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第一章

初夜③ ※

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 注:オリヴィアの過去です。無理矢理、首絞め表現があります、苦手な方はご注意ください。


 首筋に埋もれていたイアンの顔が顔面に来る。目の奥の獣はまだ彼の中に居て、オリヴィアはその獣から視線を逸らす事はせず、じっと見つめた。
 
 ──どうしても、イアンに言わなきゃならない事がある。
 それを隠したままで彼にこのまま抱かれる事は、ダメな気がした……だって、イアンは自分の胸の奥にしまった私への昏い想いを告白してくれたから、私だけ隠すのは違う気がした。

「わたし、イアンに言わなきゃならないことがあって」
(私、処女じゃないの)

 声に出来ずに言葉が詰まる。

「あ、の、わ、っ、た、え、あ、ち、っ」
皇帝父親に犯されて)

 喉に引っかかったようで、言葉が出ない。
「イアンに嫌われたら」と思うと怖いし、実際体験した事トラウマを言葉に出して説明する事はとても勇気がいる。極力思い出さないようにしていた記憶が掘り起こされて、オリヴィアは無意識に服で隠れた首元に右手で触れて、指に力を入れた。

 
 オリヴィアは初潮を迎えてからそれが終わった頃に父親の従者から突然呼び出され、彼の寝室へ置いて行かれる。遠くからしか見た事がなかった父親と二人きりにされたオリヴィアは父親へなんと声を掛けて良いか悩んだ。

 ──とても温厚で、家の裏庭には桃色のジャスミンが咲いていた事、だから同じように自分もその花が大好きになった事、そしてとても私を愛してくれて大事にしてくれた事を愛おしそうに語る母からしか父親の話をオリヴィアは聞いた事がなかった。そんなに母を愛していたのに、一度もオリヴィアの顔を見に来てくれなかった事に対して疑問は沸くものの、それを言葉にして訊ねる事は憚られた。目の前の皇帝父親が、母の話と掛け離れていたからだ。オリヴィアと同じ柔らかい髪質で銀髪と琥珀色の瞳をしていて、見た目がそっくりだと聞かされていたのに似ても似つかなかった。

『母親には似ていないな。父親似か?』
 ──わたしは、彼の娘ではないなら誰の娘だというのだろう? 私のお父様はどんな人なの?
『お前の母親は不貞を働いてお前を産んだ。俺の子じゃないのにここに居させてもらっている事を感謝すべきじゃないか?』
 ──居たくている訳じゃない。

『父親譲りの顔だな……でも、可愛い顔をしているじゃないか。お前の父親も若い頃、そんな顔してたんだろう』
 顎を乱暴に持ち上げられ、嬲るような視線で全身を見られて、オリヴィアは鳥肌が立った。ここに居ては危ないと頭の中で警鐘が鳴り響くも足が竦んで動けない。
 乱暴にオリヴィアの細い手首は皇帝にいとも簡単に掴まれ、ベッドに投げ出された。肘をついて身を起こそうとすると皇帝が腹の上に跨って身動きできなくなる。それでもジタバタ足を動かすと──頬に痛みが生じた。
 妹から何度も同じように掌で叩かれた事はある。でも、それ以上に分厚い肉厚の掌で叩かれた痛みは何倍もの衝撃があった。右頬を叩かれた後は同じように左頬も殴られる。何度も交互に殴られ、口の中が血の味で一杯になると男の唇が押し当てられた。クチャクチャという唾液音は不快でしかなく、臭いにおいが口の中で充満する。その上唾液を口の中に送られて、鉄と唾液の臭いで吐き気を催した。
 口付が終わってすぐ、オリヴィアは気持ち悪さに床へ吐いた。何も食べていなかった事が幸いして胃液しか出ず、床を汚してしまう。そのせいでオリヴィアは皇帝から余計に頬を殴られた。
 どす黒い造形を見せられ、歯を立てたら殺すと脅されて、従うしかなかった。口に捻じ込まれ、頭を力強く掴まれて腰を前後に動かされ「飲め」と言われた白濁液もオリヴィアは吐き出した。そうしてまた殴られる。怒っているのかと思えば、男の口元は醜く歪んでいて、自分を殴る事を姉や妹のように喜んでいるのだ──……。

『俺の息子を産むんだ』
 男はそう吐き捨てた。
『俺の妻たちは女しか生まない石女ばかり。結婚前に他の男に股を開いたクソ女しかいなかった。その分お前の母親は生娘だったが結婚して十年間は子を孕まず、他の男の娘を孕みやがった。しかし、まだ幼くて他の男なんぞ知らないお前は俺の息子を生んでくれるだろう』

 男の目は血走り、オリヴィアの目に人間には映らなかった。さっきまで口に挿入っていたそれが脚の間に埋もれて行く感覚は、今までに感じた事がない痛みで、このまま躰が半分に裂けてしまうのではないかと思わされた。
 メリメリメリと割くように奥に突き進む。オリヴィアに覆い被さった皇帝は獣のような雄叫びを上げた。痛みで泣き叫べば泣き叫ぶほど、人間の皮を被った悪魔皇帝の逸物は増長し、痛みが増す。幼いオリヴィアは、自分の泣き顔と泣き声が被虐心を煽り、悪魔が興奮しているなんぞ知る由もなかった。だから、ひたすら泣き叫んだ。
 姉妹から受けていた言葉と身体の暴力を受けるあの場は絶望で地獄だと思っていた。でも、あれを絶望と地獄とするなら今はなんと呼べば良いのか。
 オリヴィアはアンの名を叫ぶ。彼女は今朝父親が倒れたという知らせを受けて、実家へ帰った。帰らないと言ったアンを説得して帰るように仕向けたのはオリヴィア自身だった。城に居ない事を知っているのに、幼いオリヴィアは自分の騎士の名を呼んだ。
 なかに何度も熱い精液を放たれても解放される事はなかった。焦点が合わない目で天井を見つめる。途中、オリヴィアは母親にも助けを求めたが、誰もオリヴィアを救いに現れる事はなかった。
 オリヴィアが反応を示さなくなった事に苛立ちを覚えた悪魔は──オリヴィアに馬乗りになり、オリヴィアの細い首を絞めつけた。ギュウっと力を込めて絞められて、酸素を求めて口を大きく開ける。ジタバタと脚を動かすも指の力が弱まる事はなかった。手を引き離そうと、手首に触れるもそれ以上、手を動かす事は出来ず、悪魔の指が気道を圧迫している感覚が伝わった。

『首を絞めると、膣が締まるな……! ガキの癖に淫乱め』
 下卑た笑い声。
『淫乱』という単語の意味が分からなかったものの、男の笑い声から良い言葉ではない事がオリヴィアには分かる。否定したくてオリヴィアは息苦しいながらも必死に首を振った。無意識に力が入るだけで、意図している訳じゃない。

『首絞めはな、止めるのは呼吸ではなく頸動脈の血液なんだぞ。苦しいのは気のせいだ。こんなに俺のを締めてるんだから、気持ち良いだろ! 淫乱が』

 悪魔は頸動脈を圧迫しているが、苦しいものは苦しい──男の掌に当たる自分の欠陥がドクドクと脈打っているのが伝わってきて、これのどこが気持ち良いのか分からなった。もう既に脳に酸素が行き届いておらず、気が遠くなる。意識が遠退く寸前、絞めていた指の力がフッと弱まり、酸素を求めて大きく息を吸い込んだ。
 息が落ち着くと、また同じように絞められてしまう。無意識に力が入って悪魔の肉棒を締め付けた。悪魔はまたもや笑い声を上げた。

『親子だな! お前の母親も首を絞めたら膣が良く締まったんだ。力加減も覚えたぞ。これを誤ってサラが死んじまったからな』

(──え?)
 オリヴィアは目を見開いた。

 ──サラ女皇はお月様へ行ってしまわれました。

 成長するにつれて「お月様へ行った」という話を私は信じていなかった。ただ漠然と、私が知らないところで死んでしまったんだ、って……さいあく私を置いて城を出て行ったかもしれない、って……後者なら生きていたら私と会う事が出来るな、って……会いたいって……ずっと。
 
『黒い犬も居たなぁ。キャンキャン外で吠えるから、蹴っただけで死んじまったよ』
 ──遊ぶ事が大好きな犬でしたからね。遊びに出掛けたまま、新しいお友達ができたんでしょうね。

(アンは、この事を知ってるの……?)

 あぁ……でも。
 ──二人とも、この世に居ないんだ。
 目の前の悪魔に、殺された──……。

『サラは、お前の為に何でもしてくれたぞ』
 ──どうして、わたしのため……?

『お前は俺の娘でも何でもないのに、どうしてここに居る事が出来たと思う? サラがどうしてもって、何でもするからと頭を下げたからだよ。娘を殺さないでくれ、何処にもやらないでくれ、その為に私は奴隷に成り下がりますってな。その通りになってくれた。呼べば、いつでも必ず股を開いた』
 
 目の前が霞むのは首を絞められて意識が遠退いているからか、それとも頬を流れる水滴のせいで、そう見えるのか──。

『お前のせいで母親は死んだんだ。お前が生まれなきゃな、サラは今でも俺の寵愛を受け、正室になれたのにお前なんて産みやがってなぁ。性奴隷にされて、俺の親父にまで犯されなくて済んだのにな』

(私のせい私のせい私のせい私のせい私のせい私のせい私のせい私のせい私のせい私のせい私のせい私のせい私のせい私のせい私のせい私のせい私のせい私のせい私のせい私のせい私のせい私のせい私のせい私のせい私のせい私のせい私のせい私のせい私のせい私のせい私のせい私のせい私のせい私のせい私のせい私のせい私のせい私のせい私のせい私のせい)

『お前が生まれたのが悪い。そうしたら、死ななくて済んだのにな。お前は母親に償いをしないといけないだろ? お前の存在が苦しませたんだからな』

(償い償い償い償い償い償い償い償い償い償い償い償い償い償い償い償い償い償い償い償い償い償い償い償い償い償い償い償い償い償い償い償い償い償い償い償い償い償い償い償い償い償い償い償い償い償い償い償い償い償い償い償い償い償い償い償い償い償い償い償い償い償い償い償い償い償い償い償い償い償い償い償い償い償い償い償い償い償い償い償い償い償い償い)

『お前が居たから、サラは死んじまったんだよ』

(私が居たから私が居たから私が居たから私が居たから私が居たから私が居たから私が居たから私が居たから私が居たから私が居たから私が居たから私が居たから私が居たから私が居たから私が居たから私が居たから私が居たから私が居たから私が居たから私が居たから私が居たから私が居たから私が居たから私が居たから私が居たから私が居たから私が居たから私が居たから)

『俺はサラを愛していたのに、お前のせいで酷い目に遭わしてしまったんだ。だからこれから、償って生きろ。俺の息子を産んだら許してやっても良いからな』
(私が居たから、大好きなお母様もわんちゃんも、死んだ)
 
 
 ヒュッ
 息苦しさから解放されて、大きく息を吸い込むと喉元に置いた筈の手が誰かに握られていた。
 靄が晴れ、目の前に現れた男は人の形をしていた──いつもは後ろに撫でつけている前髪が額に落ちていて金色の瞳にかかっている。その瞳は、オリヴィアの琥珀色の瞳を覗き込んでいた。
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