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魔王降臨

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「うわぁ…………これは良きすぎる」

 俺は目の前に広がる、どこまでも続きそうな真緑の草原を見て感嘆の言葉を漏らした。

 別に今までこんな地形を見てこなかったわけではない。実際、この魔族の国の領土に来た際にも通ってきた場所に似たようなところがあった。
 しかし、誰の土地でもないというところはない。前に見た草原は人間の国、レイブラの管轄地であったのだ。

「うーん…………ここまで広かったらボッチはきついな」

 この地形、風土、景色、何をとってもここ以上の場所は見つからないだろう。
 しかしだ。これほど広い場所を一人で占領するというのもどうかと思うし、ましてや俺の心が持たない。
 そんなことを考えていると…………

 カプリッ

「…………ん?」

 俺は何か違和感を感じ、自分の足元を見た。
 すると、そこには目に血を走らせて俺の足を噛み千切ろうとしている狼のモンスターがいるではないか。

「は、はああああぁぁぁ!?」

 俺は足をぶんぶんと振って狼を振り払う。
 すぐさま俺は何もない空中に手を差し伸べて【インベントリ】から長剣を抜いた。 
 そして、そこまで戦闘態勢になってから気づく。

「…………あ、戦わなくていいんだ」

 どうやら、そこまでこの狼のモンスターは強くないだろう。
 俺一人でもなんとかなる。それは俺の足が未だに繋がっており、多少の流血で済んでいることが物語っている。

 だが、どうだろう。もしこのモンスターを殺したら他のモンスターが俺を集団で襲ってきたりしないだろうか?
 そもそも、モンスターを殺しても魔族は何とも思わないのだろうか?

 俺はそんなことが幾つも脳裏によぎった。
 偽善と言われるかもしれない。弱虫と言われるかもしれない。

 だが、今は俺一人だけなのだ。別に誰も俺を糾弾できやしないのだ。
 そう――

「――そう…………これは戦略的撤退だ」

 俺は生きている中で使ってみたかったセリフ二三位を口にしてから自分に魔法を行使する。

「補助の加護のもとに…………【エアロ】!」

 俺は風の魔力の力を自分に補助魔法で付与した。
 すると、自分の身体がふんわりと浮くような、まるで重力の帳から解き放たれたような感覚になる。
 そして、相対している狼に背を向けて俺は疾走した。

「ワォーン!」
「いやあああぁぁぁ! 追ってこないでぇ!」

 すみません。普通にカッコつけて言い訳しましたが、普通に戦うのが怖いだけです。
 この逃げ台詞がそれの証明です。

 今の俺は補助魔法で百メートル二秒台まで速くなっている。
 流石の狼のモンスターもついてこれまい。

 最初は狼のモンスターも雄たけびをあげながら走って追って来ていた。
 だが、今も走りながら少し後ろを振り向くとそこには狼はいない。誰も追って来ていなかったのだ。

「はぁ…………助かった」

 俺はゆっくりとブレーキをかけて草原に寝転ぶ。
 そして、溢れる汗を拭いながら俺は愚痴を何もない快晴の空に向かって漏らす。
 
「ってかなんでモンスターがいるんだよ。ダンジョンだけじゃないのかよ」
「だって我、モンスターじゃないし」
「ならしょうがないか。モンスターじゃないならそこらにいてもおかしくないよなぁ」
「そうてす。我はそれより人間がこんなところにいる方がおかしいと思います」
「いやぁ。俺も迷子で……………………ん?」

 俺は迷子だから。と口にしようとした時、やっと違和感に気づいた。

 え? 俺、誰と喋ってんの?

 俺はゆっくりとその疑問を解決するために首を横に向けた。
 すると、

「あ、こんにちわ」
「……………………はぁ」

 俺は叫びそうになるのをこらえるように溜息を吐いた。
 流石に俺でもこれは叫び過ぎだと思っている。今日だけで何回叫んだことか。
 ということで俺は作り笑いをしながら隣で寝っ転がっている狼に聞く。

「あなたは誰ですか?」
「我は魔王です」
「……………………」

 どうやら、俺のスローライフは永遠にやってきそうにありません。
 ってか俺の人生、もうわけが分からなくなってきました。
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