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内緒

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あれはリオンとシーナが七歳、アルベールが八歳を迎えた一週間後だった。
ディーファン公爵後継者として、婚約者候補との顔合わせを兼ねた舞踏会の日の昼間。
ルエナはいつにもまして攻撃的で、朝から子守りの態度が悪いとか五歳の冬に着ていたドレスが着たいだとか散々ゴネて、とうとう父から今のルエナの主寝室があるのより一階上の、父の兄弟たちが使っていた子供部屋に閉じ込められてしまった。
けっして暗くも狭くもなく、使われていなかった居室のため寒々としていたかもしれないが、季節は初夏でありすぐに備え付けられた鋳物のストーブが空気を暖めてくれたはずである。
そこでしばらくルエナは怒り狂って古い人形やおもちゃを投げ散らかし、お茶を寄こせと言って与えられたのは、ただの水とサンドイッチ、そしてクッキーだけであった。
家庭教師の女が「自分が言い聞かせる」と言って同室しようとしたが、父はしつけの一環としていつもルエナの側にいる者は一切寄せ付けずに、それこそ自分を子供の頃から世話していた古株の侍女を見張りにつけた。
ひょっとしたら『家庭教師のお茶』をもらえず、不貞腐れながらものどの渇きに耐えられずに飲んだ水が、その時のルエナを多少は正気に戻したのかもしれない。
アルベールはちゃんと教えてもらえなかったが、執事のひとりが父に耳打ちして安堵した表情を浮かべたのを覚えている。

貴賓のひとりとして国王夫妻と共にリオン王太子もいたが、ルエナの姿が見えないことを不思議に思ってディーファン公爵に尋ねると、具合が悪いようなことを話し、アルベールはキョトンとした顔で父親を見てしまった。
普通の子供なら気付かなかっただろうが、リオンは『普通』ではない。
次々と幼い令嬢を見合わせようとする大人たちの間に割って入り、『画家の息子』を紹介してほしいと頼んだ。
公爵夫妻はその頃シオンと呼ばれていた少年が『女の子』と知っていたのかどうか──そしてリオンやアルベールと何度も遊んでいたのを知るのかどうか、未来の国王にねだられるまま父と一緒にあの舞踏会の光景をスケッチしていたシオンのもとに案内し、子供同士で遊びたいというままに放置してくれた。
時間もやや遅くなり、少しずつ子供のお披露目会から、大人の時間に移行していったのもあるかもしれない。
おかげでリオンとアルベール、そしてシオン──シーナは表庭とプライベートな庭を繋ぐ道を少し逸れ、アルベールがこっそり鍛錬している木々の間でその恐怖の舞踏会は開催された。
「あいつったらさぁ?『ルエナ嬢に恥をかかせるわけにはいかない!』とか言っちゃって……全然教えてもらってもいないくせに、いきなり振り回してくれちゃってさ!ちゃんとした部屋じゃないのよ?土は剥き出し、石が埋まっててデコボコしてる、草もところどころにあって……」
「あいつ?」
「リオンよ、リオン!アルはちゃんと紳士だったから、勢いだけでぶん回すあいつから助け出そうとしてくれたけど……」
「で…殿下、を‥…あいつ……」
例え本人がいなくとも、不敬極まりないその言葉にイストフは呆然というよりも恐怖に顔を引き攣らせたが、アルベールは思い出し怒りをするシーナを宥めている。
「我が妹にそこまで……とは思うが、まあ……その、殿下も『好きな女性にいいところを見せたい』という子供らしい見栄だったんだ。それに子供だからこそ『見れば自分もできる』と思われてしまったんだろうな。俺も王宮でレッスンをつけてもらったことがあるが、殿下の腕はなかなかだったぞ?」
「そりゃあパートナーが踊り慣れていたんでしょうよ!アタシ自身はあの時一体なんで連れて行かれたのか……てっきり屋敷の子供部屋にいるルエナ様にこっそり会いに行くのかと思っていたもの」
「え?シーナはあいつがどこにいるのか知っていたのか?」
おそらくはアルベールがそれこそリオンに頼みこまれてもルエナの元に連れて行かないようにと、父たちはどの部屋にシーナを閉じ込めたか、最後まで教えてはくれなかった。

一体シーナはどうやって、そんなことを知ったのだろうか?

「え?だって画家だよ?誰が気にするの?公爵が国王陛下に話していたの」

──まったく……階下に下ろして、アルベールの婚約者候補の令嬢たちに失礼なことを言われてはかなわい。
──ハハハ。それでお仕置き部屋に?
──いや、あれは子供たちにいい影響を与えないからな。妹の部屋がそのままだったから、そちらに閉じ込めるように言いつけたよ。
──ああ、三階の……一番奥の部屋か。
──よく憶えていたな。

親し気に、だが小声で話す男ふたりの声は素知らぬ顔でスケッチをする父とシーナの耳にしか届かなかっただろう。
そこから幼い頃にこの屋敷に遊びに来ていた時、ディーファン公爵の姉妹とその子供部屋のある階の応接室でお茶会の真似事をした思い出話に流れたのだが、その間も高貴な方々は単なる絵描き親子の存在などまるっきり無視していた。
「使用人以下の外部の人間だもの。でも他の貴族の邸にも出入りする画家……見聞きしたことを簡単に口外しないもの。したら仕事どころか、命が無くなる」
ゾッとするようなことを、シーナは軽く肩を竦めてサラッと言った。


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