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1章 少年編
4話 禁忌
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「本当にありがとう。見ず知らずの私を助けてくれて」
リリアは青空色の瞳を輝かせ、屈託のない笑顔で感謝を述べる。
そんな彼女の可愛い笑みと感謝の気持ちが聞けるだけでお釣りが出るほどだった。
照れて頬が緩みそうになってしまう状況を隠すように、僕は話をそらす。
「そ、その言葉は本当に逃げきれてから聞くよ。ほら、もうすぐ出口だ」
リリアと話しているうちに路地裏の出口がすぐそこまで近づいていた。
今、僕たちは少し大きな空間がある場所を歩いている。
そのまま歩き、目の前にある細い道を抜けたら街道に出られる。
人通りも多くなり、あの暗殺者の男もそう簡単に派手な行動が出来なくなるはず。
そこからは一直線に衛兵所まで走るだけだ。
そう、思っていたのに、
「え、なんだこれ……」
「ほんとだ。何かある?」
路地裏から出る直前で透明な膜のようなものに阻まれる。
いや、膜だと語弊があるかもしれない。薄い壁と言ったところか。
どれだけ強く押してもびくともしない。
護身用の短剣を試しに突き刺してみるが、本物の壁のように弾かれる。
少しの間、透明な壁に試行錯誤していると、コツコツと一つの足音がこちらに近づいてきていた。
「やっと追いついたぜ。ったく、こそこそと逃げやがって」
「「っ!?」」
その声は聞きなじみのある声だった。そして二度と聞きたくないとも思った声でもあった。
僕とリリアは咄嗟に声がした背後を振り返る。
そこには歪な笑みを浮かべる暗殺者の男が立っていた。
「どうやってここまで……あそこから僕たちを見つけるのはかなりの苦難のはず!」
「そんなの簡単だ。辺り一帯が暗闇で覆われてるなら飛べばいい。空からならお前らがどこに逃げようが丸見えだからな」
「……は? 飛んだ?」
彼の想定外の答えに開いた口が塞がらなかった。
飛行魔術は魔術の中でも中級……いや、その上の上級に匹敵するほどの難易度を誇る。
そのため中級以上の魔術師でなければ……
「魔術師?」
そこで一つの可能性が脳によぎる。
しかしそれは絶対にありえない。ありえてはいけない。
もしそれが事実ならその答えは絶望になりうるものだったから。
「剣士じゃなくて……魔術師なのか?」
「はっはっは! 今更気づいたのか!」
冷や汗を流す僕に対して残虐的な笑みを漏らす男。
あの圧倒的な俊敏性は補助魔術によるものだったようだ。
この男はどうやら補助魔術を得意とする魔術師らしい。
まぁ今は別に男の得意な魔術なんてどうでもいい。
それより魔術師ではなく、剣士であってほしい絶対的な理由があった。
それは結界の有無だ。
中級レベルの魔術師であれば結界魔術が使える可能性が大いに高い。
「お前の想像通り、既に結界は張っている。そもそも俺様の目的は王女の暗殺だ。事前に張ってないわけがないだろ」
結界とは特定の人間を内側に閉じ込める、いわば牢獄。
先程、僕たちの行く手を阻んだ透明な壁はこの男が張った結界だったわけだ。
結界から出るためには何十人もの魔術師を集めて火力で押し切るか、術者本人を倒す必要がある。
そう、僕たちに残された唯一の希望である逃亡が消え失せたことだ。
「じゃあそろそろお楽しみの時間といこうかなぁ!」
男は目にもとまらぬ速さで僕との距離を詰める。
補助魔術で肉体を強化しているのだろう。
これほどまでの俊敏性は普通の人間が追い付けるようなものではなかった。
「ぐはっ!」
「フィル君!!」
男の拳が僕のみぞおちを抉るように突き刺さる。
そのまま衝撃で吹っ飛ばされ、地面を何度か転がされた。
すぐにリリアが駆け寄ってきて体を支えてくれるが、呼吸するだけで精一杯だ。
ただの拳の一撃が意識を刈り取るような威力を持つ。
もう一度まともに食らえば今度こそ意識を奪われる。
そうなればリリアもろとも終わりだ。
「わ、私だって戦えるんだから!」
立ちあがれない僕に代わって、庇うようにリリアが長剣を構える。
しかし、彼女の声は震えており、構え方も逃げ腰なのが傍からでも丸見えだった。
本来なら剣士のリリアと魔術師の男では相性的にはリリアの方が優勢となる。
ただ、それは実力が同じであればの話だ。
王女暗殺を任されるような凄腕の暗殺者に対して、こちらは戦闘経験が限りなくないであろう第一王女。
どちらかが勝つかは考えるまでもなかった。
それを見透かしてか、暗殺者の男は僕に憐れむような視線を送ってくる。
「みっともねぇなおい。男が女に庇われてよぉ。しかも助けに来たやつが助けられるとか滑稽でしかないわ」
「っ!」
男の表情からは既に嘲笑も失われていた。
あるのは弱者に対しての哀憫のみ。戦闘相手としてもみなされていない。
「相手は私よ!」
「まともな殺し合いも知らない潔白な王女様が何を言ってるんだか。さっきも泣きながら逃げ回ってたじゃねぇか」
「うっ……」
僕を庇おうと声を荒らげたリリアだが、男の正論に圧され押し黙った。
「くそっ……何か方法はないのか……!」
動けないなら脳をフル回転させろ。生存本能を全力で働かせろ。
このままでは確実に僕たちは殺される。
なら僕はどうすればいい、何をすればいい。この現状でどう足掻けばいい。
どうしたら、どうしたらどうしたらどうしたらどうしたら……
「あっ」
思わず僕は腑抜けた声を出してしまう。
何十、何百通りと思考を働かせていると、たった一つだけ可能性が脳裏をかすめた。
ただし、それは。
「禁忌……」
真っ先に思いついた言葉がそれだった。
鬼畜の所業とも思えるような行為。傍からは極悪非道だと罵られるかもしれない。
しかし、この最悪な状況を打開するにはもう手段が他になかった。
「リリア」
僕は覚悟を決めて彼女の名を呼ぶ。
僕の異変に気付いたのかリリアも神妙な面持ちで僕の言葉を待っていた。
「僕に命を預ける覚悟はある……?」
自分で言っておいて何だが、出会ったばかりの見ず知らずの男に命を懸けられるかと問われて、頷ける人がどれだけいるだろうか。
成功する保証だってない。失敗する可能性の方が高い賭け。
なのにリリアは笑みを漏らしながら、
「うん! 今のフィル君なら何かやってくれそうな顔してる!」
「え……ははっ、ありがとう」
悩みに悩んで聞いた質問だったが、リリアは即答だった。
自分の強張っていた表情も自然に緩んでしまう。
だからこそ失敗は絶対に許されない。
何としてでも彼女を守り切る。そのためには手段さえも選ばない。
悪役だろうとなってやる。
僕は膝に手をつき、ゆっくりとその場から立ち上がった。
そしてリリアの元まで近寄り、
「ごめん、少しだけ我慢して」
「え――?」
僕は彼女の頭をそっと両手で挟み、引き寄せた。
互いに吐息がかかるほどの至近距離。
自分の額とリリアの額が触れ合う。互いの熱が額を通い交じっていく。
「~~~!?」
目の前のリリアの表情が急激に火照っていくのが分かった。
僕だってもちろん恥ずかしい。今すぐにでも彼女から距離を取りたい。
だが、リリアは僕に命を預けてくれると言ったのだ。
照れている場合などではない。絶対に成功させてみせる。
「秘儀なる加護のもとに、汝と巡り会えた運命……」
僕はリリアと額を振れ合わせたまま、瞳を閉じて詠唱を始めた。
そんな奇妙な行動に男は眉をひそめる。
「この状況で詠唱だと?」
男は僕を注視してくるが、何も仕掛けてこようとはしない。
こちら側の出方を伺っていると言ったところか。
僕としては好都合極まりない状況だ。
「……以下省略」
今まで何千回と口にして、脳に染み付いた詠唱。
それが故に本来なら数分かかる詠唱を僕は全て省略する。
そして最後の締めの句。
「新たなる契りとなりて、ここにその証を示せ。秘儀魔術――」
もし神様がいないのなら悪魔でもいい。
一生分の運だろうと僕が払えるものなら何もかも全てこの瞬間にかける。
だから、もし僕が本当にテイマーの一族であるというのなら……
「【契約】」
リリアは青空色の瞳を輝かせ、屈託のない笑顔で感謝を述べる。
そんな彼女の可愛い笑みと感謝の気持ちが聞けるだけでお釣りが出るほどだった。
照れて頬が緩みそうになってしまう状況を隠すように、僕は話をそらす。
「そ、その言葉は本当に逃げきれてから聞くよ。ほら、もうすぐ出口だ」
リリアと話しているうちに路地裏の出口がすぐそこまで近づいていた。
今、僕たちは少し大きな空間がある場所を歩いている。
そのまま歩き、目の前にある細い道を抜けたら街道に出られる。
人通りも多くなり、あの暗殺者の男もそう簡単に派手な行動が出来なくなるはず。
そこからは一直線に衛兵所まで走るだけだ。
そう、思っていたのに、
「え、なんだこれ……」
「ほんとだ。何かある?」
路地裏から出る直前で透明な膜のようなものに阻まれる。
いや、膜だと語弊があるかもしれない。薄い壁と言ったところか。
どれだけ強く押してもびくともしない。
護身用の短剣を試しに突き刺してみるが、本物の壁のように弾かれる。
少しの間、透明な壁に試行錯誤していると、コツコツと一つの足音がこちらに近づいてきていた。
「やっと追いついたぜ。ったく、こそこそと逃げやがって」
「「っ!?」」
その声は聞きなじみのある声だった。そして二度と聞きたくないとも思った声でもあった。
僕とリリアは咄嗟に声がした背後を振り返る。
そこには歪な笑みを浮かべる暗殺者の男が立っていた。
「どうやってここまで……あそこから僕たちを見つけるのはかなりの苦難のはず!」
「そんなの簡単だ。辺り一帯が暗闇で覆われてるなら飛べばいい。空からならお前らがどこに逃げようが丸見えだからな」
「……は? 飛んだ?」
彼の想定外の答えに開いた口が塞がらなかった。
飛行魔術は魔術の中でも中級……いや、その上の上級に匹敵するほどの難易度を誇る。
そのため中級以上の魔術師でなければ……
「魔術師?」
そこで一つの可能性が脳によぎる。
しかしそれは絶対にありえない。ありえてはいけない。
もしそれが事実ならその答えは絶望になりうるものだったから。
「剣士じゃなくて……魔術師なのか?」
「はっはっは! 今更気づいたのか!」
冷や汗を流す僕に対して残虐的な笑みを漏らす男。
あの圧倒的な俊敏性は補助魔術によるものだったようだ。
この男はどうやら補助魔術を得意とする魔術師らしい。
まぁ今は別に男の得意な魔術なんてどうでもいい。
それより魔術師ではなく、剣士であってほしい絶対的な理由があった。
それは結界の有無だ。
中級レベルの魔術師であれば結界魔術が使える可能性が大いに高い。
「お前の想像通り、既に結界は張っている。そもそも俺様の目的は王女の暗殺だ。事前に張ってないわけがないだろ」
結界とは特定の人間を内側に閉じ込める、いわば牢獄。
先程、僕たちの行く手を阻んだ透明な壁はこの男が張った結界だったわけだ。
結界から出るためには何十人もの魔術師を集めて火力で押し切るか、術者本人を倒す必要がある。
そう、僕たちに残された唯一の希望である逃亡が消え失せたことだ。
「じゃあそろそろお楽しみの時間といこうかなぁ!」
男は目にもとまらぬ速さで僕との距離を詰める。
補助魔術で肉体を強化しているのだろう。
これほどまでの俊敏性は普通の人間が追い付けるようなものではなかった。
「ぐはっ!」
「フィル君!!」
男の拳が僕のみぞおちを抉るように突き刺さる。
そのまま衝撃で吹っ飛ばされ、地面を何度か転がされた。
すぐにリリアが駆け寄ってきて体を支えてくれるが、呼吸するだけで精一杯だ。
ただの拳の一撃が意識を刈り取るような威力を持つ。
もう一度まともに食らえば今度こそ意識を奪われる。
そうなればリリアもろとも終わりだ。
「わ、私だって戦えるんだから!」
立ちあがれない僕に代わって、庇うようにリリアが長剣を構える。
しかし、彼女の声は震えており、構え方も逃げ腰なのが傍からでも丸見えだった。
本来なら剣士のリリアと魔術師の男では相性的にはリリアの方が優勢となる。
ただ、それは実力が同じであればの話だ。
王女暗殺を任されるような凄腕の暗殺者に対して、こちらは戦闘経験が限りなくないであろう第一王女。
どちらかが勝つかは考えるまでもなかった。
それを見透かしてか、暗殺者の男は僕に憐れむような視線を送ってくる。
「みっともねぇなおい。男が女に庇われてよぉ。しかも助けに来たやつが助けられるとか滑稽でしかないわ」
「っ!」
男の表情からは既に嘲笑も失われていた。
あるのは弱者に対しての哀憫のみ。戦闘相手としてもみなされていない。
「相手は私よ!」
「まともな殺し合いも知らない潔白な王女様が何を言ってるんだか。さっきも泣きながら逃げ回ってたじゃねぇか」
「うっ……」
僕を庇おうと声を荒らげたリリアだが、男の正論に圧され押し黙った。
「くそっ……何か方法はないのか……!」
動けないなら脳をフル回転させろ。生存本能を全力で働かせろ。
このままでは確実に僕たちは殺される。
なら僕はどうすればいい、何をすればいい。この現状でどう足掻けばいい。
どうしたら、どうしたらどうしたらどうしたらどうしたら……
「あっ」
思わず僕は腑抜けた声を出してしまう。
何十、何百通りと思考を働かせていると、たった一つだけ可能性が脳裏をかすめた。
ただし、それは。
「禁忌……」
真っ先に思いついた言葉がそれだった。
鬼畜の所業とも思えるような行為。傍からは極悪非道だと罵られるかもしれない。
しかし、この最悪な状況を打開するにはもう手段が他になかった。
「リリア」
僕は覚悟を決めて彼女の名を呼ぶ。
僕の異変に気付いたのかリリアも神妙な面持ちで僕の言葉を待っていた。
「僕に命を預ける覚悟はある……?」
自分で言っておいて何だが、出会ったばかりの見ず知らずの男に命を懸けられるかと問われて、頷ける人がどれだけいるだろうか。
成功する保証だってない。失敗する可能性の方が高い賭け。
なのにリリアは笑みを漏らしながら、
「うん! 今のフィル君なら何かやってくれそうな顔してる!」
「え……ははっ、ありがとう」
悩みに悩んで聞いた質問だったが、リリアは即答だった。
自分の強張っていた表情も自然に緩んでしまう。
だからこそ失敗は絶対に許されない。
何としてでも彼女を守り切る。そのためには手段さえも選ばない。
悪役だろうとなってやる。
僕は膝に手をつき、ゆっくりとその場から立ち上がった。
そしてリリアの元まで近寄り、
「ごめん、少しだけ我慢して」
「え――?」
僕は彼女の頭をそっと両手で挟み、引き寄せた。
互いに吐息がかかるほどの至近距離。
自分の額とリリアの額が触れ合う。互いの熱が額を通い交じっていく。
「~~~!?」
目の前のリリアの表情が急激に火照っていくのが分かった。
僕だってもちろん恥ずかしい。今すぐにでも彼女から距離を取りたい。
だが、リリアは僕に命を預けてくれると言ったのだ。
照れている場合などではない。絶対に成功させてみせる。
「秘儀なる加護のもとに、汝と巡り会えた運命……」
僕はリリアと額を振れ合わせたまま、瞳を閉じて詠唱を始めた。
そんな奇妙な行動に男は眉をひそめる。
「この状況で詠唱だと?」
男は僕を注視してくるが、何も仕掛けてこようとはしない。
こちら側の出方を伺っていると言ったところか。
僕としては好都合極まりない状況だ。
「……以下省略」
今まで何千回と口にして、脳に染み付いた詠唱。
それが故に本来なら数分かかる詠唱を僕は全て省略する。
そして最後の締めの句。
「新たなる契りとなりて、ここにその証を示せ。秘儀魔術――」
もし神様がいないのなら悪魔でもいい。
一生分の運だろうと僕が払えるものなら何もかも全てこの瞬間にかける。
だから、もし僕が本当にテイマーの一族であるというのなら……
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