ただ、嫌われたかっただけなんです。婚約破棄を望みます。

ちゅんりー

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「……もう、正面突破は無意味ね」

私は自室で、怪しく光る緑色の液体が入った小瓶を眺めていた。

昨日の「お菓子の城」事件で痛感したわ。
あのアラリックという男とマリアという女、私の言動をすべて「愛情」か「慈悲」に変換する特殊なフィルターを脳内に装備している。

普通の嫌がらせでは、あのフィルターは突破できない。

「お嬢様、その……手に持っていらっしゃる不気味な液体は何ですか?」

アンナが、今にも衛兵を呼びに行きそうな顔で私を指差している。

「これ? これはね、アンナ。私の『悪役令嬢』としてのプライドをかけた最終兵器よ」

「毒……ですか?」

「失礼ね。そんな物騒なものじゃないわ。これは、飲めばあまりの苦さに三日は悶絶するという、隣国の秘境で採れた超激苦ハーブの濃縮エキスよ!」

私は勝ち誇ったように小瓶を掲げた。

「これを、今日のお茶会でマリアさんに飲ませるの。彼女が苦しんで泣き叫べば、さすがのアラリック様も『なんてひどいことをするんだ!』と激怒して、婚約破棄を突きつけてくれるはずだわ」

「……あの、お嬢様。そのエキス、どこで手に入れたんですか?」

「そこらへんの怪しい商人から買ったのよ!『体に良いけど苦すぎて誰も飲めない』って言ってたから間違いないわ!」

私はすぐさまマリアさんを中庭のティータイムに招待した。
ターゲットを仕留める準備は万端だ。

しばらくして、マリアさんが花が咲いたような笑顔でやってきた。

「ルト様! 今日もお招きいただき光栄です! 昨日のお菓子のお城のお話、一晩中考えて眠れませんでした!」

「ふふ、そうでしょうね。今日はそんなあなたに、とっておきの『お茶』を用意したのよ。さあ、座りなさい」

私はあえて傲慢な仕草で椅子を指し、あらかじめエキスをたっぷり仕込んでおいたティーカップを彼女の前に置いた。

「(さあ……飲みなさい! そしてその可愛い顔を苦痛に歪めるのよ!)」

マリアさんは「わあ、綺麗なエメラルド色ですね!」と無邪気に喜び、迷うことなくその液体を口に含んだ。

「……っ!!」

マリアさんの動きが止まった。
顔色が、一瞬で青から白、そして赤へと変わっていく。

「(来たわ……! 絶叫よ! 絶叫しなさい、マリアさん!)」

ところが。

「……っふぅ。……はあぁぁぁぁ! 美味しい……!!」

「……は?」

マリアさんは感極まったように頬を染め、震える手でカップを置いた。

「ルト様……これ、凄いです! 一口飲んだ瞬間、体中の魔力が活性化して、目の前がパッと明るくなった気がします! こんなに濃厚で生命力に溢れたお茶、私、初めて飲みました!」

「……え、苦くないの? 悶絶してないの?」

「確かに、深みのある大人の苦味はありますが……それがまた、クセになりそうです! ルト様は、私の最近の疲れを見抜いて、この貴重な滋養強壮薬を振る舞ってくださったのですね!?」

マリアさんの目が、昨日以上にキラキラと輝き始めた。
私は混乱して、自分の手元にある(中身は普通の紅茶)カップを二度見した。

そこへ、最悪のタイミングで「あのお方」が登場した。

「やあ、二人とも。楽しそうなお茶会だね」

アラリック様だ。
今日も無駄にキラキラとしたオーラを放ちながら、私たちの席に加わった。

「アラリック様! 見てください、ルト様が私にこんなに素晴らしい秘薬を!」

「ほう……。おや、これは隣国で『幻の聖茶』と呼ばれている、希少なハーブのエキスじゃないか。ルト、君はこんな貴重なものを彼女のために……」

「ま、幻の聖茶……?」

「ああ。あまりの苦さに普通の人は口にできないが、高度な調合技術があれば、最高の健康飲料になるという伝説の。……ルト。君はわざわざ僕に隠れて、マリア嬢の体のことを案じて、調合を学んでいたんだね」

アラリック様が、私の手を優しく包み込んだ。
その瞳には、深い信頼と感動の色が浮かんでいる。

「ルト……君の優しさには、いつも驚かされるよ。マリア嬢を気遣うことで、僕の負担を減らそうとしてくれているんだろう? 本当に、君は僕にとっての女神だ」

「違います。私はただ、彼女を苦しませて、あなたを怒らせたかっただけで……」

「照れなくていいんだ。さあ、僕も一口いただいてもいいかな? 愛する君が用意してくれた『愛の結晶』を」

アラリック様はマリアさんの予備のカップにエキスを注ぎ、優雅に一口飲んだ。

「……っ!!」

アラリック様の顔が、一瞬だけ般若のように引きつったのを私は見逃さなかった。
ほら! やっぱり苦いんじゃないの!

しかし、彼はプロ根性(?)でその表情をねじ伏せ、爽やかな笑顔を絞り出した。

「……素晴らしい。全身の血が逆流するような、情熱的な苦味だ。ルト……君の愛は、実に刺激的だね」

「(……死にそうな顔をして何を言ってるのよ、この王子)」

「ルト様! 私、決めました! この恩返しに、ルト様の素晴らしさを伝えるための『ルト様親衛隊』の活動、さらに広めて参ります!」

「やめて。本当にお願いだから、それはやめて」

私の必死の懇願は、二人の「良い人フィルター」によって「謙虚な乙女の恥じらい」として処理された。

「親衛隊か、いい響きだね。僕が名誉顧問になろう。……さあ、ルト。明日は二人で、このお茶の原料となるハーブの苗を植えに行こうか。君との愛の農園を作るんだ」

「……」

私は、空になったティーカップを虚しく見つめた。

毒(苦汁)を盛っても、愛が増すだけ。
嫌がらせをすればするほど、私の地位は「聖女」として盤石なものになっていく。

「(……もう、どうすればいいのよ、このバカップル……!!)」

私の断罪への道は、もはや健康の道へとすり替わっていた。
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