未来をやり直します

茄子

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3学年4月

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 2年間、私は友人を作り学院で女子最大の派閥を形成いたしました。今後社交界でも名を上げる少女たちを特に仲の良い友人とし、お茶会に何度も誘い形式上だけではなく、本当に親しくなることが出来ました。
 派閥の違う令嬢たちもいますが、それでも私のお茶会な食事会では仲良くしゃべり、年相応の笑みを浮かべてくれると、私も嬉しくなってしまうのです。
 前回の私は、生きることにも疲れてしまっていて形式上の付き合いがほとんどでしたので、本当にもったいないことをしました。
 3学年になり、新入生の入学式でフランシーヌ=クーベルタン様とメルセデス=エチェベリア様を発見しました時は、わずかに胸が苦しくなりましたが、気のせいだと思うことにしてやり過ごしました。
 前回、私はお母様の言葉に縛られ婚約をし結婚をしましたが、それでも恋をしなかったわけではないのです。
 そう、ほかでもないメルセデス様の一途な様子にわずかに心をときめかせてしまったのです。あんなにも一途に誰かを想えるということのすばらしさに胸を打たれたともいえるでしょう。
 これは誰にも話していない私だけの秘密です。
 横恋慕とまではいきませんが、私もまた婚約者以外に恋をしていたのですから、余計にアルべリヒ様を責めることが出来なかったのです。
 メルセデス様は黒い艶めく髪と、全てを見通すような黒い瞳の麗人というにふさわしい御方で、多くの女生徒が憧れ、アルベリヒ様と人気を二分しておりました。
 けれどこれから、もしまた前回の通りならばアルベリヒ様はフランシーヌ様に恋をして横恋慕をすることになるのでしょう。私を利用して嫉妬心を駆り立てたりもするのでしょうけれど、私こそそれを利用させていただきます。
 恋をして横恋慕を開始したあたりから、私はフランシーヌ様をいじめ始めるのです。
 新入生代表として、メルセデス様は壇上に上がり、挨拶を行います。

「若芽の生まれるこの時期に、私たち新入生もこの栄えある王立学院に入学できたことを嬉しく思い、3年間たゆまぬ努力をし国のために貢献できる人間になるよう精進していきたいと思います。教師の方々、諸先輩方を良き見本と、ご指導いただきたいと新入生一同願っておりますので、どうぞよろしくお願いいたします」

 短いですがよい挨拶だと思います。
 礼をして壇上を下りて席に行くメルセデス様を、フランシーヌ様は頬を染めて見つめています。
 私は微笑みかけていた表情を冷静なものに戻し、会場を見渡します。まだ若い、と言ってもそんなに年齢は変わりませんが、新入生たちは希望に満ち溢れた表情や不安に満ち溢れた表情など、人によってさまざまな顔をしています。
 この学校には他国や他の学校のように生徒会や執行部というものが存在しません。すべてを専門の教師が行うのです。
 それは過去にあった様々な事件を考慮してこうなっているそうですが、それも派閥の対立や恋愛沙汰や経費の奪い合いなど、子供であっても大人の世界ともめる内容はそう変わらないようです。
 この学院は1学年で3クラスしかありません、しかもそのクラス人数も10人ほどです。つまりはこの学院の生徒は100人にも満たないのです。
 理由はここが貴族専用の学院だからでしょう。相続権のない子女も通うのでこの人数になっていますが、相続権のある子女に限ってしまえば生徒のいない年も出てしまうかもしれません。
 私は学院で関わることになる約100人の顔と名前をすべて記憶し、派閥の関係や家の勢力図などの関係を考えながらお茶会や食事会を開催しなければなりません。これは王太子妃になっても正妃になっても変わりません。
 入学したその時から、私は女生徒の中では最も地位の高い、ヒエラルキーのトップに立つものでしたので、私のお茶会と食事会は特別なものになりました。

 入学式が終わり、私は今回は派閥に関係なく伯爵位以上のご令嬢に声をかけてお茶会を開催しました。
 もちろん親しくしている友人にも参加していただいております。
 学院で一番日差しの当たるサロンを借り切ってのお茶会、学院ということで派手な装飾品はなく、大人しいけれども品のある年季の入った家具の置かれた部屋で、大人数がお茶会をできるようにと幾つもソファが並べられておりますので、私は席を移動して一人一人に声をかけていきます。
 特に今年の1学年に入学した侯爵家のご令嬢には、今後学年の女生徒を率いていく気概を持って過ごしてほしいと、励ましの言葉をかけました。
 彼女は中立派の家のご令嬢ですのでちょうどいいのではないかと思ったのです。そして前回の未来では社交界でも頭角を現すことになるご令嬢の一人でいらっしゃいます。

「皆様、学院での生活に不安や困ったことがあればすぐに私たちにおっしゃってくださいませね。私たちもまだまだ学ぶ身ではありますが助力を惜しみません」

 ほほ笑んでそう言えば、皆様頷いてくださいました。
 前回はこのお茶会も義務感でしかしなかったため、今のような心のこもった言葉を投げかけることがありませんでしたね。
 今頃はアルベリヒ様も伯爵位以上の男子生徒を集めてお茶会を開いているはずです。前回どうだったか聞いた時は、おべっかばかりを言うやつしかいなくて退屈だったとおっしゃっていましたが、私のように心を込めた言葉を言えばまた違ったのかもしれませんね。
 アルベリヒ様は王太子としてしか自分を見られないということが好きではないご様子なのですが、それでも王太子の地位を捨てないのだから矛盾していると私は思っております。
 他にも王子はおりますし、優秀な方ももちろんいらっしゃるのです。そんなに王太子として見られるのが嫌なのであれば、自分でその地位を捨ててしまえばいいと思ってしまうのは、私の性格が悪いのでしょうか?
 もちろん、正妃様のお子様はアルベリヒ様お一人ですので、そのこともあって王太子になられたのですが、絶対にならなくてはいけなかったわけではないはずなのです。
 前回、何度か好きで王太子に、国王になったわけじゃないと私に恨み言を言ったことがあります。フランシーヌ様との恋がうまくいかない八つ当たりをこの私にしていたのかもしれません。
 今思えばなんて理不尽な事なのでしょうか。暴力こそ振るわれることはありませんでしたが、抱くわけでもないのに衣服を引き裂いて肌をさらされたりもしました。そのままの姿で捨て置かれ朝まで過ごすことになった私の苦しみを、アルベリヒ様は楽しんでいたのかもしれません。
 愛されない正妃。子の産めない正妃。そんな言葉に私の心がどんどん疲弊していった前回は、側妃としてフランシーヌ様を迎えると知った時にはもうマヒしてしまっておりました。
 そして気狂いと言われたあの時、私は本当に気が狂ってしまったのかもしれません。呪いの言葉も口にした気がします。
 喉を短剣で突いて、絶命するその瞬間すら、アルベリヒ様はフランシーヌ様の腰を抱きまるで私の視線から守るように抱き寄せていたのです。
 ……馬鹿々々しいことでございますね。

 その日のお茶会は無事に終わり、翌日は子爵・男爵令嬢を集めてのお茶会になります。
 そしてそこにはフランシーヌ様がいらっしゃいます。いまはまだ、ただの女生徒でしかございませんので、私も通常の対応をいたしますが、いずれは彼女を私がいじめるようになると思うと、少し胸が痛んでしまいますね。
 友人たちは私が少し落ち込んでいることに気が付いたのか、気を使ってくださいますので、大丈夫だとほほ笑んでおきました。

「フランシーヌ様、女生徒の中では成績トップだそうですすわね。それに男子生徒の成績トップのメルセデス様とは幼馴染で良い仲だとか。成績優秀な恋人たちだなんて素敵ですわ」
「そんな、…ありがとうございます」

 照れたように頬を染める姿からは、メルセデス様を本当に好きなのだとわかりますが、そうなりますとアルベリヒ様の横恋慕さえなければ幸せな家庭を築けたのだと思えて、前回のことが気の毒でなりません。
 だって、メルセデス様の事故は、アルベリヒ様が仕組んだことなのです。死なないように調整してそれでも多額の治療費がかかるようにと仕組み、自分の元にフランシーヌ様を手に入れるようにしたことなのです。
 私はそれに気が付きましたが、止めることはできませんでした。知った時はもう計画が実行される直前でしたし、関係のない私がメルセデス様の医療費を立替るわけにもいきませんでした。
 今はこんなにも輝いているフランシーヌ様は、側妃として後宮に来るときの顔はやつれ、覇気がなく、全てを諦めたようなそんな顔をしていらっしゃいました。
 それでも、アルベリヒ様の献身的な愛に心を動かされたのか、次第に笑みを取り戻し健康的な姿を取り戻していきました。
 そしてそんな時に、私を排除してフランシーヌ様を正妃にしようとアルベリヒ様は画策したのです。
 前回、というからにはまだ起こっていないことで人に対する感情を変えるのはどうかとは思うのですが、それでも私はフランシーヌ様に好意を抱くことはできず同情心しかありませんし、アルベリヒ様にはもう何の感情も抱くことが出来ません、あるとすれば生理的嫌悪かもしれませんね。

「……明日からはオリエンテーションのグループ分けがございますわね。皆様、グループが一緒になった3学年の先輩によく学び相談し、よりよい学院生活を送ってくださいませ」

 そう締めくくって、お茶会を修了させて1学年の令嬢が出ていくと、3年の友人たちが残っております。
 どうしたのかと尋ねると、私の様子がいつもと違うので不安になったとおっしゃってくださいました。私は良き友に恵まれたと、この時本当に実感したのです。

「連日のお茶会に少し気疲れをしてしまったのかもしれませんわね。でも、皆様も覚えていらっしゃいますでしょう?1学年の入学式の翌日に開かれたお茶会で、3年の先輩の堂々とした姿にあこがれと尊敬の念を抱いたことを。私はそうなれているだろうかと、実は緊張しておりましたのよ」
「そんな、素晴らしいお茶会でした」
「そうですわ!自信を持ってくださいませ」
「セラフィーナ様を皆様目を輝かせて見つめておりましたよ」
「全員のお名前をも覚えていらっしゃって、私どもも尊敬しております」
「ありがとう、皆様」

 私の仲の良いご令嬢たち。
 ライサ=ハルィスチン侯爵令嬢。プラチナブロンドと紫の眼を持つ大人しい印象の、人の補佐が得意なご令嬢。
 ロサマリア=ベンタ伯爵令嬢。水色の髪に銀色にも見える薄水色の眼を持つ、どこか冷たい印象を受ける令嬢ですが、実際は積極的で情熱家です。
フェリーチェ=パオリス伯爵令嬢。紫彩の髪と碧い眼の、お人形のように愛らしいご令嬢ですが、実際は毒舌家でもいらっしゃいます。
 派閥も趣味も違うご令嬢たちですが、私を中心にまとまっている方々でもあります。

 お茶会から一週間後、オリエンテーションのグループわけが行われました。やはりアルベリヒ様とフランシーヌ様は同じグループになったようですね。
 このオリエンテーションは、3学年の生徒が1学年の生徒の面倒を見るもので1か月間の期間続きます。
 学校になれることを目的としたものですが、後輩の面倒を見ることによって、3年生がこれから学院を卒業して社交界や仕事に就く際の苦労を今のうちに少し体験するという目的もあります。
 先生方がグループ分けをするのですが、3年は基本的に派閥や仲の良さを基準に選ぶため、私は3人の友人と一緒のグループになることが出来ました。
 派閥が違う私たちがいるせいか、1年生も派閥に関係なく高位の令嬢が集められたようです。
 私と同じグループになったということは、そのまま私の派閥に入ることが可能ということもあってか、ご令嬢たちは少し緊張した様子ですが、どこか安心した様子も見てとれます。
 私に対抗する派閥というのはありませんが、私の派閥ではない派閥もありますので、そこのご令嬢と一緒のグループになった方々は少しがっかりした様子ですね。けれども、そのようにわかりやすい表情を浮かべては相手に失礼というものでございますね。
 オリエンテーションのグループそれぞれで簡単なお茶会を開催するのが習わしですので、私たちも小さな談話室に入ってお茶会を開始いたしました。
 私のグループの1年生は3人。
 その中の一人が先日声をおかけしたイザベル=ジョアシャン侯爵令嬢でいらっしゃいます。
 お話しをしていくうちに、私に以前から憧れていたのだと熱く語ってくださって、聞いている私のほうが思わず恥ずかしくなってしまうほどでした。
 ミステリアスな雰囲気の方ですのに、私のことを語るときは熱っぽく語りますのでどこか妖艶な雰囲気になって、同学年の方が少し頬を赤らめていらっしゃいます。

「私はずっとセラフィーナ様にお会いしたくて、王宮で開かれるお茶会にも必ず参加いたしましたが、ご婦人方もいらっしゃいますので、どうしてもお話しする機会に恵まれず、今回このように同じグループになったことを神に感謝したくなるほどです。セラフィーナ様は辺境伯とはいえあの魔の森からこの国を守っていらっしゃる重要な役目を担う家のご出身、ご自身も武芸にひいでていらっしゃると聞きます。ただの令嬢ではない、その気高さに私は憧れを抱いて見習いたいと思うのです。それに、セラフィーナ様のダンスは見た方を魅了するともお伺いしております。学院に入学したことで夜会に参加することも許可が下りましたので、その姿を見る日を楽しみにしております。そうですわ!確か歌もお上手だとお聞きしております。親しい人だけを集めた演奏会で即興で歌ったとかでしたわよね、その場に居れなかったことが残念でなりませんわ。それにしても、セラフィーナ様からは良い香りがいたしますね。隣国の血が混ざっていらっしゃる花人という種族だとお伺いしておりますがそのせいでしょうか?あ、私は隣国の亜人や妖しい術を使う方への偏見はありません。むしろ優れている能力を持っていることに尊敬すら感じます。この花の香りは鈴蘭でしょうか?セラフィーナ様は鈴蘭の花人なのでしょうか?花言葉は再び幸せが訪れる、純粋、純潔、謙遜でしたわね。セラフィーナ様にぴったりですわ」

 熱く語ってくださっておりますが、前回は全くその花言葉にそぐわない人生でございましたね。今回こそはその花言葉のどれかを全うしたいものです。
 幸せが再び訪れる、ですか。私の幸せとはなんでしょうか。
 屋敷を抜け出して街で遊んだこと、兄様たちと魔の森で遊んだことなどは幸せな思い出かもしれませんが、幼いころだったからこその幸せなのかもしれません。
 でも、純粋も純潔も、そして謙遜も私は叶いそうにはありませんね。けれども鈴蘭には毒がある、可憐な姿からは想像もできないほどの毒。だからこそ私には毒が効かないのです。

「とにかくセラフィーナ様は素晴らしくって……。わ、私ったらおしゃべりが過ぎてしまいましたね。申し訳ございません」
「かまいませんわ。私のことをそんなに慕ってくださっている後輩がいることを知れてとてもうれしく思います」

 これは本心から出た言葉です。
 前回はあまり感じることのなかった、慕われるという感覚はこそばゆい感じもしますが、嬉しく思える事のほうが大きいのですから、良いものですね。
 他の2人の1年生のご令嬢も私たちのことをどれほど尊敬しているか伝えてくださり、私たちは顔を見合わせて照れ笑いを浮かべました。
 一か月の間、私はイザベル様とすっかり仲良くなり、学年は違いますが親友のようになりました。
 私を敬愛してくれていることに変わりはありませんが、イザベル様は鋭い指摘をしてくださることもあり、私が今まで友人に甘やかされていた部分を指摘して直すべきだとおっしゃってくださるありがたい存在です。
 イザベル様は私のことを高潔だとおっしゃいますが、イザベル様こそが高潔なのではないかと思えてならないほどでございます。
 公平で平等で、慈悲を持ちながらも厳しさも持ち合わせている。まさに貴族の女性として見本のようなご令嬢だと私は思っております。

 そして、私がイザベル様と仲良くなっていったように、アルベリヒ様とフランシーヌ様も仲良くなっていったのです。
 グループが同じなのですから、昼食を一緒にとることは何も不思議ではありませんが、二人だけで会話をしたり、妙に距離が近かったりと、未来を知っている私だからこそ感じる違和感がありました。
 フランシーヌ様は子爵令嬢ではありますが、平民に近い場所で暮らしていたというだけあって、貴族よりも平民寄りの考えを持っているご令嬢なのですが、そのことがアルベリヒ様のもつ王太子として見られるのが嫌だという感情を払拭したのかもしれません。
 陽気に朗らかに声を上げて笑うというのは高位の貴族令嬢にはない仕草で、中には眉を顰める人もいますが、そんなところもまたアルベリヒ様の心をつかんでいるのかもしれません。

「まったく、あんなに声を上げて笑うだなんて、貴族令嬢としてのマナーが成ってないと思いませんか?彼女には私も何度かマナーの注意をしているんですけど、自分は高位貴族になるわけじゃない、メルセデス様と結婚して領民に寄り添って暮らすから構わないのだというのですよ。メルセデス様が甘やかすからあのようになってしまうのですと、メルセデス様にも申しましたら、田舎貴族なので許してほしいと言われてしまいましたの。まるで私が悪者みたいな気分になってしまいましたのよ」
「まあ、それはお気の毒でしたわね。本来であればグループの先輩令嬢が言うべきですのに、アルベリヒ様が親しくなさっているから遠慮してしまっているのでしょうね。私の方からもお話ししておきますわ」
「ありがとうございます。セラフィーナ様のお言葉でしたらきっと彼女も行動を改めてくださいますわね」

 どうでしょうね。彼女は前回私も何度か会話を交わしましたが、自分の意志を曲げることのない強さを持った女性でいらっしゃいました。
 もっとも、一時は無気力でいらっしゃいましたが、最愛のメルセデス様を助けるためとはいえ、身売りのように側妃になったことがショックだったのかもしれません。
 そう考えると、フランシーヌ様も被害者と言えるのかもしれません。
 もちろん同情は致しませんけれども。

 私は言葉を実行するため、友人たちとイザベル様を連れてフランシーヌ様の元へ行きました。
 ちょうど一人で廊下を歩いていらっしゃったので呼び止めると、こちらの人数の多さに少し驚いたようですが、イザベル様を見て、これから言われることの内容が分かったのか顔を一瞬だけしかめて礼儀よく礼をした後に黙って私の言葉を待っています。

「お呼び止めしたのはほかでもございません、日ごろのフランシーヌ様の行いについてでございます。大声で笑う、廊下を走るなどの行為は令嬢としてあるまじきもの、家での暮らしはわかりかねますが、ここには高位貴族の子女も多くおります。マナーを守って学院生活を送っていただきたいのです」
「……でも、そんなに大声を出したわけじゃないし、全力で走ったわけじゃありません」
「それでも、私どもから見れば十分にマナーにそぐわない行いなのでございます。また、これは個人的な意見ですが、いくらオリエンテーションのグループが一緒だからといって、特定の男性と距離を近づけて接するのはいかがなものかと存じます。将来を誓い合った仲の男性がいるのであればなおさら、その方のためにも適切な距離を取るべきだと忠言申し上げます」
「それって、アルベリヒ様のことですか?別にあのぐらい平民じゃ普通です。貴族っていうだけで気を使いすぎなのは良くないと思います。アルベリヒ様だって、平民の生活の話しを楽しそうに聞いてくれます」
「それは物珍しさからくる興味でしょう。貴族には貴族の生き方というものがございます。平民と貴族は違うのですから、いくら交じり合おうとしても、混ざることはできないのですよ、身を平民に落とさない限り身分差というものは生じてしまうのです」
「そういう考え、良くないと思います。差別的です」

 さすがは革新派の家のご令嬢ですね。階級制度を快く思わない派閥の家の教育を受けているだけあって素晴らしいお考えです。
 私の家は中立派、というか中央のごたごたとは縁遠い家ですので、そういったものには関与しておりません。

「差別も何も、支配されなければ生活もできない平民を私たち貴族が使って差し上げているからこそ、平民は暮らしていけているのではございませんか。フランシーヌ様の考えはあまりにも冒涜的です」

 イザベル様は中立派の家のご令嬢ですが、保守派よりですので階級制度こそ絶対的な物ととらえ、平民は貴族に支配されて生かされているという考えをそれなりに支持している家でございます。
 どちらも極端な考えですので中立派も多く存在します。どちらかと言えば…というような家は中立派に数えられることも多いですわね。

「イザベル様、今はお静かに。フランシーヌ様、貴女のお考えは尊いものかもしれませんが階級制度がなくなれば成り立たないのも事実でございましょう。そもそも、私はまずフランシーヌ様のマナーについて話しに来たのです。平民ではないのですから、この学院の生徒である以上マナーを守って節度ある行動をとっていただかなくては困るのです」
「………わかりました、努力します」

 その言葉にうなずいて、私は4人を連れてその場を立ち去りましたので存じ上げませんでしたが、約束をしていたのにこないフランシーヌ様をお迎えに来たアルベリヒ様が、フランシーヌ様に私に言われたことを告げられ、私に対しての印象を悪くしたそうです。
 これは、この日の夜に侍従経由で届けられた手紙に書かれておりました。
 そうです、私どもはこの2年間必要最低限以外接触をしておりません。私が避けているというのもございますが、あちらも亜人である私を忌み嫌っているように思えますのでこれでよいのでしょう。
 前回の結婚後の初夜のベッドの上で、私の背中に羽のようにある鈴蘭の花の模様を見た時、アルベリヒ様は舌打ちをなさいました。
 あのことはもう、思い出したくもない記憶でございますね。
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