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小疵

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『あなたは幸せになってね……これは幸せになる祈りを込めた柄なの……簡単なものだけれど』
そう言って母が刺していた矢柄は、チャコールペンで下書きがしてあったが、それでもまっすぐに縫うのは難しかった。
様々な柄、地方ごとにあるという刺し方や絵柄。
小さなコースターから少しずつ大きくなって──母はいくつもショップに売っていた刺し子キットを買ってきてくれたっけ。
紺色ばかりではつまらないと、色とりどりの端切れセットをネット注文して取り寄せて刺したが、あれらは自分の死後にはどうなったのか──
「イタッ……」
アルベールの視線を避けるために一生懸命刺しているうちに、逆に前世の母との会話を思い出して無心に刺していたせいか、うっかりシーナも自分の指に針を刺してしまった。
と、すかさず刺した指を取られ、熱が指先に移る。
「ひゃっ?!」
「……うむ。大丈夫だ。ほんのわずか刺さっただけのようだな」
「指……」
おそらく微かに舐められたらしい指先からたちまち熱が奪われ、代わりにシーナの顔がみるみる赤くなる。
パッと引っ込めた指先に赤い点が見えてはいるが、毛細血管が少し傷ついただけで済んだようだ。
アルベールのあまりに素早い動きに反応することができなかったが、周囲はしっかりと今の動きを見ていたらしく、シーナと同じように顔を赤くして口元を押さえている。
辺りを見回せば男はアルベールしかおらず、令嬢だらけの教室だったのをようやく自覚して慌てた。
「すっ、すまない!剣技訓練では自分で治療するのが当たり前で……かすり傷ぐらいは舐めて終わりだ。小さい頃は……ルエナにも同じようなことをして…そうか、泣かれたのは嫌だったのか……」
「いやっ、嫌とか……そっ、そうじゃなくて……たぶん……驚いただけ、だったんじゃないか…と……」
蝶よ花よと育てられた公爵令嬢ならばたとえ兄といえどあまり異性に触れられることがなく、しかもおそらく怪我をしたショックで泣き出したのだと思うが、その場面を見ていないからはっきりしたことは言えない。
それでも何かしら慰めにはなったのか、アルベールが「そうか」とだけ呟いてシーナの手を取った方の自分の手のひらを眺めて懐かしそうに微笑むと、さっきとはまた違ったざわめきが室内に満ちた。


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