帰らなければ良かった

jun

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私の好きな人

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私はフランシス・イザリス。イザリス公爵家の娘として何不自由なく生きてきた。
優しい両親、大好きなお兄様。
周りは可愛い可愛いと言ってくれるが、茶色の髪も薄い緑の瞳も低い鼻も好きにはなれなかった。
お兄様はお母様に似て素敵なのに。
私はお祖父様に似た。

それでも両親や兄、祖父母に愛され幸せだった。
そろそろ婚約者をという話しが出た七歳の時、我が家のお茶会に兄の友達だというニール・ハワード侯爵令息と弟のブライアン様が参加した日の事は今でも忘れない。

銀髪を肩まで伸ばし、その髪が陽にあたりキラキラしていて、教会に飾ってある天使のようで目が離せなかった。

紹介されて挨拶もしたのだろうが、ボォーっとして何も覚えていなかった。

その翌日から両親にブライアン様と婚約したいとお願いし続けた。

両親は頷いてはくれなかった。
我が家には兄がいる。この家を継ぐのは兄だ。私は別の家に嫁がなければならない。
ブライアン様は次男なので、婿に入るか、騎士団に入るか、平民になるかの三択だ。

苦労が目に見える両親はブライアン様を決して我が家に呼ばないよう徹底させた。
兄も私の態度をみて、ハワード兄弟と会う時は向こうの家へ行っていたようだ。
それから学園に入学するまでブライアン様にお会いする機会はなかった。
私の婚約者はまだ決まっていない。

そして学園に入学して久しぶりに見たブライアン様は七歳の時に見た時よりも、身長は兄よりも大きくなっていて、筋肉も付いて身体は引き締まっていて、銀髪は腰に届きそうなほど伸びていた。
顔は子供らしさなど一切ない、神々しいまでに美しいものだった。

ブライアン様は騎士科を選択されていたのであまり会えはしなかったが、訓練所の見学は出来るので放課後は女子生徒の山が出来ていた。

でもブライアン様がこちらを見る事は一度もなかった。
遠くから見守るだけがほとんどだったが、数人の女子はブライアン様に突撃していた。
もちろん私もその中にいる。

「ブライアン様、タオルをお持ち致しました。汗を拭いて下さいませ。」

「ブライアン様、お疲れでしょう?こちらお帰りになってから食べて下さい、我が家の料理長自慢のスイーツですの。」

「今度我が家で夜会を開きますの。ブライアン様にも招待状をお送り致しますわ。」

一斉に話しかける女子達には視線を向けることもなく足早にその場を去っていくブライアン様に、後をついて行く私達。

男子寮の前までついて行き、背中を見送る生活をブライアン様が卒業するまで続けた。

卒業してしまったブライアン様は騎士団に入り、ますます素敵になっていった。

騎士団の訓練所には許可がないと近付けない。それも家族、婚約者限定だ。
でもお兄様が働いている文官エリアは騎士団に近い。遠回りをすれば偶然を装い、会う事も出来た。
声をかけても会釈される程度だが、それでも嬉しかった。

ブライアン様は自分の周りに女性を近付かせないので安心していた。
いずれは恋人くらいは出来るだろうが、訓練に明け暮れるブライアン様はまだ先の話しだろうと思っていた。
なのに、一人の女性を目で追う姿を見てしまった。
切なそうに、嬉しそうに目でいつも追っていた。
その人と話す時は一度も見た事がなかった笑顔を向けていた。

悔しかった。
憎かった。
許せなかった。

そんな時ブライアン様のお兄様に嫁がれたナタリア様と知り合った。

ナタリア様はブライアン様の子供の頃の話しや、実家での様子を教えてくれた。
楽しくてナタリア様とはよくお茶をご一緒した。
そのうちブライアン様はその女性、シシリー・フォードと付き合い始めた。

ナタリア様もシシリー・フォードがブライアン様のご実家に来た時の様子を話してくれた。

“泊まったんだけど、夜、随分で眠れないほどなのよ”

“中庭で人目も気にせずブライアンにベッタリで見てられなかったわ”

その話しを聞いた日は眠れなかった。

許せない。
私は公爵令嬢よ、あんな女騎士よりも私の方が家柄も財力も上なのに、少し美人なだけの女にブライアン様は渡せない。
初めての恋に浮かれているだけなのに、婚約までしてしまったシシリー・フォードを許せなかった。
だから人を使ってあの女の制服をズタズタにしたり、事故を装ってバケツの水をかけたり、ロッカーにゴミを入れたりと十代の学生がするような嫌がらせをやり続けた。
それでもあの女はブライアン様の隣りで笑っていた。
ブライアン様も愛おしそうに見つめていた。

殺してしまいたいほど憎かった。

いつものようにナタリア様とお茶をしている時ナタリア様が、
「シシリーは同僚のカール・ケンネルとエドワード団長ととても仲が良いらしいのよ。
それにカールも団長もシシリーの事が好きなんですって。
ひょっとしたらシシリーはブライアンと二股でもかけているのかもと心配しているの。
でも人の気持ちなんていつ変わるか分からないでしょ?
私はシシリーにもブライアンにも幸せになってもらいたいから、本当に好きな人と一緒になってもらいたいの。
どうしたらいいのかしら…。」
と言った。

二股?気持ちが変わる?

私なら死ぬまでブライアン様だけを愛するのに、二股?

なら、本当に好きな人が誰か知ってもらいましょう!

私は使用人にお金を渡し、禁止薬物の媚薬を手に入れてもらった。
これを飲んだら性行為でしか解毒は出来ない。
シシリーは副リーダーのカールか、団長のエドワード様と一緒にいる事が多い。
ブライアン様がいる時では意味がないので、任務でここを離れる時を狙って、シシリーに媚薬を飲ませる事に成功した。

シシリーの近くにはカール副リーダーがいた。
執務室の様子を少し離れた場所で伺っていると、中がバタバタしだした。
“始まった”と思った。
部屋の中では、あの女とカール副リーダーが汚らしい行為の真っ最中だろう。
もっと近くに行こうとした時、中からカール副リーダーが出てきてドアの前で護衛のように立っていた。
その顔は苦痛に歪まれている。

薬は効いたはずだ。
なのにカール副リーダーはそこにいる。

じゃあシシリーは?
一人で耐えているの?
カール副リーダーの顔を見れば薬を飲んだのは確実だ。
なのに一人で耐えているのか?

私は怖くなって、見つからないように屋敷に帰った。
自分のした事が怖くてしばらく屋敷から出れなかった。

でも二、三日経つとブライアン様に会いたくなってしまう。
一週間経った頃、誰からも何も言われなかったので、バレなかった事に安心し、お気に入りのカフェに入ると、ブライアン様とシシリー・フォードがランチを食べていた。

嬉しくて声をかけたら、ブライアン様は汚いモノを見たような顔で、食事も途中にシシリーを連れて出て行ってしまった。

悔しくて、後ろ姿のシシリー・フォードを睨んでいた。

その数日後、何故か騎士団に呼ばれ、今私の目の前にはエドワード団長とラルス団長がいる。

「貴方にはシシリー・フォードへの媚薬使用の容疑がかかっています。」

と言われた。














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