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それぞれの罰 キャシー・ファンハイド元伯爵令嬢
しおりを挟むミッシェル視点
「キャシー・ファンハイド、あなたの処罰が決定しました。」
「はい…。」
キャシーは俯いたまま私の方を見ずに返事をした。
「あなたは、ファルコン騎士団一番隊リーダー、殺人未遂により処刑…のところ、あなたの父、ファンハイド卿の今までの功績を考慮し、西の国境を守るガランド辺境伯の領地にて幽閉、強制労働の刑と処す。
今日、辺境伯領へ出発となります。」
「はい…」
「何か質問はありますか?」
「ありません…」
「そうですか。
一つだけ、お教えしておきます。
ガランド辺境伯はシシリーの伯父です。
では、以上です。」
「え⁉︎」
ようやく顔を上げたようだが、私はもう背中を向けて歩き出していた。
それっきり何も言ってこなかったので、そのままその場を後にした。
彼女がこれから行く辺境伯領は、騎士団の新人が入隊して慣れてきた半年頃、研修として送られる場所だ。
研修とは名ばかりで、朝から晩まで辺境伯と、辺境伯領を守る「オニキス騎士団」との戦闘訓練をひたすらやらされ、だらけてきていた新人達は、ここでの訓練でようやく騎士とは何かを学んで帰るのだ。
キャシーがなりたくてもなれない騎士を毎日見続けなければならない。
それもシシリーを溺愛している辺境伯のもとで。
辺境伯自ら名乗り出て、キャシーの幽閉が決まった。
ファンハイド卿も若かりし頃訓練をした場所だ。
ファンハイド卿は、「ご迷惑をお掛けし申し訳ない。頼みます。」
とだけ言い、頭を下げていた。
これからどんな事を思い、彼女は生きていくんだろう。
そんな事を思ったが、もう私には関係ない事だ。
そして、その日のうちにキャシーは辺境伯へと出発した。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
キャシー視点
処刑されると思っていた。
王宮内での刃傷沙汰だ。
それも騎士団の人間を殺そうとしたのだ。
なのに、お父様の功績を考慮され、私は生かされ、辺境伯へ送られた。
ここでの一日は、朝五時起床し、朝食後、幽閉塔から出され、騎士団の訓練所が見える場所で、騎士達の汚れ物の洗濯をひたすらするだけ。
騎士達の訓練は見たくなかった。
下を向き、洗濯物だけを見ていたが、やはり見てしまう。
そんな時は必ず辺境伯がこちらを見ている。
私が視線を逸らすと、いつの間にかいなくなっている。
洗濯している時は、監視のために騎士が一人交代でついている。
会話もしない。
でも、目が合う時がある。
その時は、射殺さんばかりの視線にすぐ目を逸らす。
とくに辺境伯によく似た顔の騎士、おそらく息子なのだろう、その騎士の時は正直怖い。
後ろから斬られるんじゃないかと思うほどの殺気だ。
そんな時、
「お前、シシリーの子供、殺したんだってな。」
急に声をかけられ、驚いてビクッとなり、思わず、
「え⁉︎」
と声を出してしまった。
「お前がシシリーとブライアンの子供を殺したのかって聞いたんだ。」
「殺した?」
「知らなかったのか?そうだよな、じゃなきゃ平気な顔でここに居られねえわな。」
「子供って・・・」
「お前がシシリーを刺した時、シシリーは妊娠してた。」
「え…じゃあ…」
「あの時、子供は死んだ」
「そんな・・・」
「おい!今更、そんな顔すんなよ。鬱陶しい。」
「あ、あ、わ、私…そんな事・・知らなくて・・・」
「知ってたらやらなかったってか?」
「殺そうだなんて・・・思って…なかったし…赤ちゃんが・・いる事も…知らなかった…」
「お前は何も知らないだろうが、あの後、シシリーは死にかけた。
ここはシシリーが育った場所だ。
親父が父親、俺が兄ちゃん、騎士団はシシリーの家族だ。そこへノコノコお前は来た。
俺も親父もここの騎士団の全員、お前を許さない。」
そう言って、その人は行ってしまった。
代わりに来た騎士も私を見る目は監視する目ではなく、憎んでいる目だった。
もう顔を上げることも出来ず、その日の仕事を早く終わらせて部屋に戻りたかった。
部屋に戻って、彼に言われた事を思い返した。
妊娠していた・・・
知らなかった、そんな事知らなかった!
子供を殺そうなんて思ってなかった!
ただあの時はあの人の姿を見かけたら、我慢が出来なくて、気付いたら短剣を持って走っていた。
だから、殺そうなんて思ってない!
私は刺しただけよ!
なんで、誰も教えてくれないのよ!
あの私を怒鳴った団長をふと思い出した。
あ…だからあんなに怒っていたのか…。
だからみんなが私を親の仇のように見ていたんだ…。
あの時、お父様が私の剣を褒めていたと聞いて、初めてなんて事したんだろうって思った。
あの時、シシリーさんを刺した事を悔いたのではなく、お父様を落胆させた事を悔いた。
そうだ…私は人を刺した。
そして、シシリーさんのお腹の赤ちゃんを殺してしまった…
「あ…あ・・あーーーーーーー!」
私は赤ちゃんを殺した。
なんて事を、なんて事をしたんだろう。
「イヤーーーーーーーーーー」
殺してしまった、人を殺してしまった、それも赤ちゃんを。
イヤイヤイヤ、人殺しなんて嫌!
心のどこかで、殺したわけではない、酷い事をしたわけではない、少し憂さを晴らしただけ、と思っていた。
でも、王宮内の刃傷沙汰だから処刑されると思っていた。
そうか、私は人殺しだったのか…。
なのに、反省もせず、ただ処刑されるのを待っていた。
誠心誠意謝りもせず、反省もせず、シシリーさんを刺した事よりもお父様の立場やお父様を落胆させた事ばかりを考えていた。
そんな人間、騎士になんかなれるはずない。
そうか…やっと気付いた…元々の性根が騎士として失格だったのだ。
なのに、シシリーさんに逆恨みして、シシリーさんの赤ちゃんを殺した…。
ホントだ…私は何も知らずノコノコここに来ていた。
それもシシリーさんが育った、シシリーさんを愛する人達ばかりがいる場所。
知っていたら平気な顔してはいられないだろう。
そうか、そうだったのか…
てっきり騎士になれない私に見せつける為にここに連れて来られたのかと思っていた。
もちろんそれもあるのだろう、
でもここは、あの騎士団で囚われていた時よりも多くの敵意が向けられている。
シシリーさんの実家だもの、当たり前だ。
私には処刑されるより、辛い処罰だろう…。
次の日、井戸の近くの大きな木の根元に小さな箱を埋め、石を積み、野花を飾った。
箱の中身は私の髪だ。
何か入れたかった。私の髪の毛を入れても意味なんかない。でも、中身の入ったものを埋めたかった。
毎日、朝食のパンを半分、髪を埋めた場所に供えて、手を合わせた。
花なんか買えないので、その辺に咲いてる小さな野花だけど、毎日供えた。
朝、パンと花を供え、手を合わせてから洗濯をする。
そんな生活も気付けば三年ほど経っていた。
春先の、花が咲き乱れる暖かい日に、私が洗濯をしていると、小さな男の子が側に立っていた。
「おばちゃま、コレどうじょ。」
と言って可愛い花束を私にくれた。
「え?」
驚いていると、
「あのね、僕のにいにがそこにいるの。だからお花。にいにがありがとって!」
いつも手を合わせている場所を見た。
私には何も見えない。
でも、ひょっとしたらいるのかもしれない。
「あなたのお兄ちゃんがいるの?」
「うん!」
「そう、おに…い、ちゃん…だった・・のね…」
「おばちゃま?いたいいたい?」
「ううん、ごめんね、大丈夫よ。ありがとうね、さあ、もう行きなさい、きっと探してるわ。」
「うん、またねー!」
その可愛らしい男の子は走って行ってしまった。
きっと、あの方達のお子さんだ…。
優しい子…親御さんに似たのだろう。
そうか…男の子だったのね…。
ごめんね…本当に、ごめんなさい・・・
あんな私の髪の毛しか入っていないお墓とも言えない所に来てくれたの?
私があなたを殺してしまったのに…。
「ウッ…ウッ・・ウッ・・・ごめんね、ごめんね…」
私はその場で泣き続けた。
それから年に一度、あの可愛い男の子が私に花を持ってきてくれるようになった。
少しずつ大きくなっていくその男の子がお菓子と小さな花束を持ってくる日が、なによりの楽しみになった。
お母さんやお父さんの話し、妹が生まれた話を楽しそうにして帰っていく。
そろそろ今年もあの子が来るかなと思っていた時、あの辺境伯の息子さんと男の子と小さな女の子が来た。
「おばちゃま~」
とかけてくる男の子の後ろを息子さんと手を繋いで、可愛い女の子が私の所に来た。
「おばちゃま、シャーリーも連れてきたよ!」
「そう、とっても可愛らしい妹さんね。」
「うん!」
その小さな女の子が、
「おばちゃま、こんにちは」
と可愛い笑顔で挨拶してくれた。
「はい、こんにちは。」
笑顔で挨拶を返すと、キャッキャッと笑い、お兄ちゃんを追いかけ、二人で遊びだした。
「少し話しがある。いいか?」
「はい。」
「ここに来て、もうすぐ十年になる。
あんたは真面目に生活していた。
そして、毎日ここで手を合わせていた。
あんたの気持ちは、シシリー達も俺や親父や騎士団の連中にも伝わった。
だから、もうここでの幽閉は終わった。
好きな所に行っていい。」
「・・・・申し訳ございません。もし許して頂けるのでしたら、ここにいる事を許してはいただけないでしょうか?」
「もうこんな生活する必要はないんだ。
だから、これからは自分の為に生きろ。」
「いえ、ここに居たいのです。今まで通り、何もして頂かなくて結構ですので、ここに居させてください!お願いします!」
「理由を聞いても?」
「坊っちゃまが初めてここに来て下さった時、“にいに”がここにいると仰っていました。私には見えませんし、分かりませんが、もしここにいるのなら、私はここから離れる事なんか出来ません。
ずっと私がお側にいて差し上げたいのです。一人は寂しいですから…。」
「分かった。」
そう言うと、お子さん達を連れ、戻っていった。
しばらくすると、井戸の側に小さな家が建った。
納屋か貯蔵庫にでもするのかなと思っていた。
すると、息子さんが来て、
「今日からここで暮らすんだ。生活用品は揃っている。
やる事は同じだが、毎月給料を出す。」
と言った。
私には勿体ない待遇だ。
でも、私がやる事は変わらない。
毎日パンと花を供え、手を合わせる。
時折、洗濯していると、視界の隅に男の子が入る時がある。
“ああ、あの子達の側にいるんだなぁ”と思っていると
「「おばちゃま~」」
と二人の可愛い子供達が走ってくる。
優しいお兄ちゃんは必ずあの子達の近くにいて守っているのだろう。
優しくて可愛いその男の子は、歳を取り私が死ぬ時、始めて喋ってくれた。
「いつもパンとお花をありがとう」
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