91 / 142
3章 〜過去 正妃と側妃〜
25
しおりを挟む
「舞踏会…ですか」
「ああ。……すまない」
話を聞いたエリザベートは唇を噛み締めた。
カールも沈痛な表情で視線を伏せる。
カールにとっても不本意なのだろう。とても言いづらそうにしているのは伝わっていた。
元々カールはエリザベートとルイザが近づくのを良く思っていない。
だけどこの舞踏会はカールの気持ちだけで取りやめることはできないのだ。エリザベートは正妃として、側妃を迎え入れる儀式や慣習を教え込まれている。
側妃を迎えて3日目の夜に重鎮を招いて晩餐会を開く。
これで国の中枢を支える者が新たな妃を王家の一員として受け入れたことになり、この夜閨が行われることで婚姻が成立する。
婚姻が成立したら次は貴族へのお披露目が必要だ。
国王が新たな妃を迎えたと公に知らしめるでこと側妃の立場を確立させる。それにはこの女性が生む子どもが王の子であり、王位継承権を持つと通告する意味もある。
この舞踏会は婚姻にまつわる行事として公文書に書かれていない。
始まりは何代目かの王が子爵家の娘を見初て側妃に望み、その令嬢を侯爵家の養女として側妃に迎えた時だ。
妃は伯爵家以上の令嬢と決められているこの国で、たとえ侯爵家の養女となっても生まれが子爵家の妃は軽んじられる。側妃に心を傾けていた王は、周りの悪意から守ろうと舞踏会を開き、そこで宣言をした。
彼女は王の妃である、と。
妃を軽んじる者は王を軽んじるのと同じである、と。
彼女が生む子は王の子であり、王位継承権を有する者だ、と。
次代の王たちは彼に倣った。
真に愛する女性を迎え入れた時も、そうでない時も。
いずれ迎える最愛の妃の為に。
そうして続けられる内に、舞踏会が側妃と側妃所生の子どもたちの正当性を証明する場となったのだ。
本当はルイザを迎えた時も晩餐会から間を開けずに舞踏会を開くはずだった。
それなのに晩餐会の日にエリザベートが騒ぎを起こしたので先延ばしになっていたのだ。
「ルイザ様はさぞ気を揉んでおられるでしょうね……」
ルイザが嫁いで来てから三月も経つのにまだ舞踏会が開かれていない。もし今ルイザが懐妊しても白い目を向けられるだろう。
人から何と言われようともルイザが他の者と通じるはずがなく、舞踏会は婚姻に必要な儀式ではないと突っぱねることはできるが、生まれる前から子に困難を背負わせたいと思う親はいない。
ルイザの心情を思い、表情を曇らせるエリザベートにカールは首を振った。
「いや、彼女は気にしてないと思う」
それはルイザが人の目を気にしない質だということではなかった。
ただルイザは舞踏会があることもその意味も知らないのだ。
領地に派遣した講師が婚姻に関する一連のことを教えたと思うが、信じられないことに多くのことを一度に学んだせいか頭から抜けてしまっているらしい。
イーネからそれを聞かされたカールは愕然とした。
だが都合が良いとも思った。
晩餐会から一月以上が経ち、そろそろ舞踏会を開くよう催促されるのではないかと思っていたからだ。だけど目覚めたばかりのエリザベートは傍を離れられる状態ではなく、カール自身もルイザと顔を合わせたくなかった。
ルイザはエリザベートが倒れたことを知らないとはいえ、こんな時に舞踏会を開くよう求められたら怒鳴りつけていただろう。
だけどルイザが知らないなら煩わされることもない。
だからカールは、イーネにそのまま黙っているよう伝えたのだ。
だけど百合の宮の状況を知らないエリザベートは、その言葉をカールがルイザを理解しているからだと捉えた。
ルイザは重要な晩餐会の夜にあんな騒ぎを起こしたエリザベートを許せるような広い心の持ち主なのだ。
カールは百合の宮でルイザと語り合い、優しい人となりを知ったのだろう。好感を抱いたに違いない。
「カール様は彼女をよく知っておられるのですね……」
「リーザ?」
エリザベートの中に寄り添い合う2人の姿が浮かぶ。
精悍な顔立ちに大人の落ち着きを備えたカールの隣に若く可愛らしいルイザが並ぶ。
顔を寄せ合い語り合う2人の姿はまるで絵画のように美しかった。
「……………っ!」
「リーザ?どうしたっ?!」
顔色を変えたエリザベートにカールが焦った声を出す。
だけどエリザベートは何も応えられなかった。
今はただエリザベートが想像しているだけのものだ。
だけど舞踏会ではそんな2人を後ろから見ていなければならない。
寄り添う2人を見ながらエリザベートは平静でいられるだろうか。
いや、冷静にやり過ごさなければならないのだ。
晩餐会の夜にあんな騒ぎを起こして舞踏会までぶち壊したら何と言われるかわからない。
王妃として最も重要な務めを果たせないのに、代わりを務める側妃を認められないなんて自らの価値を貶めることだ。
エリザベートは王妃という地位に誇りを持っている。
その誇りを傷つけるわけにはいかない。
だから舞踏会の間は、どんなに辛くても笑顔で通しきらなければならない。
そう思っていても、エリザベートはカールの腕の中で体の震えを止めることができなかった。
「ああ。……すまない」
話を聞いたエリザベートは唇を噛み締めた。
カールも沈痛な表情で視線を伏せる。
カールにとっても不本意なのだろう。とても言いづらそうにしているのは伝わっていた。
元々カールはエリザベートとルイザが近づくのを良く思っていない。
だけどこの舞踏会はカールの気持ちだけで取りやめることはできないのだ。エリザベートは正妃として、側妃を迎え入れる儀式や慣習を教え込まれている。
側妃を迎えて3日目の夜に重鎮を招いて晩餐会を開く。
これで国の中枢を支える者が新たな妃を王家の一員として受け入れたことになり、この夜閨が行われることで婚姻が成立する。
婚姻が成立したら次は貴族へのお披露目が必要だ。
国王が新たな妃を迎えたと公に知らしめるでこと側妃の立場を確立させる。それにはこの女性が生む子どもが王の子であり、王位継承権を持つと通告する意味もある。
この舞踏会は婚姻にまつわる行事として公文書に書かれていない。
始まりは何代目かの王が子爵家の娘を見初て側妃に望み、その令嬢を侯爵家の養女として側妃に迎えた時だ。
妃は伯爵家以上の令嬢と決められているこの国で、たとえ侯爵家の養女となっても生まれが子爵家の妃は軽んじられる。側妃に心を傾けていた王は、周りの悪意から守ろうと舞踏会を開き、そこで宣言をした。
彼女は王の妃である、と。
妃を軽んじる者は王を軽んじるのと同じである、と。
彼女が生む子は王の子であり、王位継承権を有する者だ、と。
次代の王たちは彼に倣った。
真に愛する女性を迎え入れた時も、そうでない時も。
いずれ迎える最愛の妃の為に。
そうして続けられる内に、舞踏会が側妃と側妃所生の子どもたちの正当性を証明する場となったのだ。
本当はルイザを迎えた時も晩餐会から間を開けずに舞踏会を開くはずだった。
それなのに晩餐会の日にエリザベートが騒ぎを起こしたので先延ばしになっていたのだ。
「ルイザ様はさぞ気を揉んでおられるでしょうね……」
ルイザが嫁いで来てから三月も経つのにまだ舞踏会が開かれていない。もし今ルイザが懐妊しても白い目を向けられるだろう。
人から何と言われようともルイザが他の者と通じるはずがなく、舞踏会は婚姻に必要な儀式ではないと突っぱねることはできるが、生まれる前から子に困難を背負わせたいと思う親はいない。
ルイザの心情を思い、表情を曇らせるエリザベートにカールは首を振った。
「いや、彼女は気にしてないと思う」
それはルイザが人の目を気にしない質だということではなかった。
ただルイザは舞踏会があることもその意味も知らないのだ。
領地に派遣した講師が婚姻に関する一連のことを教えたと思うが、信じられないことに多くのことを一度に学んだせいか頭から抜けてしまっているらしい。
イーネからそれを聞かされたカールは愕然とした。
だが都合が良いとも思った。
晩餐会から一月以上が経ち、そろそろ舞踏会を開くよう催促されるのではないかと思っていたからだ。だけど目覚めたばかりのエリザベートは傍を離れられる状態ではなく、カール自身もルイザと顔を合わせたくなかった。
ルイザはエリザベートが倒れたことを知らないとはいえ、こんな時に舞踏会を開くよう求められたら怒鳴りつけていただろう。
だけどルイザが知らないなら煩わされることもない。
だからカールは、イーネにそのまま黙っているよう伝えたのだ。
だけど百合の宮の状況を知らないエリザベートは、その言葉をカールがルイザを理解しているからだと捉えた。
ルイザは重要な晩餐会の夜にあんな騒ぎを起こしたエリザベートを許せるような広い心の持ち主なのだ。
カールは百合の宮でルイザと語り合い、優しい人となりを知ったのだろう。好感を抱いたに違いない。
「カール様は彼女をよく知っておられるのですね……」
「リーザ?」
エリザベートの中に寄り添い合う2人の姿が浮かぶ。
精悍な顔立ちに大人の落ち着きを備えたカールの隣に若く可愛らしいルイザが並ぶ。
顔を寄せ合い語り合う2人の姿はまるで絵画のように美しかった。
「……………っ!」
「リーザ?どうしたっ?!」
顔色を変えたエリザベートにカールが焦った声を出す。
だけどエリザベートは何も応えられなかった。
今はただエリザベートが想像しているだけのものだ。
だけど舞踏会ではそんな2人を後ろから見ていなければならない。
寄り添う2人を見ながらエリザベートは平静でいられるだろうか。
いや、冷静にやり過ごさなければならないのだ。
晩餐会の夜にあんな騒ぎを起こして舞踏会までぶち壊したら何と言われるかわからない。
王妃として最も重要な務めを果たせないのに、代わりを務める側妃を認められないなんて自らの価値を貶めることだ。
エリザベートは王妃という地位に誇りを持っている。
その誇りを傷つけるわけにはいかない。
だから舞踏会の間は、どんなに辛くても笑顔で通しきらなければならない。
そう思っていても、エリザベートはカールの腕の中で体の震えを止めることができなかった。
5
あなたにおすすめの小説
偽りの愛の終焉〜サレ妻アイナの冷徹な断罪〜
紅葉山参
恋愛
貧しいけれど、愛と笑顔に満ちた生活。それが、私(アイナ)が夫と築き上げた全てだと思っていた。築40年のボロアパートの一室。安いスーパーの食材。それでも、あの人の「愛してる」の言葉一つで、アイナは満たされていた。
しかし、些細な変化が、穏やかな日々にヒビを入れる。
私の配偶者の帰宅時間が遅くなった。仕事のメールだと誤魔化す、頻繁に確認されるスマートフォン。その違和感の正体が、アイナのすぐそばにいた。
近所に住むシンママのユリエ。彼女の愛らしい笑顔の裏に、私の全てを奪う魔女の顔が隠されていた。夫とユリエの、不貞の証拠を握ったアイナの心は、凍てつく怒りに支配される。
泣き崩れるだけの弱々しい妻は、もういない。
私は、彼と彼女が築いた「偽りの愛」を、社会的な地獄へと突き落とす、冷徹な復讐を誓う。一歩ずつ、緻密に、二人からすべてを奪い尽くす、断罪の物語。
【完結】旦那に愛人がいると知ってから
よどら文鳥
恋愛
私(ジュリアーナ)は旦那のことをヒーローだと思っている。だからこそどんなに性格が変わってしまっても、いつの日か優しかった旦那に戻ることを願って今もなお愛している。
だが、私の気持ちなどお構いなく、旦那からの容赦ない暴言は絶えない。当然だが、私のことを愛してはくれていないのだろう。
それでも好きでいられる思い出があったから耐えてきた。
だが、偶然にも旦那が他の女と腕を組んでいる姿を目撃してしまった。
「……あの女、誰……!?」
この事件がきっかけで、私の大事にしていた思い出までもが崩れていく。
だが、今までの苦しい日々から解放される試練でもあった。
※前半が暗すぎるので、明るくなってくるところまで一気に更新しました。
さよなら私の愛しい人
ペン子
恋愛
由緒正しき大店の一人娘ミラは、結婚して3年となる夫エドモンに毛嫌いされている。二人は親によって決められた政略結婚だったが、ミラは彼を愛してしまったのだ。邪険に扱われる事に慣れてしまったある日、エドモンの口にした一言によって、崩壊寸前の心はいとも簡単に砕け散った。「お前のような役立たずは、死んでしまえ」そしてミラは、自らの最期に向けて動き出していく。
※5月30日無事完結しました。応援ありがとうございます!
※小説家になろう様にも別名義で掲載してます。
別に要りませんけど?
ユウキ
恋愛
「お前を愛することは無い!」
そう言ったのは、今日結婚して私の夫となったネイサンだ。夫婦の寝室、これから初夜をという時に投げつけられた言葉に、私は素直に返事をした。
「……別に要りませんけど?」
※Rに触れる様な部分は有りませんが、情事を指す言葉が出ますので念のため。
※なろうでも掲載中
【完結】20年後の真実
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。
マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。
それから20年。
マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。
公爵夫人は愛されている事に気が付かない
山葵
恋愛
「あら?侯爵夫人ご覧になって…」
「あれはクライマス公爵…いつ見ても惚れ惚れしてしまいますわねぇ~♡」
「本当に女性が見ても羨ましいくらいの美形ですわねぇ~♡…それなのに…」
「本当にクライマス公爵が可哀想でならないわ…いくら王命だからと言ってもねぇ…」
社交パーティーに参加すれば、いつも聞こえてくる私への陰口…。
貴女達が言わなくても、私が1番、分かっている。
夫の隣に私は相応しくないのだと…。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる