朝、起きたら

田中麿

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朝、起きたら

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 妻とは上司からの紹介で知り合った、ラフなお見合い。
自分には勿体ない優しく可愛い人だった、だから妻の気持ちも確かめず結婚を決めた。
それが間違いの始まり。
 妻は子供を欲しがった、家を欲しがった、外車を欲しがった。
子供以外は頑張って叶えた。
 子供だけは、他の男性の子供を望んだ。
 僕は、結婚して三年間、妻の手も握らずに終わった。
 お腹に可愛いだろう命を宿し、このマンションから出て行った妻。
普通に寝て、朝起きたら消えていた。
 妻の残して行った荷物に、沢山の名刺を見付けた。
名刺は主にホストクラブの物、……後はよく分からない。
 この中に、妻と命を育んだ相手が居るのかも知れない。
僕はその相手に無性に会いたくなった。
 名刺をトランプをシャッフルする様に混ぜ、無造作に一枚選んでみる。
名刺にはお店の名前と男性の名前と、手書きのLINEアドレス。
……店名をパソコンで調べる、……どうもこちらまで出向いてくれてセックスまでしてくれるみたい、……よく分からないが。
 僕は、名刺に書かれたアドレスへ手汗で光る指でなんとかLINEを送った。

 待ち合わせは駅前、……妻を抱いたかもしれない相手との。
殴ってやろうとか、慰謝料を請求してやろうとか、そんな気持ちは少しもない。
ただ、相手の顔が見たいだけ。
 相手の特徴は前もって聞いてある、青い髪で内側が金髪で全身黒服。
彼はすぐに見つかった、とても長身で目立っている。
 彼はスマホを取り出し、弄り始めた。
直後、僕のスマホが鳴る。
『着きました』、……彼は敬語がしっかりしている子だ、ここ数日LINEしていたから知ってる。
 僕は彼を放置する事にした。
だって今夜は雨が降るし。
これ位、仕返ししたって良いだろう?
 ……小降りの雨が本降りになっても、彼はその場から動こうともせず僕を待っている。
僕の隣に小走りで来た若い女の子達が彼を見て笑う、「えー? あの人、なんであんな所に立ってんの? ……でも、ちょっと良くない?」「ね、声かけよっか?」
 女の子達のその会話を聞いた僕は、咄嗟に彼のもとへ駆け出していた。
 馬鹿か僕は、妻になりきって彼とLINEをしていたのに。
こんなおじさんが現れたら……っ。
 僕が踵を返すよりも先に、びしょ濡れの彼が僕のコートの裾を掴んだ。
「……立花(りっか)さん、ですよね?」
低くしっとりとした声、……これが妻を可愛がった声、かも知れない。
 僕が小さく頷くと、彼は本当にホッとした表情になり、次に笑った。
「貴方じゃないかなって、ずっと見てたんです。……男性だったけど」
 ……『立花』が男性だったとは知らないと言う事は、……彼は妻とは会った事が無い?
僕は大変な過ちを……。
どうしよう、こんな雨の中にずっと立たせてしまって……。
「ごめ、ごめんなさい。ごめんなさい、音々(ねね)さん……っ」
「……とりあえず、どこかに入りましょう。立花さん、風邪ひいちゃう」
 僕は音々さんに手を引かれ、ホテル街へと向かった。
 僕達が入ったのは、真新しいラブホテル。
部屋に入るなり、音々さんは泣いてる僕を手早く裸に剥いて大きなお風呂へと突っ込んだ。
 お湯を全開にし、早くも下半身をひたひたにしつつある熱いお湯を手で掬っては僕の肩にかけてくれる。
「よく温まって、それまで出ちゃ駄目です」
 音々さんはそう言い残し、何処かへ行ってしまった。
 ……音々さん、見ただろうに。
僕のモノを。
この、子供のモノの様に小さな小さな、日本人男性の平均の半分ほどしかないモノを。
 僕がお湯で揺れるモノを見詰めていると、音々さんが帰って来た。
「洋服一式、買ってきました。安物ですみません」
 ……何故こんなに優しくしてくれるのだろう……、……僕が可哀想だから?
僕は何故だかその考えに憑りつかれ、初めて離婚の悲しみや妻を寝取られた怒りや自分の男性としての不満を何の関係もない音々さんに喚いた。
 その間、音々さんは僕に叫ばれるがままだった。
本当は、頭では、ちゃんと分かってるのに。
僕が僕に自信が無いから、妻と向き合わなかったから、全部僕のせいなのに。
 僕が落ち着くまで、音々さんは黙って僕を見詰めてくれていた。
「……、 何か飲みませんか?お酒以外で」
音々さんは僕をお風呂から上げると跪いてローブを着せてくれて、ベッドまで連れて行ってくれた。
 備え付けの冷蔵庫から高額なコーラを買った音々さんは、それを僕に握らせる。
「これを飲んでて。俺もお風呂、して来ます」
 僕は泣き腫らして硬くなった瞼に苦戦しつつ、音々さんを視線で追う。
裸になった音々さんは、同性でも見惚れる程に完璧な体をしていた。
 数分、湯船に浸かっただけの音々さんが腰にバスタオルを巻いて戻って来た。
「……、 立花さん。本名を教えて下さい。仕事としてではなく、一人の人間として貴方とお話がしたい」
 僕は、横に座って来た音々さんを見れないまま本名を明かす。
「……橘(たちばな)、です。たち、ばな。……だから、立花」
「ああ、ふふ、成程。俺の名前は、音々が本名です。……免許証見ます?」
 僕が答えない内に音々さんは免許証を財布から取り出すと、僕に手渡して来た。
……二十歳、二十歳?
「……僕の半分……、年齢……」
驚きだ。
それは音々さんも同じらしく、「橘さん、若いってよく言われませんか?」と僕をまじまじと見ている。
 さっきまではあんなにスマートに動いてくれていたのに、今は吃驚としている二十歳の子の顔をしている。
それが何だか可笑しくて、僕は思わず吹き出した。
「……もう大丈夫かな? ……橘さん、何か食べますか?と、言ってもホットスナックかカップラーメンしか無いっぽいですけど」
「あの、僕、たこ焼き食べたい……」
「はい。……お腹いっぱい食べて、ええと、カラオケするもよし映画を観るもよし、そしてゆっくり眠りましょう。橘さん、クマ、酷いです」
 ……食事も睡眠もまともに取って無かったから……。
 僕は音々さんと立ち上がり、冷蔵庫へ向かった。

 僕達は冷蔵庫を空にする程豪遊し、手短に寝る準備をして一緒にベッドに入った。
 音々さんと僕は向かい合い、音々さんは僕の背中をポンポンと優しく叩きながら「……橘さん、これは独り言なんですけど」と前置きをし、僕に今までの人生で聞いた事の無い程の甘い声で僕に囁き始めた。
「俺ね、一目で橘さんが立花さんだって分かってました。どうしよう、逃げたい、助けてって顔をしてましたから。…橘さん、人を買うのは初めてでしょう。初めてのお客様って、もう分かっちゃうんです。……でも、他のお客様と違って、橘さんはそれプラス今にも死んじゃいそうな顔をしてたから。……なんて言うのかな、ああ、俺が助けなきゃって。声をかけてくれるの、待ってました。もし、声をかけてくれたら、俺のものにしようって」
「え!?」
「庇護欲をくすぐられると言いますか、加虐心が疼くと言いますか……。対照的な部分を同時に刺激されたんです」
「しげ、刺激!!」
「ふふ、直球で言いますと一目惚れです」
 そう告白する音々さんが、いつの間に変化したのか熱く硬いモノを僕の内ももに擦り付けて来た。
待って、待って、待って。
 慌てる僕に、音々さんは続ける。
「……でも、売りをしている恋人なんて嫌でしょうし、俺が次の就職先を決めるまで待ってて下さいね?」
 ……僕が告白にオッケーをする前提で話を進めている!!
僕が反論しようと口を開くより先に、音々さんはコテンと小首を傾げてあざとく「駄目?」ととどめをさして来た!!
 ぐぬう。
「……駄目、じゃない。……でも、まずはお友達から!!」
「セフレ?セフレから始めるのも良いですね」
「違う!!」
 この子は。
 ……でも、全部、嫌じゃ無い。
音々さんの声も体温も香りも、全て。
 明日、起きたら何かまた変わっているだろうか。
変わっていて欲しい。
 
僕は静かに瞳を閉じて、音々さんに擦り寄った。
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