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4章 〜過去 崩れゆく世界〜
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カールが百合の宮へ行く時は必ずエリザベートに伝えられていた。
エリザベートもそれを止めたりしない。
ギデオンが熱を出した時はエリザベートも一緒に心配していた。
エリザベートにとっても子どもが寝込む姿は恐ろしい記憶として刻みつけられているのだ。
「ギデオン王子は大丈夫なのでしょうか」
エリザベートがカールに問う。
カールは百合の宮から届けられた侍医の手紙を読んでいた。
これまで百合の宮からの手紙を薔薇の宮で受け取るようなことはなかった。エリザベートの目に触れないように気をつけていたからだ。
だけどこれは王子の健康に関すること。万が一のことがあった時の為に、侍医からの手紙は薔薇の宮へ届けるよう指示していた。
「大丈夫だ。昨夜は熱があったが朝になって下がったらしい。このまま快方に向かうだろうとのことだ」
「そうですか。ホッとしましたわ。早く良くなるようお祈りしています」
エリザベートの脳裏に浮かんでいるのは寝込んでいたルイの姿だろう。
ルイは生まれた時から何度も熱を出し、その度に二人で心配していた。
ただそれが続く内に、カールはきっと今回も大丈夫だろうと心の何処かで考えてしまっていたのだ。
それなのに最後はあんなことになってしまって、カールは自分の浅はかさを責めた。どんな病でも必ず治るという保証などないのだ。
「………一度あちらで様子を見てくるよ。その後直接執務室へ行く」
「わかりましたわ。私は先に行っていますわね」
微笑むエリザベートをカールはぎゅっと抱き締めた。
カールの背中を見送ったエリザベートは、周りの温度が急に下がったような気がして身震いをした。
だけどそんなはずはない。これは自分の気持ちの問題だ。
カールが百合の宮へ行くのを反対するつもりはない。
病気の子どもを心配するのは当然のことだろう。
だけど少しずつカールの気持ちがあちらへ移っていっているのを感じる。
侍医からの手紙が薔薇の宮に届いたのもその一つだ。
これまでカールは百合の宮に関するものを薔薇の宮に持ち込むことはなかった。
勿論エリザベートもギデオンを案じていたし、回復して良かったと心から思っている。
だけど心が、どうしても寒くなってしまうのだ。
あーーーん あーーーん あーーーん
「………赤ちゃん?」
赤ちゃんの泣き声が聞こえる気がする。
薔薇の宮に赤ちゃんがいるはずがないのに、遠く聞こえるその声はエリザベートの心を騒がせた。
この頃からエリザベートが「赤ちゃんの泣き声が聞こえる」と言うことが増えた。
何も聞こえない侍女たちは首を傾げるしかない。
王宮で現在赤ちゃんと言えばギデオンしかいない。
まさかと思いながらも、侍女たちは声が届く範囲の庭や廊下を見回った。イーネと親交のある侍女は、今日ギデオンがどこかへ出掛けなかったか問い合わせもした。
だけどギデオンはずっと百合の宮に居たという。大体生まれて数ヶ月の子を連れ出すことなどあり得ないのだ。
それでもエリザベートが嘘をついているようには見えなかった。
侍女たちは困って互いに顔を見合わせた。
エリザベートもそれを止めたりしない。
ギデオンが熱を出した時はエリザベートも一緒に心配していた。
エリザベートにとっても子どもが寝込む姿は恐ろしい記憶として刻みつけられているのだ。
「ギデオン王子は大丈夫なのでしょうか」
エリザベートがカールに問う。
カールは百合の宮から届けられた侍医の手紙を読んでいた。
これまで百合の宮からの手紙を薔薇の宮で受け取るようなことはなかった。エリザベートの目に触れないように気をつけていたからだ。
だけどこれは王子の健康に関すること。万が一のことがあった時の為に、侍医からの手紙は薔薇の宮へ届けるよう指示していた。
「大丈夫だ。昨夜は熱があったが朝になって下がったらしい。このまま快方に向かうだろうとのことだ」
「そうですか。ホッとしましたわ。早く良くなるようお祈りしています」
エリザベートの脳裏に浮かんでいるのは寝込んでいたルイの姿だろう。
ルイは生まれた時から何度も熱を出し、その度に二人で心配していた。
ただそれが続く内に、カールはきっと今回も大丈夫だろうと心の何処かで考えてしまっていたのだ。
それなのに最後はあんなことになってしまって、カールは自分の浅はかさを責めた。どんな病でも必ず治るという保証などないのだ。
「………一度あちらで様子を見てくるよ。その後直接執務室へ行く」
「わかりましたわ。私は先に行っていますわね」
微笑むエリザベートをカールはぎゅっと抱き締めた。
カールの背中を見送ったエリザベートは、周りの温度が急に下がったような気がして身震いをした。
だけどそんなはずはない。これは自分の気持ちの問題だ。
カールが百合の宮へ行くのを反対するつもりはない。
病気の子どもを心配するのは当然のことだろう。
だけど少しずつカールの気持ちがあちらへ移っていっているのを感じる。
侍医からの手紙が薔薇の宮に届いたのもその一つだ。
これまでカールは百合の宮に関するものを薔薇の宮に持ち込むことはなかった。
勿論エリザベートもギデオンを案じていたし、回復して良かったと心から思っている。
だけど心が、どうしても寒くなってしまうのだ。
あーーーん あーーーん あーーーん
「………赤ちゃん?」
赤ちゃんの泣き声が聞こえる気がする。
薔薇の宮に赤ちゃんがいるはずがないのに、遠く聞こえるその声はエリザベートの心を騒がせた。
この頃からエリザベートが「赤ちゃんの泣き声が聞こえる」と言うことが増えた。
何も聞こえない侍女たちは首を傾げるしかない。
王宮で現在赤ちゃんと言えばギデオンしかいない。
まさかと思いながらも、侍女たちは声が届く範囲の庭や廊下を見回った。イーネと親交のある侍女は、今日ギデオンがどこかへ出掛けなかったか問い合わせもした。
だけどギデオンはずっと百合の宮に居たという。大体生まれて数ヶ月の子を連れ出すことなどあり得ないのだ。
それでもエリザベートが嘘をついているようには見えなかった。
侍女たちは困って互いに顔を見合わせた。
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