姉と妹に血が繋がっていないことを知られてはいけない

マーラッシュ

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これを止めたらヒーローになれる

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 俺は助走に入った沢尻の全ての動きを見逃さないため、目を見開く。
 どこだ! どこを狙ってくる! 沢尻の思考を読み取れ!
 ゴール右? 左? それとも正面か?
 俺が沢尻だったらどこへ蹴る?
 こちらが一番シュートされたくない場所は右上隅と左上隅だが、ここにボールを蹴るにはかなりの技術がいるし下手したらゴールの枠を外しかねない。練習中やこの試合を見て、沢尻にそのようなスキルがないことは確認済みだ。むしろそのような難しい所にシュートするならば、井沢か田中がキッカーになっていたはず。
 そうなると狙いはコースをそこまで考えず、沢尻の強烈なシュートで押しきってくる可能性が高い。
 そして俺は次に思考についての観察から身体の観察に移る。
 沢尻は恵まれた体格で強烈なシュートを放つがサッカーは素人で、偵察している時に俺は奴のクセをいくつか見つけている。
 一番わかりやすいのはシュートをする時の軸足の向きで、左に向いていれば左に、右に向いていれば右にボールが飛んでくることだ。

 沢尻はシュートを放つ動作に入り、右足を振りかぶる。
 目の動き、肩の位置、腕の開き、軸足、全てボールが正面に来ることを示している。
 ボールに自分のパワーを込めて、俺ごと吹き飛ばしてゴールを狙うつもりか!

「死にやがれ!」

 そして沢尻がボールを蹴ると予想通り⋯⋯いや、予想以上のスピードでボールが飛んで来る。
 止まっているボールをシンプルに蹴る。コースも考えず、それだけに集中した結果、これまで以上の力でシュートすることが出来たようだ。

 速い! 

 だが、このボールから感じられるのはそれだけだ。当たっても死ぬ訳じゃないしただ少し痛みを感じるだけ。それに日頃食らっている親父からの攻撃に比べれば距離もあるし遥かに遅いため、そのようなシュートを止められない道理はない。
 俺は自分の持っている動体視力と身体能力を使い、顔面付近に飛んできたボールに対して左手を伸ばす。
 下手にボールを前に溢してしまったら、そのままCクラスに詰められて得点される可能性があるため、確実に止めるならボールを掴む方がいいが、さすがにこの距離でこの威力のシュートをキャッチするのは不可能に近い。

「だがそれなら!」  

 俺は沢尻のシュートに対して右手の拳を握る。中途半端にキャッチするなら、おもいっきり跳ね返す方がリスクは低い。俺は向かってきたボールに対して殴るように右手で弾く。

「くっ!」

 思っていた以上にボールの勢いがあり、右手に痛みと痺れが走るが、ボールはそのまま放物線を描くようにサイドラインへと飛んでいった。

「と、止めた?」
「マジかよ! 信じられねえ!」

 すると沢尻のPKを止めた様子を見ていたAクラスの面々が、歓喜の声を上げながらこちらへと駆け寄ってくる。

「この緊迫した場面でPKを止めるとは⋯⋯リウトは最高だよ」
「あんなに凄いシュートを弾くなんて、リウトの身体能力はどうなってるの」
「天城マジですげえよ! もう敗けを覚悟してたのによ! 本当のサッカーの試合でもこんな高揚感を味わったことないぞ!」

 悟、ちひろ、都筑が興奮冷めやらぬ様子で言葉を発し、これ以上ない程喜びに満ち溢れていた。

「あんな台詞を言っておいて止められなかったらカッコ悪いからな」
「スコア戦を始めた手前、絶対に負けたくねえ試合だった。俺のためにサンキューな」

 あえてここで言葉にすることはしないが、断じて都筑のためにPKを止めたという事実はない。
 強いて言うならこのクラスで自分の地位を確率させるため⋯⋯そして神奈さんのためだ。
 もしあのまま沢尻にゴールを決められたら、PKの原因を作った神奈さんは後悔の念に苛まれるだろう。そして責任感が強い彼女はずっとこのことを引きずるに違いない。
 沢尻のシュートを止める自信はあったけど、神奈さんが悔いる結果にならなくて本当に良かった。

 そして俺はこの時、今まで感じたことのない視線に気づき目を向けると、そこには笑顔で涙を流す神奈さんの姿があった。
 俺はそんな神奈さんに親指を立ててサムズアップをすると、神奈さんは美しい所作で頭を下げてくるのであった。

 Aクラスが歓喜に沸いている中、Cクラスは逆に失意に暮れていた。
 つい少し前まではCクラスが歓喜に浮かれていて、Aクラスが絶望に落とされていたが、たった数分でこうも変わるとは面白いものだ。

「くそっ! くそっ! くそっ! 何であれが止められるんだよ!」

 沢尻はPKを外した苛立ちで、激昂しながら地団駄を踏んでいる。

「やられたな。どうもコースが読まれてるっぽいから沢尻のシュート力に賭けたが⋯⋯」
「あいつは今すぐにでもサッカー部のレギュラーになれそうだな」
「いや、うちのレギュラー所か全国レベルだろ」

 井沢と田中は諦めの入った表情で地面に膝をつく。

「バカヤロー! 試合はまだ終わってねえ! 同点だからPK戦だってあるし、もう一度ボールを奪って⋯⋯」

 ピッピッピー!

 しかし沢尻の願いは虚しく、がフィールドに鳴り響くのであった。
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