姉と妹に血が繋がっていないことを知られてはいけない

娘のために何でもやる父親が多い

「死ねぇぇぇっ！」

　突然奇声を上げた男が応接室に乱入し、俺の顔面を目掛けて殴りかかってきた。
　だが甘い。
　俺は向かってきた拳をかわし、そのまま腕を掴んで一本背負いで投げ飛ばす。
　しかし男は空中で器用に身を捻り、ネコのように上手く床に着地する。

　どうやらこの男は素人ではなさそうだ。突きも親父程ではないが鋭かったし、普通空中で体勢を立て直すなんて芸当は何か武道をやっている奴じゃなきゃ不可能だ。

「貴様！ いきなり投げ飛ばすとはなんたる狼藉！ この私が正義の鉄槌を下してやるわ！」

　いや、ツッコミどころ満載なんですけど。先に手を出して来たのは向こうだし、いきなり人を殺そうとしてきたこのおっさんが正気の沙汰とは思えない。

「お父様やめて！」

　お父様！？ 何となく予想は出来たけどまさかアリアの父親だったとはな。

「止めるな！ 男にはやらねばならぬ時がある。娘に手を出すこの小悪党に地獄を見せてやるわ！ アリアよ、この私の生きざまを見届けるがいい」

　まさかとは思うけどアリアの側にいる俺が気に入らないから殺すつもりなのか？ うちの親父もそうだがどうして娘がいる父親は簡単に人を始末しようとするのか理解が出来ない。

「ちなみに旦那様は日本で最強のボディーガードに弟子入りしているので、油断すると本当に死ぬことになりますよ。そして権力者でもあるので天城様の存在を消すことなど容易にできるということをお忘れなく」

　聞きたくない情報がソフィアさんから語られる。それなら一刻も早くここから逃げ出さないと。

「娘にたかる害虫め！ この私が成敗してくれるわ！」

　再びアリアの父親が俺に襲いかかってきた。しかも右手にはスマートフォンくらいの大きさの物を持っている。まさかこれって⋯⋯。

「スタンガンだと！」
「代々受け継がれた武士の血が目の前小僧始末しろと騒いでおる」
「不意打ちに汚い武器まで使って武士道精神の欠片もないな！ 先祖の霊が泣いてるぞ！」
「何とでも言え！」

　このおっさん頭がおかしいぞ！ だがさすがにスタンガンはヤバい！ もし一度でも食らって気絶すればそのままおっさんの手によって二度と起きることなく死の世界なんてこともあり得る。

　この屋敷にはおっさんの部下である黒服もいるし絶体絶命のピンチだ。このままだと俺は⋯⋯。

「ソフィア！ お父様を止めて！」
「承知しました」

　アリアの命令を受けたソフィアさんが俺に襲いかかってきたおっさんに対して横から拳を放つ。

「ぐはっ！」

　するとおっさんはソフィアさんの攻撃をまともに食らってボロ雑巾のように床を転げ回り、地面に這いつくばったままピクリとも動かなくなった。

「し、死んだのか」

　そうなったら羽ヶ鷺男性殺人事件、行き過ぎた父親の暴走になってしまうな。だけどこのおっさんはこのまま死んでくれた方が俺に取ってはいいかもしれない。

「やれやれ⋯⋯手がかかるわね。ソフィア」
「承知しました」

　アリアが何かを命令するとソフィアさんは部屋を出てどこかへと行ってしまった。そして３０秒程するとソフィアさんは再び部屋に戻ってきたが、その手にバケツがあり、躊躇なくおっさんに向かって水をぶちまけていた。

「ぎゃあ！ 師匠もう勘弁して下さい！」

　師匠？ おっさんは寝ぼけているのか？ 
　全く意味不明なことを叫び始めた。もしかしたらトラウマ級の出来事でも思い出したとしたらざまあみろとしか言えない。
　いきなり襲ってきたんだ。それくらいの罰があってもいいだろう。

「ん？ ここは⋯⋯冷たっ！」

　残念ながら目が覚めたらしい。おっさんは事態が飲み込めていないのか辺りを見渡している。

「そういえば私はソフィアに殴られて⋯⋯」
「ええ、その通りです旦那様」
「一応私は雇用主なんだけど！」
「私にとってお嬢様の御命令が最優先なので」
「うちのメイドがストライキを起こした！」
「今日もお嬢様に秘密で天城様を試すようなことをさせられて、ストの１つも起こしたくなりますね」
「だって不良に絡まれている女の子を見捨てるような男ならアリアも嫌いになると思って」
「残念ですが思惑通りには行きませんでしたね」
「リウトに失礼なことをするお父様は嫌いヘイトです」
「そんな！ お父さんはアリアちゃんのことを思ってしたのに」

　何だかこのおっさんの口調が子供っぽくなってきたぞ。アリアのこともアリアちゃんとか言い始めたし。

「とにかくこれ以上リウトに変なことしないで」
「貴様！ 娘を盾にするとは卑怯な！」
「リウトの格言はずるいと卑怯は敗者の戯言よ。今のリウトにはお父様の声など負け犬の遠吠えハウリングに聞こえているわ」
「何だと！ 私をバカにしよって！ 絶対に許さん！」

　再び激昂したおっさんが俺に襲いかかろうとするがアリアとソフィアさんが間に入り、俺を護ってくれる。
　俺はこの屋敷内では最強の盾を手に入れたな。だけど２人がいなかったらこのおっさんは絶対に俺を始末しに来るだろうし、今後のことを考えると出来ればここで決着をつけたい所だ。

「旦那様。天城様に手を出すと後悔致しますよ」
「後悔などしない！ 後悔するとしたらこの小僧の命を取り逃がした時だけだ」

　突然ソフィアさんがハッタリとも取れる発言をする。
　どういうことだ？ 俺にはこのおっさんを脅すような材料は１つもないんだが。

「この方は天・城・様・ですよ」
「天城だ？ 全国に６６０人くらいいる普通の苗字じゃないか⋯⋯はっ！ まさか！」
「天城様。お父様のお名前を教えて頂けませんか？」
「え～と強斎だけど」
「強斎⋯⋯だと⋯⋯。ご、ご職業は何をされているのでしょうか」

　親父の名前を言ったら急におっさんが敬語を使い始めたぞ。

「ボディーガードです」
「ということは強斎師範のご子息ですか！」
「は、はい」
「これはとんだご無礼を！ 申し訳ありません！」

　そしてわけがわからないうちにおっさんが俺に向かって土下座をし始めるのだった。