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2巻
2-3
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「一番安い『着火』を封じた魔力石でも、百回は使えるからね。魔法が使えない人なんかは結構重宝するみたいだよ」
「なるほど……。確かに、火打石とかより気軽に火が点けられそうかも」
アスタールさんから最初に借りた魔法の本。最近分かったのだけど、実は、普通ならあの中の一種類が使えればいい方なのだそうだ。魔法具なら誰でも使えるけれど、自力で魔法を使う場合は適性のある属性のものしか使えないらしい。『生活に使える魔法大全』なんて入門書っぽい題名なのに、詐欺にあった気分だ。
「用意した素材の中だと、銀が一番魔力との親和性が高いんだよ。だから、最初はこれを使って練習してみてごらん」
レイさんはそう言いながら、今使った銀板の残りをリエラの前に置く。
今度は待ちに待った、リエラの番だ!
ウキウキしながら、銀板を両手で包み込むようにして魔力を送り込む。作るのは、レイさんがやってみせてくれたのと同じ、竜を模った指輪だ。
金属に魔力を通すというのは少し難しい。何せ、魔力石のように魔力がスムーズに流れ込んでいかないんだもの。それでも、多少なりとも流れていく魔力を少し強引に押し込むようにして、思い描いた形になるように念じる。
やっとのことで出来上がったのは、なんとも歪な輪っかだ。初めてだとはいえ、これはヒドイ!
「むむぅ……」
「慣れてくれば、イメージ通りのものができるようになるよ」
落ち込む姿を気の毒に思ったのか、レイさんが慰めの言葉を口にする。でも、なんとも言えない脱力感を覚えてリエラはうなだれた。
アクセサリー作りを教えてもらった日から、いつの間にか、もう二週間が経った。
あの日からお店の仕事の合間に、アクセサリー製作に勤しんでいる。
実は、レイさんは動植物の加工は不得手で、金属の加工の方が得意なんだって。だから最初に銀の加工を教えてくれたんだけど……
リエラが苦戦しているのを見て、動植物の素材を使ってみることを提案してくれた。
その結果、植物素材だとビックリするぐらいにすんなりと成功したんだよ。植物の加工の方が、リエラは得意だっていうことらしい。
コツをきちんと掴むまでは植物系の素材で色々と作ることになった。そこでレイさんが用意してくれたのが、樫の木の枝だ。アクセサリーを作るのに大きな素材は必要ないから、その辺にある端材とかでもいいかもしれない。
そういえば、この樫の枝を用意してくれた時に、こんな会話があった。
『樫の木は割と魔力を通しやすい素材でね――魔法使いを目指しているっていう探索者の人達が、よく大きな杖にして持っているね』
『おお、魔法の杖!』
『リエラちゃんも魔法使いなら欲しかった?』
『はい。なんか、魔法使いって杖を持っているイメージなので……』
『魔法を使うのに杖なんて必要ないし、邪魔なだけだと思うんだけど……。そっか、探索者の人達が変なわけじゃなかったんだね』
確かに、グラムナードの民で、大きな杖を持っている人なんて見かけない。リエラは、改めてイメージと現実の違いを感じたよ。
ところで、植物素材を使い始めてからの出来栄えは、意外と悪くない。
「植物系の素材だと、随分と細かい細工も大丈夫みたいだね」
レイさんはリエラの手元を覗き込みながら、ゆったりとした微笑を浮かべる。
今作っていたのは、三つの指輪が交差して三連になった形のもの。このタイプの指輪には本来、石を嵌める場所はない。でも今回は、真ん中に無理やり嵌める場所を作ってみました!
そもそも普通に加工したんじゃ、木をこんな形にはできない。でも、魔力を使うと素材を問わず、粘土みたいに自由に変形させられるんだよ。だからこそ、こんな形も可能になる。同じ木でも色味が違う部分を使ったおかげで、色合いの異なるリングが絡み合っていて、思っていた以上に綺麗にできた。
「今度は、透かし彫り風のもやってみようか」
そう言ってレイさんは、見本になりそうな指輪をリエラの前に優しい手つきで置く。
五枚の花弁を持つ花と蔓を模った繊細な作りで、なかなか手の込んだ作品だ。二輪の花の間に魔力石が嵌め込めるようになっている。
リエラは新しい樫の枝を握りしめて、気合いを入れて作り始めた。
せっかく作るんだもの、今回作ったものはセリスさんにプレゼントしたい。それならモチーフは、動物にしよう。レイさんの見本とは系統が変わっちゃうけど、これはあくまで『透かし彫りってこんな感じ』っていうイメージ見本。きっちりと真似しなきゃいけないってわけじゃない。……って言ってもらっているから、多分大丈夫。
セリスさんは最近スルトの猫耳に夢中だし、モチーフにする動物は猫で決まり!
手にした枝に魔力を送って変形させる。猫は網のハンモックの真ん中に、横向きに寝転がって玉遊びをしているイメージだ。玉の部分を空洞にして、あとで石を嵌められるようにしておこう。
最初に猫を作ってからリング部分の網を作っていく。このアミアミ、結構神経を使うなぁ……。細すぎると折れちゃうし、太いと可愛くない。細くも太くもないギリギリのラインを見極めながら魔力を調整する。
あ、もしかしたら、足りない強度は魔力で補えるかも? 思いついたら即実行!
魔力がたくさん染み込むように、壊れにくくなるように、と念じながら、強度が不安な細い部分を魔力で覆う。しばらくの間そのままの状態を維持してから、魔力を拡散。『魔力視』を使って確認すると、魔力はきちんと指輪に留まっている。
「できた~!」
「お疲れ様」
両手を上げて声を出すと、いつの間にかそばで作業を見ていたレイさんから、労いの言葉をかけられた。だけど、声の調子がなんだか変だ。どうしたのかと視線を向けたら、少し困ったような苦笑を浮かべていた。
「どうしたんですか?」
首を傾げて訊ねると、彼は首を横に振り、今作ったばかりの指輪を手に取る。
「――これは、姉さんへのプレゼント?」
好きそうだよね、と言いながら浮かべる微笑は、いつものものと同じなようで何か違う。
なんだろう? でも、それは聞かない方がいいような気がして、リエラは口を閉じる。
なんだかモヤモヤするけど、仕方ない……よね?
セリスさんのために作った指輪は、レイさんが用意してくれた小さな木製の箱にクッション材を入れて仕舞い込む。この箱にも猫の柄を彫って、可愛くラッピングしてから渡すことにしよう。
ああ、ルナちゃんにも同じようなのを作ってあげないといじけちゃうかも。そう思って、大急ぎでルナちゃんの分も用意する。こっちは、後ろを振り向く猫の背中と尻尾の間に石を嵌め込めるようにした。
後日二人に渡したらとても好評で、ものすごく喜んでもらえたから、リエラも満足です。
リエラの作る新たな世界
『育成ゲーム』の進捗状況を見せるようにと言われたのは、『秋の三日月』の翠月の日のことだ。夕食が終わって、食堂をあとにしようとしたところで、アスタールさんから声をかけられた。
「じゃあ、すぐにお伺いします」
そう答えて、石の状態を心の中で確認する。
確か今のサイズが直径八センチに少し足りないくらい。今夜育てたら八センチを超えるだろうから、多分、内包魔力は九万近くになるはずだ。
アスラーダさんが協力してくれるようになってから、魔力石を購入するのは週末だけにしている。毎日買いに行けないのもあるけど、週に一度だと育てた時に目に見えて魔力石が大きくなる。それが楽しくって、そうしているんだよね。
本当は、毎日ぐんぐん大きくできたら楽しいんだけれど。そこはぐっと我慢して、アスラーダさんに売ってもらうための魔力石だけを育てている。
でも、毎日やっていたら飽きちゃうかもしれないし、これくらいがちょうどいいのかも。
部屋に戻ると、育て中の魔力石を買ってきたばかりのものと一緒にカゴに仕舞う。それから、アスタールさんの執務室へ向かった。
執務室の扉をノックすると、すぐに返事が返ってくる。扉を開けたら、アスタールさんがこの間育てていた大きな水晶玉の一つに触れて目を閉じていた。よく『視る』と、指先から水晶玉の中に魔力を送り込んでいるみたい。
しばらくその様子を見守ったあと、魔力を送り終わったアスタールさんに言われて、いつものソファに腰かける。
「さて、見せてもらえるかね?」
そう催促されて、カゴから育て中の魔力石を取り出す。両手の上に乗せて見せたそれは、微かに虹色の光を放っていた。
この光は、直径五センチを超えた頃からだんだんと強くなってきたものだ。暗い中に置いておくと、なんとも幻想的で綺麗なんだよね。足元に置いておけば、夜中にトイレに行く時に躓かないで済むし、結構重宝していたりする。
アスタールさんはしばらくそれを眺めてから、テーブルの上に置かれたカゴに視線を移す。
「今日の分はまだなのかね?」
そう問われて頷くと、育ててしまうようにと指示が出た。
アスタールさんに比べると、リエラの魔力操作はまだまだ拙い。だから目の前でやるのは、ちょっぴり気恥ずかしいんだよね。
アスタールさんは指先に、必要な分だけの魔力を薄くまとわせることができる。それに対してリエラは、指先から肘にかけての部分に一センチくらいはあるに違いない分厚い魔力をまとわせるのがやっとだ。でも頑張って続けていく他に上達方法はないと思うから、今できる精一杯の状態を見てもらえばいい……よね?
それはそれとして、この育てている魔力石。最近、光が増すのと同時に、だんだんと感情のようなものを見せるようになってきた。
小さな魔力石を食べさせると、嬉しそうに光が瞬くんだよ。そのせいで、なんだか雛鳥を育てているような気分になっていたりする。今も片方の手に乗せた魔力石に食べさせてやると、手の中で嬉しそうに光が瞬く。
それが嬉しくてせっせと食べさせたものだから、今週分の魔力石の山はあっという間になくなってしまった。
「あと一息といったところだな」
「そうですね、次の週末には目標達成できると思います」
リエラの返事に頷きながら、アスタールさんは何やら少しだけ悩むそぶりを見せた。けれど、すぐに書き物机の引き出しから木製の箱を持ってくる。カラコロと音がするのは、中に魔力石が入っているからだろう。その中から大きめの魔力石を無造作に掴み取ると、リエラに渡す。
「――せっかくだ。今日、完成させたまえ」
言われるままに再び石を食べさせると、少し光の瞬きが速くなる。すぐに次の石を渡されたので、二つ三つと、どんどん食べさせていった。
「そろそろ……か」
最後の一つを食べさせようとした時、アスタールさんが期待するように呟く。
その意味を問いかけようと視線を上げた瞬間、最後の一つを食べた魔力石が脈打った。
――ドクン。
手の中の魔力石から柔らかな虹色の光が漏れ出し、部屋の中を埋め尽くす。
驚きながらも、その光に見惚れていたのはどれくらいの間だったのか……。気が付くと光は収まっていて、リエラの手の中にあるのは、仄かに熱を持った石。
「おめでとう」
簡素な祝いの言葉が、アスタールさんの口から発せられる。
「ありがとう、ございます……?」
その声音の中に抑えきれない喜びの感情が含まれているような気がして、思いがけず、問うような返事になってしまった。
「それは君の、記念すべき初めての『賢者の石』だ」
「え……?」
アスタールさんのその言葉に、リエラは耳を疑う。
「『賢者の石』ですか……? それって確か、錬金術師の最終目標的なものですよね??」
愕然としながら、アスタールさんを見つめる。それなのにアスタールさんは、なんでもないことのような顔をして頷く。
「なんというか、もう、どういうことなのか全然分からないんですけど……」
「説明していないのだから当然だろう」
シレッとした顔でそう言われたものだから、だんだんと腹が立ってくる。アスタールさんって、なんでこう……いつも大事なことを教えてくれないんだろう?
むーっとした顔をしていると、微かにアスタールさんの眉尻が下がる。
「君の腹立ちも理解はできるのだが、これは通過儀礼の一種だと思って我慢してくれたまえ」
「でも、人が驚いたり怒ったりするのが分かっていて黙っているのはひどいです」
流石に今日は反論させてもらおう。プーッと膨れて言うと、アスタールさんが右耳をピクピクさせながら問いかけてくる。
「君は、自分が作っているのが『賢者の石』だと最初から知っていたとしたら、先程それが誕生した際に同じような感動は覚えなかっただろう?」
考えてみると、確かにそうかも……?
もしかしたら、育てることにはもっと熱心になっていたかもしれない。でも、『賢者の石』の誕生の瞬間に、さっきほどは感動しなかったような気がする。
「初めてその手で生み出すものの正体は、知らないでいた方がいい時もあるのではないかね?」
そう言われて、渋々頷く。リエラが肩の力を抜くと、アスタールさんは目を閉じてわずかに上を向いた。
「私も、初めて『賢者の石』を作った時、祖父に同じことをされた」
そう呟いて、ほんの微かに頬を緩める。きっと、その時のことを思い出しているんだろう。少しして目を開けると、リエラをまっすぐに見た。
「その時、さっきの君と同じように怒りを感じたものだが……。やはり、初めての時の感動を君にも味わってもらいたいと、そう思ったのだ」
アスタールさんが今浮かべているのは多分、苦笑だ。両耳がぺたんと肩につくくらいに下がっている。
リエラはため息を吐いた。
「もう怒っていません。確かに、知らない方がいいこともありますし……」
それを聞いてほっとしたのか、垂れ下がっていた耳が少しだけ上向く。
「では、今日はこの辺で休みたまえ。明日は朝から、川遊びにでも出かけよう」
「え……? あ、はい」
なんだかよく分からないけど、明日は朝から二人で川遊びに出かけるらしい。
次の日は朝食が終わると、アスタールさんとお出かけの準備をする。倉庫から引っ張り出してきたのは、少し古びたスコップと小さなバケツ。それから魚捕り用の網と虫捕り用の網。そして最後に、昨日出来上がったばっかりの『賢者の石』だ。
川へ行くと言っても目と鼻の先だから、お弁当は必要ないらしい。
「準備はこれで大丈夫ですか?」
「うむ」
リエラの質問に頷くアスタールさんも、同じ道具を一式と『賢者の石』を持っている。どうしたのかと思ったら、昨日の夜の間に作ったらしい。
そんなに簡単に作れるものなのかと、軽く衝撃を受けたよ。でも、よく考えてみるとリエラも材料さえ揃えられれば、四日程度で作れそうだ。
結局お金の問題かと、自己解決したんだけど……それはともかくとして、ちょっと荷物が多すぎる。
「アスタールさん。提案なんですけど……」
流石に少し減らしたくて、魚捕り用の網と虫捕り用の網は、どちらかを一本ずつ持つことを提案した。
「では、そうするとしよう」
提案はあっさり採用。他にも減らせるものがないかと聞くと、それには首を横に振る。何か理由があるらしいけど、教えてくれないんだよね。
工房を出て、近くを流れている小川に向かう。目的地はここなのかな?
「虫捕りと魚捕り、どちらがいいかね?」
「魚捕りはしたことがないので、虫捕りにします」
リエラはそう言って虫捕り網を手に取ったんだけれど、ここでちょっとした問題が発生した。
「……カゴを忘れた」
「なら、代用品を作りましょうか」
問題というか、捕まえた虫を入れるカゴを忘れてきちゃったんだよね。近いとはいえ、取りに戻るのも面倒だ。仕方がないので、リエラはその辺の草を使って簡単なカゴを作る。普通に編んで作ると時間がかかるから、草に魔力を通してくっつける方法を使った。
「はい、できました」
「それだけ滑らかにできるなら……」
リエラの様子を眺めていたアスタールさんが、何かを言いかけてやめる。
「え?」
「いや、なんでもない。では、私は魚を捕ることにしよう。君は、虫を一種類につき最低二匹ずつ捕まえてくれたまえ」
「??」
何を言ったんだろうと聞き返すと、何故かはぐらかされた。そのまま魚捕りに向かうアスタールさんは話す気がなさそうだ。仕方なく、リエラも虫捕り網を手に取る。
それから一時間ほどの間に、リエラは色んな種類の虫を捕まえることができた。アスタールさんの方はというと、水草と川エビに、水棲の虫や貝だけ。あまりの成果の差に、アスタールさんは肩に触れるほど耳を垂らしてしょんぼりとしている。
リエラもどっちかというとトロくさいと言われる方なのだけど、アスタールさんはその上を行くらしい。でも落ち込んでいるところに、追い打ちをかけるのは可哀想だ。ここは突っ込まないことにしよう。
「アスタールさん、この虫をどうするのか教えてください」
「んむ……これは随分と色々捕まえたものだな」
リエラが捕ってきた虫を確認したアスタールさんの耳が、驚いたようにピンと立つ。
「ふっふっふー。虫捕りは得意です」
そう、虫捕りは得意なんだよ。毎年秋になると、孤児院のみんなで食べられる昆虫を集めに行っていたんだけど、リエラはその中でも上位五人に入るほどの名人なのだ。
えっへん。
見た目は良くないけど、虫も調理法によっては美味しく食べられる。孤児院にいた頃は、おやつ代わりに炙って食べたりもしていたんだよ。
とりあえず、今日は何に使うのか分からないから色んな種類を捕まえた。最低二匹ずつと言うからには、一人一匹ずつ必要なのだろうと思って、リエラの分とアスタールさんの分でカゴを分けておいた。更に種類ごとに分けてあるから、カゴは結構な数だ。
「私の分と君の分を、別に用意したのかね?」
「最低二匹ずつってことだったので、その方がいいかと思って……」
「うむ。よく気が利く」
アスタールさんは少し頬を緩めると、軽く頭を撫でてくれた。褒められたことが嬉しくって、思わずリエラも口元が緩んでしまう。
「では、まずは下準備をしよう」
アスタールさんはそう言うと、持ってきたシャベルで足元の土を掘り返す。リエラがそれを真似していたら、アスタールさんは腰のベルトに下げていた袋から『賢者の石』を取り出して、地面の上に座り込んだ。リエラも座るようにと手で示されたから、その正面に座った。
「今からやることの説明をしよう」
その言葉に期待を込めた目を向けると、アスタールさんは微かに微笑みながら続ける。
「これから、『賢者の石』の中に箱庭を作ろうと思う」
箱庭……。今から作るっていう箱庭って、絶対あれですよね!?
思わず身を乗り出すと、アスタールさんは少し驚いた様子を見せた。
「箱庭を作るにあたって、それなりの種類の材料が必要になってくる。流石の『賢者の石』も、無から何かを作り出すことはできないのだ」
「今、集めた虫や川の生き物が、その材料なんですか?」
リエラの問いに、アスタールさんが頷く。
「とはいえ、まず必要になるものは、『土』と『水』だ。まずは、それらを『吸収』させるところから始めることにしよう。……何か質問はあるかね?」
その問いにリエラは首を横に振る。聞かなくても順を追って教えてくれるという、確信があるからだ。
「では、始めるとしよう。箱庭を作るためにまず行うのは『吸収』だ。口に出してもいいし、心に思い浮かべるだけでもいい」
リエラが頷く間も、説明が続く。
「物質の取り込みを始めると、『賢者の石』は仄かに光り出す。この状態の間は延々と周りの物体を取り込み続けるのだ。だから物質の取り込みを終えたい時には、必ず『吸収を終了する』ことを意識するように」
そう言ってから、アスタールさんは実際にやってみせてくれる。『吸収』という言葉に反応して、左手に乗った『賢者の石』が仄かな虹色の光を放ち始めた。
その上に、慣れた手つきで掘り返した雑草交じりの土を振りかける。随分と雑だけど、土は空中で拡散することなく、吸い込まれていく。
「ただ、この『吸収』で生物を取り込むのは危険なのだ」
ちょっと引っかかる言い方だ。可能なのに、やらない方がいいみたいに聞こえる。
「生き物を取り込むこともできるけど、やらない方がいいってことですか?」
「うむ。生きた状態で取り込むと、制御が利かなくなるのだ……」
「制御……ですか?」
生き物を制御するって、ちょっと怖くない?
「『賢者の石』から作り出した箱庭は、製作者の制御下に置かれる。必然的に箱庭内の生物も、製作者の意思に従うようになるのだが……」
「『吸収』した生物だけは、言うことを聞いてくれないんですね」
「うむ。最悪の場合、製作者に害を為すことがあるのだ」
「なるほど……」
ここまでの話をまとめると、こんな感じかな?
その一、『賢者の石』は箱庭を作るための道具である。
その二、『賢者の石』の中に箱庭を作るためには、製作者が素材となるものを集めて『吸収』させる必要がある。
その三、『賢者の石』の中には生物・無生物を問わずに『吸収』させることができる。
その四、『吸収』させた生物は製作者の意思に従わない。箱庭内に製作者が入った時、その生物に襲われる可能性がある。
害を為すって、そういうことだよね?
念のために、アスタールさんに確認してみる。
「まとめるとこんな感じでしょうか?」
「うむ」
良かった。リエラの認識は間違ってないらしい。ついでだから、もう一つ……
少しドキドキしながら、アスタールさんの顔を覗き込む。
「この箱庭って、迷宮と同じものですよね?」
これは質問じゃない。単なる確認だ。
「うむ」
リエラの確認に、アスタールさんは満足げに頷く。
「なるほど……。確かに、火打石とかより気軽に火が点けられそうかも」
アスタールさんから最初に借りた魔法の本。最近分かったのだけど、実は、普通ならあの中の一種類が使えればいい方なのだそうだ。魔法具なら誰でも使えるけれど、自力で魔法を使う場合は適性のある属性のものしか使えないらしい。『生活に使える魔法大全』なんて入門書っぽい題名なのに、詐欺にあった気分だ。
「用意した素材の中だと、銀が一番魔力との親和性が高いんだよ。だから、最初はこれを使って練習してみてごらん」
レイさんはそう言いながら、今使った銀板の残りをリエラの前に置く。
今度は待ちに待った、リエラの番だ!
ウキウキしながら、銀板を両手で包み込むようにして魔力を送り込む。作るのは、レイさんがやってみせてくれたのと同じ、竜を模った指輪だ。
金属に魔力を通すというのは少し難しい。何せ、魔力石のように魔力がスムーズに流れ込んでいかないんだもの。それでも、多少なりとも流れていく魔力を少し強引に押し込むようにして、思い描いた形になるように念じる。
やっとのことで出来上がったのは、なんとも歪な輪っかだ。初めてだとはいえ、これはヒドイ!
「むむぅ……」
「慣れてくれば、イメージ通りのものができるようになるよ」
落ち込む姿を気の毒に思ったのか、レイさんが慰めの言葉を口にする。でも、なんとも言えない脱力感を覚えてリエラはうなだれた。
アクセサリー作りを教えてもらった日から、いつの間にか、もう二週間が経った。
あの日からお店の仕事の合間に、アクセサリー製作に勤しんでいる。
実は、レイさんは動植物の加工は不得手で、金属の加工の方が得意なんだって。だから最初に銀の加工を教えてくれたんだけど……
リエラが苦戦しているのを見て、動植物の素材を使ってみることを提案してくれた。
その結果、植物素材だとビックリするぐらいにすんなりと成功したんだよ。植物の加工の方が、リエラは得意だっていうことらしい。
コツをきちんと掴むまでは植物系の素材で色々と作ることになった。そこでレイさんが用意してくれたのが、樫の木の枝だ。アクセサリーを作るのに大きな素材は必要ないから、その辺にある端材とかでもいいかもしれない。
そういえば、この樫の枝を用意してくれた時に、こんな会話があった。
『樫の木は割と魔力を通しやすい素材でね――魔法使いを目指しているっていう探索者の人達が、よく大きな杖にして持っているね』
『おお、魔法の杖!』
『リエラちゃんも魔法使いなら欲しかった?』
『はい。なんか、魔法使いって杖を持っているイメージなので……』
『魔法を使うのに杖なんて必要ないし、邪魔なだけだと思うんだけど……。そっか、探索者の人達が変なわけじゃなかったんだね』
確かに、グラムナードの民で、大きな杖を持っている人なんて見かけない。リエラは、改めてイメージと現実の違いを感じたよ。
ところで、植物素材を使い始めてからの出来栄えは、意外と悪くない。
「植物系の素材だと、随分と細かい細工も大丈夫みたいだね」
レイさんはリエラの手元を覗き込みながら、ゆったりとした微笑を浮かべる。
今作っていたのは、三つの指輪が交差して三連になった形のもの。このタイプの指輪には本来、石を嵌める場所はない。でも今回は、真ん中に無理やり嵌める場所を作ってみました!
そもそも普通に加工したんじゃ、木をこんな形にはできない。でも、魔力を使うと素材を問わず、粘土みたいに自由に変形させられるんだよ。だからこそ、こんな形も可能になる。同じ木でも色味が違う部分を使ったおかげで、色合いの異なるリングが絡み合っていて、思っていた以上に綺麗にできた。
「今度は、透かし彫り風のもやってみようか」
そう言ってレイさんは、見本になりそうな指輪をリエラの前に優しい手つきで置く。
五枚の花弁を持つ花と蔓を模った繊細な作りで、なかなか手の込んだ作品だ。二輪の花の間に魔力石が嵌め込めるようになっている。
リエラは新しい樫の枝を握りしめて、気合いを入れて作り始めた。
せっかく作るんだもの、今回作ったものはセリスさんにプレゼントしたい。それならモチーフは、動物にしよう。レイさんの見本とは系統が変わっちゃうけど、これはあくまで『透かし彫りってこんな感じ』っていうイメージ見本。きっちりと真似しなきゃいけないってわけじゃない。……って言ってもらっているから、多分大丈夫。
セリスさんは最近スルトの猫耳に夢中だし、モチーフにする動物は猫で決まり!
手にした枝に魔力を送って変形させる。猫は網のハンモックの真ん中に、横向きに寝転がって玉遊びをしているイメージだ。玉の部分を空洞にして、あとで石を嵌められるようにしておこう。
最初に猫を作ってからリング部分の網を作っていく。このアミアミ、結構神経を使うなぁ……。細すぎると折れちゃうし、太いと可愛くない。細くも太くもないギリギリのラインを見極めながら魔力を調整する。
あ、もしかしたら、足りない強度は魔力で補えるかも? 思いついたら即実行!
魔力がたくさん染み込むように、壊れにくくなるように、と念じながら、強度が不安な細い部分を魔力で覆う。しばらくの間そのままの状態を維持してから、魔力を拡散。『魔力視』を使って確認すると、魔力はきちんと指輪に留まっている。
「できた~!」
「お疲れ様」
両手を上げて声を出すと、いつの間にかそばで作業を見ていたレイさんから、労いの言葉をかけられた。だけど、声の調子がなんだか変だ。どうしたのかと視線を向けたら、少し困ったような苦笑を浮かべていた。
「どうしたんですか?」
首を傾げて訊ねると、彼は首を横に振り、今作ったばかりの指輪を手に取る。
「――これは、姉さんへのプレゼント?」
好きそうだよね、と言いながら浮かべる微笑は、いつものものと同じなようで何か違う。
なんだろう? でも、それは聞かない方がいいような気がして、リエラは口を閉じる。
なんだかモヤモヤするけど、仕方ない……よね?
セリスさんのために作った指輪は、レイさんが用意してくれた小さな木製の箱にクッション材を入れて仕舞い込む。この箱にも猫の柄を彫って、可愛くラッピングしてから渡すことにしよう。
ああ、ルナちゃんにも同じようなのを作ってあげないといじけちゃうかも。そう思って、大急ぎでルナちゃんの分も用意する。こっちは、後ろを振り向く猫の背中と尻尾の間に石を嵌め込めるようにした。
後日二人に渡したらとても好評で、ものすごく喜んでもらえたから、リエラも満足です。
リエラの作る新たな世界
『育成ゲーム』の進捗状況を見せるようにと言われたのは、『秋の三日月』の翠月の日のことだ。夕食が終わって、食堂をあとにしようとしたところで、アスタールさんから声をかけられた。
「じゃあ、すぐにお伺いします」
そう答えて、石の状態を心の中で確認する。
確か今のサイズが直径八センチに少し足りないくらい。今夜育てたら八センチを超えるだろうから、多分、内包魔力は九万近くになるはずだ。
アスラーダさんが協力してくれるようになってから、魔力石を購入するのは週末だけにしている。毎日買いに行けないのもあるけど、週に一度だと育てた時に目に見えて魔力石が大きくなる。それが楽しくって、そうしているんだよね。
本当は、毎日ぐんぐん大きくできたら楽しいんだけれど。そこはぐっと我慢して、アスラーダさんに売ってもらうための魔力石だけを育てている。
でも、毎日やっていたら飽きちゃうかもしれないし、これくらいがちょうどいいのかも。
部屋に戻ると、育て中の魔力石を買ってきたばかりのものと一緒にカゴに仕舞う。それから、アスタールさんの執務室へ向かった。
執務室の扉をノックすると、すぐに返事が返ってくる。扉を開けたら、アスタールさんがこの間育てていた大きな水晶玉の一つに触れて目を閉じていた。よく『視る』と、指先から水晶玉の中に魔力を送り込んでいるみたい。
しばらくその様子を見守ったあと、魔力を送り終わったアスタールさんに言われて、いつものソファに腰かける。
「さて、見せてもらえるかね?」
そう催促されて、カゴから育て中の魔力石を取り出す。両手の上に乗せて見せたそれは、微かに虹色の光を放っていた。
この光は、直径五センチを超えた頃からだんだんと強くなってきたものだ。暗い中に置いておくと、なんとも幻想的で綺麗なんだよね。足元に置いておけば、夜中にトイレに行く時に躓かないで済むし、結構重宝していたりする。
アスタールさんはしばらくそれを眺めてから、テーブルの上に置かれたカゴに視線を移す。
「今日の分はまだなのかね?」
そう問われて頷くと、育ててしまうようにと指示が出た。
アスタールさんに比べると、リエラの魔力操作はまだまだ拙い。だから目の前でやるのは、ちょっぴり気恥ずかしいんだよね。
アスタールさんは指先に、必要な分だけの魔力を薄くまとわせることができる。それに対してリエラは、指先から肘にかけての部分に一センチくらいはあるに違いない分厚い魔力をまとわせるのがやっとだ。でも頑張って続けていく他に上達方法はないと思うから、今できる精一杯の状態を見てもらえばいい……よね?
それはそれとして、この育てている魔力石。最近、光が増すのと同時に、だんだんと感情のようなものを見せるようになってきた。
小さな魔力石を食べさせると、嬉しそうに光が瞬くんだよ。そのせいで、なんだか雛鳥を育てているような気分になっていたりする。今も片方の手に乗せた魔力石に食べさせてやると、手の中で嬉しそうに光が瞬く。
それが嬉しくてせっせと食べさせたものだから、今週分の魔力石の山はあっという間になくなってしまった。
「あと一息といったところだな」
「そうですね、次の週末には目標達成できると思います」
リエラの返事に頷きながら、アスタールさんは何やら少しだけ悩むそぶりを見せた。けれど、すぐに書き物机の引き出しから木製の箱を持ってくる。カラコロと音がするのは、中に魔力石が入っているからだろう。その中から大きめの魔力石を無造作に掴み取ると、リエラに渡す。
「――せっかくだ。今日、完成させたまえ」
言われるままに再び石を食べさせると、少し光の瞬きが速くなる。すぐに次の石を渡されたので、二つ三つと、どんどん食べさせていった。
「そろそろ……か」
最後の一つを食べさせようとした時、アスタールさんが期待するように呟く。
その意味を問いかけようと視線を上げた瞬間、最後の一つを食べた魔力石が脈打った。
――ドクン。
手の中の魔力石から柔らかな虹色の光が漏れ出し、部屋の中を埋め尽くす。
驚きながらも、その光に見惚れていたのはどれくらいの間だったのか……。気が付くと光は収まっていて、リエラの手の中にあるのは、仄かに熱を持った石。
「おめでとう」
簡素な祝いの言葉が、アスタールさんの口から発せられる。
「ありがとう、ございます……?」
その声音の中に抑えきれない喜びの感情が含まれているような気がして、思いがけず、問うような返事になってしまった。
「それは君の、記念すべき初めての『賢者の石』だ」
「え……?」
アスタールさんのその言葉に、リエラは耳を疑う。
「『賢者の石』ですか……? それって確か、錬金術師の最終目標的なものですよね??」
愕然としながら、アスタールさんを見つめる。それなのにアスタールさんは、なんでもないことのような顔をして頷く。
「なんというか、もう、どういうことなのか全然分からないんですけど……」
「説明していないのだから当然だろう」
シレッとした顔でそう言われたものだから、だんだんと腹が立ってくる。アスタールさんって、なんでこう……いつも大事なことを教えてくれないんだろう?
むーっとした顔をしていると、微かにアスタールさんの眉尻が下がる。
「君の腹立ちも理解はできるのだが、これは通過儀礼の一種だと思って我慢してくれたまえ」
「でも、人が驚いたり怒ったりするのが分かっていて黙っているのはひどいです」
流石に今日は反論させてもらおう。プーッと膨れて言うと、アスタールさんが右耳をピクピクさせながら問いかけてくる。
「君は、自分が作っているのが『賢者の石』だと最初から知っていたとしたら、先程それが誕生した際に同じような感動は覚えなかっただろう?」
考えてみると、確かにそうかも……?
もしかしたら、育てることにはもっと熱心になっていたかもしれない。でも、『賢者の石』の誕生の瞬間に、さっきほどは感動しなかったような気がする。
「初めてその手で生み出すものの正体は、知らないでいた方がいい時もあるのではないかね?」
そう言われて、渋々頷く。リエラが肩の力を抜くと、アスタールさんは目を閉じてわずかに上を向いた。
「私も、初めて『賢者の石』を作った時、祖父に同じことをされた」
そう呟いて、ほんの微かに頬を緩める。きっと、その時のことを思い出しているんだろう。少しして目を開けると、リエラをまっすぐに見た。
「その時、さっきの君と同じように怒りを感じたものだが……。やはり、初めての時の感動を君にも味わってもらいたいと、そう思ったのだ」
アスタールさんが今浮かべているのは多分、苦笑だ。両耳がぺたんと肩につくくらいに下がっている。
リエラはため息を吐いた。
「もう怒っていません。確かに、知らない方がいいこともありますし……」
それを聞いてほっとしたのか、垂れ下がっていた耳が少しだけ上向く。
「では、今日はこの辺で休みたまえ。明日は朝から、川遊びにでも出かけよう」
「え……? あ、はい」
なんだかよく分からないけど、明日は朝から二人で川遊びに出かけるらしい。
次の日は朝食が終わると、アスタールさんとお出かけの準備をする。倉庫から引っ張り出してきたのは、少し古びたスコップと小さなバケツ。それから魚捕り用の網と虫捕り用の網。そして最後に、昨日出来上がったばっかりの『賢者の石』だ。
川へ行くと言っても目と鼻の先だから、お弁当は必要ないらしい。
「準備はこれで大丈夫ですか?」
「うむ」
リエラの質問に頷くアスタールさんも、同じ道具を一式と『賢者の石』を持っている。どうしたのかと思ったら、昨日の夜の間に作ったらしい。
そんなに簡単に作れるものなのかと、軽く衝撃を受けたよ。でも、よく考えてみるとリエラも材料さえ揃えられれば、四日程度で作れそうだ。
結局お金の問題かと、自己解決したんだけど……それはともかくとして、ちょっと荷物が多すぎる。
「アスタールさん。提案なんですけど……」
流石に少し減らしたくて、魚捕り用の網と虫捕り用の網は、どちらかを一本ずつ持つことを提案した。
「では、そうするとしよう」
提案はあっさり採用。他にも減らせるものがないかと聞くと、それには首を横に振る。何か理由があるらしいけど、教えてくれないんだよね。
工房を出て、近くを流れている小川に向かう。目的地はここなのかな?
「虫捕りと魚捕り、どちらがいいかね?」
「魚捕りはしたことがないので、虫捕りにします」
リエラはそう言って虫捕り網を手に取ったんだけれど、ここでちょっとした問題が発生した。
「……カゴを忘れた」
「なら、代用品を作りましょうか」
問題というか、捕まえた虫を入れるカゴを忘れてきちゃったんだよね。近いとはいえ、取りに戻るのも面倒だ。仕方がないので、リエラはその辺の草を使って簡単なカゴを作る。普通に編んで作ると時間がかかるから、草に魔力を通してくっつける方法を使った。
「はい、できました」
「それだけ滑らかにできるなら……」
リエラの様子を眺めていたアスタールさんが、何かを言いかけてやめる。
「え?」
「いや、なんでもない。では、私は魚を捕ることにしよう。君は、虫を一種類につき最低二匹ずつ捕まえてくれたまえ」
「??」
何を言ったんだろうと聞き返すと、何故かはぐらかされた。そのまま魚捕りに向かうアスタールさんは話す気がなさそうだ。仕方なく、リエラも虫捕り網を手に取る。
それから一時間ほどの間に、リエラは色んな種類の虫を捕まえることができた。アスタールさんの方はというと、水草と川エビに、水棲の虫や貝だけ。あまりの成果の差に、アスタールさんは肩に触れるほど耳を垂らしてしょんぼりとしている。
リエラもどっちかというとトロくさいと言われる方なのだけど、アスタールさんはその上を行くらしい。でも落ち込んでいるところに、追い打ちをかけるのは可哀想だ。ここは突っ込まないことにしよう。
「アスタールさん、この虫をどうするのか教えてください」
「んむ……これは随分と色々捕まえたものだな」
リエラが捕ってきた虫を確認したアスタールさんの耳が、驚いたようにピンと立つ。
「ふっふっふー。虫捕りは得意です」
そう、虫捕りは得意なんだよ。毎年秋になると、孤児院のみんなで食べられる昆虫を集めに行っていたんだけど、リエラはその中でも上位五人に入るほどの名人なのだ。
えっへん。
見た目は良くないけど、虫も調理法によっては美味しく食べられる。孤児院にいた頃は、おやつ代わりに炙って食べたりもしていたんだよ。
とりあえず、今日は何に使うのか分からないから色んな種類を捕まえた。最低二匹ずつと言うからには、一人一匹ずつ必要なのだろうと思って、リエラの分とアスタールさんの分でカゴを分けておいた。更に種類ごとに分けてあるから、カゴは結構な数だ。
「私の分と君の分を、別に用意したのかね?」
「最低二匹ずつってことだったので、その方がいいかと思って……」
「うむ。よく気が利く」
アスタールさんは少し頬を緩めると、軽く頭を撫でてくれた。褒められたことが嬉しくって、思わずリエラも口元が緩んでしまう。
「では、まずは下準備をしよう」
アスタールさんはそう言うと、持ってきたシャベルで足元の土を掘り返す。リエラがそれを真似していたら、アスタールさんは腰のベルトに下げていた袋から『賢者の石』を取り出して、地面の上に座り込んだ。リエラも座るようにと手で示されたから、その正面に座った。
「今からやることの説明をしよう」
その言葉に期待を込めた目を向けると、アスタールさんは微かに微笑みながら続ける。
「これから、『賢者の石』の中に箱庭を作ろうと思う」
箱庭……。今から作るっていう箱庭って、絶対あれですよね!?
思わず身を乗り出すと、アスタールさんは少し驚いた様子を見せた。
「箱庭を作るにあたって、それなりの種類の材料が必要になってくる。流石の『賢者の石』も、無から何かを作り出すことはできないのだ」
「今、集めた虫や川の生き物が、その材料なんですか?」
リエラの問いに、アスタールさんが頷く。
「とはいえ、まず必要になるものは、『土』と『水』だ。まずは、それらを『吸収』させるところから始めることにしよう。……何か質問はあるかね?」
その問いにリエラは首を横に振る。聞かなくても順を追って教えてくれるという、確信があるからだ。
「では、始めるとしよう。箱庭を作るためにまず行うのは『吸収』だ。口に出してもいいし、心に思い浮かべるだけでもいい」
リエラが頷く間も、説明が続く。
「物質の取り込みを始めると、『賢者の石』は仄かに光り出す。この状態の間は延々と周りの物体を取り込み続けるのだ。だから物質の取り込みを終えたい時には、必ず『吸収を終了する』ことを意識するように」
そう言ってから、アスタールさんは実際にやってみせてくれる。『吸収』という言葉に反応して、左手に乗った『賢者の石』が仄かな虹色の光を放ち始めた。
その上に、慣れた手つきで掘り返した雑草交じりの土を振りかける。随分と雑だけど、土は空中で拡散することなく、吸い込まれていく。
「ただ、この『吸収』で生物を取り込むのは危険なのだ」
ちょっと引っかかる言い方だ。可能なのに、やらない方がいいみたいに聞こえる。
「生き物を取り込むこともできるけど、やらない方がいいってことですか?」
「うむ。生きた状態で取り込むと、制御が利かなくなるのだ……」
「制御……ですか?」
生き物を制御するって、ちょっと怖くない?
「『賢者の石』から作り出した箱庭は、製作者の制御下に置かれる。必然的に箱庭内の生物も、製作者の意思に従うようになるのだが……」
「『吸収』した生物だけは、言うことを聞いてくれないんですね」
「うむ。最悪の場合、製作者に害を為すことがあるのだ」
「なるほど……」
ここまでの話をまとめると、こんな感じかな?
その一、『賢者の石』は箱庭を作るための道具である。
その二、『賢者の石』の中に箱庭を作るためには、製作者が素材となるものを集めて『吸収』させる必要がある。
その三、『賢者の石』の中には生物・無生物を問わずに『吸収』させることができる。
その四、『吸収』させた生物は製作者の意思に従わない。箱庭内に製作者が入った時、その生物に襲われる可能性がある。
害を為すって、そういうことだよね?
念のために、アスタールさんに確認してみる。
「まとめるとこんな感じでしょうか?」
「うむ」
良かった。リエラの認識は間違ってないらしい。ついでだから、もう一つ……
少しドキドキしながら、アスタールさんの顔を覗き込む。
「この箱庭って、迷宮と同じものですよね?」
これは質問じゃない。単なる確認だ。
「うむ」
リエラの確認に、アスタールさんは満足げに頷く。
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