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ソニエール男爵邸へ
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ソニエール男爵邸には、自分の物が残っている。
侯爵とは、もともと契約期間内の夫婦関係。というよりか、夫婦を装うことになっていた。契約期間さえ満了すれば、すぐにでも実家に戻るはずだった。侯爵から、「身ひとつで来てくれればいい」と言われていたこともある。
だから、自分の物は持って行かなかった。
というわけで、実家に自分の物が残っているわけ。
とはいえ、そう多くはない。
着古した乗馬服や馬具、お気に入りの書物や乗馬関係の資料。その程度かしら。
どうしようか迷ったけれど、この先侯爵に離縁されて彼がまともなレディとちゃんとした夫婦になるとしても、その際あらゆる援助が打ち切りになったとしても、しばらくは戻ってこれそうにない。
服と馬具と書物は、なくても問題ない。
なぜなら、そのどれもが侯爵が与えてくれているから。
しいていうなら、お母様の形見の書物くらいかしら。馬関係の資料も同じである。
それらはやはり、持って行こう。
万が一にも留守中に盗まれたりなくなったりすれば、後悔することになる。
それなら、面倒でも持って行くべき。さほど量も多くないし、侯爵の屋敷まではそう遠くはない。馬車も必要ない。
というわけで、何度かにわけて侯爵の屋敷に持ってくることにした。
当然、サンドリーヌがいっしょに来たがった。それから、馭者のピエールは馬車を出すと言ってくれた。
だけど、どちらも断った。サンドリーヌの仕事は、わたしの世話を焼くだけではない。侯爵家の仕事がある。それは、ピエールも同様である。「ブラック・ローズ」を始めとした侯爵家の馬たちの世話がある。
わたしだけの為に二人に時間を割いてもらうのは申し訳なさすぎる。
だから、二人には「大丈夫だから」と言って断った。
そうして、契約妻として侯爵家にやって来て初めて、男爵邸に戻ることにした。
男爵邸の鍵は、なぜかクローゼットの奥深くにしまいこんでいた。探し出すのにずいぶんと時間がかかってしまい、やっと見つけて引っ張り出さねばならなかった。
侯爵とともに国王陛下と王妃殿下に暇乞いをして三日後の朝、男爵邸に戻った。
このことは、侯爵には伝えなかった。面倒くさいからというのもあるけれど、彼は残務処理やお父様と忙しそうにしている。わたしの話をきいてもらう少しの時間でも、彼にとってはもったいないだろうと考えたのである。
侯爵家のある周辺は、上位貴族の屋敷が多い。馬車道があってその左右に歩道はあるけれど、いまだかつて歩いている人を見かけたことがない。
時間があるときには、出来るだけ歩くことにしている。それは、自分自身の健康の為であることは言うまでもない。もちろん、わたし自身の為だけではない。馬たちの為でもある。
シルヴェストル侯爵邸にも庭がある。他の多くの貴族の屋敷と同様に。その広さは、うちのそれとは比較にならないほどである。最初のうちは、広大な庭を歩いていた。しかし、そのうちそれが物足りなくなった。そこで庭を出て公道を歩いてみた。
上位貴族たちは、健康の為だろうとダイエットの為だろうとわざわざ公道を歩くことはほとんどしない。馬車が頻繁に通るというわけでもないし、乗馬で通りすぎていくこともない。犬やその他の動物を散歩でさえ、公道では行わない。人や動物の気配のない公道を闊歩するのは気持ちがいい。
だからこそ、自分だけであったり「ブラック・ローズ」やシルヴェストル侯爵家の他の馬に乗ったりして歩いている。
今日も同じようにだれもいない道を男爵邸に向かって歩いている。
男爵邸は、上位貴族が住まう地域と下位貴族が住まう地域のちょうど境目にある。
陽は照っているけれど、そこまで暑くはない。ポカポカとちょうどいい陽気で、ともすれば睡魔に襲われそうになる。
気を抜いたつもりはなかったけれど、一瞬だけ意識が飛んでしまった。
ハッとしたとき、うしろから馬車が駆けてくる音がすることに気がついた。
侯爵とは、もともと契約期間内の夫婦関係。というよりか、夫婦を装うことになっていた。契約期間さえ満了すれば、すぐにでも実家に戻るはずだった。侯爵から、「身ひとつで来てくれればいい」と言われていたこともある。
だから、自分の物は持って行かなかった。
というわけで、実家に自分の物が残っているわけ。
とはいえ、そう多くはない。
着古した乗馬服や馬具、お気に入りの書物や乗馬関係の資料。その程度かしら。
どうしようか迷ったけれど、この先侯爵に離縁されて彼がまともなレディとちゃんとした夫婦になるとしても、その際あらゆる援助が打ち切りになったとしても、しばらくは戻ってこれそうにない。
服と馬具と書物は、なくても問題ない。
なぜなら、そのどれもが侯爵が与えてくれているから。
しいていうなら、お母様の形見の書物くらいかしら。馬関係の資料も同じである。
それらはやはり、持って行こう。
万が一にも留守中に盗まれたりなくなったりすれば、後悔することになる。
それなら、面倒でも持って行くべき。さほど量も多くないし、侯爵の屋敷まではそう遠くはない。馬車も必要ない。
というわけで、何度かにわけて侯爵の屋敷に持ってくることにした。
当然、サンドリーヌがいっしょに来たがった。それから、馭者のピエールは馬車を出すと言ってくれた。
だけど、どちらも断った。サンドリーヌの仕事は、わたしの世話を焼くだけではない。侯爵家の仕事がある。それは、ピエールも同様である。「ブラック・ローズ」を始めとした侯爵家の馬たちの世話がある。
わたしだけの為に二人に時間を割いてもらうのは申し訳なさすぎる。
だから、二人には「大丈夫だから」と言って断った。
そうして、契約妻として侯爵家にやって来て初めて、男爵邸に戻ることにした。
男爵邸の鍵は、なぜかクローゼットの奥深くにしまいこんでいた。探し出すのにずいぶんと時間がかかってしまい、やっと見つけて引っ張り出さねばならなかった。
侯爵とともに国王陛下と王妃殿下に暇乞いをして三日後の朝、男爵邸に戻った。
このことは、侯爵には伝えなかった。面倒くさいからというのもあるけれど、彼は残務処理やお父様と忙しそうにしている。わたしの話をきいてもらう少しの時間でも、彼にとってはもったいないだろうと考えたのである。
侯爵家のある周辺は、上位貴族の屋敷が多い。馬車道があってその左右に歩道はあるけれど、いまだかつて歩いている人を見かけたことがない。
時間があるときには、出来るだけ歩くことにしている。それは、自分自身の健康の為であることは言うまでもない。もちろん、わたし自身の為だけではない。馬たちの為でもある。
シルヴェストル侯爵邸にも庭がある。他の多くの貴族の屋敷と同様に。その広さは、うちのそれとは比較にならないほどである。最初のうちは、広大な庭を歩いていた。しかし、そのうちそれが物足りなくなった。そこで庭を出て公道を歩いてみた。
上位貴族たちは、健康の為だろうとダイエットの為だろうとわざわざ公道を歩くことはほとんどしない。馬車が頻繁に通るというわけでもないし、乗馬で通りすぎていくこともない。犬やその他の動物を散歩でさえ、公道では行わない。人や動物の気配のない公道を闊歩するのは気持ちがいい。
だからこそ、自分だけであったり「ブラック・ローズ」やシルヴェストル侯爵家の他の馬に乗ったりして歩いている。
今日も同じようにだれもいない道を男爵邸に向かって歩いている。
男爵邸は、上位貴族が住まう地域と下位貴族が住まう地域のちょうど境目にある。
陽は照っているけれど、そこまで暑くはない。ポカポカとちょうどいい陽気で、ともすれば睡魔に襲われそうになる。
気を抜いたつもりはなかったけれど、一瞬だけ意識が飛んでしまった。
ハッとしたとき、うしろから馬車が駆けてくる音がすることに気がついた。
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