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「……くくっ、ははははは! ナタリー、君という人は! どこまで用意周到なんだ!」
サイラス様が、執務室に届いたばかりの「ある報告書」を読みながら、お腹を抱えて笑い転げていました。
私は今、特製の「自動耳かき機(※やはり熟練の職人が人力で動かしている)」で耳の奥をくすぐられ、天国へと半分足を踏み入れている最中でした。
「……サイラス様。笑うという行為は、腹筋を激しく収縮させ、二酸化炭素の排出量を増大させる、非常に過酷な有酸素運動ですわ。そんなに体力を浪費して、明日の公務に支障が出ても知りませんわよ」
「いや、これを見ても笑わずにいられるか。……ナタリー、君が前の国で、毎日『おやつの種類』を書き連ねていたあのメモ。……あれ、本当は何を書いていたんだ?」
「おやつのメモ……? あぁ、あれですね。毎日、どこの店のどんなケーキを食べたいか、詳細な希望を書き残しておかないと、侍女たちが気を利かせて『体に良いだけの不味いサラダ』とかを持ってくるものですから」
私はアイマスクをずらし、心底面倒くさそうに答えました。
「……あれを書くのも、指の第一関節に多大な負担がかかる苦行でしたわ」
「……それがね、ナタリー。今、ベルゼイン王国でその『おやつメモ』が、ウィルフレッド殿下を破滅させる決定的な証拠として、公聴会に提出されているんだよ」
私は、思わず「……は?」と声を漏らしました。
「……おやつが、証拠? もしや、私が食べ過ぎて国庫を揺るがしたという罪状ですか? それなら甘んじて受け入れますが……」
「違うよ。君が書いた『イチゴのタルト三つ』という指示。……そのイチゴの仕入れ価格と、納品されたタルトの原価を照らし合わせると、宮廷魔術師団が極秘で流用していた裏金と一円単位で一致するんだ」
サイラス様が、報告書の一節を指差しました。
「君は、ウィルフレッド殿下が愛人や遊興費に回していた不正な支出を、すべて『おやつの発注数』に変換して記録していたんだろう? ……メモの裏側に透かし文字で書かれた『余剰金は砂糖の備蓄へ』というのは、つまり隠し口座への送金記録だ」
私は、しばし沈黙しました。
「……サイラス様。お言葉ですが。……私はただ、ウィルフレッド様が勝手に予算を使い込むせいで、私のタルトの質が落ちるのが嫌だっただけですわ」
「……それだけのために、国家規模の汚職をすべて把握し、記録していたのかい?」
「予算の計算が合わないと、翌年の私の『おやつ予算案』を策定する際に、文官たちに一から説明し直さなければなりません。同じ説明を二度繰り返すのは、人生の最大の損失です。ですから、彼がどこで何を盗んだか、その都度メモに反映させて、差額を自動的に算出できるようにしておいただけですわ」
私は再び、ソファのクッションに顔を埋めました。
「……あぁ、本当に無駄な努力をさせられました。彼が真面目に働いていれば、私は白紙のメモを眺めるだけで済んだはずですのに」
「……はは、君らしい。君にとっては『自分の平穏のため』だったんだろうが……。ベルゼイン王国の国王陛下は、そうは思わなかったらしい。君が追放された後、そのメモを整理した文官たちがこの事実に気づき、今やウィルフレッド殿下は『稀代の賢者を虐げ、国を売ろうとした大罪人』として、貴族院から糾弾されている」
サイラス様は、私の手をそっと取り、その指先に口づけました。
「君がいなくなった瞬間に、その『パズル』のピースがすべて嵌まったんだね。……君が残した指示書は、君を守るための最強の防壁であり、同時に彼を討つための最速の剣だったんだ」
「……剣、だなんて物騒な。私はただ、美味しいケーキを、誰にも邪魔されずに食べたかっただけですわ」
私は、サイラス様の温かい体温を感じながら、勝利の味を噛み締めました。
……といっても、実際に勝利のために動いたのは、私の「怠惰の記録」を解読した文官たちですが。
「……さあ、ナタリー。これで、もう君を連れ戻そうとする声は完全に止むだろう。……ウィルフレッド殿下は、廃嫡(はいちゃく)……良くて辺境の開墾行きだ」
「開墾……。土を耕し、種を蒔き、収穫まで自らの肉体を酷使する仕事……。想像しただけで、私の筋肉が恐怖で震え上がりますわ。……彼には、ぴったりの仕事ですね」
私は満足げに目を閉じました。
他人の不正を暴くために走り回るなんて、非効率なことはいたしません。
ただ、自分の「楽」を追求していれば、自ずと悪しき者は自滅していく。
これこそが、私、ナタリー・ド・ベルクールの「座ったままの断罪」なのです。
「……サイラス様。報告はもう結構ですわ。……それより、先ほどおっしゃっていた『イチゴのタルト』。……本物を持ってきてください。……もちろん、私の口まで、音を立てずに運んでいただくのが条件です」
「仰せのままに。私の、恐ろしくも愛らしい賢者様」
サイラス様の、どこか誇らしげな笑みを感じながら、私は今日一番の幸せな「おやつタイム」を予約したのでした。
サイラス様が、執務室に届いたばかりの「ある報告書」を読みながら、お腹を抱えて笑い転げていました。
私は今、特製の「自動耳かき機(※やはり熟練の職人が人力で動かしている)」で耳の奥をくすぐられ、天国へと半分足を踏み入れている最中でした。
「……サイラス様。笑うという行為は、腹筋を激しく収縮させ、二酸化炭素の排出量を増大させる、非常に過酷な有酸素運動ですわ。そんなに体力を浪費して、明日の公務に支障が出ても知りませんわよ」
「いや、これを見ても笑わずにいられるか。……ナタリー、君が前の国で、毎日『おやつの種類』を書き連ねていたあのメモ。……あれ、本当は何を書いていたんだ?」
「おやつのメモ……? あぁ、あれですね。毎日、どこの店のどんなケーキを食べたいか、詳細な希望を書き残しておかないと、侍女たちが気を利かせて『体に良いだけの不味いサラダ』とかを持ってくるものですから」
私はアイマスクをずらし、心底面倒くさそうに答えました。
「……あれを書くのも、指の第一関節に多大な負担がかかる苦行でしたわ」
「……それがね、ナタリー。今、ベルゼイン王国でその『おやつメモ』が、ウィルフレッド殿下を破滅させる決定的な証拠として、公聴会に提出されているんだよ」
私は、思わず「……は?」と声を漏らしました。
「……おやつが、証拠? もしや、私が食べ過ぎて国庫を揺るがしたという罪状ですか? それなら甘んじて受け入れますが……」
「違うよ。君が書いた『イチゴのタルト三つ』という指示。……そのイチゴの仕入れ価格と、納品されたタルトの原価を照らし合わせると、宮廷魔術師団が極秘で流用していた裏金と一円単位で一致するんだ」
サイラス様が、報告書の一節を指差しました。
「君は、ウィルフレッド殿下が愛人や遊興費に回していた不正な支出を、すべて『おやつの発注数』に変換して記録していたんだろう? ……メモの裏側に透かし文字で書かれた『余剰金は砂糖の備蓄へ』というのは、つまり隠し口座への送金記録だ」
私は、しばし沈黙しました。
「……サイラス様。お言葉ですが。……私はただ、ウィルフレッド様が勝手に予算を使い込むせいで、私のタルトの質が落ちるのが嫌だっただけですわ」
「……それだけのために、国家規模の汚職をすべて把握し、記録していたのかい?」
「予算の計算が合わないと、翌年の私の『おやつ予算案』を策定する際に、文官たちに一から説明し直さなければなりません。同じ説明を二度繰り返すのは、人生の最大の損失です。ですから、彼がどこで何を盗んだか、その都度メモに反映させて、差額を自動的に算出できるようにしておいただけですわ」
私は再び、ソファのクッションに顔を埋めました。
「……あぁ、本当に無駄な努力をさせられました。彼が真面目に働いていれば、私は白紙のメモを眺めるだけで済んだはずですのに」
「……はは、君らしい。君にとっては『自分の平穏のため』だったんだろうが……。ベルゼイン王国の国王陛下は、そうは思わなかったらしい。君が追放された後、そのメモを整理した文官たちがこの事実に気づき、今やウィルフレッド殿下は『稀代の賢者を虐げ、国を売ろうとした大罪人』として、貴族院から糾弾されている」
サイラス様は、私の手をそっと取り、その指先に口づけました。
「君がいなくなった瞬間に、その『パズル』のピースがすべて嵌まったんだね。……君が残した指示書は、君を守るための最強の防壁であり、同時に彼を討つための最速の剣だったんだ」
「……剣、だなんて物騒な。私はただ、美味しいケーキを、誰にも邪魔されずに食べたかっただけですわ」
私は、サイラス様の温かい体温を感じながら、勝利の味を噛み締めました。
……といっても、実際に勝利のために動いたのは、私の「怠惰の記録」を解読した文官たちですが。
「……さあ、ナタリー。これで、もう君を連れ戻そうとする声は完全に止むだろう。……ウィルフレッド殿下は、廃嫡(はいちゃく)……良くて辺境の開墾行きだ」
「開墾……。土を耕し、種を蒔き、収穫まで自らの肉体を酷使する仕事……。想像しただけで、私の筋肉が恐怖で震え上がりますわ。……彼には、ぴったりの仕事ですね」
私は満足げに目を閉じました。
他人の不正を暴くために走り回るなんて、非効率なことはいたしません。
ただ、自分の「楽」を追求していれば、自ずと悪しき者は自滅していく。
これこそが、私、ナタリー・ド・ベルクールの「座ったままの断罪」なのです。
「……サイラス様。報告はもう結構ですわ。……それより、先ほどおっしゃっていた『イチゴのタルト』。……本物を持ってきてください。……もちろん、私の口まで、音を立てずに運んでいただくのが条件です」
「仰せのままに。私の、恐ろしくも愛らしい賢者様」
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