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第一章
初夜④
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「……イアン」
「大丈夫、大丈夫だから」
汗で額にへばり付いたオリヴィアの前髪をイアンは指で優しく横に流す。
それから、握られた手を啄むように唇を当てられる。労るような動きに、オリヴィアは目を潤ませた。
(どうして、イアンが初めてじゃないんだろう)
初恋の人が初めてだったら、どんなに良かったかな。
「わ、たし……皇帝に」
「オリヴィア。大丈夫、何も言わなくていいから」
「で、でも、言わないと」
(イアンが初めてじゃない、って……だから、ごめんなさい、って)
「大丈夫。言いたくない事は言わなくて良いから」
「わたし」
勇気を出して伝えようとしているのに、イアンは小さく首を振った。ただ一言「それ以上言わなくていい」と言った。
「お願い、聞いて欲しいの。私のこと、嫌いになっちゃうかもしれないけど」
「ならない」
「き、聞かなきゃ分からいでしょ」
(嫌いになられたら、辛いけど……)
喋ろうと口を開くと頬に唇を当てられて、チュッチュッと啄むようにキスをされ擽ったいものの心地良い。それでもどうしても聞いて欲しくてオリヴィアはイアンの唇に手を当てて、そっと押した。
「イアンに言わなきゃ」
「辛かった記憶をわざわざ口に出さなくていい」
「聞かなきゃ辛かったかなんて分からな――……」
ハタっとオリヴィアは言葉を切った。
『私が、純潔じゃないから、想いを伝えられて気持ち悪いって思ったんでしょ?』
『オリヴィア! 自分で自分を貶めるような言葉を吐くな!』
数十分前の会話が思い出させれる。
あの時はスルーしたけど──どうして、イアンはそう私を戒めたのかしら?
どうして、私が言いたくない事を言うって分かるの? 私の様子を見て?
目だけを動かして顔の横にある彼の顔を見る。
彼の目はオリヴィアを心配しながらも慈しみがあった――彼女にはそれが自分を同情し憐んでいる表情に見えてしまう。だから、最悪な閃きが起きて頭から足の爪先まで血の気が引いて、青褪めた。
「まさか、知って……るの……?」
(どうして?)
震えた声でそう訊ねてイアンを見ても彼は表情を変えず無言のままだった。答えない事が答え──……。
(どうして? どうして? どうして? どうして?)
──知ってるの?
アンが言うわけない。私が嫌な事は絶対に言わない。じゃあ、どうして?
「ヴィー」
名前を呼ばれたがオリヴィアの耳には届かなかった。彼女は歯をカチカチ鳴らし震えて、今まで、イアンと出会ってきて楽しかった思い出が一瞬にして黒く塗り潰されて行く。
「叔母様や叔父様も、みんな、知ってるの? わっ、わた、しが何されたか」
(だから優しいんだわ。私を産んだせいでお母様が死んで私が憎いはずなのに。みんな、私に同情しているから優しいのよ)
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」
誰に対して謝罪をしているのかオリヴィア自身分からなかった。オリヴィアを産んだ母親か、彼女の双子の姉か、二人の兄か、騎士か、可愛がっていた黒い犬か、夫か――……。
「わたしのせいで、おかあさっ――」
そう叫んだ唇が思い切り塞がれた──が、派手にガチンと歯が当たってオリヴィアは顔を歪めた。痛みのお陰で震えが止まっていた。
目の前に口元を押さえて痛みに悶えるイアンがいた。
「キスをして落ち着かせようと思ったんだ。ただ俺が下手すぎて上手く唇に当たらなかった」
モゴモゴと謝罪を述べるイアンは、顔が真っ赤だ。手の甲にまで感染したかのようで真っ赤に染まっていた。
「最初のキスでも歯が当たってしまった。本で読んだ事はあるが、実践となると難しいな」
「……本?」
(本とは何かしら……?)
首を傾げてイアンを見ていたら彼はハッとしてオリヴィアの顎をクイっと持ち上げた。
顎を持ち上げて人差し指と中指で口の下を引っ張る。開いたオリヴィアの咥内をイアンは目を左右に動かして、口の中を覗き込んだ。
「歯を折ったりしてないな? 切ったりしてないか?」
「あー、う、う」
「二回も当てたからな……」
コクコクと頷いても、自分の目で確かめないと安心しないのかオリヴィアの顔を左右に動かして、それからクルっと顔で円を描く。隅々までチェックし終わって、イアンはオリヴィアの顎から手を離した。
「どこも怪我してないな……良かった」
「…………」
「勢いがあり過ぎて駄目だったな……次はもう少し落ち着いてしよう」
すまないと謝るイアンを見てオリヴィアはつい吹き出してしまう。クスクスと口元に手を当てて、小さな笑い声をあげてしまった。
真剣な面持ちなのに、反省して項垂れるという真逆な態度が妙にツボに入ってしまう。
楽しそうに笑っていると、彼から眩しそうに見られていた。
「ヴィー。君はやっぱり笑った顔が一番似合うよ」
髪を撫でられながら額、瞼、頬、にキスが落ちてきた。
さっきまで真っ黒に塗り潰されたものが光を取り戻していて、彼の金色の瞳がキラキラとキレイに光っていた。
「ヴィー。さっきの答えだけど」
オリヴィアが落ち着きを取り戻した事を確認してイアンはポツリと零した。
「……はい」
オリヴィアはゆっくりと息を吐いてイアンの言葉を待つ。指で髪を梳く感触は彼女の心を落ち着かせてくれた。
「君が受けた苦痛は、母上とロアソル侯爵とも知らない」
「わたしは、二人に恨まれていない……?」
「どうして君を恨むんだ?」
イアンの目は「君は悪くない」と語っていた。
「悪いのはあの男だ」と刺々しく悪態を吐く。
「大丈夫、大丈夫だから」
汗で額にへばり付いたオリヴィアの前髪をイアンは指で優しく横に流す。
それから、握られた手を啄むように唇を当てられる。労るような動きに、オリヴィアは目を潤ませた。
(どうして、イアンが初めてじゃないんだろう)
初恋の人が初めてだったら、どんなに良かったかな。
「わ、たし……皇帝に」
「オリヴィア。大丈夫、何も言わなくていいから」
「で、でも、言わないと」
(イアンが初めてじゃない、って……だから、ごめんなさい、って)
「大丈夫。言いたくない事は言わなくて良いから」
「わたし」
勇気を出して伝えようとしているのに、イアンは小さく首を振った。ただ一言「それ以上言わなくていい」と言った。
「お願い、聞いて欲しいの。私のこと、嫌いになっちゃうかもしれないけど」
「ならない」
「き、聞かなきゃ分からいでしょ」
(嫌いになられたら、辛いけど……)
喋ろうと口を開くと頬に唇を当てられて、チュッチュッと啄むようにキスをされ擽ったいものの心地良い。それでもどうしても聞いて欲しくてオリヴィアはイアンの唇に手を当てて、そっと押した。
「イアンに言わなきゃ」
「辛かった記憶をわざわざ口に出さなくていい」
「聞かなきゃ辛かったかなんて分からな――……」
ハタっとオリヴィアは言葉を切った。
『私が、純潔じゃないから、想いを伝えられて気持ち悪いって思ったんでしょ?』
『オリヴィア! 自分で自分を貶めるような言葉を吐くな!』
数十分前の会話が思い出させれる。
あの時はスルーしたけど──どうして、イアンはそう私を戒めたのかしら?
どうして、私が言いたくない事を言うって分かるの? 私の様子を見て?
目だけを動かして顔の横にある彼の顔を見る。
彼の目はオリヴィアを心配しながらも慈しみがあった――彼女にはそれが自分を同情し憐んでいる表情に見えてしまう。だから、最悪な閃きが起きて頭から足の爪先まで血の気が引いて、青褪めた。
「まさか、知って……るの……?」
(どうして?)
震えた声でそう訊ねてイアンを見ても彼は表情を変えず無言のままだった。答えない事が答え──……。
(どうして? どうして? どうして? どうして?)
──知ってるの?
アンが言うわけない。私が嫌な事は絶対に言わない。じゃあ、どうして?
「ヴィー」
名前を呼ばれたがオリヴィアの耳には届かなかった。彼女は歯をカチカチ鳴らし震えて、今まで、イアンと出会ってきて楽しかった思い出が一瞬にして黒く塗り潰されて行く。
「叔母様や叔父様も、みんな、知ってるの? わっ、わた、しが何されたか」
(だから優しいんだわ。私を産んだせいでお母様が死んで私が憎いはずなのに。みんな、私に同情しているから優しいのよ)
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」
誰に対して謝罪をしているのかオリヴィア自身分からなかった。オリヴィアを産んだ母親か、彼女の双子の姉か、二人の兄か、騎士か、可愛がっていた黒い犬か、夫か――……。
「わたしのせいで、おかあさっ――」
そう叫んだ唇が思い切り塞がれた──が、派手にガチンと歯が当たってオリヴィアは顔を歪めた。痛みのお陰で震えが止まっていた。
目の前に口元を押さえて痛みに悶えるイアンがいた。
「キスをして落ち着かせようと思ったんだ。ただ俺が下手すぎて上手く唇に当たらなかった」
モゴモゴと謝罪を述べるイアンは、顔が真っ赤だ。手の甲にまで感染したかのようで真っ赤に染まっていた。
「最初のキスでも歯が当たってしまった。本で読んだ事はあるが、実践となると難しいな」
「……本?」
(本とは何かしら……?)
首を傾げてイアンを見ていたら彼はハッとしてオリヴィアの顎をクイっと持ち上げた。
顎を持ち上げて人差し指と中指で口の下を引っ張る。開いたオリヴィアの咥内をイアンは目を左右に動かして、口の中を覗き込んだ。
「歯を折ったりしてないな? 切ったりしてないか?」
「あー、う、う」
「二回も当てたからな……」
コクコクと頷いても、自分の目で確かめないと安心しないのかオリヴィアの顔を左右に動かして、それからクルっと顔で円を描く。隅々までチェックし終わって、イアンはオリヴィアの顎から手を離した。
「どこも怪我してないな……良かった」
「…………」
「勢いがあり過ぎて駄目だったな……次はもう少し落ち着いてしよう」
すまないと謝るイアンを見てオリヴィアはつい吹き出してしまう。クスクスと口元に手を当てて、小さな笑い声をあげてしまった。
真剣な面持ちなのに、反省して項垂れるという真逆な態度が妙にツボに入ってしまう。
楽しそうに笑っていると、彼から眩しそうに見られていた。
「ヴィー。君はやっぱり笑った顔が一番似合うよ」
髪を撫でられながら額、瞼、頬、にキスが落ちてきた。
さっきまで真っ黒に塗り潰されたものが光を取り戻していて、彼の金色の瞳がキラキラとキレイに光っていた。
「ヴィー。さっきの答えだけど」
オリヴィアが落ち着きを取り戻した事を確認してイアンはポツリと零した。
「……はい」
オリヴィアはゆっくりと息を吐いてイアンの言葉を待つ。指で髪を梳く感触は彼女の心を落ち着かせてくれた。
「君が受けた苦痛は、母上とロアソル侯爵とも知らない」
「わたしは、二人に恨まれていない……?」
「どうして君を恨むんだ?」
イアンの目は「君は悪くない」と語っていた。
「悪いのはあの男だ」と刺々しく悪態を吐く。
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