう言いながら、神官長の向かいのソファーに座ります。

「それで、儀式とはどのようなものなのでしょうか?」
「はい、まず聖女様には早朝の禊から始めていただくため前日の夜から教会本部に泊まっていただきます。そして、早朝の禊を終えられましたら、聖水をお飲みいただき、ローブに着替えていただいた後、礼拝堂で神への祈りを捧げていただきます。その祈りは三時間ぐらい続きますね。祈りが終わりましたら、本来ならこの国にある礼拝堂全てを巡礼していただきたいのですが、グリニャック様はまだ学園に通う身という事もございますので、王都にございます礼拝堂を巡礼していただこうと思います。巡礼が終わりましたら、教会本部に戻っていただきまして、再び禊をしていただき、再び神への祈りを三時間ほどしていただくことになっております。そして、最後に再度禊をしていただく手はずとなっております」

 ……聖水を飲む以外の飲食は禁止なのでしょうか? 一切話に出てきませんでしたけれども。

「えっと、巡礼中や祈りの前後などに食事は出来るのでしょうか?」
「申し訳ありませんが、聖水を飲んでいただくことは可能ですが、食事は我慢していただくこととなっております」
「そうですか……」

 拷問! なんていう拷問ですか、それは!
 王都だけでもどれだけ礼拝堂があると思っているのでしょうね!
 しかも合わせて神様に約六時間も祈りを捧げなければいけないなんて、何を祈ればいいと言うのですかね! 国の安寧とかですかね?
 聖水は飲んでもいいとのことですが、何も食べずに祈ったり礼拝堂を巡礼したりなんて、拷問ですわよね!

「丸一日で終わりますの?」
「順調に行けば、夜中の三時ぐらいには終わるのではないかと思います」
「夜中の三時……」
「少々苛酷かもしれませんが、聖女様であれば出来ると思っております」
「……拒否権はございますか?」
「是非とも、儀式に臨んでいただければと思います」

 神官長、良い笑顔ですわね。これは拒否権は無さそうですわ……。

「わかりました、出来る限り頑張りますわ。それで、いつその儀式を行うのでしょうか?」
「出来れば早いうちに」
「然様ですか……」

 具体的な日程はまだ決まっていないという事なのですね。
 近日中に行われる事になるのでしょうし、これは覚悟が必要ですわね。
 一日何も食べないのですか……まあ、なんとかなるでしょうけれども、祈りの間にお腹が鳴ったら恥ずかしいですわね。

「では、私は教会に戻り、儀式の準備を始めたいと思います。日程が決まりましたら、追ってお知らせいたします」
「わかりましたわ」
「それでは、グリニャック様、エヴリアル公爵、私はこれで失礼いたします」
「お見送りを……」
「いえ、見送りは不要でございますよ。聖女様もお忙しいでしょうし」

 そう考えていただけるなら、そもそも儀式をしたくないのですけれどもね!
 わたくしは執務室から出ていく神官長の背中を見送って、扉が閉まったのを確認してお父様にバレないようにこっそりとため息を吐き出しました。

「大変な儀式のようだな」
「そうですわね。わたくしに出来ますでしょうか?」
「グリニャックにならできるとは思うが、前日から泊まり込みとなってしまうと、一日食べなくても大丈夫なように夕食を食べさせるわけにもいかないな」
「そうですわね、教会での食事はどのようなものなのでしょうか?」
「さあ? 清貧をそれほど重んじているわけではないので、貧しい食事と言うわけではないだろうが、我が家で食べるような食事ではないだろうな」
「それは仕方がありませんわね、実際どうなるのかわかりませんわね」

 一日何も食べないで過ごすと言うのは経験がございませんし。

「しかし、聖水以外口にできないと言うのは、流石に予想していなかったな」
「そうですわね。聖女の十八歳になる祝いの儀式とは名ばかりの苦行ですわね」
「まあ、久しぶりの聖女誕生に教会側も力が入っているのだろう」

 迷惑ですわねえ。わたくしはただの女公爵でいたいのですけれども……。

「聖女と言うのも本当に大変な肩書ですわね」
「仕方あるまい、グリニャックはアーティファクトを正式起動したのだからな」
「それはそうなのですけれどもね」

 はあ、諦めて儀式に臨むしかないのでしょうね。


 二週間後、儀式が執り行われることになり、わたくしは儀式に挑みました。
 前日から泊まり込みでしたので、夕食を教会本部で頂いたのですが、なんというか、本当に教会なのかと思えるほど豪華だったといいますか、食い貯めをしておけと言わんばかりの量を食べさせられました。
 満腹すぎてほとんど眠れないまま、早朝四時に起こされ、禊をしたのですが、もちろんお湯なんて生温いものではなく、六月も終わりではありますが、冷たい水での禊になりました。
 その後、聖水を飲んで、教会本部内の礼拝堂で三時間ほど神様に祈りを捧げました。

『グリニャックよ、本日の儀式、がんばるのだぞ』

 なんて声も聞こえましたが、ガン無視でこの国の安寧を祈りましたわ。
 その後、王都内を馬車で移動して各所の礼拝堂を回ります。もちろん、王宮にある礼拝堂も巡礼いたしました。
 そうしてやっと教会本部に戻りましたら、聖水を一口だけ飲んで、禊をし、また神様に三時間ほど祈りを捧げました。

『グリニャックよ、今日はよく聖女としての務めを果たしたな』

 またそんな声が聞こえましたが、またガン無視致しまして国の安寧を祈りました。
 神官長の言っていた通り、全ての儀式が終わったのは夜中と言いますか、翌朝の四時になりました。
 正直、お腹はすきますし眠いし、コンディションは最悪ですわ。

「グリニャック様、儀式はもうすぐ終了となります。最後に禊をしていただきまして、お屋敷の方に帰っていただいて結構ですよ」
「わかりましたわ」

 思わず力なく返事をしてしまいました。この後にまたあの冷水で禊をするとか、本当に拷問ですわね!
 そう思いながらも、禊をするため、水場に向かいました。
 禊をして、女神官の手を借りてドレスに着替えますとやっと屋敷に帰ることが出来ました。

「お帰りなさいませ、グリニャックお嬢様」
「ただいま帰りましたわ、リリアーヌ。こんな朝早くから起きていなくてもよかったですのに」
「グリニャック様が夜通し頑張っていらっしゃるのに、私が寝るわけには参りませんので」
「そう? 早速で悪いのですけれども、眠気が限界ですので、部屋に帰って眠ることにいたしますわ」
「かしこまりました」

 部屋に帰ると、ドミニエルも起きて待っていてくれたようです。シャルナンは今日一日わたくしについていましたので、もちろん眠っておりません。
 つまりわたくしの付き人が全員夜通し起きていたというわけですわね。

「ドミニエル、シャルナン。先ほどリリアーヌにも言いましたが、わたくしも眠気が限界ですので、今日はもう休みますわ。昼食の時間まで寝る予定ですので、三人も仮眠を取ってくださいね」
「かしこまりました。グリニャック様、本日は儀式お疲れさまでした」
「ええ。……リリアーヌ、早速ですが寝着に着替えますわ」
「かしこまりました」

 わたくしは衣裳部屋に向かいますと、ドレスを脱ぎ、寝着に着替えますと、ふらついた足取りで寝室に参りました。
 もう、眠気が限界ですわ。
 国王陛下は執務でお忙しい時は三徹もする時もあると聞きましたが、わたくしにはとても真似出来そうにありませんわね。
 わたくしはベッドに倒れこむ様に入ると、そのまま肌掛けをかけて、目を閉じて一瞬で夢の中に旅立ちました。
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