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柚木

004

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 昼食会の後は再び翔真と二階層で狩りをすることになった。相変わらずの阿吽の呼吸で、翔真が投げたナイフを私が回収して翔真に投げ返すということもできるようになった。
 というか、私も盗人になって投げナイフのスキルを獲得した。
 だから一本の投げナイフでお互いに相手の近くにいるホーンラビットを狙うっていう感じになってるのよね。
 レベルアップをした時はほんわかと、体が温かくなったかと思ったら、頭の上でぽふん、と花が咲くエフェクトが表示されるようだ。
 職業はレベル1にならないと獲得できないと翔真に言われていたので、早速盗人の職業を選んだというわけ。魔士と悩んだんだけど、ステータスから考えてもこっちのほうがいいと思ったのよね。
 でも、翔真曰く、盗人になってる人は少ないらしいの。
 理由はID:001の初めの勇者候補が、盗人なんて悪人がなるものだ、自分は盗人を認めないなんて言ったかららしいのよ。
 当時は、その最初の勇者候補が幅を利かせてたからか、その言葉にしたがう人が多かったという感じね。
 というか、いまでもその人は幅を利かせてるわけなんだけど、ムカつくことに知り合いなのよね。
 最初の勇者候補の名前は天野橋天真あまのはしてんま、我が一族でも厄介者扱いされてる子なのよね。
 変な正義感を振りかざして、家業をめちゃくちゃにしてくれたのは今でも忘れないわ。おかげで信用と信頼を取り戻すのにどれだけ時間を費やしたことかわからないわ。
 そして、それに追従するように、二人の少女が天真の意見を肯定しているのよね。通称天使様と聖女様。名前がアンジェとマリアだからそういう通称になったみたいだけど、安直よね。
 まあ、とにかくそういう理由からか、盗人は差別の対象になってたりするわけで、特に赤のサーバーでは蔑視されて身の置き場がなくて黄や青のサーバーに流れてくる人も多いみたい。
 まあ、青のサーバーは盗人率高いのはそれが理由なのかと初めて知った時は呆れたわね。天真の変に偏った正義感はいまだに治ってないみたいね。
 そのせいで被害者も出ているというのに、暢気なものだわ。幼い頃のこととはいえ、一族の被った被害と、被害者の方々を想えば、一生をかけて償わなければいけないことよ。

「柚木、何考えてる?」
「天真の事よ」

 翔真の質問に素直に答える。隠したってどうせすぐにばれてしまうんだから。

「翔真、天真に慕われてたでしょう?更生させられなかったの?」
「出来なかったんだよ。俺も天真には悪感情を抱いているからな。素直に向き合うことが出来なかったともいえる」
「一族であの子に悪感情を抱いていない人なんかいないわよ」
「そうだな」

 私は手近にいたホーンラビットをナイフで貫いて、「はあ」とため息を零す。

「こっちの世界に来てまで天真に困らされるとは思っても見なかったわ」
「そうだな」
「そういえば」

 気になったことがあったので翔真に聞いてみる。

「天真がいなくなったっていう話、聞いたことある?私はないんだけど」
「俺もない。少なくとも半年前にはこっちに来ていたと思うんだけどな」
「お爺様方が隠したのかしら?それとも、これ幸いといなかったことにしたのかしら?」

 私の言葉に翔真は少し考えると、

「両方かもな。お爺様方にとって天真はいなくなって欲しい存在No.1だ」
「そうね」

 なんだか暗い雰囲気になってしまった。せっかく翔真とこうして二人でいるのに、暗い雰囲気にしっぱなしなのは厭だわ。

「それにしても、この世界に来ても翔真はモテてるのね」
「なんだ急に」
「あら、私が気が付かないと思った?」

 食事会の時、私に対して嫉妬の視線を向けてきた人は片手では足りないぐらいだった。

「柚木以上の女なんていないよ」
「嬉しいけど、私を理由に女を振るのは止めてよね、私が恨まれるじゃないの」

 学生時代それで虐めに近い目にあったんだから、冗談じゃなかったわ。もっとも、私の友達がすぐに私をかばってくれたおかげでいじめはすぐになくなったけどね。

「でもなあ、断る理由なんて他にないだろう?」
「あら、語彙力がないのね」
「ひどいなあ。柚木以上の女がいないっていうのは事実なんだし仕方がないだろう」

 翔真の言葉に思わず許してしまいそうになるけれども、ここは引いてはいけない。

「理想の女じゃないとか、そういうことでいいのよ」
「柚木が俺の理想の女ってことか?」
「あら、違うの?」

 翔真の言葉にちょっとだけムッとしたような顔で返してみれば、翔真は少し考えるように、顎に手を当てて私の方をじっと見つめてくる。
 なんだか照れるわね。

「理想っていうのは、常に高みにあるものだろう?」
「……ちょっと、どういうことよ」

 聞き捨てならないわね。

「そういう柚木こそ、男を振る時に俺を出しにするのをやめろよな。おかげでどれだけ恨みを買ったと思ってるんだ」
「あら、だってそれが一番簡単なんだもの。私の翔真がその辺の雑魚に負けるわけないし」
「まあ、負けないけどなあ、面倒だったぞ」
「それはお気の毒様」

 私たちはそう言って笑い合う。天真のことなど記憶の隅に追いやって、今を楽しむべくこうして笑い合うのだ。

「そう言えば翔真」
「なんだ?」
「拠点って、他の人の拠点に行けたりはしないの?」
「うーん、今のところその方法は見つかってないな。一緒のタイミングで入るとか、接触して入るとか試してはみてるんだけど、だめみたいなんだ」
「そうなのね。残念、翔真の拠点を見てみたかったのに」
「俺だってこっちに来てまだ二日目だぞ。お前と変わらないって」

 二日。翔真が死んでから私が死ぬまでそのぐらいのタイムラグがあったのだと、そう思い知らされる。その間私は翔真の死を知らなかったのだから。

「でも、やっぱり翔真の拠点に行ってみたいな」
「なんでだ?」
「二人っきりになりたいから」
「今も二人っきりだろう?」

 翔真の言葉に、私はホーンラビットにナイフを投げつけて文句を言う。

「この状況のどこが二人っきりよ!」

 モンスターおいでませ状態ではゆっくりできないじゃないの。

「そうはいってもなあ。一階層だってスライムが湧くしなあ」
「ああ、もうっ誰かの拠点に入れる方法を誰か、早く見つけてくれないかしら」

 私の言葉に、翔真は苦笑を浮かべる。

「なら試してみるか?」
「え?」

 何を?とは聞かなかった。この状況で試すのは一つしかないから。

「接触と言っても手をつなぐ程度のものだったらしいから、もっと密着して、扉をくぐってみるか?」
「それいいわね。ぎゅーって抱き着いて離れないぞぉって念じていれば入れるかもしれないわ」

 思い立ったが吉日と言わんばかりに、私たちはホーンラビットを狩るのを同時にやめると、拠点のある方へと歩いていった。

「そう言えば、三階層では何が出現するの?」
「ウルフだ。柚木の紙装甲だとちょっときついな」
「当たらなければいいのよ」
「まあそうだけどな」

 とはいえ、無理はできないから、三階層に行くのはもう少し先にしたほうがよさそうね。
 そう考えているうちに拠点に戻る扉の前までやって来た。
 翔真が扉を開けて、私は翔真の首に腕を回して抱き着いて、キスをするぐらいの距離を保ったまま、ゆっくりと中に入った。
 けれど、拠点の中に戻ってみれば、やっぱり翔真はいなくて、腕がだらんと虚しく落ちた。
 悔しいので二階層にすぐさま出ていくと、翔真もちょうど出てきたところで、私はムッとした表情を浮かべて翔真を見る。

「ダメだったわ」
「やっぱり接触は拠点に入る条件じゃないみたいだな。PTも条件じゃないし、他人の拠点には入れないっていう制限でもあるのかもしれないな」
「そんなのずるいわ!」

 それじゃあ、神様の言っていた翔真とのあれやこれやが出来ないじゃないの。神様がああいった以上何かしらの方法があるはずなのよ。

「もしかして、拠点が狭いから一人しか入れないってことはないかしら?」
「というのは?」
「ベッドが一つしかないから、一人しか受け入れないとかそういうのも可能性としてはあるんじゃないかしら?」

 私の言葉に翔真は「なるほど」とはいったけれども、いまいち納得はしていないみたいね。
 私も言ってはみたものの、いまいちピンとこないもの。

「とにかく、私は翔真と安全な二人っきりな状況になりたいのよ。そうじゃなかったらキス以上できないじゃない」
「柚木、それはもともとできないだろう?俺たちは異母兄弟だ」
「それが出来るって神様が言ってたのよ」
「え」

 翔真は驚いたように私を見てくる。

「この世界に来るときにチューニングを受けたでしょう?あれで体の構成が変わってしまったから、私たち、異母兄弟じゃないからしても大丈夫なのよ」
「本当に?」
「神様が言ったのよ、嘘だとは思えないわ」

 私の言葉に翔真は俯くと、両手で顔を覆ってしまった。
 何か気に入らないことでも言ってしまったのだろうか?

「いよっしゃああぁあぁぁあぁ」
「翔真!?」
「柚木なんでそのことをもっと早く言わなかったんだ」
「え、だって聞かれなかったし」

 え。私が悪いの?

「ようし、こうなったら何が何でも拠点に入る方法を探すぞ柚木」
「え、ええ」

 翔真、人が変わったようにやる気を出しちゃってるけど、男の子ってやっぱりそういうことにリビドーを感じるのかしら?
 まあ、女の子も性欲はあるんだけどね。
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