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同意

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とりあえず王太子のための学園側側近の三分の二が捕縛され、ひとりが逃亡、ひとりはこうやって寝返っているという状況にようやくリオンは落ち着きを持って対処し始めた。
「……なるほど?」
ジロリとイストフを睨みつけ、シーナ──シオンに対する『ヒロイン効果』が無くなり、かわりに七歳も年下の少女への恋慕を思い出したというその言葉を信じたわけではないことを態度で示す。

それはそうだろう。

何せ王太子との交流は学園内ではなく王宮での王太子妃教育の時、しかも月に二回ほどしか行われないぐらいリオンもルエナ嬢も多忙であり、学園にいる間に何かしら嫌がらせを受けたシーナ嬢が「ルエナ様からされたものではない」と訴えても、側近たちはなぜか「ルエナ・リル・ディーファンが命じた」と思い込んで、しかも声高に言いふらしていたのだから。
しかもルエナ嬢は「資格もないのに、王太子の側に侍るなど……思い上がりも甚だしい!」と実際に口に出しており、それを勝手に取り巻いていた令嬢の誰かが口伝ゲームのように広げていたのだから『全く心当たりがない』とも言えないと反省しているのだ。
誤解と思い込みと卑下が『ゲーム補正』という非存在の見えざる手で毒入りスープのように混ぜられ、『ルエナ嬢断罪』という結末を今や遅しと待ち構えている。
イストフの寝返りが、ゲームや小説には描かれなかった補正のための罠だと考えても仕方ないのかもしれない。
「……信じられないのは仕方ないけどね」
さすがにシーナもそう言わずにはいられない──自分だって初めのうちは疑っていたのだから。
だがルエナ嬢への意味のない憎悪と偏見、そしてシーナへの意味の分からない執着と疑似恋愛的な感情が消えた今、彼自体はもう『攻略対象』ではなくなったようである。
その証拠に──というのもおかしいかもしれないが、シーナがそのうち肖像画を描くという約束に対し、イストフはいずれ愛しい少女を兄の手からかっさらい、王都に連れてきた時によろしく頼むと言われたのだ。
「……マジ?」
「マジ」
はぁ~……と感心したような声を上げたリオンが目付きを変えてイストフを見ると、少し躊躇ってからイストフは王宮で騎士が国王に向かってする正式な礼を真似て、リオン王太子とルエナ嬢に向かって片膝をついて頭を下げた。
「リオン王太子殿下、並びに王太子ご婚約者であらせられるディーファン公爵ルエナ・リル公女殿下。王立貴族学園内王太子側近として、我々は本来王太子殿下だけでなく、公女殿下にも身分を弁えてお仕えすべきでした。ここにいない者たちを代弁することは叶いませんが、今ひとりだけ王宮側近であるディーファン公爵アルベール・ラダ公子より王太子殿下のもとにはせ参じることを許認されましたこのエビフェールクス辺境侯爵家が次男イストフ・シュラーが心からの謝罪を申し上げ、これからもお側に上がってお守りすることを寛大な心でお許しいただけますでしょうか?」
あまりにも仰々しい口上ではあったが、一笑に付すにはあまりにも真剣な表情であるイストフを見、リオンとルエナ嬢は互いの顔を期せずして同じタイミングで見る。
「……私は」
「……わたくしは」
ふたりの言葉が重なり互いに譲り合うが、促される形でルエナ嬢が少しだけ息を飲み、王太子に先んじて口を開いた。
「わたくしは、エビフェールクス辺境公爵令息より特にひどいことをされたわけではありませんわ。わたくしのことが眼中にないような素振りはありましたが……それはわたくしとて同じこと。むしろ、わたくしの方が王太子殿下以外の方々を無視するような無作法をいたしました。わたくしの無作法さをお許しいただけるのなら、これからも王太子殿下をお側で支えていただければと思っております」
「……右に同じ」
「右に……?」
前世での言い回しで『異存はない』と言ったのに、リオンの簡単すぎる同意はシーナ以外には伝わらなかった。


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