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第一章

初夜⑤ ※

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「この事を知っているのはいる」
「アンを入れたら三人になるが、彼女は省くよ」というイアンの言葉が不安を扇ぎ、オリヴィアは再度首元を締め付けようと指に力を入れたがイアンの手に阻まれた。指をギュッと握られる。

「俺とサーレン辺境伯だ」

 その名を聞いて、白髪の長身の紳士が彼女の脳裏に浮かんだ。

「あの方は、見た目は優男だが──実際は食えない人だ。ずっと前からネロペイン帝国を落とす計画を裏で立てていた。普段はうちの同盟国や占領している国を侵略しているが、我が国に侵略してくるのも時間の問題だった。そこで、誰にもバレないように水面下で、帝国の革命軍と繋がっていたんだ」

(それがいつから考えていたかは分からない──俺が、帝国をあのまま放置する将軍を腑抜けだと思っていたのは間違いだった)
 
「あの人の頭はどうかしてるんだが…うちと旧帝国の国民全員の名前と顔が入っているんだ」

 オリヴィアは驚いて目を開いた。

「恐らく、大陸の全地名や人の名前も入っていると思う。他国の人間が我が国へ招かれた時に、影武者を送ってきたが……顔が本人と違う、と言い当てたから」

 あんなに穏やかに見えるのに、そんな特技があったなんて、とオリヴィアは感心する。──でも、どうしてそんな完璧な人が私とイアンが一緒に花植えをしているって勘違いをしたのかしら?
 そんな疑問がわいたものの、イアンの会話に意識を戻した。

「でも、ただ一つだけあの人が把握していな事があった」
「それって……」
「サラ女皇とオリヴィアの事。二人は旧帝国から徹底的に隠された。洩れる事があれば一族郎党と厳しく取り締まったかもしれないし、一番の要因は、オリヴィアが生まれる前に側室が一人迎え入れられた。これが目晦ましになったんだ。本来は第五側室としてなのに、彼女は第四側室とされ、サラ女皇のように寵愛を受け、なりすましたんだ。サラ女皇が亡くなった後、第五側室は繰り上がって第四になるから、外部の人間にとって、それは当然の事だったから一切漏れなかった」

 それにしても徹底された成りすましだったかのように思う。第四側室とその娘は一度だけ見た事があるが──サラ女皇と同じように栗色の髪色にウェーブがかかった髪、碧い瞳をしていた。違ったのは顔だけで娘も母と同じ髪と瞳の色だった。その娘さえもスェミス大国へ洩れなかったのか不思議である。

「アンとオリヴィアが大国へ逃げてきて、君の事が表沙汰になった。それで母上が君の背中の傷を見て、ひどく憤慨してサーレン辺境伯に調査を頼んだ」
「叔母様には、その報告書っていかなかったの……?」
「サーレン辺境伯は、母上には見せなかった」

 サラ女皇が受けた強姦も伏せられ、暴力を振るわれた事実だけを残した。それから極悪な環境で過ごしていた報告書をジェシカへ提出する。双子の妹が身に受けた真実を知れば、ジェシカの精神が壊れると判断を下したのだという。サーレンからもらった報告書を読んだだけでも、ジェシカは全身を振るわせながら咽び泣いていたから、真実が書かれたものを読めば、これで済まなかっただろう。
 
「じゃあ、どうしてイアンに……? イアンへ見せなくても良かったのに」
「多分……俺がオリヴィアに惚れているって早い段階で気付いたんだと思う」

 旧帝国の庭でオリヴィアに会ってから、国へ帰ったイアンの様子がおかしい為、サーレンに森の魔女の元へ連れて行かれた。結果イアンは呪いにかかっておらず『恋煩い』だと分かるのだが……サーレン将軍にホの字だという誤解を解く時に、イアンはメンタルが落ち着いて彼へ少しだけ語ったのだ。

『帝国で出会った女性に恋をしました』
 と、一言だけ。
 六歳の少女、というのは伏せた。

「俺がオリヴィアを宿から連れ出してから、一日も欠かさずオリヴィアの元へ贈り物を届けていた事を知っていたから……それを見て気付いたのかもしれない」
「勘が良いヒトなの?」
「勘はすごく働くよ。他にも理由はあるけど――それもあって将軍まで登り詰めた人だから……。それで、俺に報告書を見せてきたんだ。『君にも知ってもらいたい』って──すまなかった」

 突然イアンから謝罪をされて、オリヴィアは首を傾げる。
 イアンが今にも泣き出しそうで辛そうだった。どうして、彼がそんな表情をするのか。
 服で隠れた絞め痕が付いた首にイアンの指が触れた。そっと衿を捲られて首の痕をイアンは指先で辿る。
 オリヴィアの彼女と初めて出会った時に、あの場から連れ出さなかった俺のせいだ。あの日、あの場所から連れ出せていたら傷一つ付かなかった。再会した夜に見せた、昏い顔をさせる事なんてさせなかった。

『私を殺してくれるの?』
 そんな言葉を吐かせなくて済んだのに。
 
「オリヴィアに怖い思いをさせてしまった」
 イアンのせいじゃない、そう言ったら彼はただ辛そうに笑っただけだった。
 
「オリヴィア。俺は、それを知ったところで君への想いは一切揺るがない」
 はっきりと断言したイアンの目は真摯そのもので、濁りがない目だった。

「愛してる。ずっと、君を愛してた──出会った月夜の晩から、ずっと」
 ──それが帝国での事とはオリヴィアは知らないだろうけど。
 
 絞め痕に唇を当てられる。そこから、自分の身体が浄化されるような感覚にオリヴィアは陥った。イアンの背中に腕を回してギュッと抱き締める。こうして、自分の上に覆い被さっているのに体重を掛けないように気を使っている彼を愛せない筈がない。

「私も……きっと、あの晩からずっと……」
 想いに気付いたのは、叔父様の屋敷でだけど。その前からずっと好きだった。六歳の頃に出会った時から、ずっと。
「あの晩」と聞いてイアンは目を見開いたが、すぐに伏せた。オリヴィアの言う晩は、宿でオリヴィアを救出した日の事だろう。それでも、あの日から想ってくれていたと知って、イアンは歓喜した。
 正直言えば下半身はもう限界だった。しかし、それを今日オリヴィアにぶつける事は止めようとイアンは思っていた。「誰も知らない」だろうと思っていた自分が身に受けた地獄を知っている人間が二人も居る事は彼女にとって受け入れ難い事だろう──今夜はもう、寝るべきだと思ってイアンは彼女の上から身体を移動しようと膝に力を入れた。
 が、途端にオリヴィアの腕でグイっと彼女に向って引き寄せられる。そのせいでバランスを崩してしまい彼女の胸の上に体重がかかってしまった。

「肋骨がっ!?」
 オリヴィアの肋骨を折ってしまう、と慌てて肘をついて起き上がろうとしたものの、逃げないようにオリヴィアの細い脚がイアンの脚に絡みついてきて、イアンの心臓は跳ねた。彼女の柔らかい胸が、ダイレクトに胸に当たりゴクリと唾を呑み込んでしまう。

「動かないでイアン」
 イアンの厚い胸板が自分の胸を圧迫している。思った以上に広くて硬い胸板だった。それから、自分の脚の間に硬い物が当たって、オリヴィアの子宮はキュンと鳴った。過去を思い出したせいで乾いてしまった蜜壺は、彼の熱を感じて、ジュワっと潤ってくる。
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