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「……ですから、何度も申し上げている通りですわ。私は、何もしておりません」
私は今、エグバート王国の最高評議会という、本来なら国家の命運を左右する重鎮たちが集まる場に呼び出されていました。
いえ、「呼び出された」というのは不正確ですわね。特製の移動式豪華カウチに横たわったまま、騎士四人に担がれて「搬入」されたのです。
目の前には、この国の宰相閣下をはじめとする文官のトップたちが、まるで神託を待つ信者のような敬虔な面持ちで並んでいました。
「ナタリー様、またまたご謙遜を! あのベルゼイン王国の汚職を一網打尽にした『おやつメモ』……! あれはまさに、敵を油断させつつ急所を突く、兵法における究極の策ではありませんか!」
宰相閣下が、興奮のあまりハゲ上がった頭を光らせて身を乗り出してきました。
「いえ、閣下。あれは、本当にタルトが食べたかっただけです。タルトの質が落ちることは、私のQOL(クオリティ・オブ・ライフ)に対する重大な侵害ですので、その原因を排除しようとした副産物に過ぎません」
「おおお……! 『私利私欲を語りつつ、その実、国家の腐敗を憂う』……! なんと深い! なんと高潔な精神をお持ちなのだ!」
「……話を聞いてくださいませ。私は高潔ではありません。ただの横着者です。国家の腐敗なんて、私の昼寝の時間の確保に比べれば、道端の小石ほどの価値もありませんわ」
私は深く溜息をつき、サイラス様に「喉を潤すための最高級ブドウジュース」をストローで差し出してもらいました。
「……ナタリー、無駄だよ。君が真実を語れば語るほど、彼らにはそれが『底知れない賢者の隠れ蓑』に見えてしまうんだ」
サイラス様が、私の耳元で楽しそうにクスクスと笑いました。
「サイラス様、笑い事ではありませんわ。これでは、私が今後、何かをするたびに『何か深い意味があるのでは』と勘繰られてしまいます。それは、私の『適当に生きたい』という人生哲学に対する、深刻なノイズです」
私は姿勢を正そうとしましたが、背筋を使うのが勿体ないので、そのままズルズルとクッションの深みへと沈んでいきました。
「いいですか、皆様。証明してみせましょう。私は、この一ヶ月間、一度でも自力で立ち上がりましたか?」
「いいえ! 常にサイラス殿下の腕の中、あるいはそのカウチの上で、泰然自若(たいぜんじじょく)としておられました!」
「私が、自らの意思で書類にサインをしたことがありますか?」
「いいえ! すべて代筆、あるいは口頭での決済! まさに『無為にして化す(むいにしてかす)』……! 君主が動かずとも、世界が正しく回るという王道の体現です!」
「……私が、一歩でも外を歩きましたか?」
「いいえ! 移動はすべて担架か馬車! その徹底した非暴力・非労働の姿勢……! 我々、多忙を極める官僚にとって、貴女様はまさに『静寂の女神』なのです!」
「…………ダメだ、この人たち。話が通じませんわ」
私はアイマスクを力なく手繰り寄せ、視界を閉ざしました。
「……ナタリー様! どうか、我が国の次期財務計画についても、その『横たわったままの神託』を賜りたい!」
「嫌です。考えるだけで知恵熱が出ますわ。……サイラス様、早く私を部屋へ。そして、この騒がしい天才扱いの嵐から私を救い出してくださいませ」
「ははは、分かったよ。……閣下、彼女は今、全宇宙の真理と対話するために瞑想に入られました。本日の会見はここまでです」
サイラス様の適当な(しかし周囲には説得力抜群な)言い訳と共に、私は再び騎士たちに担ぎ上げられました。
「……サイラス様。貴方も、確信犯でしょう」
「何のことだい? 私はただ、君が座っているだけで国が良くなるのが嬉しいだけだよ。……あぁ、そうそう。明日は隣国の商ギルドとの会合があるんだが、君はただ、一番奥の席で寝ていてくれるだけでいいんだ」
「……寝ているだけでいいなら、引き受けますが。……それ、また勝手に変な伝説が上書きされませんこと?」
「まさか。……君が眠れば眠るほど、商ギルドは『この静寂は、こちらの策略を見抜かれている証拠だ!』と怯えて、勝手に好条件を提示してくるだけだよ」
「…………」
私は確信しました。
この国の人々は、私の「無能」を「万能」と勘違いしているのではなく、もはや「怠惰という名の暴力」に屈服しているのだと。
(……あぁ、もう、いいですわ。どうせ説明するのも面倒ですもの。……私はただ、世界で一番贅沢な置物として、今日も明日も、ひたすら重力に従って生きていくだけです……)
私の「何もしていない」という完璧な証明は、皮肉にも、私が「世界で最も恐ろしい賢者」であることを確定させてしまったのでした。
「……サイラス様、お腹が空きました。咀嚼不要の、口の中で溶ける雲のようなケーキを……」
「ああ、既に特注してあるよ。君が口を開けるのを、ケーキの方が待っている状態だ」
「……それこそが、私の求める理想郷ですわ」
私は、自分を取り巻く過剰な賞賛の声をBGMに、今日何度目かの深い、深い眠りへと落ちていったのでした。
私は今、エグバート王国の最高評議会という、本来なら国家の命運を左右する重鎮たちが集まる場に呼び出されていました。
いえ、「呼び出された」というのは不正確ですわね。特製の移動式豪華カウチに横たわったまま、騎士四人に担がれて「搬入」されたのです。
目の前には、この国の宰相閣下をはじめとする文官のトップたちが、まるで神託を待つ信者のような敬虔な面持ちで並んでいました。
「ナタリー様、またまたご謙遜を! あのベルゼイン王国の汚職を一網打尽にした『おやつメモ』……! あれはまさに、敵を油断させつつ急所を突く、兵法における究極の策ではありませんか!」
宰相閣下が、興奮のあまりハゲ上がった頭を光らせて身を乗り出してきました。
「いえ、閣下。あれは、本当にタルトが食べたかっただけです。タルトの質が落ちることは、私のQOL(クオリティ・オブ・ライフ)に対する重大な侵害ですので、その原因を排除しようとした副産物に過ぎません」
「おおお……! 『私利私欲を語りつつ、その実、国家の腐敗を憂う』……! なんと深い! なんと高潔な精神をお持ちなのだ!」
「……話を聞いてくださいませ。私は高潔ではありません。ただの横着者です。国家の腐敗なんて、私の昼寝の時間の確保に比べれば、道端の小石ほどの価値もありませんわ」
私は深く溜息をつき、サイラス様に「喉を潤すための最高級ブドウジュース」をストローで差し出してもらいました。
「……ナタリー、無駄だよ。君が真実を語れば語るほど、彼らにはそれが『底知れない賢者の隠れ蓑』に見えてしまうんだ」
サイラス様が、私の耳元で楽しそうにクスクスと笑いました。
「サイラス様、笑い事ではありませんわ。これでは、私が今後、何かをするたびに『何か深い意味があるのでは』と勘繰られてしまいます。それは、私の『適当に生きたい』という人生哲学に対する、深刻なノイズです」
私は姿勢を正そうとしましたが、背筋を使うのが勿体ないので、そのままズルズルとクッションの深みへと沈んでいきました。
「いいですか、皆様。証明してみせましょう。私は、この一ヶ月間、一度でも自力で立ち上がりましたか?」
「いいえ! 常にサイラス殿下の腕の中、あるいはそのカウチの上で、泰然自若(たいぜんじじょく)としておられました!」
「私が、自らの意思で書類にサインをしたことがありますか?」
「いいえ! すべて代筆、あるいは口頭での決済! まさに『無為にして化す(むいにしてかす)』……! 君主が動かずとも、世界が正しく回るという王道の体現です!」
「……私が、一歩でも外を歩きましたか?」
「いいえ! 移動はすべて担架か馬車! その徹底した非暴力・非労働の姿勢……! 我々、多忙を極める官僚にとって、貴女様はまさに『静寂の女神』なのです!」
「…………ダメだ、この人たち。話が通じませんわ」
私はアイマスクを力なく手繰り寄せ、視界を閉ざしました。
「……ナタリー様! どうか、我が国の次期財務計画についても、その『横たわったままの神託』を賜りたい!」
「嫌です。考えるだけで知恵熱が出ますわ。……サイラス様、早く私を部屋へ。そして、この騒がしい天才扱いの嵐から私を救い出してくださいませ」
「ははは、分かったよ。……閣下、彼女は今、全宇宙の真理と対話するために瞑想に入られました。本日の会見はここまでです」
サイラス様の適当な(しかし周囲には説得力抜群な)言い訳と共に、私は再び騎士たちに担ぎ上げられました。
「……サイラス様。貴方も、確信犯でしょう」
「何のことだい? 私はただ、君が座っているだけで国が良くなるのが嬉しいだけだよ。……あぁ、そうそう。明日は隣国の商ギルドとの会合があるんだが、君はただ、一番奥の席で寝ていてくれるだけでいいんだ」
「……寝ているだけでいいなら、引き受けますが。……それ、また勝手に変な伝説が上書きされませんこと?」
「まさか。……君が眠れば眠るほど、商ギルドは『この静寂は、こちらの策略を見抜かれている証拠だ!』と怯えて、勝手に好条件を提示してくるだけだよ」
「…………」
私は確信しました。
この国の人々は、私の「無能」を「万能」と勘違いしているのではなく、もはや「怠惰という名の暴力」に屈服しているのだと。
(……あぁ、もう、いいですわ。どうせ説明するのも面倒ですもの。……私はただ、世界で一番贅沢な置物として、今日も明日も、ひたすら重力に従って生きていくだけです……)
私の「何もしていない」という完璧な証明は、皮肉にも、私が「世界で最も恐ろしい賢者」であることを確定させてしまったのでした。
「……サイラス様、お腹が空きました。咀嚼不要の、口の中で溶ける雲のようなケーキを……」
「ああ、既に特注してあるよ。君が口を開けるのを、ケーキの方が待っている状態だ」
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