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5.前夜祭の長い夜Ⅱ
大団円とそれぞれの想い
しおりを挟む「ロブおじさん……」
立ち尽くしている似せ物師ロブを、ナイはゆっくりと振り返った。
女神の御手となったいまのナイには、ロブのやる気のない素振りが理解出来るような気がした。ロブは丹精込めて作り上げた魔王の似せ物が、役目を果たせば燃やされてしまうことを、本当はずっと悲しんでいたのだ。
祭りの最終日に、村人に囃し立てられ炎に包まれ崩れ落ちる似せ物を見ながら、顔では誇らしげに笑っていても、心の底では泣いていたに違いない。
ましてや、このアンデッドキメラ化してしまった似せ物は人々を襲って負傷させ、祭りでの役目を果たすことなく、あまつさえ三分の一の首を失ってなお村の広場で醜態を晒しているのだから。手の掛かる子ほど可愛いものなのかもしれない。
それでも、ナイはあえて訊かねばならない。時間があまり残されていないのだ。
「ロブおじさん、あの子達の急所を教えて」
「……ナイちゃん……」
人知れず猛毒に侵され癒しの鉄槌で全回復したロブが、言おうか言うまいか逡巡した挙句に、とうとう観念したように呟いた。
「あいつらの急所は……恐らく胸に空いた穴だ。ひと思いにやってくれ」
「胸に空いた穴って……まさか」
言われてみれば、アンデッドキメラの本体、鱗に覆われた胴体の胸の辺りに、丸くくり貫いたような跡があるのがわかる。綺麗にはめ込みニカワで接着してあるのか、それまでまったく気付かなかった。
――まさかこれって、クロちゃんの……。
魔王の似せ物の製作工程の最中、大猫の後ろ姿に涎を流さんばかりの物欲しそうな眼差しを向けていたロブのことを思い出した。そう言えば、炭で丸く印を付けていた。諦め切れなかったロブの妄執に、ナイは改めて気付かされる。
「……………」
ロブが大猫の頭に最後の最後までこだわって空けてしまった無念の穴だとは、ナイ以外の誰にもわからないだろう。恐らくロブの妄執が、九十九本の首しかない魔王の似せ物に仮初めの命を吹き込んでしまい、はからずも最後のひとつの首となる大猫を求めて動き出したのだ。ロブの似せ物師としての力量に、ナイは戦慄すら覚えた。
「よし、俺と勇者で機会を作るから、ナイちゃんはあとから頼むっ!」
「ナイっ、どーんと、いっちゃえーっ!」
「クロちゃん、猫パンチだっ!」
「キシャーっ!」
マシューと勇者で、同時に左右からアンデッドキメラの本体へ切り掛かる。
すぐあとに、大猫が鱗に覆われた胸部へ強烈な猫パンチを食らわすと、蓋が奥に抜け落ちて、件の穴が丸く口を開けた。
そしてシシィに背を押され、すでに走り込んでいたナイは思い切り体重を乗せ、身も砕けよと最後の力を振り絞り、その穴に向かって癒しの鉄槌を振り抜いた――!
「――――――――」
魔術の才のある者には、鉄と木材で出来たアンデッドキメラの内部に満ちていた魔の気と、癒しの鉄槌から溢れ出す女神の聖なる力が真っ向からぶつかり火花を散らす様子が見られただろう。
そして次の瞬間、目も潰れんばかりの眩しい光が、アンデッドキメラの身体から四方八方に何条も流れ出す――。
「……きゃっ……」
至近距離にいたナイは逃げるのも叶わず、鉄槌を握ったまま目を閉じて顔を背けるのが精一杯だった。
思わず身を縮めたナイの身体を、誰かが押し倒し覆い被さる――。
*
一瞬の収斂のあと、耳を劈くような大音響とともにアンデッドキメラが爆発した……ということがわかったのは、爆風が収まったあとだった。
音と光のわりに被害が極端に少ないことを、ナイはのちに知ることになる。
それもそのはず、アンデッドキメラとは言っても、本来は鉄の骨組みに木材を貼り付けて魔物の皮で覆っただけの張り子に過ぎない。
原理的には、空気を入れ過ぎた風船が破裂したようなものだからだ。
「おっ、重い……えっ? ゆっ、勇者さま、大丈夫ですかっ?」
恐る恐る目を開けたナイは、自分の身体の上の邪魔なものが、鉄の鎧込みの勇者であることに気付いた。身を挺して守ってくれたのは、勇者だったのだ。
勇者は丸薬を与えるまでもなく、すぐに身体を起こした。
「――あ、ナイさん、無事だった?」
村人が隣人同士で抱き合い無事を確認し安堵する中、二人は座り込んだまま焼け落ちた舞台の片隅で見詰め合う。
「ナイさんがいなかったら、僕らにはアンデッドキメラを倒すことが出来なかったかもしれない。もし、君さえ良ければ、僕達と一緒に――」
紅潮した顔の勇者の囁きが、ナイの耳には蕩けるように甘い蜜のごとく聞こえる。
「…………」
ナイが押し離した鉄槌の柄が、鈍い音を立てて地面にめり込んだ。もはや女神の御手たる役目を終えたナイには、引き摺ることさえ叶わない。
大いなる力の去ったあとの空虚感を抱え、ナイははたと言葉に詰まった。
――私が旅に同行しても、本当に勇者さまのお役に立てるかしら……。
「お前達、怪我はないかっ?」
二人の肩を叩きながら割って入ってきたのは、白い歯を見せて笑う剣士マシューだった。勇者に擦り寄り甘えた声を出す、真っ白に汚れたブラッディパンサーも無事だった。離れた場所で、シシィがへたり込んでいるのが見えた。
そして村人に限らず、その場にいたすべての人々の歓声が広場を満たす。
様子見だった冒険者達が肩を竦めるのは、勇者一行の面目躍如と言ったところか。
「勇者さま、バンザイっ!」
「道具屋のナイちゃん、バンザイッ!」
「癒しの鉄槌使いの聖女ナイっ、バンザーイっ!」
それっぽい二つ名を勝手に付けて歓声に紛れ込ませたのは、眼鏡の司祭だった。何か企んでいるとしかナイには思えない。それはさておき、勇者一行は女神の筋書きを達成せずして、村を救った英雄として村人達に迎え入れられたのであった。
焼け落ちた家屋の陰から、禿頭を覗かせてナイをそっと見守る者がいた。
それは爆風からナイを守ろうとしたものの、あえなく勇者に遅れを取ってしまったロブだった。誰に聞かせるでもなく、ひっそりと呟く。
「……胸にブラッディパンサーの頭が嵌まってなくて良かった。もし嵌まっていたら、いかに勇者一行とはいえ、勝てなかったかもしれん……」
しかしロブの呟きは勇者達を称える人々の声に掻き消され、誰の耳にも届くことはなかった。聞こえたとしても、恐らくナイ以外には理解出来ないだろう、似せ物師としてのこだわりであった。
のちに、似せ物師ギルドではこの出来事を重く受け止め、似せ物の頭を三十本までに押さえるという分かったような分からないような通達を出したという。
また、百本まで達してなかったことと魔王の封印云々の諸事情から、似せ物師ロブの責任は問われずに済んだ。ただ、当面は壊れた家屋の修理等の奉仕活動を自主的に行うことになる。いずれにせよ、似せ物無しには、人々の夏祭りは始まらないのだ。
「いやぁ、これは凄いっ! こうなったら教会本部に打診して、道具屋のナイを在俗ながら癒しの鉄槌使いの聖女に叙任して貰おう! 聖女を引っ提げ、これで私もようやく王都に返り咲け……おっと、とにかくめでたい!」
癒しの鉄槌使いを旅に誘い出したい勇者、今回の出来事を回顧する似せ物師に、密かな企みが口から溢れてしまう司祭、そして途切れることのない歓喜の嵐――。
それぞれの思いが交錯する中、ナイはひとりだけ別の場所にいるような錯覚を感じていた。はやり女神の御手たる役目がただびとであるナイには重過ぎたのか、すでに意識を失い掛けていたのだ。
――その二つ名はちょっとイヤかも。夏祭りどうなっちゃうのかしら……。
だから、誰かが自分を支え、耳元で名を呼んだのか、そして何と答えたのかもわからない。抱き上げて家まで運んでくれたのが誰なのか、ナイは知らなかった。
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