影の王宮

朱里 麗華(reika2854)

文字の大きさ
43 / 142
2章 ~過去 カールとエリザベート~

20

しおりを挟む
 カールとエリザベートにとって誰より可愛く大切な息子だったが、重臣たちはルイを3歳の誕生日にお披露目することに難色を示した。
 エリザベートとしては受け入れがたいことだが、重臣たちの気持ちもわかる。
 ルイは同じ歳の子に比べてひと回り体が小さく、まだ言葉もはっきりしていない。体力もなく、すぐに熱を出して寝込んでしまう。
 この子が王太子だと言われたら皆不安になるだろう。
 だけど宮廷に近い貴族ほどルイの生まれた時を知っているのだ。それなのにお披露目されなかったらどう思うだろうか。

 いいえ、親しい人はルイが病気がちなのも発育が遅れていることも知っているもの。
 きっとそういうことだと納得するわ。

 不安に苛まれるエリザベートだったが、カールは思い悩んだ末に4歳の誕生日でお披露目すると決めた。





「昨夜の風は凄かったですわね。朝起きてみたら庭園の草木がなぎ倒されてしまっていて」

「こちらも同じですわ。今日は朝から庭師が大わらわでしてよ」

 エリザベートのお茶会で貴婦人たちが笑う。
 エリザベートはルイのお披露目が延期されてからお茶会を頻繁に開いていた。
 ここに招かれる人たちはルイの存在を知っている。特に紹介はしていないが、母に甘えようとするルイの姿を見た人もいた。ルイの存在を印象付ける為にエリザベートが敢て部屋へ入れたのだ。

「本当に酷い風でしたわね。ルイったらすっかり怯えてしまって。昨日は一緒に寝ましたの」

 昨夜のことを思い出すと自然と笑みが浮かんでしまう。
 昼間は何ともなかったのに、夜遅い時間になってから強い風が吹き出した。
 ルイが怯えているかもしれない。そう思った頃に寝室の扉が叩かれた。




「陛下、妃殿下。申し訳ありません」

 入って来たのはルイを連れた乳母だった。
 貴族の子どもは自立心を養う為に幼い頃から1人で寝る。特にルイは王太子になるべき王子だ。両親のところへ行きたがるルイを、乳母は何とか留めようとしたのだろう。
 だけどいくら宥めても泣きじゃくるルイに根負けしたようだ。

「おとしゃま、おかしゃまぁ」

 泣きながらカールとエリザベートに駆け寄るルイをエリザベートは優しく抱きとめる。
 怯えているのは可哀想だが、胸が痛くなる程可愛い。

「大きな音がしているものね。今日は一緒に寝ましょうか」

 エリザベートの胸に顔を埋めたままルイがこくこく頷く。
 背中をさすって宥めながら、エリザベートはルイを抱き上げた。

「大丈夫よ、ルイ。もう怖くないわ。お父様とお母様がいるでしょう?」

 そうしてルイをベッドの真中へ降ろす。
 今日はカールと並んで川の字だ。


「大丈夫だよ。何も悪いことが起こらないよう傍にいるから安心して眠りなさい」

「おとしゃまぁ」

 しがみ付くルイをカールが優しく抱き寄せる。
 可愛い寝息が聞こえるまでそうして髪を撫でていた。





「まあまあまあ、王子殿下の可愛らしいこと!」

「それに陛下も、随分可愛がっておられるのですね」

「ええ、本当に……。可愛くて仕方がないようですわ」

 しがみ付かれたままでは寝づらいだろうに、カールはルイを離そうとせず、抱き込んだまま眠ってしまった。
 きっと人は過保護に育てられていると思うだろう。
 だけど病気がちでしんどい思いをすることが多い子なのだ。少しくらい甘やかしたっていいじゃないか。
 それに王太子教育が始まれば甘えてばかりいられなくなる。

「……うちの子も、昨夜は一緒に寝ましたわ」

「……ええ、うちもです」

 話を聞いていた貴婦人たちがあちらこちらで声を上げる。
 エリザベートと同年代で、ルイと同じ年頃の子を持つ者たちだ。

 政略結婚が主な貴族家では義務として跡継ぎの子を作り、本当に愛する人は外に作るのが通常だった。愛情のない相手との子どもなので、生まれた子に愛情を注ぐ者は少なく、風や雷に怯えていても親が傍にいてくれることなどなかった。
 ここにいる人たちの中でもそんな育ち方をした人は少なくない。

 だけどカールとエリザベートに憧れて婚約者との仲を育んだ者たちは、政略結婚であっても互いに尊重し合い、想い合っている。自然と子どもにも愛情を注ぎ、家族仲も良好だ。

「時々なら、一緒に寝てもよろしいですわよね」

「私もそう思います。暖かくて幸せな気持ちになりますわ」

 幸せそうに笑い合う女性たちの向こうで年配の女性が眉をひそめているのが見える。
 だけどその表情には羨む気持ちが滲み出ていた。






しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

偽りの愛の終焉〜サレ妻アイナの冷徹な断罪〜

紅葉山参
恋愛
貧しいけれど、愛と笑顔に満ちた生活。それが、私(アイナ)が夫と築き上げた全てだと思っていた。築40年のボロアパートの一室。安いスーパーの食材。それでも、あの人の「愛してる」の言葉一つで、アイナは満たされていた。 しかし、些細な変化が、穏やかな日々にヒビを入れる。 私の配偶者の帰宅時間が遅くなった。仕事のメールだと誤魔化す、頻繁に確認されるスマートフォン。その違和感の正体が、アイナのすぐそばにいた。 近所に住むシンママのユリエ。彼女の愛らしい笑顔の裏に、私の全てを奪う魔女の顔が隠されていた。夫とユリエの、不貞の証拠を握ったアイナの心は、凍てつく怒りに支配される。 泣き崩れるだけの弱々しい妻は、もういない。 私は、彼と彼女が築いた「偽りの愛」を、社会的な地獄へと突き落とす、冷徹な復讐を誓う。一歩ずつ、緻密に、二人からすべてを奪い尽くす、断罪の物語。

冷徹公爵の誤解された花嫁

柴田はつみ
恋愛
片思いしていた冷徹公爵から求婚された令嬢。幸せの絶頂にあった彼女を打ち砕いたのは、舞踏会で耳にした「地味女…」という言葉だった。望まれぬ花嫁としての結婚に、彼女は一年だけ妻を務めた後、離縁する決意を固める。 冷たくも美しい公爵。誤解とすれ違いを繰り返す日々の中、令嬢は揺れる心を抑え込もうとするが――。 一年後、彼女が選ぶのは別れか、それとも永遠の契約か。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

白い結婚の行方

宵森みなと
恋愛
「この結婚は、形式だけ。三年経ったら、離縁して養子縁組みをして欲しい。」 そう告げられたのは、まだ十二歳だった。 名門マイラス侯爵家の跡取りと、書面上だけの「夫婦」になるという取り決め。 愛もなく、未来も誓わず、ただ家と家の都合で交わされた契約だが、彼女にも目的はあった。 この白い結婚の意味を誰より彼女は、知っていた。自らの運命をどう選択するのか、彼女自身に委ねられていた。 冷静で、理知的で、どこか人を寄せつけない彼女。 誰もが「大人びている」と評した少女の胸の奥には、小さな祈りが宿っていた。 結婚に興味などなかったはずの青年も、少女との出会いと別れ、後悔を経て、再び運命を掴もうと足掻く。 これは、名ばかりの「夫婦」から始まった二人の物語。 偽りの契りが、やがて確かな絆へと変わるまで。 交差する記憶、巻き戻る時間、二度目の選択――。 真実の愛とは何かを、問いかける静かなる運命の物語。 ──三年後、彼女の選択は、彼らは本当に“夫婦”になれるのだろうか?  

旦那様に学園時代の隠し子!? 娘のためフローレンスは笑う-昔の女は引っ込んでなさい!

恋せよ恋
恋愛
結婚五年目。 誰もが羨む夫婦──フローレンスとジョシュアの平穏は、 三歳の娘がつぶやいた“たった一言”で崩れ落ちた。 「キャ...ス...といっしょ?」 キャス……? その名を知るはずのない我が子が、どうして? 胸騒ぎはやがて確信へと変わる。 夫が隠し続けていた“女の影”が、 じわりと家族の中に染み出していた。 だがそれは、いま目の前の裏切りではない。 学園卒業の夜──婚約前の学園時代の“あの過ち”。 その一夜の結果は、静かに、確実に、 フローレンスの家族を壊しはじめていた。 愛しているのに疑ってしまう。 信じたいのに、信じられない。 夫は嘘をつき続け、女は影のように フローレンスの生活に忍び寄る。 ──私は、この結婚を守れるの? ──それとも、すべてを捨ててしまうべきなの? 秘密、裏切り、嫉妬、そして母としての戦い。 真実が暴かれたとき、愛は修復か、崩壊か──。 🔶登場人物・設定は筆者の創作によるものです。 🔶不快に感じられる表現がありましたらお詫び申し上げます。 🔶誤字脱字・文の調整は、投稿後にも随時行います。 🔶今後もこの世界観で物語を続けてまいります。 🔶 いいね❤️励みになります!ありがとうございます!

公爵夫人は愛されている事に気が付かない

山葵
恋愛
「あら?侯爵夫人ご覧になって…」 「あれはクライマス公爵…いつ見ても惚れ惚れしてしまいますわねぇ~♡」 「本当に女性が見ても羨ましいくらいの美形ですわねぇ~♡…それなのに…」 「本当にクライマス公爵が可哀想でならないわ…いくら王命だからと言ってもねぇ…」 社交パーティーに参加すれば、いつも聞こえてくる私への陰口…。 貴女達が言わなくても、私が1番、分かっている。 夫の隣に私は相応しくないのだと…。

冷たい王妃の生活

柴田はつみ
恋愛
大国セイラン王国と公爵領ファルネーゼ家の同盟のため、21歳の令嬢リディアは冷徹と噂される若き国王アレクシスと政略結婚する。 三年間、王妃として宮廷に仕えるも、愛されている実感は一度もなかった。 王の傍らには、いつも美貌の女魔導師ミレーネの姿があり、宮廷中では「王の愛妾」と囁かれていた。 孤独と誤解に耐え切れなくなったリディアは、ついに離縁を願い出る。 「わかった」――王は一言だけ告げ、三年の婚姻生活はあっけなく幕を閉じた。 自由の身となったリディアは、旅先で騎士や魔導師と交流し、少しずつ自分の世界を広げていくが、心の奥底で忘れられないのは初恋の相手であるアレクシス。 やがて王都で再会した二人は、宮廷の陰謀と誤解に再び翻弄される。 嫉妬、すれ違い、噂――三年越しの愛は果たして誓いとなるのか。

悪役令嬢の涙

拓海のり
恋愛
公爵令嬢グレイスは婚約者である王太子エドマンドに卒業パーティで婚約破棄される。王子の側には、癒しの魔法を使え聖女ではないかと噂される子爵家に引き取られたメアリ―がいた。13000字の短編です。他サイトにも投稿します。

処理中です...