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3学年9月
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新学期が始まってみれば、やはり話題はフランシーヌ様の事ばかりになっておりました。婚約無効という話題、そして側妃になるという話題で持ちきりとなっております。
そのせいかどうかはわかりませんが、アルベリヒ様の態度が随分と変わりました。
以前は人前では演技でも私と仲の良い振りをなさっておりましたのに、今ではフランシーヌ様を優先させて私のことはまるでいない者のように扱うときすらあるのです。
ですので、私も悪役令嬢のしがいがあるというものでございます。
「殿方を誑かすことだけは有能のようですけれど、お茶会のマナーもなっていないなんて、令嬢としていかがなものでしょうか。飲み物を音を立ててすするなんて、淑女としてはしたないと思わないのですか?こんな方が側妃になったら王族の品位が下がってしまいますわ」
「なんなんですか、ちょっと音を立ててしまっただけじゃないですか。いちいち細かいことで難癖付けて」
「まあ!淑女として当たり前のことを申し上げているだけですのに、難癖だなんてひどいことをおっしゃいますのね。マナーの授業ではなく、殿方を誑かす授業があったらきっと優秀な成績を残せたに違いありませんわね」
「なによ、愛されてないからって僻みんでみっともないですよ」
「愛などこの際どうでもいいのですわ。私は貴女のそのマナーのなさを指摘しておりますの。それにそんなに音を立てて紅茶を飲みたいのでしたらポットからでもお飲みになればいいのではございませんこと?」
そう言って給仕の持っているポットを奪ってフランシーヌ様の横に投げつけます。見事にスカートに紅茶がしっかりとかかりました。練習したんですよ、蓋がタイミングよくはずれるように投げつけるのにはコツがいるんです。
他の方にも被害は出ていない、というかこのテーブルにはフランシーヌ様だけが着席していらっしゃいますので被害の出ようがございません。
私が悲劇のヒロインのように扱われているからか、フランシーヌ様はお友達とも距離を取られてしまっているようで、お昼などはアルベリヒ様と一緒に食べているのをよく目撃いたします。本当に仲睦まじくて、夏季休暇前の私と一緒に居た時との仲の良さは演技だったのではないかとまで言われております。
まあ、演技でしたのでその通りなのですけれどもね。
また私が率先して悪役令嬢に徹しているからか、他の方々も賛同してフランシーヌ様をいじめていらっしゃると報告を受けておりますので、その方々には手を出さないように注意しております。
何かあった時に庇いきれなくなってしまいますと困りますものね。それに、私はまだしていないのですが、突き飛ばしたりする方もいらっしゃったり、水をかけたりする方もいらっしゃったのです。
先にされてしまっては私がした時に印象が薄くなってしまいますので困ってしまいますね。もちろんその方々には厳重注意いたしました。
「暴力的なことをする人が婚約者なんて、アルベリヒ様が可哀そうで仕方がありません!私が婚約者だったらって何度も言ってくれるのですからね!」
「なんですって!」
そういったフランシーヌ様の頬を扇子で打ってしまいました。ちょっと手加減が甘かったので真っ赤になってしまいましたね。少し申し訳ないです。
「政略の婚約に納得は行かないのは私も同じだというのに、一方的に私を悪者に仕立てて楽しいですか?私は愛のない結婚をこれからして、国のために王太子妃になるのですわ。それなのに、フランシーヌ様方は仲睦まじくなさってけっこな事でございますわね」
「やっぱり嫉妬じゃないですか!醜いとは思わないんですか?」
「私は身の程を弁えろと申しているのです。マナーもろくに身に着けていない田舎娘が、側妃になるなんて、アルベリヒ様の判断を疑ってしまいますわ」
「なんですって!」
「キャァッ!」
フランシーヌ様がテーブルにあったカップを渡しに投げつけてきて中に入っていたまだ熱い紅茶が私のドレスにかかってしまいました。素肌にかからなくてよかったです。熱には弱いのですよ、私。
「なんてことをなさるの!」
「セラフィーナ様お怪我はございませんか?」
「熱い紅茶の入ったカップをセラフィーナ様に投げるなんて、田舎者はこれだからいやなのですわ」
「せっかくのドレスが台無しになってしまって、この弁償はどうなさるおつもりですの」
お友達4人が口々にフランシーヌ様を責め立てますが、いつもよりも熱が入っているのは私に被害があったからだと思ってよろしいのでしょうか?そうだとしたら嬉しいのですけれど。
「そっちだってよく私にものを投げつけてきたり、打ったりするじゃないですか。それはどうなんですか?大公辺境伯の令嬢だからってそんなにえらいっていうんですか?」
「まあ!何をおっしゃってますの?魔の森の侵攻を食い止めているアリスメンディ大公辺境伯が偉くないわけがほございませんでしょう」
「ロサマリア様のおっしゃる通りです。しかもセラフィーナ様は隣国の帝の姪姫でいらっしゃるのですから、フランシーヌ様とは生まれそのもの格というものが違いますのよ」
「そもそも、下位の者が上位の方に口答えするなんて、いくら革新派の貴族とはいえ、貴族である以上ありえないことだと思いますわ」
フェリーチェ様とライサ様の言葉に、フランシーヌ様が顔を引きつらせてしまいましたが、まだお怒りが残っていらっしゃるようです。
「私は側妃になるんですよ。生まれなんて関係ないじゃないですか!アルベリヒ様のお子様を、王子を産めば私のほうが立場は上です!」
「まあ!夢物語、いいえ妄想かしら?そもそも側妃が第一王子を産んでも正妃より立場が上になるなんて聞いたことがありませんわ。所詮は側妃、正妃とは与えられる役目が全く違うではありませんか。側妃は王太子や国王陛下をお慰めし、お子を産むための存在。王太子妃や正妃は隣で公務を支えるまた任される立場なのですわ。マナーのお勉強だけではなく常識の授業も精進が足りていないようでございますわね。放課後に課外授業でも受けたらいかがですか」
イザベル様、中々に鋭いところをついていらっしゃいますね。そう、たとえ第一王子を側妃が生んだところで、公務などの関係上正妃より上の立場になることはかなわないのです。
ですから前回は私を排除してフランシーヌ様を正妃にしようとしたのかもしれませんわね。
正妃なんて公務の忙しさと社交の面倒なプレッシャーでいっぱいの面倒な仕事だと思いますけれども、愛する人の一番になりたいと思うが故の行動かもしれませんわね。
やはり私には理解できませんわ。
「このドレス、アルベリヒ様に弁償代を請求させていただきますわ」
「なんでですか!」
「側妃になるということは、婚約者扱いになっているということです。それですので責任を取っていただくのみにございます。私だって、今まで貴女のドレスの弁償代はご実家に送金させていただいておりましたでしょう?」
「それは…」
「貴女のご実家ではこのドレスの弁償など出来ないでしょうから、アルベリヒ様に請求するのですわ。お分かりになりまして?貧乏子爵家にはこのドレス一枚買うことなんてできませんのよ」
これは事実ですわね。生地やデザイン、刺繍やレース諸々、フランシーヌ様のご実家では到底変えるような代物ではございません。私にとっては汚れてもいい普段着でございますけれどもね。
「…もういいですわ。今日は淑女をお招きしたお茶会ですの、淑女として教育の施されていないようにお見受けする方は出ていった頂けます?」
「っ!出ていきます!」
そう言って出ていくフランシーヌ様の後ろ姿を見送ってため息を吐きますと、皆様が口々に慰めの言葉をかけてくださいます。
やはり世間の同情は私にあるようですわね。
同じような政略婚約に納得いかない者同士なのに、私は公務を粛々とこなしているにもかかわらず、アルベリヒ様は自由に恋愛をして側妃にまでしようとしている。そのことは貴婦人や令嬢によく思われていないようです。
貴婦人は夫の愛人問題なども抱えておりますので余計にそのような感情が強いのかもしれません。
せっかく人前ではあんなに仲良さげにふるまっていましたのに、台無しでございますね。もっともだからこそ余計に私に同情が集まっているのですけれども。
「皆様、暖かいお言葉ありがとうございます。そのお言葉で私は支えられておりますわ」
少し悲し気な、それでいて温かみを受けて嬉しそうな笑みを浮かべて言えば、一気にお茶会に参加したご令嬢の同情を集めることが出来ます。
この表情を会得するのにとても苦労致しましたが、練習にセオドア兄様が付き合ってくださいましらので何とか修得することが出来ました。蛇足ですが、この表情を会得する際にセオドア兄様とお別れをする時、でも次に会う約束をしていただいたというシチュエーションを想像して会得したのでございます。
セオドア兄様には結局私の想いはまだ伝えておりません。今は婚約破棄という目標を叶えることが先決だと思っているからだけではなく、やはり物語のような燃え上がる恋というものが実感できないからなのです。
春の暖かな日差しのようなこの恋が、家族愛なのかどうなのかまだわかりませんので言うのを戸惑っております。
けれど、セオドア兄様とお茶や夕食を一緒にする際の喜びは今まで以上のものに感じております。
フランシーヌ様がいなくなったお茶会では、フランシーヌ様に対する悪口が会話の大半を占めておりました。側妃になると決定してからというもの、アルベリヒ様の後ろ盾をいいことに大きな顔をしているのだそうです。
そして、メルセデス様に対する接し方も悪口の対象になっております。どうやら随分と険悪な雰囲気になっているようなのですが、婚約を無効にされたのだから仕方がないと思われておりますが、それでもあまりにも配慮がないと悪口を言われているのです。
メルセデス様はフランシーヌ様を愛しておりますので、今の状況はどう思っていらっしゃるのでしょうか?
苦しい思いをしていらっしゃるのではないでしょうか?愛する人が目の前で他の異性と仲睦まじくしている姿など、私でしたら見たくはありません。
そう思いますと、その苦しみに耐えているメルセデス様の覚悟というものは素晴らしいものと言えます。私にはできそうにありませんもの。
お茶会から数日、私は中庭で仲睦まじく木陰で話しをしているアルベリヒ様とフランシーヌ様の姿を目撃し、それをじっと見つめているメルセデス様のお姿も見てしまいました。
その目には暗い炎が宿っているように感じるほど、暗く鬱屈したものでしたが、私が見ていることに気が付くと先ほどまでの表情を消して笑みを浮かべられました。
演技力というのでしょうか?私には真似できそうにございません。
それにしても、恋人たちの語らいというものは物語で幾度となく出てくる場面でございますが、実際に見るとあまりロマンチックなものではございませんね。まだ暑いと時期ですのに、木陰とはいえ中庭でわざわざ大勢に見せつけるように談笑するなんて、何を考えていらっしゃるのでしょうか?
私に見せつけて嫉妬心をあおっているのだとしたら、乗らない手はないのですが、今は気分が乗りませんわね。
こんなことを申し上げるのはどうかと思うのですが、あのお2人の前に立ち向かっていく気力が今は湧きません。なんといってもまだ暑いですし、日差しも強い中わざわざ外に行く気力がわきませんもの、しかたがございませんわよね。
また数日たった今日、雨の降っている今日は幾分涼しくなっておりますが、今日はやるべきことがあるのです。
それは泥水の中にフランシーヌ様を突き飛ばすという物語で言えば見せ場のシーンを実行するのです。
呼び出しはすでにしておりますので、間もなくフランシーヌ様が友人達に連れられてやってくる予定となっております。
中庭に面するこの通路での会話の時点で何をするか気が付かれてしまっているかもしれませんので、立ち位置を確認いたしましょう。私は壁側でフランシーヌ様は中庭側に立っていただきます。
口論の末に突き飛ばすのですから、距離はそれなりに近くしておかなければいけませんので……このあたりでしょうか?話しながら歩いて多少のずれの修正はしておくことはできるでしょうし、なんとかなりますわね。
そんなことを考えていたらフランシーヌ様がいらっしゃいました。
「ごきげんよう、フランシーヌ様。ひどい雨ですわね」
「わかっててこんなところに呼び出すとか、何のようなんですか?また小言ですか?いい加減にしてください。アルベリヒ様にそんなんだから愛想をつかされるんですよ」
「もともとそんなものは私たちの間に存在はしておりません」
「ふん」
「今日お呼び出ししたのはほかでもございません。アルベリヒ様の後ろ盾をいいことに随分と身分を無視した行動をとっているそうですわね、それに勝手に場所を占拠しているとも聞いております」
「はあ?側妃なるんだから当たり前じゃないですか」
「お頭がたりていないようでございますね。側妃になるまではフランシーヌ様はただの子爵令嬢でしかないのですわ、その証拠に貴女は側妃としての公務を何もしていらっしゃらないでしょう?私は王太子妃になるべく公務や執務をしておりますわ。そもそも、大公辺境伯家の娘である私は公爵家と同等かそれ以上の地位を持っているのです。貴女とは格が違うと以前言われたのにご理解していらっしゃいませんでしたの?そもそも、場所を占拠だなんて、アルベリヒ様であっても行っていいことではございません。今まではなさっていなかったのに、フランシーヌ様が何か吹き込んだのではございませんか?」
「失礼なことを言わないでください。王太子様なんだから、一番いい場所に座るのは当たり前じゃないですか。今までが間違ってたんです」
「その考えは秩序を乱すものですね。そもそも、貴女の家は革新派の家、身分差の差別に反対派の家のはずですのに、王太子は別、自分は別という考えなのでしょうか?あきれてものが言えませんわ」
「なっ…。だ、だから身分差とか無いようにしてるんじゃないですか」
「側妃になるという今はまだない、まやかしの身分を振りかざしていて身分差がないとは、随分都合がよいお話しでございますね」
「なによ!」
ドンとフランシーヌ様に押されて、私はふらついて地面に座り込んでしまいました。丁度立ち位置を変えようと歩き出そうとした瞬間でしたので、タイミングが悪かったとしか言えませんね。
そう、地面に座り込んでしまったのです。雨でドロドロになった地面の上に、フランシーヌ様ではなく私が突き飛ばされてしまいました。
「セラフィーナ様っ」
運が悪く水たまりになっている場所に転んでしまったせいで、ドレスにどんどん泥水が染み込んでいきます。
イザベル様の手を借りて立ち上がりましたが、ドレスは見るも無残なものとなってしまいました。これはもう着ることが出来ませんね。気合を入れるために新作のデザインで作らせたものを着てきましたのに、残念です。
それにしても、これではシナリオがめちゃくちゃになってしまいました。軌道修正をしないといけませんわ。
「何をなさいますの!」
ドンと私もフランシーヌ様を突き飛ばしましたが、焦っていたせいかあまり泥のないところに転ばせることになってしまいました。泥で汚れはしましたが、私のほうが無残な姿なのは間違いございませんでしょう。
わずかな間ですが、私は滝のような雨に当たったせいで髪も酷い事になっておりますものね。
フランシーヌ様は雨に濡れない位置に倒れこみましたのでそのようなことはありませんし、うまくいかないものでございますわ。
「こんな雨の中に私を突き飛ばすなんて、何を考えていらっしゃいますの?このことは正式にアルベリヒ様に抗議させていただきます」
「だから!なんでもかんでもアルベリヒ様に文句を言って何が楽しいんですか」
「楽しいわけがないでしょう!」
むしろ苦痛です。早く私との婚約破棄を実行してほしいぐらいです。
「こんな人が正妃になるなんて、この国の未来はお先真っ暗ですね。でもアルベリヒ様がいるから大丈夫です。私は側妃になってアルベリヒ様のお子を、王子を産んで国母になるんです」
「そうですの、それはよかったですわね」
「っ!ばかにして!」
バチン、と頬をたたかれました。以前アルベリヒ様にぶたれた時よりずっとましですが痛いものは痛いのですよね。
「何をなさいますの!」
私は持っていた扇子でフランシーヌ様の頬をぶちます。
これが物語にあったキャットファイトというものでしょうか?確かつかみ合いの大喧嘩をするのでしたよね。
……つかみ合いなんてできませんわね、はしたないですし服が乱れてしまいますもの。
「やったわねっ」
「何をしている!」
そう叫んで間に入ってきたのはアルベリヒ様です。私が扇子でフランシーヌ様をぶったところを見たようで、私を責めようとしたのですが、私のあまりにも無残な姿に口をつぐんでしまわれました。
「アルベリヒ様聞いてください。セラフィーナ様ってば私を突き飛ばした挙句に扇子でぶったんですよ。それに私に身の程を弁えろってひどいことを言うんです」
「あ、ああ…そうか」
そりゃあ、戸惑いますわよね。どう見ても被害者は私のように見えますもの。扇子でぶった場面を見ても、私のほうがひどいことをされたとわかりますわよね、頬も赤くはれている気がいたしますし。
本当にどうしましょうか?私が悪逆非道を行う予定ですのに、どうもうまくいきませんわね。やはり私の演技力のなさが問題なのでしょうか。
何とかしなくてはいけませんわね。
「セラフィーナ様は悪くありませんわ」
ライサ様がフォローしてくださいました。そうですわ、何とか軌道修正をしませんと。物語の悪役令嬢のセリフでいいのがあった気がいたします。
「その泥棒猫がアルベリヒ様を奪うような真似をするから、身の程をわからせているのですわ。アルベリヒ様の婚約者はこの私なのですから!」
あら?なんだか少し思ったものと違う気がいたしますが、口から出てしまったものと取り下げることが出来ませんわよね。仕方がありませんのでこのまま続けることにいたしましょう。
「以前は私とご一緒してくだいましたのに、最近はその泥棒猫とばかりいっしょにいらっしゃって、公務や義務だけ私に押し付けて、いいご身分でいらっしゃいますわよね。私がどんな思いで日々を過ごしているか少しは考えていただけません?」
こ、これではまるで私がアルベリヒ様に好意を抱いているように聞こえてしまうのではないでしょうか?大丈夫でしょうか?
あ、だめっぽいですわ。ライサ様達がアルベリヒ様たちに見えないように首を振ったり額に手を当てていらっしゃいます。うーん、これ以上の軌道修正は今の私には難しいのですが、どういたしましょうか。
あっそうですわ。
「話していたらまた気分が悪くなってきましたわっ」
「きゃあっ」
「よせ!」
扇子を振り上げた手をパシリとアルベリヒ様に押さえつけられます。もちろん、そうしていただけるようにしましたので当然でございますね。
「離していただけませんか。私はこの泥棒猫をぶたなければ気が済まないのですわ」
「ふざけるな。フランシーヌは俺の側妃になる女だぞ、傷をつけるつもりか!」
「ふざけているのはアルベリヒ様でいらっしゃいますわ。側妃になるかもしれないというだけの令嬢にこの私が馬鹿にされたのです。無礼討ちをして当然ではございませんか」
「そんなものを俺が許すと思っているのか」
「これは私の当然の権利でございます」
「お前のその身分をかさに着た横暴な態度が気に入らないんだ。政略の婚約には不服だと言っているにもかかわらず、その地位だけは利用してお前こそ恥を知れ!」
「私に恥じることなどございませんわ」
「今こうして暴力をふるうことが俺の正妃に相応しい行いだと思っているのか。何度もフランシーヌに嫌がらせをしたり、陰湿ないじめを行うような女が正妃になるなんて、俺は何度もぞっとする思いをしている。父上に婚約の解消を願い出ても鼻で笑われるだけだ。お前に何の落ち度もないのに婚約解消などできないと言われてな」
あら、お話しは持って行っていただけているのですか。ではもう一押しで婚約破棄できるかもしれませんわね。
「あたりまえですわ。この私ほど王太子妃に相応しい令嬢はこの国にはおりませんもの」
いたら速攻で交代してもらっておりますわ。私に落ち度を作ればいいのですわよね。やはり陰湿ないじめが原因というのがよろしいのでしょうか?もっとインパクトがあるもののほうがいいのでしょうか?
物語ですと、浮気も婚約破棄の原因になっておりましたわね。まあそもそもが王子様の浮気が原因で悪役令嬢が生まれている気がしますが、この際それは置いておきますわ。
浮気となりますと恋の相手となりますわね。
恋の相手……セオドア兄様でしょうか?演技ということでしたらどさくさ紛れに告白まがいのことをしてみるのもいいかもしれませんし、今度皆様と一緒に作戦会議をいたしましょう。
それにしても、アルベリヒ様が庇うようにフランシーヌ様を連れていってくださったからいいですけれど、私はどうしましょうか。
この格好で廊下を歩いたら汚してしまいますものね、何かはおるものを持ってきていただいて近くの部屋で着替えさせていただきたいのですが、着替えないのですよね。
本当にどうしましょう。
そのせいかどうかはわかりませんが、アルベリヒ様の態度が随分と変わりました。
以前は人前では演技でも私と仲の良い振りをなさっておりましたのに、今ではフランシーヌ様を優先させて私のことはまるでいない者のように扱うときすらあるのです。
ですので、私も悪役令嬢のしがいがあるというものでございます。
「殿方を誑かすことだけは有能のようですけれど、お茶会のマナーもなっていないなんて、令嬢としていかがなものでしょうか。飲み物を音を立ててすするなんて、淑女としてはしたないと思わないのですか?こんな方が側妃になったら王族の品位が下がってしまいますわ」
「なんなんですか、ちょっと音を立ててしまっただけじゃないですか。いちいち細かいことで難癖付けて」
「まあ!淑女として当たり前のことを申し上げているだけですのに、難癖だなんてひどいことをおっしゃいますのね。マナーの授業ではなく、殿方を誑かす授業があったらきっと優秀な成績を残せたに違いありませんわね」
「なによ、愛されてないからって僻みんでみっともないですよ」
「愛などこの際どうでもいいのですわ。私は貴女のそのマナーのなさを指摘しておりますの。それにそんなに音を立てて紅茶を飲みたいのでしたらポットからでもお飲みになればいいのではございませんこと?」
そう言って給仕の持っているポットを奪ってフランシーヌ様の横に投げつけます。見事にスカートに紅茶がしっかりとかかりました。練習したんですよ、蓋がタイミングよくはずれるように投げつけるのにはコツがいるんです。
他の方にも被害は出ていない、というかこのテーブルにはフランシーヌ様だけが着席していらっしゃいますので被害の出ようがございません。
私が悲劇のヒロインのように扱われているからか、フランシーヌ様はお友達とも距離を取られてしまっているようで、お昼などはアルベリヒ様と一緒に食べているのをよく目撃いたします。本当に仲睦まじくて、夏季休暇前の私と一緒に居た時との仲の良さは演技だったのではないかとまで言われております。
まあ、演技でしたのでその通りなのですけれどもね。
また私が率先して悪役令嬢に徹しているからか、他の方々も賛同してフランシーヌ様をいじめていらっしゃると報告を受けておりますので、その方々には手を出さないように注意しております。
何かあった時に庇いきれなくなってしまいますと困りますものね。それに、私はまだしていないのですが、突き飛ばしたりする方もいらっしゃったり、水をかけたりする方もいらっしゃったのです。
先にされてしまっては私がした時に印象が薄くなってしまいますので困ってしまいますね。もちろんその方々には厳重注意いたしました。
「暴力的なことをする人が婚約者なんて、アルベリヒ様が可哀そうで仕方がありません!私が婚約者だったらって何度も言ってくれるのですからね!」
「なんですって!」
そういったフランシーヌ様の頬を扇子で打ってしまいました。ちょっと手加減が甘かったので真っ赤になってしまいましたね。少し申し訳ないです。
「政略の婚約に納得は行かないのは私も同じだというのに、一方的に私を悪者に仕立てて楽しいですか?私は愛のない結婚をこれからして、国のために王太子妃になるのですわ。それなのに、フランシーヌ様方は仲睦まじくなさってけっこな事でございますわね」
「やっぱり嫉妬じゃないですか!醜いとは思わないんですか?」
「私は身の程を弁えろと申しているのです。マナーもろくに身に着けていない田舎娘が、側妃になるなんて、アルベリヒ様の判断を疑ってしまいますわ」
「なんですって!」
「キャァッ!」
フランシーヌ様がテーブルにあったカップを渡しに投げつけてきて中に入っていたまだ熱い紅茶が私のドレスにかかってしまいました。素肌にかからなくてよかったです。熱には弱いのですよ、私。
「なんてことをなさるの!」
「セラフィーナ様お怪我はございませんか?」
「熱い紅茶の入ったカップをセラフィーナ様に投げるなんて、田舎者はこれだからいやなのですわ」
「せっかくのドレスが台無しになってしまって、この弁償はどうなさるおつもりですの」
お友達4人が口々にフランシーヌ様を責め立てますが、いつもよりも熱が入っているのは私に被害があったからだと思ってよろしいのでしょうか?そうだとしたら嬉しいのですけれど。
「そっちだってよく私にものを投げつけてきたり、打ったりするじゃないですか。それはどうなんですか?大公辺境伯の令嬢だからってそんなにえらいっていうんですか?」
「まあ!何をおっしゃってますの?魔の森の侵攻を食い止めているアリスメンディ大公辺境伯が偉くないわけがほございませんでしょう」
「ロサマリア様のおっしゃる通りです。しかもセラフィーナ様は隣国の帝の姪姫でいらっしゃるのですから、フランシーヌ様とは生まれそのもの格というものが違いますのよ」
「そもそも、下位の者が上位の方に口答えするなんて、いくら革新派の貴族とはいえ、貴族である以上ありえないことだと思いますわ」
フェリーチェ様とライサ様の言葉に、フランシーヌ様が顔を引きつらせてしまいましたが、まだお怒りが残っていらっしゃるようです。
「私は側妃になるんですよ。生まれなんて関係ないじゃないですか!アルベリヒ様のお子様を、王子を産めば私のほうが立場は上です!」
「まあ!夢物語、いいえ妄想かしら?そもそも側妃が第一王子を産んでも正妃より立場が上になるなんて聞いたことがありませんわ。所詮は側妃、正妃とは与えられる役目が全く違うではありませんか。側妃は王太子や国王陛下をお慰めし、お子を産むための存在。王太子妃や正妃は隣で公務を支えるまた任される立場なのですわ。マナーのお勉強だけではなく常識の授業も精進が足りていないようでございますわね。放課後に課外授業でも受けたらいかがですか」
イザベル様、中々に鋭いところをついていらっしゃいますね。そう、たとえ第一王子を側妃が生んだところで、公務などの関係上正妃より上の立場になることはかなわないのです。
ですから前回は私を排除してフランシーヌ様を正妃にしようとしたのかもしれませんわね。
正妃なんて公務の忙しさと社交の面倒なプレッシャーでいっぱいの面倒な仕事だと思いますけれども、愛する人の一番になりたいと思うが故の行動かもしれませんわね。
やはり私には理解できませんわ。
「このドレス、アルベリヒ様に弁償代を請求させていただきますわ」
「なんでですか!」
「側妃になるということは、婚約者扱いになっているということです。それですので責任を取っていただくのみにございます。私だって、今まで貴女のドレスの弁償代はご実家に送金させていただいておりましたでしょう?」
「それは…」
「貴女のご実家ではこのドレスの弁償など出来ないでしょうから、アルベリヒ様に請求するのですわ。お分かりになりまして?貧乏子爵家にはこのドレス一枚買うことなんてできませんのよ」
これは事実ですわね。生地やデザイン、刺繍やレース諸々、フランシーヌ様のご実家では到底変えるような代物ではございません。私にとっては汚れてもいい普段着でございますけれどもね。
「…もういいですわ。今日は淑女をお招きしたお茶会ですの、淑女として教育の施されていないようにお見受けする方は出ていった頂けます?」
「っ!出ていきます!」
そう言って出ていくフランシーヌ様の後ろ姿を見送ってため息を吐きますと、皆様が口々に慰めの言葉をかけてくださいます。
やはり世間の同情は私にあるようですわね。
同じような政略婚約に納得いかない者同士なのに、私は公務を粛々とこなしているにもかかわらず、アルベリヒ様は自由に恋愛をして側妃にまでしようとしている。そのことは貴婦人や令嬢によく思われていないようです。
貴婦人は夫の愛人問題なども抱えておりますので余計にそのような感情が強いのかもしれません。
せっかく人前ではあんなに仲良さげにふるまっていましたのに、台無しでございますね。もっともだからこそ余計に私に同情が集まっているのですけれども。
「皆様、暖かいお言葉ありがとうございます。そのお言葉で私は支えられておりますわ」
少し悲し気な、それでいて温かみを受けて嬉しそうな笑みを浮かべて言えば、一気にお茶会に参加したご令嬢の同情を集めることが出来ます。
この表情を会得するのにとても苦労致しましたが、練習にセオドア兄様が付き合ってくださいましらので何とか修得することが出来ました。蛇足ですが、この表情を会得する際にセオドア兄様とお別れをする時、でも次に会う約束をしていただいたというシチュエーションを想像して会得したのでございます。
セオドア兄様には結局私の想いはまだ伝えておりません。今は婚約破棄という目標を叶えることが先決だと思っているからだけではなく、やはり物語のような燃え上がる恋というものが実感できないからなのです。
春の暖かな日差しのようなこの恋が、家族愛なのかどうなのかまだわかりませんので言うのを戸惑っております。
けれど、セオドア兄様とお茶や夕食を一緒にする際の喜びは今まで以上のものに感じております。
フランシーヌ様がいなくなったお茶会では、フランシーヌ様に対する悪口が会話の大半を占めておりました。側妃になると決定してからというもの、アルベリヒ様の後ろ盾をいいことに大きな顔をしているのだそうです。
そして、メルセデス様に対する接し方も悪口の対象になっております。どうやら随分と険悪な雰囲気になっているようなのですが、婚約を無効にされたのだから仕方がないと思われておりますが、それでもあまりにも配慮がないと悪口を言われているのです。
メルセデス様はフランシーヌ様を愛しておりますので、今の状況はどう思っていらっしゃるのでしょうか?
苦しい思いをしていらっしゃるのではないでしょうか?愛する人が目の前で他の異性と仲睦まじくしている姿など、私でしたら見たくはありません。
そう思いますと、その苦しみに耐えているメルセデス様の覚悟というものは素晴らしいものと言えます。私にはできそうにありませんもの。
お茶会から数日、私は中庭で仲睦まじく木陰で話しをしているアルベリヒ様とフランシーヌ様の姿を目撃し、それをじっと見つめているメルセデス様のお姿も見てしまいました。
その目には暗い炎が宿っているように感じるほど、暗く鬱屈したものでしたが、私が見ていることに気が付くと先ほどまでの表情を消して笑みを浮かべられました。
演技力というのでしょうか?私には真似できそうにございません。
それにしても、恋人たちの語らいというものは物語で幾度となく出てくる場面でございますが、実際に見るとあまりロマンチックなものではございませんね。まだ暑いと時期ですのに、木陰とはいえ中庭でわざわざ大勢に見せつけるように談笑するなんて、何を考えていらっしゃるのでしょうか?
私に見せつけて嫉妬心をあおっているのだとしたら、乗らない手はないのですが、今は気分が乗りませんわね。
こんなことを申し上げるのはどうかと思うのですが、あのお2人の前に立ち向かっていく気力が今は湧きません。なんといってもまだ暑いですし、日差しも強い中わざわざ外に行く気力がわきませんもの、しかたがございませんわよね。
また数日たった今日、雨の降っている今日は幾分涼しくなっておりますが、今日はやるべきことがあるのです。
それは泥水の中にフランシーヌ様を突き飛ばすという物語で言えば見せ場のシーンを実行するのです。
呼び出しはすでにしておりますので、間もなくフランシーヌ様が友人達に連れられてやってくる予定となっております。
中庭に面するこの通路での会話の時点で何をするか気が付かれてしまっているかもしれませんので、立ち位置を確認いたしましょう。私は壁側でフランシーヌ様は中庭側に立っていただきます。
口論の末に突き飛ばすのですから、距離はそれなりに近くしておかなければいけませんので……このあたりでしょうか?話しながら歩いて多少のずれの修正はしておくことはできるでしょうし、なんとかなりますわね。
そんなことを考えていたらフランシーヌ様がいらっしゃいました。
「ごきげんよう、フランシーヌ様。ひどい雨ですわね」
「わかっててこんなところに呼び出すとか、何のようなんですか?また小言ですか?いい加減にしてください。アルベリヒ様にそんなんだから愛想をつかされるんですよ」
「もともとそんなものは私たちの間に存在はしておりません」
「ふん」
「今日お呼び出ししたのはほかでもございません。アルベリヒ様の後ろ盾をいいことに随分と身分を無視した行動をとっているそうですわね、それに勝手に場所を占拠しているとも聞いております」
「はあ?側妃なるんだから当たり前じゃないですか」
「お頭がたりていないようでございますね。側妃になるまではフランシーヌ様はただの子爵令嬢でしかないのですわ、その証拠に貴女は側妃としての公務を何もしていらっしゃらないでしょう?私は王太子妃になるべく公務や執務をしておりますわ。そもそも、大公辺境伯家の娘である私は公爵家と同等かそれ以上の地位を持っているのです。貴女とは格が違うと以前言われたのにご理解していらっしゃいませんでしたの?そもそも、場所を占拠だなんて、アルベリヒ様であっても行っていいことではございません。今まではなさっていなかったのに、フランシーヌ様が何か吹き込んだのではございませんか?」
「失礼なことを言わないでください。王太子様なんだから、一番いい場所に座るのは当たり前じゃないですか。今までが間違ってたんです」
「その考えは秩序を乱すものですね。そもそも、貴女の家は革新派の家、身分差の差別に反対派の家のはずですのに、王太子は別、自分は別という考えなのでしょうか?あきれてものが言えませんわ」
「なっ…。だ、だから身分差とか無いようにしてるんじゃないですか」
「側妃になるという今はまだない、まやかしの身分を振りかざしていて身分差がないとは、随分都合がよいお話しでございますね」
「なによ!」
ドンとフランシーヌ様に押されて、私はふらついて地面に座り込んでしまいました。丁度立ち位置を変えようと歩き出そうとした瞬間でしたので、タイミングが悪かったとしか言えませんね。
そう、地面に座り込んでしまったのです。雨でドロドロになった地面の上に、フランシーヌ様ではなく私が突き飛ばされてしまいました。
「セラフィーナ様っ」
運が悪く水たまりになっている場所に転んでしまったせいで、ドレスにどんどん泥水が染み込んでいきます。
イザベル様の手を借りて立ち上がりましたが、ドレスは見るも無残なものとなってしまいました。これはもう着ることが出来ませんね。気合を入れるために新作のデザインで作らせたものを着てきましたのに、残念です。
それにしても、これではシナリオがめちゃくちゃになってしまいました。軌道修正をしないといけませんわ。
「何をなさいますの!」
ドンと私もフランシーヌ様を突き飛ばしましたが、焦っていたせいかあまり泥のないところに転ばせることになってしまいました。泥で汚れはしましたが、私のほうが無残な姿なのは間違いございませんでしょう。
わずかな間ですが、私は滝のような雨に当たったせいで髪も酷い事になっておりますものね。
フランシーヌ様は雨に濡れない位置に倒れこみましたのでそのようなことはありませんし、うまくいかないものでございますわ。
「こんな雨の中に私を突き飛ばすなんて、何を考えていらっしゃいますの?このことは正式にアルベリヒ様に抗議させていただきます」
「だから!なんでもかんでもアルベリヒ様に文句を言って何が楽しいんですか」
「楽しいわけがないでしょう!」
むしろ苦痛です。早く私との婚約破棄を実行してほしいぐらいです。
「こんな人が正妃になるなんて、この国の未来はお先真っ暗ですね。でもアルベリヒ様がいるから大丈夫です。私は側妃になってアルベリヒ様のお子を、王子を産んで国母になるんです」
「そうですの、それはよかったですわね」
「っ!ばかにして!」
バチン、と頬をたたかれました。以前アルベリヒ様にぶたれた時よりずっとましですが痛いものは痛いのですよね。
「何をなさいますの!」
私は持っていた扇子でフランシーヌ様の頬をぶちます。
これが物語にあったキャットファイトというものでしょうか?確かつかみ合いの大喧嘩をするのでしたよね。
……つかみ合いなんてできませんわね、はしたないですし服が乱れてしまいますもの。
「やったわねっ」
「何をしている!」
そう叫んで間に入ってきたのはアルベリヒ様です。私が扇子でフランシーヌ様をぶったところを見たようで、私を責めようとしたのですが、私のあまりにも無残な姿に口をつぐんでしまわれました。
「アルベリヒ様聞いてください。セラフィーナ様ってば私を突き飛ばした挙句に扇子でぶったんですよ。それに私に身の程を弁えろってひどいことを言うんです」
「あ、ああ…そうか」
そりゃあ、戸惑いますわよね。どう見ても被害者は私のように見えますもの。扇子でぶった場面を見ても、私のほうがひどいことをされたとわかりますわよね、頬も赤くはれている気がいたしますし。
本当にどうしましょうか?私が悪逆非道を行う予定ですのに、どうもうまくいきませんわね。やはり私の演技力のなさが問題なのでしょうか。
何とかしなくてはいけませんわね。
「セラフィーナ様は悪くありませんわ」
ライサ様がフォローしてくださいました。そうですわ、何とか軌道修正をしませんと。物語の悪役令嬢のセリフでいいのがあった気がいたします。
「その泥棒猫がアルベリヒ様を奪うような真似をするから、身の程をわからせているのですわ。アルベリヒ様の婚約者はこの私なのですから!」
あら?なんだか少し思ったものと違う気がいたしますが、口から出てしまったものと取り下げることが出来ませんわよね。仕方がありませんのでこのまま続けることにいたしましょう。
「以前は私とご一緒してくだいましたのに、最近はその泥棒猫とばかりいっしょにいらっしゃって、公務や義務だけ私に押し付けて、いいご身分でいらっしゃいますわよね。私がどんな思いで日々を過ごしているか少しは考えていただけません?」
こ、これではまるで私がアルベリヒ様に好意を抱いているように聞こえてしまうのではないでしょうか?大丈夫でしょうか?
あ、だめっぽいですわ。ライサ様達がアルベリヒ様たちに見えないように首を振ったり額に手を当てていらっしゃいます。うーん、これ以上の軌道修正は今の私には難しいのですが、どういたしましょうか。
あっそうですわ。
「話していたらまた気分が悪くなってきましたわっ」
「きゃあっ」
「よせ!」
扇子を振り上げた手をパシリとアルベリヒ様に押さえつけられます。もちろん、そうしていただけるようにしましたので当然でございますね。
「離していただけませんか。私はこの泥棒猫をぶたなければ気が済まないのですわ」
「ふざけるな。フランシーヌは俺の側妃になる女だぞ、傷をつけるつもりか!」
「ふざけているのはアルベリヒ様でいらっしゃいますわ。側妃になるかもしれないというだけの令嬢にこの私が馬鹿にされたのです。無礼討ちをして当然ではございませんか」
「そんなものを俺が許すと思っているのか」
「これは私の当然の権利でございます」
「お前のその身分をかさに着た横暴な態度が気に入らないんだ。政略の婚約には不服だと言っているにもかかわらず、その地位だけは利用してお前こそ恥を知れ!」
「私に恥じることなどございませんわ」
「今こうして暴力をふるうことが俺の正妃に相応しい行いだと思っているのか。何度もフランシーヌに嫌がらせをしたり、陰湿ないじめを行うような女が正妃になるなんて、俺は何度もぞっとする思いをしている。父上に婚約の解消を願い出ても鼻で笑われるだけだ。お前に何の落ち度もないのに婚約解消などできないと言われてな」
あら、お話しは持って行っていただけているのですか。ではもう一押しで婚約破棄できるかもしれませんわね。
「あたりまえですわ。この私ほど王太子妃に相応しい令嬢はこの国にはおりませんもの」
いたら速攻で交代してもらっておりますわ。私に落ち度を作ればいいのですわよね。やはり陰湿ないじめが原因というのがよろしいのでしょうか?もっとインパクトがあるもののほうがいいのでしょうか?
物語ですと、浮気も婚約破棄の原因になっておりましたわね。まあそもそもが王子様の浮気が原因で悪役令嬢が生まれている気がしますが、この際それは置いておきますわ。
浮気となりますと恋の相手となりますわね。
恋の相手……セオドア兄様でしょうか?演技ということでしたらどさくさ紛れに告白まがいのことをしてみるのもいいかもしれませんし、今度皆様と一緒に作戦会議をいたしましょう。
それにしても、アルベリヒ様が庇うようにフランシーヌ様を連れていってくださったからいいですけれど、私はどうしましょうか。
この格好で廊下を歩いたら汚してしまいますものね、何かはおるものを持ってきていただいて近くの部屋で着替えさせていただきたいのですが、着替えないのですよね。
本当にどうしましょう。
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