女子高生探偵小南安奈事件簿（旧題：聖ガブリエル学院で起きた殺人について。

009

「ご機嫌よう、水瀬幸恵みなせゆきえ先輩」
「まあご機嫌よう。今回は慰労会を開いてくださってありがとう」
「いいえ、先輩こそ今回は残念でしたね」
「かまわなくってよ。より美しくならなければならないのだとわかったもの」
「先輩は今でも十分にお美しいと思いますよ」
「けれども優勝することは出来なかったわ」

　水瀬は朗らかにそう言うと、ヴァージン・マリーを飲み干した。
　コトン、と大理石のテーブルにグラスを置くと、水瀬は安奈をじっと見てぽつりと呟く。

「貴女みたいに生まれつき美しかったらこんな思いはしないのでしょうね」
「え？」
「いいえなんでもないのよ」
「そういえば、春休みに人生観を変えるような体験をなさったとお伺いしましたわ。どのようなものでしたの？」
「まあ、そんな話を誰からお聞きになったの？けれどもそうね、確かにあの出来事は人生観を変えるものだったわ。けれども、どんなものだったかは内緒よ」
「まあ、教えて下さらないのですか？」
「そうね、特にあなたのように美しい人には内緒にしなくてはいけないわね」
「え？」
「うふふ、これは誉め言葉よ」
「そうですか？ありがとうございます」

　そうはいっているが、水瀬の表情は引きつっており、目には暗い陰が宿っている。

「先輩？どうかなさって？」
「いいえ、なんでもないのよ。貴女のように生まれつき美しい人が少し羨ましくなっただけよ。きっと貴女のように、生来の美しさを持っている人には、私のような者の心はわからないのでしょうね」
「そんな」
「いいのよ謙遜しなくって。貴女は美しい。この学院で一番美しいのよ」
「ありがとうございます」

　美しさにやたらとこだわる水瀬に、安奈は少し戸惑ってしまい、少し引いてしまう。
　そのまま安奈は水瀬のもとを去り、瑞樹と合流すると、情報を交換する。
　瑞樹の方も同じように春休みの出来事を聞いたが、やはり教えてはくれなかったどころか、美しさに嫉妬されたという。

「やっぱりみんな同じように美しさに固執しているのね。不思議だわ、やはり吸血鬼と何か契約でもしたのかしら？けれどもお互いにそのことは知らない様子なのよね」
「そうみたいね」
「やはり仲間割れの線が濃厚なのではないかしら？同じ契約者を殺し合っているとしたら納得がいってよ」
「お互いに知らなかったというのにどうやってその相手を特定したというの？」
「今回のように噂を聞いたとかではないかしら？それに今回のミスコンのおかげでお互いがお互いを認識できたかもしれなくってよ」
「つまりは？」
「要注意人物の五人を見張っていれば何か動きがあるかもしれないという事よ」
「目が足りなくってよ」
「高梨先生にも手伝っていただくというのはどうかしら？」
「まあ、先生まで巻き込むつもりなの？」
「だって手が足りないのだもの」
「それはそうだけれども、先生もお気の毒ね」
「うふふ」

　安奈は名案が想い浮かんだと言わんばかりに目を輝かせると、北条と水瀬を見て笑みを浮かべた。

「今回は要注意人物だけを集めてお茶会を開催することが出来たせいか、他の方々とのお茶会よりもピンと糸を張ったかのような緊張感があるわね。皆さん誰もが自分が他の方よりも美しいと信じているようだわ」
「そうね、瑞樹。けれどもそれはきっと無意識でのことだわ」
「私もそう思うわ」
「やはり春休みにあったという出来事がきっかなのには間違いないようだし、それを何とかして聞き出したいものだわ」
「そうね。どうしたら聞き出すことができるかしら」
「……神宮寺さんは本当に何も聞いていなかったと思う？」
「どうかしら？神宮寺さんはまだ何かを隠しているようには感じるけれども」
「そうよね」
「明日もう一度神宮寺さんにお話を聞いてみようと思うのだけれども、一緒に来てくれるかしら？」
「もちろんよ。貴女だけにしたら何をしでかすかわかったものではなくってよ」
「まあ、信用がないのね」
「信頼はしていてよ」

　くすくすと安奈と瑞樹が笑い合っているそのすぐ近くでは、集められた五人が互いににらみ合っている。
　今回、安奈と瑞樹が水を差し向けたことで、互いに似たような境遇に陥っていると、直感的に判断したのだろう。
　それがどうなるか、安奈や瑞樹でもわからない。
　殺し合いが始まるかもしれないし、何か共謀するのかもしれない。
　けれども、安奈の予想では喰い合うのではないかと思っている。
　それが彼女たちの目に浮かぶ暗い陰から感じられたことだった。