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プロローグ
勇者と出会う
しおりを挟む「助かったよ。怪我はない?」
こちらも同じような年齢だと気付いたのか、少年の口調がやや砕けた。ナイを振り返った黒髪の少年剣士の額には、イノシシモドキとの戦闘で傷付いたのか生々しく血が滲んでいる。しかし、まだ幼さの残る顔には、精一杯の虚勢を張る強ばった笑みが浮かんでいた。立っているのも辛いのか、息も乱れている。コレはまずい。
「……いえ……」
そんな状況にも関わらず、ナイの胸はなぜかしら熱く震えた。沢山薬買ってくれそう……いや、そうではない、たぶん。口の悪い幼友達にネンネだの不感症だのと散々言われ続けてきたが、その汚名も今日で返上になるかもしれない。自分はいま間違いなく、この少年剣士に何か淡い想いを抱きつつあるような、気が。
「いえ、私はなんとも。剣士さまこそ、全然大丈夫じゃな…………あっ!」
ナイは慌てて職業的視覚を使い、少年剣士の状態を調べてみた。案の定、すでに体力は尽き掛け、体力回復薬を飲ませなければとても村までは持つまい。剣士に体力回復薬を渡そうと皮袋に手を掛けたナイは、思わず目を見張る。点滅する体力の隣りの欄に、燦然と輝く単語を見つけたからだ。彼は魔獣使いではなかった。
曰く職業……『勇者』と。
「ゆっ、勇者……さまぁ?」
ナイの声が思わずひっくり返る。
それが何を意味するのか、この世界では三つの幼子でも知っていた。
この超未熟な少年剣士は、北で封印の解けたと噂される魔王を封じるために、この魔物溢れる大地に創世の女神が遣わした、古の勇者の再来に違いない。ナイは物心つく前から道具屋の店番に立っていたが、勇者など視たのはこれは初めてだった。
そして勇者の傍らには、自重の倍もありそうなイノシシモドキを軽々と背負った大猫が、早く行こうとばかりに黒光りするしなやかな身体を摺り寄せ喉をゴロゴロと鳴らしている。存外に可愛らしい仕草だ。もはや猫とは呼べない大きさではあったが。
「まだ半人前だけどね。ええっと、僕は勇者ライル。コイツはクロちゃん。僕達の恩人の名前を聞いても?」
半人前どころじゃないでしょうとは思ったが、ナイの口から出たのは質問とはまるで関係のない、
『東にコトリ村があります』
という、自分に流れる血に刻まれた職業的な言葉だった。
「よかった。このまま村が見付からないと、また野宿になってしまうところだったよ。ようやく、屋根のある場所で眠れる。村には宿屋と食事処もあるかな?」
少年は辻褄の合わない台詞を言われ慣れているようだ。血の通わぬ極めて慇懃無礼な自分の声音が、ナイはこの時ばかりはとても嫌に感じた。しかし決まり文句は勝手に口から溢れ、抗うことは叶わない。そういう決まりなのだ。
『……私は道具屋です。お買いになりますか? それとも売られますか?』
その言葉に条件反射するかのように、勇者は懐をまさぐり財布を捜し始める。運命的な出会いが、職業的なそれに変わってしまうのを感じ、ナイは心の中で泣いた。
「僕と同じような年頃の女の子なのに、こんなところで商売とは、大変だね……ええっと、取り敢えず体力回復を十個ばかり……あと、さっき僕に使ってくれた薬代も合わせて。あー、細かいのないや。大きなお金、出してもいい?」
それが、ナイと勇者の最初の出会いだった。
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