上 下
85 / 97

085 4

しおりを挟む
 その後、知り合いの力のある人ならざる者の所に立ち寄って短刀に加護を込めてもらい、終わると、内裏に戻る。

「譲羽、戻ったのじゃな」
「ただいま、玉藻の前」
「おや? その懐にあるものは?」
「あ、これ? 鞍馬天狗にもらってきたの」

 そういって短刀を取り出して見せると玉藻の前は何も言わずに短刀に触れたかと思うと妖力を流し込んでくれた。

「それで、私の局で待ち構えてるって珍しいね? 何かあった?」
「ああ、明松の子供がこちらに来たのでな、その報告じゃ」
「……思ったよりも早かった」
「屋敷の者に世話を任せてもよいが、明松があの状況ではうまく動くとは言えぬからの、それであれば早いうちにこちらで引き取ったほうが良い」
「そうなの」
「まあ、今度は失敗せぬよ」

 不穏だ。
 激しく不穏だ。

「それにしても、黒龍が譲羽に己の物ではないものを許すとは珍しいの」

 玉藻の前はそう言うと私の髪に刺さっている簪に手を触れてくる。

「我といえども千手観音の好意を無碍にはせぬ」
「よく言ったものじゃな。この守り刀のことも気に入ってはおらぬのであろう?」
「譲羽には我がいれば十分だろう」
「おぬしから譲羽を守るためにそれが必要なのであろう」
「あー、ねえ」
「なんじゃ、譲羽」
「私ってそんなに変わっちゃうの? すぐに?」

 私の言葉に玉藻の前は少し考えるしぐさをすると小さく頷く。

「残照は残っておるが、それも消えれば黒龍の神気が一気に染み込むであろうからの。流石に血肉を食うほどではないであろうがそれなりになるであろうの」
「うーん、想像できない。だてにこんな姿を十数年してるわけじゃないし」
「今までは霊力を使うことで穂積の縛りをゆっくりと解いていたようなものじゃからな」
「そうなの?」
「黒龍に聞いておらなんだのか?」
「霊力を使えば成長できるっていうのは聞いた」
「なるほど、説明が足りなかったというわけじゃな」

 玉藻の前は「情けない」とため息を吐き出した。

「ああ、そうじゃ」
「んー?」
「話は変わるが、帝が譲羽に会ってみたいと言うておった」
「だめだ」
「とって食らうわけでもあるまいし」

 呆れたように言う玉藻の前だが、目は楽しそうに笑っている。

「帝も民に流行っている病に心を痛めておるのじゃ」
「だったら他の巫女を呼べばいいだろう。本音はなんだ」
「なに、ちと譲羽の霊力を帝に分けてくれればよい」
「我がそれを許すとでも?」
「妾も出来る限り手を尽くしたのじゃがの、流石に病魔には勝てぬ」
「ん? 帝も寝込んでるの?」

 そんな話聞いてないけど、と思うが玉藻の前はクスクスとおかしそうに笑っている。

「流行り病ではないぞ。臓腑に障りがあるのじゃ」
「……んー?」

 言われて思いつくのは胃潰瘍とか癌とかなのだけれども、のんきに言う玉藻の前の様子からするとそんなに切羽詰まったものに感じないし、なんなのだろうか。

「そもそも、お前の妖力に染まった男に譲羽の霊力を流し込んだところでどうにかなるものでもないだろう」
「物は試しというではないか」
「そのせいで壊れたらどうする」
「それもまた一興よの」

 あ、違うか、玉藻の前にとって帝は暇つぶしというか都合のいいおもちゃ感覚だから壊れても次のおもちゃを見つければいいだけという感じなのだろう。

「陰陽師どもに頼れ。今なら晴明も来ているだろう」
「あれは妾を避けておるからのう。昔に少々構いすぎたのをいまだに根に持っておる」
「何したの?」
「なに、大したことはしておらぬ」

 にっこりと綺麗に笑う玉藻の前に絶対に嘘だな、と思ったが何をしたか聞くのはためらわれたのでそれ以上聞くのをやめた。
 その後も、黒龍と玉藻の前が私の霊力を帝に与えるかどうかで口論、というか言葉遊びをしていたが、そもそもそんなにこだわっていなかったのか割とあっさり玉藻の前が身を引いた。

「まあ、他の巫女で試すことにするかの。では、妾はこの辺で戻るとするかの。譲羽、またの」
「あ、うん。またね」

 御簾をくぐって立ち去っていく玉藻の前を見送っていると、ひょいっと黒龍の膝の上に乗せられて抱きかかえられる。

「どうしたの?」
「譲羽は無防備すぎだ」
「そんなことないと思うけど?」
「守り刀を許す時点で甘い」
「そうなの? でも、こういうのって嫁入りの道具にあったりしたとかってなんかで読んだような気がするんだけど」
「そういう場合もあるが、今回は完全に悪乗りだ」
「対黒龍用だから?」
「あやつらは都の浄化が終わるまで我が譲羽に絶対に手を出せぬように、と力を込めたな」
「あー」

 なるほど、それでご機嫌斜めなのかと納得した。

「でもまあ、常識的に考えて普通だよね」
「我としては一日も早く譲羽を我の物にしたいのだがな」
「犯罪臭いのでアウト」
「だから耐えているだろう?」
「ちなみに、成長した場合の私に対峙した時にどこまで耐えられる自信があるの?」
「据え膳を前に耐えろと?」
「アウトォ!」
「まあ、その守り刀がある限りそう簡単に手を出せないがな」
「うん、貰っておいてよかった!」
「それで譲羽」
「なに?」
「どこまでが味見だと思う?」
「アウトォォォォォ」

 黒龍の言葉に私が全力で膝の上から逃げようとして、がっちりとホールドされたのは言うまでもない。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

後悔させてやりますわ

恋愛 / 完結 24h.ポイント:35pt お気に入り:1,941

婚約破棄? あ、ハイ。了解です【短編】

恋愛 / 完結 24h.ポイント:497pt お気に入り:237

規格外で転生した私の誤魔化しライフ 〜旅行マニアの異世界無双旅〜

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:1,359pt お気に入り:138

甘い婚約~王子様は婚約者を甘やかしたい~

恋愛 / 完結 24h.ポイント:177pt お気に入り:385

処理中です...