「お淑やかな令嬢」は本日で廃業いたしました!文句ありますか?

小梅りこ

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「……ナギ様! こちらを向いてくださいまし!」

「……筋肉の女神、ナギ様万歳! スパイを捕らえたその剛腕、抱いてほしいですわ!」

スパイ騒動から一夜明けた王都。
私の別邸前は、昨日よりもさらに熱狂的な令嬢や市民たちで埋め尽くされていた。
もはや「悪役令嬢」という言葉は死語になり、私は「王国の盾(物理)」として崇め奉られている。

「……お嬢様。……もう、外に出る時はフルプレートの鎧でも着ないと、もみくちゃにされて服が破けますよ」

エラが、窓の外の喧騒を眺めながら呆れたように言った。
私は、朝食用に焼き上げた特大の牛モモ肉を丸かじりしながら、窓辺に立った。

「……いいじゃない。……みんな、真実の美しさに目覚めたのよ。……おーほっほっほ! ……あ、そこの奥様! スクワットの時はもっと膝を外に開いて!」

私が窓から手を振ると、黄色い悲鳴が上がり、その場で数十人の令嬢たちが一斉にスクワットを始めた。
壮観だわ。……この国、確実に筋肉量が増えているわね。

「……ナギ。……そろそろ出発の時間だ。……陛下が、君に正式な叙勲を授けたいと仰っている」

アインが、私の肩に上質なマントをかけてくれた。
彼の瞳は、かつてないほど優しく、そして深い情熱を湛えている。
……私たちの仲も、お肉の焼き加減と同じくらい、最高潮に達しているわね。

「……ええ、行きましょう、アイン。……あ、でもその前に……」

私が玄関を出ようとした、その時だった。

「……待てっ!! ナギ・カーム!!」

群衆をかき分け、ボロボロになった金の鎧を身に纏った男が、一振りの剣を抜いて立ち塞がった。
カイル王子だ。
彼の目は血走り、髪は乱れ、王子の面影など微塵もない。

「……あら、殿下。……まだ、王宮の掃除が終わっていなかったのかしら?」

「……黙れ! ……私は、私は全てを失った! ……父上からの信頼も、民からの敬愛も、そして……リリアという、偽りの愛さえも!」

カイルが剣を震わせ、私を指差した。

「……全ては、お前が変わってしまったからだ! ……お前が大人しく、私に従っていれば、こんなことにはならなかった! ……ナギ、責任を取れ! ……私と、……私と、今ここで決闘しろ!」

周囲の令嬢たちから、一斉にブーイングが沸き起こった。
「……何よあのカボチャ!」「……ナギ様に勝てるわけないじゃない!」「……早くおうちに帰ってママに泣きつきなさい!」

カイルは、その罵声を無視し、私を睨みつけ続けた。

「……私が勝てば、お前は再び私の婚約者として、私の言いなりになってもらう! ……魔法でも魔女の力でも何でも使うがいい! ……この王家に伝わる伝説の聖剣『エクス・カボチャ』……いえ、『エクス・カリバーン』で、お前のメッキを剥いでやる!」

「……決闘、ですか?」

私は、食べかけの肉の骨をエラに預け、一歩前に出た。

「……殿下。……一つ、教えて差し上げますわ。……私に勝とうとするなら、剣の鋭さではなく、腕の太さで勝負するべきでしたわね」

「……問答無用! ……行くぞぉぉぉおおお!!」

カイルが、ヤケクソのような叫びとともに、聖剣(自称)を大きく振りかぶって突進してきた。
その動きは、あまりにも無駄が多く、筋肉の連動がバラバラ。
……私の「筋肉の勘」によれば、回避の必要すらない。

「……せいやぁっ!!」

私は、抜剣することもなく、右の掌(てのひら)を真っ直ぐに突き出した。

パシィィィィィィン!!

「……あ、……ぁぁああああ!!」

カイルが振り下ろした剣を、私は真正面から「真剣白刃取り」……ではなく、単なる「掌打(しょうだ)」で弾き飛ばした。
鋼鉄の剣が、私の手のひらの硬度に負け、空中で見事に三つに折れた。

「……ば、……馬鹿な。……王家の宝剣が、素手で……!?」

「……宝剣という割には、鍛え方が足りませんわね。……今の殿下と同じですわ」

私はそのまま、カイルの胸ぐらを片手で掴み上げると、彼を軽々と宙に持ち上げた。

「……殿下。……本当の『強さ』とは、誰かを従わせる力ではありません。……自分自身を磨き、己の限界を超えた者だけが手にできる、輝きなのですわ」

私は、カイルを近くのゴミ捨て場(のふかふかなクッションの上)へと放り投げた。
ドスン、という情けない音が響く。

「……あ、……あぁ……。……私は、……私は、何て……」

カイルは、折れた剣の破片を握りしめ、ついにその場で泣き崩れた。
かつての婚約者の、あまりにも無様な姿。
だが、今の私には、彼にかける言葉は一つもなかった。

「……ナギ。……今の掌底、インパクトの瞬間の腰の捻りが、芸術的だったぞ」

アインが、私の手を優しく取り、赤くなった手のひらに口づけを落とした。

「……あら。……少しだけ、お肉の脂で滑ってしまいましたわ。……次はお塩をつけてから殴りますわね」

「……ふふ、……期待しているよ」

周囲からは、割れんばかりの歓声と「ナギ様!」「ナギ様!」というシュプレヒコールが巻き起こった。
カイル王子という「過去」を、物理的に粉砕した瞬間。
私は、真の意味で、この国の「新しい時代の主役」となったのだ。

「……さあ、エラ! 王宮へ行きましょう! ……叙勲式の後のパーティーでは、牛を三頭は用意してもらわないと、私の胃袋が黙っていませんわ!」

「……はいはい。……殿下の処理は衛兵に任せて、行きましょうか。……お嬢様、顔が完全に『肉を狙う狼』になっていますよ」

私は、秋の爽やかな風を背に、アインと共に堂々と歩き出した。
婚約破棄から始まった、私の「素」の物語。
それは、誰にも邪魔されることのない、最高に強くて美味しいハッピーエンドへと向かっていた。

「……おーほっほっほ!! 筋肉は、裏切らないわ!!」

私の高笑いが、王都の青空に、どこまでも高く、力強く響き渡った。
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