ただ、嫌われたかっただけなんです。婚約破棄を望みます。

ちゅんりー

文字の大きさ
3 / 28

3

「……もう、正面突破は無意味ね」

私は自室で、怪しく光る緑色の液体が入った小瓶を眺めていた。

昨日の「お菓子の城」事件で痛感したわ。
あのアラリックという男とマリアという女、私の言動をすべて「愛情」か「慈悲」に変換する特殊なフィルターを脳内に装備している。

普通の嫌がらせでは、あのフィルターは突破できない。

「お嬢様、その……手に持っていらっしゃる不気味な液体は何ですか?」

アンナが、今にも衛兵を呼びに行きそうな顔で私を指差している。

「これ? これはね、アンナ。私の『悪役令嬢』としてのプライドをかけた最終兵器よ」

「毒……ですか?」

「失礼ね。そんな物騒なものじゃないわ。これは、飲めばあまりの苦さに三日は悶絶するという、隣国の秘境で採れた超激苦ハーブの濃縮エキスよ!」

私は勝ち誇ったように小瓶を掲げた。

「これを、今日のお茶会でマリアさんに飲ませるの。彼女が苦しんで泣き叫べば、さすがのアラリック様も『なんてひどいことをするんだ!』と激怒して、婚約破棄を突きつけてくれるはずだわ」

「……あの、お嬢様。そのエキス、どこで手に入れたんですか?」

「そこらへんの怪しい商人から買ったのよ!『体に良いけど苦すぎて誰も飲めない』って言ってたから間違いないわ!」

私はすぐさまマリアさんを中庭のティータイムに招待した。
ターゲットを仕留める準備は万端だ。

しばらくして、マリアさんが花が咲いたような笑顔でやってきた。

「ルト様! 今日もお招きいただき光栄です! 昨日のお菓子のお城のお話、一晩中考えて眠れませんでした!」

「ふふ、そうでしょうね。今日はそんなあなたに、とっておきの『お茶』を用意したのよ。さあ、座りなさい」

私はあえて傲慢な仕草で椅子を指し、あらかじめエキスをたっぷり仕込んでおいたティーカップを彼女の前に置いた。

「(さあ……飲みなさい! そしてその可愛い顔を苦痛に歪めるのよ!)」

マリアさんは「わあ、綺麗なエメラルド色ですね!」と無邪気に喜び、迷うことなくその液体を口に含んだ。

「……っ!!」

マリアさんの動きが止まった。
顔色が、一瞬で青から白、そして赤へと変わっていく。

「(来たわ……! 絶叫よ! 絶叫しなさい、マリアさん!)」

ところが。

「……っふぅ。……はあぁぁぁぁ! 美味しい……!!」

「……は?」

マリアさんは感極まったように頬を染め、震える手でカップを置いた。

「ルト様……これ、凄いです! 一口飲んだ瞬間、体中の魔力が活性化して、目の前がパッと明るくなった気がします! こんなに濃厚で生命力に溢れたお茶、私、初めて飲みました!」

「……え、苦くないの? 悶絶してないの?」

「確かに、深みのある大人の苦味はありますが……それがまた、クセになりそうです! ルト様は、私の最近の疲れを見抜いて、この貴重な滋養強壮薬を振る舞ってくださったのですね!?」

マリアさんの目が、昨日以上にキラキラと輝き始めた。
私は混乱して、自分の手元にある(中身は普通の紅茶)カップを二度見した。

そこへ、最悪のタイミングで「あのお方」が登場した。

「やあ、二人とも。楽しそうなお茶会だね」

アラリック様だ。
今日も無駄にキラキラとしたオーラを放ちながら、私たちの席に加わった。

「アラリック様! 見てください、ルト様が私にこんなに素晴らしい秘薬を!」

「ほう……。おや、これは隣国で『幻の聖茶』と呼ばれている、希少なハーブのエキスじゃないか。ルト、君はこんな貴重なものを彼女のために……」

「ま、幻の聖茶……?」

「ああ。あまりの苦さに普通の人は口にできないが、高度な調合技術があれば、最高の健康飲料になるという伝説の。……ルト。君はわざわざ僕に隠れて、マリア嬢の体のことを案じて、調合を学んでいたんだね」

アラリック様が、私の手を優しく包み込んだ。
その瞳には、深い信頼と感動の色が浮かんでいる。

「ルト……君の優しさには、いつも驚かされるよ。マリア嬢を気遣うことで、僕の負担を減らそうとしてくれているんだろう? 本当に、君は僕にとっての女神だ」

「違います。私はただ、彼女を苦しませて、あなたを怒らせたかっただけで……」

「照れなくていいんだ。さあ、僕も一口いただいてもいいかな? 愛する君が用意してくれた『愛の結晶』を」

アラリック様はマリアさんの予備のカップにエキスを注ぎ、優雅に一口飲んだ。

「……っ!!」

アラリック様の顔が、一瞬だけ般若のように引きつったのを私は見逃さなかった。
ほら! やっぱり苦いんじゃないの!

しかし、彼はプロ根性(?)でその表情をねじ伏せ、爽やかな笑顔を絞り出した。

「……素晴らしい。全身の血が逆流するような、情熱的な苦味だ。ルト……君の愛は、実に刺激的だね」

「(……死にそうな顔をして何を言ってるのよ、この王子)」

「ルト様! 私、決めました! この恩返しに、ルト様の素晴らしさを伝えるための『ルト様親衛隊』の活動、さらに広めて参ります!」

「やめて。本当にお願いだから、それはやめて」

私の必死の懇願は、二人の「良い人フィルター」によって「謙虚な乙女の恥じらい」として処理された。

「親衛隊か、いい響きだね。僕が名誉顧問になろう。……さあ、ルト。明日は二人で、このお茶の原料となるハーブの苗を植えに行こうか。君との愛の農園を作るんだ」

「……」

私は、空になったティーカップを虚しく見つめた。

毒(苦汁)を盛っても、愛が増すだけ。
嫌がらせをすればするほど、私の地位は「聖女」として盤石なものになっていく。

「(……もう、どうすればいいのよ、このバカップル……!!)」

私の断罪への道は、もはや健康の道へとすり替わっていた。
感想 0

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢にされたので婚約破棄を受け入れたら、なぜか全員困っています

かきんとう
恋愛
 王城の大広間は、いつも以上に華やいでいた。  磨き上げられた床は燭台の光を反射し、色とりどりのドレスが揺れるたびに、まるで花畑が動いているかのように見える。貴族たちの笑い声、楽団の優雅な旋律、そして、ひそやかな噂話が、空気を満たしていた。  その中心に、私は立っていた。  ――今日、この瞬間のために。 「エレノア・フォン・リーベルト嬢」  高らかに呼ばれた私の名に、ざわめきがぴたりと止む。

お飾りの侯爵夫人

悠木矢彩
恋愛
今宵もあの方は帰ってきてくださらない… フリーアイコン あままつ様のを使用させて頂いています。

アルバートの屈辱

プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。 『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。

良いものは全部ヒトのもの

猫枕
恋愛
会うたびにミリアム容姿のことを貶しまくる婚約者のクロード。 ある日我慢の限界に達したミリアムはクロードを顔面グーパンして婚約破棄となる。 翌日からは学園でブスゴリラと渾名されるようになる。 一人っ子のミリアムは婿養子を探さなければならない。 『またすぐ別の婚約者候補が現れて、私の顔を見た瞬間にがっかりされるんだろうな』 憂鬱な気分のミリアムに両親は無理に結婚しなくても好きに生きていい、と言う。 自分の望む人生のあり方を模索しはじめるミリアムであったが。

10年間の結婚生活を忘れました ~ドーラとレクス~

緑谷めい
恋愛
 ドーラは金で買われたも同然の妻だった――  レクスとの結婚が決まった際「ドーラ、すまない。本当にすまない。不甲斐ない父を許せとは言わん。だが、我が家を助けると思ってゼーマン伯爵家に嫁いでくれ。頼む。この通りだ」と自分に頭を下げた実父の姿を見て、ドーラは自分の人生を諦めた。齢17歳にしてだ。 ※ 全10話完結予定

悪女と呼ばれた王妃

アズやっこ
恋愛
私はこの国の王妃だった。悪女と呼ばれ処刑される。 処刑台へ向かうと先に処刑された私の幼馴染み、私の護衛騎士、私の従者達、胴体と頭が離れた状態で捨て置かれている。 まるで屑物のように足で蹴られぞんざいな扱いをされている。 私一人処刑すれば済む話なのに。 それでも仕方がないわね。私は心がない悪女、今までの行いの結果よね。 目の前には私の夫、この国の国王陛下が座っている。 私はただ、 貴方を愛して、貴方を護りたかっただけだったの。 貴方のこの国を、貴方の地位を、貴方の政務を…、 ただ護りたかっただけ…。 だから私は泣かない。悪女らしく最後は笑ってこの世を去るわ。  ❈ 作者独自の世界観です。  ❈ ゆるい設定です。  ❈ 処刑エンドなのでバットエンドです。

「では、ごきげんよう」と去った悪役令嬢は破滅すら置き去りにして

東雲れいな
恋愛
「悪役令嬢」と噂される伯爵令嬢・ローズ。王太子殿下の婚約者候補だというのに、ヒロインから王子を奪おうなんて野心はまるでありません。むしろ彼女は、“わたくしはわたくしらしく”と胸を張り、周囲の冷たい視線にも毅然と立ち向かいます。 破滅を甘受する覚悟すらあった彼女が、誇り高く戦い抜くとき、運命は大きく動きだす。

報われなかった姫君に、弔いの白い薔薇の花束を

さくたろう
恋愛
 その国の王妃を決める舞踏会に招かれたロザリー・ベルトレードは、自分が当時の王子、そうして現王アルフォンスの婚約者であり、不遇の死を遂げた姫オフィーリアであったという前世を思い出す。  少しずつ蘇るオフィーリアの記憶に翻弄されながらも、17年前から今世まで続く因縁に、ロザリーは絡め取られていく。一方でアルフォンスもロザリーの存在から目が離せなくなり、やがて二人は再び惹かれ合うようになるが――。 20話です。小説家になろう様でも公開中です。