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 玉藻の前の話が気になって、精神体の状態で穂積の屋敷の様子をうかがうと、厳重な結界に囲われる形で朱里がゆったりとした姿勢でくつろいでいるのが見えた。
 見た目では妊娠しているかはわからないけれども、時折自信満々にお腹に手を当てているのを見ると、朱里は自分が妊娠していることを確信しているのだろう。
 実際、玉藻の前の見立てでは妊娠しているらしいし。

「めちゃくちゃこの世の春! って感じの顔だね」
「そうなのだろうな。子供さえできれば自分があの陰陽師の正室になれるとでも思っているのだろう」
「無理じゃないの?」
「無理だな」
「だよねえ。どっからそんな自信わいてくるんだろう?」
「狂人の考えることはわからん」
「恋に狂うって恐ろしいなぁ」

 そもそも、朱里が穂積への恋に狂ったのはいつなのだろうか?
 この世界に来た時からと言われたらそれまでなのだが、最初のころはここまでではなかったように思う。
 明確にいつから、と言えるほど朱里と付き合いがあったわけではないので何とも言えないのだが、もしかしたら穢れの影響を受けて人格が徐々に変わっていっている可能性もある。
 龍神の巫女が穢れの影響を受けて人格が変わるとかありえるのかはわからないが、そうだとしたら朱里だけが悪いと言い切るのも難しいかもしれない。

「今の朱里ちゃんって、もしかして穢れの影響を受けたりしちゃってる?」
「ふむ……、龍神の巫女が穢れの影響を受けることは少ないが、ない話ではないな」
「そうなんだ」
「過去にも穢れに触れすぎて己を見失った巫女は居たからな」
「例えばどんな?」
「話さなかったか? 精神状態でどこかに行ってしまってそのまま帰ってこなくなった巫女の話」
「そういえばそんな話をしたようなきもする、かな」
「結局は食われてしまったが、あれも穢れの影響を受けていたといえば受けていた」
「っていうことは、取り立て珍しいことでもない感じ?」
「いや、龍神の巫女は基本的に加護を受けているからな、穢れに対する耐性は強いはずだ。それでも負けるというのはもともとの素質だな」
「朱里ちゃんにはその素質があるっていうこと?」
「他の巫女のことにはさして興味はないが、そうなのではないか?」
「うーん、難しいなぁ」

 今の朱里の状態が穢れの影響を受けたせいというのであれば、穢れから引き離せば戻るかもしれない。
 しかし、朱里は随分前から穢れの浄化作業にはほとんど参加していないはずだ。
 言い方を変えれば、結界に守られた穂積の屋敷でのうのうと過ごしていたはずなので、穢れとはある意味無縁の生活を送っていたはずなのだが、それでも穢れの影響は晴れないのだろうか?
 一度影響を受けるとなかなかそれが抜けないとか?
 浄化はできるけれども、穢れについてそれほど詳しいわけではないので何とも言えない。
 そうしてみていると、朱里の居る局に穂積が近づいていくのが見えた。
 穂積は御簾をくぐると中に入り、朱里と何かを話し始めたようなので、さらに意識を集中させてその会話の内容に聞き耳を立てる。

「朱里、体の調子はどうですか?」
「問題ありません。今のところつわりも来てませんし」
「そうですか。本当に私の子供を宿しているというのですね?」
「間違いありませんよ。私と穂積様の愛の結晶です」
「そうですか、まあ跡取りは多いほうがいいでしょう」
「何を言ってるんですか? 穂積様の後継者は私と穂積様の子供以外にいるわけがないじゃないですか。あ、もしかしてあの女の子供のことを気にしてるんですか? あんなの穂積様の子供なんかじゃないですよ、絶対にほかの男と浮気してできた子供です」
「明松が私以外に肌を許すとは思いませんが」
「かわいそうな穂積様、あの女に騙されてるんですよ」

 朱里の言葉に黒龍を見ると、黒龍はなんというか面白そうに笑っている。

「穂積様、期待しててくださいね。私、この子をちゃんと産んで見せますから」
「そうですか。……それで、龍神の加護は戻りそうですか?」
「そんなことどうでもいいじゃないですか」
「まさか、朱里は龍神の巫女としてこの世界に召喚されたのですよ、その勤めを果たさなくてどうするのですか」
「私がこの世界に召喚されたのは、穂積様に出会うためですよ。穂積様の奥さんになって、穂積様と一生添い遂げるためにこの世界に召喚されたんです。それに、私を召喚してくれたのは穂積様じゃないですか、運命なんですよ」

 そんなわけあるか、とため息を吐き出してしまう。
 朱里の理論で行くと、召喚された私たち巫女全員が穂積の妻になるために召喚されてしまったことになるではないか。

「私が元の世界で孤独で泣いている時に、私を呼ぶ優しい声が聞こえたんです。その声に従ってこの世界にきて、穂積様に出会ったとき、これが運命なんだって思いました。この世界にきて、何もわからなくて不安になっている私に、穂積様は優しくしてくれました。本当に、愛されてるって実感できたんです。他の、後から来た子には見せなかった不思議なおまじないもしてくれました。私、あの時確信したんです、穂積様にとっても私は特別な存在なんだって」
「そんなつもりはありませんでしたが」
「謙遜しないでください。大丈夫ですよ、私はちゃんとわかってますから。だから、こうして子供を授かったことも運命なんですよ」

 そう言って朱里はどこか歪んだ、それでもある意味幸せそうな笑みを浮かべていた。
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