悪役令嬢、職務放棄

茄子

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012 夢でのファーストキス

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 ダニエッテ様のお婆様が所有していたというブローチがブライシー王国の側妃に配られた物であったと証明されたのは、その即日でございました。
 まあ、光を当てるだけでございますので、すぐ済んだのでしょう。
 そこで、アウグスト様は、まず我が国の国王陛下にお願いして、ダニエッテ様とその母親を一時的に王宮の離宮に住まわせてもらえないかと交渉なさいました。
 まあ、それに関しては、離宮であればということで、使われていない離宮の一つをあてがうことを国王陛下が承認なさったそうなのですが、心中は複雑なのではないでしょうか?
 わたくしのお願いとはいえ、平民に落とした男爵家の妻とその娘を王宮の離宮に住まわせるのですものね。
 まあ、離宮も掃除などございますので、即日に住めるようになると言うわけではなく、二日間の猶予が与えられ、その間にダニエッテ様達は荷物をまとめるそうなのです。
 庶民に落とされても、王子方や高位の貴族子息方からプレゼントをもらっていましたので、荷物はそれなりにあるようなのですよね。
 そんな事を考えながら、馬車に揺られて家に帰りましたら、珍しくシャメルお姉様がいらっしゃっているとの事でしたので、わたくしは急いで着替えますと、シャメルお姉様がいらっしゃる談話室に向かいました。

「シャメルお姉様、ご機嫌よう」
「カロリーヌ、元気そうで安心しました。令嬢達ともうまくやっていると噂は聞いていますよ」
「まあ」

 わたくしがソファに座りますと、温めたレモネードが出されました。

「それに聞きましたわよ。先日行われた食事会で、独唱をした際に魔法を使ってしまったのですってね? もちろん、令嬢の方々は空調がたまたま動作したのだろうと仰っておりましたけれども」
「う……はい」
「ああ、責めているわけではありませんわよ。カロリーヌの身に何かあってからでは遅いので、心配しているのですわ」
「気を付けます」
「まあ、昔からの癖ですし、わたくし達も直させようとはしませんでしたので、仕方がないと言えば仕方がないのですけれども、魔法を使えるという事が近隣諸国に知れ渡ってしまっては、カロリーヌの身に何が起きるかわかりませんからね、本当に心配しているのですよ。我が国を守護してくださっている神様は、国は守護してくださいましたが、個人を守護しては下さいませんからね」
「そうですわね」

 守護特化のくせに、個人を守護できないとか、やることが大雑把ですわよね。
 わたくしの今後について神様の間で話し合いを行うとか言っておりましたが、魔法を使えることと関係しているのでしょうか?
 確かに、水を生成することが出来ますので、日照りで飢饉が定期的に起きると言うブライシー王国からしてみたら喉から手が出るほど欲しい能力かもしれませんわね。
 なるほど、そう考えますと、わたくしが魔法を使えることは確かにばれると危険かもしれませんわ。
 シャメルお姉様がわざわざ里帰りをしてまで忠告して下さったのですから、今後は歌を歌う時でも魔法を発動しないように訓練しないといけませんわね。
 でも、どうやって?
 あまり歌いすぎると、また吐血してしまいますし、家で練習するにも限界がありますわよね。
 うーん、難しいですわ。
 神様もわたくしの今後についてではなく、魔法のコントロール方法について教えて下さればよろしいのに、使えませんわね。
 ……いけませんわ。
仮にもこの国を守護なさっている神様ですもの、使えないなんて言っては駄目ですわね。

「それにしても、そろそろ寒い時期になってきましたわね。カロリーヌも体調を崩しやすい時期になりましたし、よく暖かくして体調には気を配るのですよ?」
「ええ、学園は楽しいので、出来るだけ休まないように頑張りたいと思いますわ」
「そうですか、わたくしも学園生活は今でも良い思い出になっております」
「シャメルお姉様の学園時代はお話に聞いておりましたが、ラルデット様に絡む男爵令嬢が居たのだそうですよね」
「ええ、もちろん実害が出る前にバンジール様にお願いして男爵家を取り潰しにしていただきましたけれどもね」
「そうですわよね。実害が出るうちにそういう方には舞台を降りていただくのがいいですわよね」
「何かあったのですか?」
「シャメルお姉様は、国王陛下から聞いていらっしゃいませんか? 今度離宮に住むことになる母子の事を」
「ああ、亡国の末裔だとか言う、元男爵家の方々ですね。その方々が何か?」
「実は、その方はダニエッテ様というのですが、複数の王子方や子息の方と今でも関係を持っていらっしゃるようでして、今回の話が出たのも、それが関係しているようなのです」
「まあ、そうなのですか。ある意味性質が悪いですわね。水の神の加護を得ているかもしれないという事ですけれども、その方々を丁重に扱えばブライシー王国の日照りによる飢饉が本当に収まるとも限りませんし、ブライシー王国としても悩ましい所なのではないでしょうか?」
「そうですわよね」
「今日、アウグスト様が祖国に急使を出していらっしゃいましたが、その母子の今後について話をするのでしょうね」
「そうですわね」
「それにしても、わたくしは平民に落とされた経緯をあまりよく知らないのですけれども、カロリーヌが気にしているという事は何か関係しているのですか?」
「ええ、実は、男爵家を平民にさせるようお願いしたのはわたくしなのです」
「まあ、どうして?」
「ダニエッテ様が、わたくしがダニエッテ様の大切なカメオのブローチを盗んだと言い出したため、実害が出たと判断いたしましたので、国王陛下にお願いをいたしまして平民に落としていただいたのです」
「そうだったのですか。それで、そのブローチがブライシー王国の側妃に配られていたものだったと。無くしたものがどこから出て来たのか、知りたいところですわね」
「そうなのですよね。落とし物届に出されていたのかもしれませんわ」
「まあ、カロリーヌってば平和主義ですわね」
「と、いいますと?」
「自作自演という言葉がございまして、ブローチを無くしたと言うのは嘘で、実はずっと持っていたとか」
「なるほど」
「もしくは、あとでこっそりカロリーヌの持ち物に忍び込ませて、そこから発見させようとしたとか」
「まあ!」
「考えればいくらでもありますわよ。まあ、大した実害がないうちに縁を切れたのですからよかったではありませんか。離宮に住むとはいえ、カロリーヌが王宮に来ることはほとんどございませんし、離宮に隔離するような物でございますので、そう簡単に離宮から出ることもないでしょうからね」
「だったらよろしいのですけれども」

 ダニエッテ様が何をなさるか、予測できませんものねえ。
 まあ、わたくしと絡むことはそう簡単にはないでしょうから、わたくしは放置しておけばいいですわよね。
 その後、王宮での噂話などを聞きまして、シャメルお姉様は夕食の時間の前に王宮に帰って行ってしまいました。
 一緒に夕食を頂ければと思ったのですけれども、流石にそれは無理だったようです。
 夕食を家族で頂きまして、部屋に戻って湯あみをして、寝着に着替えまして、お香を焚いてもらってわたくしは夢の世界に旅立って行きました。


 二日後、ダニエッテ様は無事に王宮の離宮に移住なさったとのことです。
 今更ですが、父親の元男爵はよろしいのでしょうか?
 父親を一人置いて離宮に移住なさるとか、親子の情はないのでしょうか?
 話しに聞くところのよると、離宮には使用人が準備されていて、ダニエッテ様達はただ日々を過ごせばいいだけのようなのです。
 シャメルお姉様のお言葉では離宮に隔離されているような物だとのことですが、あのダニエッテ様が大人しく監禁されるだけで済みますでしょうか?
 なんだか不安ですわね。
 ブライシー王国が引き取るとはいえ、我が国にいる間に何かする可能性もございますものね。
 具体的な内容は全く思いつきませんけれども、何かする可能性は大いにございますわよね。
 それでも、わたくしの日常が特に変わることは無く、日々が過ぎていきました。
 そうして、十二月に入り、一層寒くなって来た頃、わたくしはいつもの事ですが熱を出してしまい、学園を休んでしまいました。
 お母様達がお見舞いに来てくださるとはいえ、学園に行けないのはつまらないですわね。
 いつものようにベッドの中で大人しくしていると、夕方の学園が終わった頃の時間に、コレットが寝室に入って来ました。

「カロリーヌお嬢様、学園の方がお見舞いに来たいとのことですが、お通ししてもよろしいでしょうか?」
「まあ、どなたです?」
「トレクマー様だそうです」
「まあ! もちろんお受けいたしますわ。ああ、コレット、大丈夫だとは思いますが、髪などが乱れていないか確認していただけますか?」
「はい」

 コレットに寝着のヨレや髪の乱れを直してもらって、わたくしはドキドキしながらトレクマー様が居らっしゃるのを待っておりました。
 本来であれば、この部屋の応接室でお迎えすべきなのでしょうが、まだ熱が下がりきっていないので、ベッドでお迎えする形になってしまいました。

「カロリーヌお嬢様、トレクマー様が居らっしゃいました」
「お通ししてください」

 わたくしがそう返事をすると、寝室の扉が開き、制服姿のトレクマー様が居らっしゃいました。

「ご機嫌よう、カロリーヌ様。具合の方は如何ですか?」
「まだ少し熱が残っておりますが、いつもの事でございますので大丈夫ですわ」
「そうですか。カロリーヌ様が居ない学園は、花がないようで寂しいので、出来るだけ早く快癒なさるように祈っておりますわね」
「ありがとうございます」
「そう言えば、今日、フリーゲンが学園に戻ってきましたのよ」
「え」
「生意気にも、ブライシー王国で貴族位を少なくとも貰えるはずなのだから、自分も学園に通う権利があると主張なさったとか」
「まあ、それは……」
「早速、王子方や高位貴族の子息方を侍らせて、まるで学園の女王のように振舞っておりますわ」
「あらまあ、それは、学園に行くのが不安ですわね」
「大丈夫ですわよ。カロリーヌ様の事はわたくしが守って差し上げますわ」
「まあ……」

 思わず顔が赤くなってしまいます。

「ふふ、カロリーヌ様は本当に愛らしいですわね。お体の心配がなければ国に連れ帰りたいぐらいですわ」
「そんな、からかわないで下さいませ」
「からかってなどいませんわ。こう言ったら気持ち悪いと思われるかもしれませんけれども、わたくし、カロリーヌ様の事を好ましく思っておりますのよ」
「ありがとうございます。わたくしも、トレクマー様の事は好きですわ」
「嬉しい、わたくし達、両想いですわね」
「そうですわね」

 顔が赤くなって、胸がドキドキいたします。
 トレクマー様は他意が無いのでしょうけれども、その言動のお言葉がわたくしの心を動かしてなりませんわ。
 両想いなんて言われてしまうと、心のドキドキが止まらなくなってしまいますわ。

「そういえば、各国の王子ですが、このままこの国に滞在し続ける可能性があると言うのはご存知?」
「え、ええ。噂で聞いたことがございますわ」
「中立国となったこの国に、同盟の証として滞在することになるかもしれないのですわ」
「そうなのですか。祖国から離れて異国で暮らすと言うのは大変でしょうね」
「あら、けれども私はそれでも良いと思っておりますのよ。なんと言ってもこの国にはカロリーヌ様がいらっしゃいますもの。きっと楽しい日々が待っているに違いありませんわ」
「まあ……。トレクマー様はよろしいとして、アウグスト様はそれでよろしいのですか? だって、ブライシー王国の第三王子でいらっしゃいますでしょう?」
「あら、国に帰っても大公の座を与えられて公務を淡々とこなす日々が待っているだけですもの。それでしたら異国で羽を広げるのも一興なのではないでしょうか?」
「そんなものなのですか?」
「まあ、あくまでもわたくしの予測ですけれどもね」
「他の王子方もこの国に住むことになったとして、婚約者の皆様はそれを了承なさっておりますの?」
「皆様そう言った覚悟をしてこの句に来ておりますわよ」
「そうなのですか」
「まあ、同盟の証として、この国の令嬢を娶る事もあるかもしれませんけれども、今の段階では何とも言えませんわね。まだ十二月ですもの、結論付けるのは早いでしょうね」
「いつ頃それが分かりますの?」
「そうですわね、こちらに来て一年ぐらいして判断することになると思いますので、来年の九月ぐらいでしょうか?」
「そうなのですか」
「まあ、それまでの間、王子方には覚悟を決めろと、暗黙のお達しが来ているのですわ」
「けれども、ご本人は留学気分の方はいらっしゃるのではございませんか?」
「そうですわね、学園生活が終わったら国に帰れると思っていらっしゃる方もいらっしゃいますわね」
「大変ですわね」
「けれども、大使としてこの国に残るのも、重要な公務でございますもの。王族に産まれたからには何かしらの公務を果たさなければならないと言うのは、常識でございましょう」
「そうですわね」

 我が国でも、大公の方々は皆様きちんと公務を果たしていらっしゃいますものね。
 そういえば、ウォレイブ様について外交なさっているプリエマ伯母様は今頃どこにいらっしゃるのでしょうか?
 お元気でいらっしゃるといいのですけれども。

「さて、わたくしはこの辺で失礼しますわね。長居して体に障っては大変ですもの」
「まあ、もう行ってしまわれるのですか?」
「ええ、また学園でお会いいたしましょうね」
「そうですわね。明日は無理かもしれませんけれども、明後日には登校出来るように安静にしておりますわ」
「それがよろしいですわね」

 そういってトレクマー様は椅子から立ち上がりますと、わたくしの頬を撫でてから、寝室を出ていかれました。
 撫でられた頬が熱く感じられますわね、熱がぶり返してしまったのでしょうか?
 それとも、わたくしがトレクマー様に恋をしているから、熱く感じてしまうのでしょうか?
 って、恋?
 わたくし、トレクマー様に恋をしているのでしょうか……。
 けれども、トレクマー様は今までわたくしが感じた事の無い感情を引き出してくださいますし、非生産的な感情だと神様には言われましたが、それでもこの想いは本物ですわよね。
 ええ、わたくし、トレクマー様に恋をしているのですわ。
 けれども、この想いが叶うことは無いのですよね。
 なんだか切ないですけれども、心のどこかでほっとする気持ちもございますわ。
 わたくしの身勝手な想いにトレクマー様を巻き込むわけにはいきませんもの。
 その後、病人食を頂きまして、湯あみもせずにわたくしは夢の世界に突入していきました。


『まあ、カロリーヌ様』
「まあ、トレクマー様、どうしてここに?」
『それはこちらのセリフですわ。夢にまでカロリーヌ様を見るなんて、ふふ、わたくしってば余程カロリーヌ様を想っておりますのね』
「まあ、そう言ってくださるとうれしいですわ。わたくしも夢の中でトレクマー様にお会いできるとは思いませんでした」

 飴色の雲の上のような場所で、わたくしとトレクマー様は二人っきりで居りますし、夢の中とは言え、寝着姿のトレクマー様になんだかドキドキしてしまいますわね。

『まあ、立ち話もなんですし、この飴色の雲のような地面は柔らかそうですので、この上に座りまりませんか?』
「そうでうすわね」

 わたくしとトレクマー様は並ぶ形で一緒に座ります。
 何を話したらよいのでしょうか?

『ふふ、でも本当に嬉しいですわ。夢の中でしたら、カロリーヌ様をいくら独占しましても、誰からも責められませんものね』
「まあ、わたくしと一緒にいると誰かに責められてしまいますの?」
『それはもう。カロリーヌ様と仲良くなさりたい令嬢は数多くいらっしゃいますもの。わたくしはそんな中でもカロリーヌ様と親しくしておりますでしょう? たまに嫉妬を受けてしまいますのよ』
「まあ、それはなんだか申し訳ありません」
『カロリーヌ様が謝る事ではございませんわ』
「……突然の事で驚かれるかもしれませんが、わたくしトレクマー様に恋をしているようなのでございます。こんな想いをぶつけられても気持ち悪いだけかもしれませんけれども」
『まあ、そんなことございませんわ。むしろ嬉しいぐらいですわよ。わたくしもカロリーヌ様に恋をしておりますもの。初めてお見掛けした時から、ずっと恋をしておりますのよ。お恥ずかしながら、初恋でございまして、最初はどう対応したらいいのかわからなかったのですが、今では開き直っておりますわ』
「そうなのですか?」
『ええ、けれどもこの感情に名前を付けるとしたら、恋なのではないかと思っておりますわ』
「わたくしも、トレクマー様が初恋ですわ」
『まあ、嬉しい』

 トレクマー様はそう仰いますと、わたくしの頬に手を添えて顔をそっと近づけていらっしゃいました。
 わたくしは自然と目を閉じます。
 唇に何かが触れた感覚があって、そっと目を開けると、至近距離にトレクマー様の美しい瞳がありました。
 それがそっと離れて行って、わたくしは少しだけ寂しく感じながらも、自分の唇に手を当てました。

『ふふ、ファーストキスですわね』
「わたくしもですわ」
『カロリーヌ様、大好きですわ』
「わたくしも、大好きですわ。トレクマー様」

 そう言った瞬間、視界が霞がかっていき、意識がホワイトアウトいたしました。


 不思議な夢を見ましたわ。
 わたくしってば、夢に見てしまうほどトレクマー様の事を想っておりますのね。
 けれども、夢の中とは言えファーストキスをしてしまうなんて、なんて大胆なのでしょうか。
 なんだか体が暖かい気がいたしますわ。
 そう考えていると、寝室のドアがノックされて、コレットが入ってきました。

「おはようございます、カロリーヌお嬢様。……お顔の色がよろしいようですが、若干赤い気も致しますね。熱が下がりきっていないのでしょうか? 典医をお呼びいたしますか?」
「いえ、寝ていればおさまりますので大丈夫ですわ」
「そうですか。あとで熱さましの丸薬をお持ちいたしますね」
「ありがとう、コレット」

 この熱、熱さましの丸薬で納まるものなのでしょうか?
 それにしても、本当にいい夢でしたわ。
 明日、登校したさいにトレクマー様のお顔を見るのが少し恥ずかしいですけれども、内緒にしておけばわかりませんわよね。
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