27 / 29
エピローグ
北の祠にて
しおりを挟む「――お前らァ、一度、ワシの棲家の目前まで到達しといて何もせずに帰るとはァ、一体どういう了見だァァァァァア!」
とりわけ巨大なカエル型の人語を話す魔物――この辺り一帯を支配する魔物の親玉――を前にして、勇者ライルと剣士マシューは顔を見合わせていた。
「んなこと言われたってなぁ、勇者よォ?」
「……僕達にも、色々と事情があるんです。気分を悪くされたら申し訳な――」
そう言って律儀に頭を下げた勇者を、魔物は長い舌で絡め取って天井やら床やらにバシバシと叩き付けてから放り出す。マシューと大猫は回避が成功した。
「……痛たた。酷いなぁ、不意打ちなんて」
頭を擦りながらむくりと起き上がった勇者の健康状態を職業的視覚で確認すると、体力はほとんど減ってはいない。ナイは安堵した。
一方、いつものお下げ髪ではなく梳き髪に寝巻き姿のナイは宙に浮かんだまま、勇者も逞しくなったものだとしみじみ感じ入った。完全に幽体離脱の霊体である。
「どうせ倒しちまう奴に謝ったって、しょうがねぇだろ。早いとこやっちまおうぜ」
そう言い捨てるマシューに、魔物の親玉は緑と紫だった身体の色を真っ赤に変えて怒り狂った。それまで以上に苛烈な攻撃技を仕掛けてきたが、勇者達はほとんど痛手を受けることはない。女神の筋書き外のアンデッドキメラを倒したことで、習熟度が上がり過ぎてしまったのだ。ナイは苦笑いしながら一同の戦闘を見守る。
――取り越し苦労だったみたいね……お家に戻ろうかしら。実は、ナイの本体はアンデッドキメラを倒したあと、意識不明で伏せっているのだ。今もナイの身体は自宅の寝台の上にあり、やつれたシシィがつきっきりで看病を続けている。急遽、女神の御手となったことや各種薬の過剰摂取により、ナイの心身の負担は限界を超えた。
けれど、昏睡している間もナイの魂はずっと勇者達と行動を共にし、北の祠の魔物退治にまでついてきてしまったのだった。
そして、続行不可能かと思われた夏祭りも、偽せ物師ロブがやっつけで仕上げた――間違っても魔獣化しないように簡素な――魔王の似せ物を使って、滞りなく行われた。材料だけは、存分に残っていたので。
例年と違ったことは、旅回りの一座のお抱え脚本家が寸劇の内容を一部書き変え、勇者を助けて癒しの鉄槌を振るう聖女の役が追加になったことだ。もっとも、役者が揃わなかったのか、実際は少女とは呼べない妙齢の女性が演じていた。
ナイは勇者の隣りにこっそり座り――もちろん霊体で――くすぐったいような気持ちで、一緒に寸劇を見た。以降、この地方で癒しの鉄槌使いの聖女の芝居が流行ることになるのだが、それはまた別の話である。
「…………」
霊体であるだけに、ナイは沁みひとつない真っ白な手で勇者に触れる。すると、何故か傷付いた勇者の体力は回復し、さまざまな状態異常は治ってしまう。
何故こんなことが出来るのか不思議だったが、ナイはあまり深く考えないことにした。女神の慈愛に満ちた癒しの力が、まだわずかながら残っているせいだろう。
しかし大猫だけにはナイの姿が見えるようだ。
始終、喉をゴロゴロ鳴らして宙を見上げているものだから、その様子がマシューの気に障るらしい。マシューは気持ち悪いからやめてくれと言いながら、挙動不審になっている。さすがの熟練の剣士も、目に見えないものは苦手なようだ。
「無念……こんなヒヨッコ共に、この俺が……げふっ」
巨大なカエル型の魔物は勇者の一撃を食らい、ひと通りべらべら喋る前に絶命してしまった。情報を得る前に倒してよかったのだろうか。マシューは魔物が倒れた拍子に足元まで転がってきた封印の宝珠を拾い上げ、勇者に手渡しながら眉を潜めた。
「うわっ、食らった。こんな時に、癒しの鉄槌使いのナイちゃんがいればなぁ」
よくよく職業的視覚で視れば、マシューは猛毒に侵されている。
魔物の親玉の、最後の悪あがきだったのだろう。薬袋替わりにされたのが何となく癪に障ったナイは、マシューの状態異常をあえて治さなかった。マシューは毒消しの丸薬を探して身体を弄っている。勇者は持参した毒消しを素早く差し出した。
「おぅ、気が利くな。そう言えば、お前、どうすんだよ?」
「何がですか?」
「何がって……ナイちゃんのことに決まってんだろ」
一瞬、泣き笑いのような表情を浮かべてから、勇者は嘆息した。
「……僕の名前、とうとう最後まで呼んで貰えなかった」
「お前は、ナイちゃんにとって『勇者さま』だからな。てか、俺なんか最後までずっと酒場の剣士さまだったぞ。これって酷くないか?」
「一緒にしないでください」
「えー」
本来なら、魂が身体に駆け戻ってしまうような赤面ものの話題だが、不思議とナイは他人事のように冷静でいられた。魂だけの、夢のような感覚だからかもしれない。
そして勇者の足元では、相変わらず大猫が身繕いに精を出している。
「僕のこと、最後まで子供だと思ってた」
「現に、子供だろ。あれだ、手の掛る弟みたいなもんだな」
「ナイさんと、ひとつしか違わないのに。けっ、結婚だって、もうできるのに」
「そりゃ年齢の話だけだろ。責任も取れないのに、軽はずみなことをすんなよ。武具屋のオヤジに殺されんぞ」
――まぁ、身体ひとつで道具屋に転がり込むってのも有りだが。髪結いの亭主ならぬ、道具屋兼薬草師の亭主になるな。
そう言いながら、軽はずみな男はニヤニヤと笑った。
「……マシューさんは、どうするんですか?」
気軽に会話を交わす勇者とマシューの間には、見えない絆が芽生えつつあるようだ。ちなみに女神の筋書きでは、北の祠の戦闘で勇者が絶体絶命の危機に陥っている時に、マシューが助けに入ることになっていたそうだ。アンデッドキメラに見せ場を奪われたと、マシューは複雑な表情をしながら、冒険の合間に勇者へ語ったのだ。
「放っとけ。俺達は大人だし、お互い、納得づくなんだからな」
「そういう時だけ、大人って言うのずるいですよ。マシューさん」
「大人はずりぃんだよ」
「……僕は」
それきり、勇者は何も言わなかった。ただ、黙ったまま迷宮の外に向かってきびすを返す。転がっていた大猫が慌ててあとを追い駆け、マシューも不味そうな顔で毒消しを無理矢理飲み下してから、地上に向かって歩き出した。
勇者一行の長い旅は、まだ始まったばかりだった。
0
あなたにおすすめの小説
冤罪で辺境に幽閉された第4王子
satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。
「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。
辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。
私が死んで満足ですか?
マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。
ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。
全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。
書籍化にともない本編を引き下げいたしました
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
夫から『お前を愛することはない』と言われたので、お返しついでに彼のお友達をお招きした結果。
古森真朝
ファンタジー
「クラリッサ・ベル・グレイヴィア伯爵令嬢、あらかじめ言っておく。
俺がお前を愛することは、この先決してない。期待など一切するな!」
新婚初日、花嫁に真っ向から言い放った新郎アドルフ。それに対して、クラリッサが返したのは――
※ぬるいですがホラー要素があります。苦手な方はご注意ください。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます
腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった!
私が死ぬまでには完結させます。
追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。
追記2:ひとまず完結しました!
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる