ただ、嫌われたかっただけなんです。婚約破棄を望みます。

ちゅんりー

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「……ふふ、ふふふ。今度こそ、今度こそ逃がさないわよ」

私は庭園の茂みに身を潜め、家政婦は見た状態で作戦を決行していた。

昨日の『引きこもり作戦』の大失敗を経て、私は悟った。
私自身の「悪」を捏造しても、あの二人の「善人フィルター」に浄化されてしまう。
ならば、彼ら自身の「悪」を暴くしかない。

「(アラリック様……。あなたは完璧すぎる。でも、人間だもの。絶対に裏があるはずだわ!)」

例えば、実はマリアさんと密会して、私の悪口で盛り上がっているとか。
あるいは、二人で結託して私の公爵家を乗っ取ろうとしているとか!

「お嬢様、蚊に刺されますよ。あと、その格好は公爵令嬢として……いえ、人間としてどうなんです?」

私のすぐ後ろで、アンナが虫除けのスプレーを撒きながら冷ややかに言った。
今の私は、真っ黒なローブを羽織り、顔には泥を塗っている。
完璧な隠密スタイルだ。

「いいのよ、アンナ! これは聖戦なの! ……あ、来たわ!」

庭園の奥、人目につかないガゼボ(東屋)に、二人の影が現れた。
金髪をなびかせたアラリック様と、可憐なマリアさんだ。

二人は周囲を警戒するように見回した後、ひっそりとガゼボの中へ入っていった。

「(……見たわ! あの警戒の仕方は、絶対に後ろ暗いことがある証拠よ!)」

私は地面を這うようにして、ガゼボの裏手へと忍び寄った。
心臓の鼓動が早くなる。
ついに、ついに私は「真実」を掴むのね!

「……マリア嬢。例のものは、用意できたかな?」

アラリック様の、低く密やかな声が聞こえてきた。
私は耳をダンボにして集中する。

「はい、殿下。こちらに……。誰にも見られないよう、大切に保管しておりました」

「おお……! これは素晴らしい。これほどのもの、一体どこで?」

「ルト様が普段通われている、あのお店でこっそりと……」

「(……は!? 私のお店!? マリアさん、私の行きつけのブティックで裏取引を!?)」

私は怒りで震えた。
私の行きつけを汚すなんて、許せないわ!
さらに、アラリック様の声が続く。

「やはり、ルトにはこれが必要だ。彼女はいつも、あんなに強がっているけれど……夜は寂しい思いをさせているのではないかと、僕は不安だったんだ」

「殿下……。ルト様は、本当においたわしいお方です。あんなに健気に、悪役のふりをしてまで周囲を盛り立てて……」

「(……ちょっと待って。話が噛み合わないわ。何が『おいたわしい』のよ)」

「ああ。だからこそ、この『極秘の贈り物』で、彼女を骨抜きにしたい」

「(……骨抜き!? 毒!? それとも、怪しい洗脳の道具!?)」

私は我慢の限界だった。
今ここで、この二人の悪魔的な計画を阻止し、その証拠を突きつけてやる!

「そこまでよ! この不潔な密会カップルども!!」

私は茂みから飛び出し、ガゼボのテーブルをバン!と叩いた。
泥だらけの私の顔を見て、二人が「ひっ!?」と情けない声を上げる。

「ル、ルト!? その顔は……いや、それよりもどうしてここに!」

「しらばっくれないで! 今、『骨抜きにする』って言ったわね!? マリアさんから何を受け取ったの!? その怪しいブツを今すぐ出しなさい!」

私はアラリック様の手元にある、ピンク色の包みを奪い取った。
これよ! これが、私を破滅させる呪いのアイテムに違いないわ!

「開けるわよ! 覚悟しなさい!」

私は勢いよく包みを引き裂いた。
中から出てきたのは——……。

「……何、これ。猫?」

そこには、もふもふとした、最高級の毛並みを持つ小さな子猫のぬいぐるみが鎮座していた。
しかも、その首元には「ルト」と私の名前が刺繍されたリボンがついている。

「……それは、ルト。君が以前、馬車の中から物欲しそうに見ていた、街で大人気の『癒やしの猫ぬいぐるみ』だよ」

アラリック様が、頬を赤らめて視線を逸らした。

「マリア嬢にお願いして、開店前から並んで買ってもらったんだ。君はいつも、僕の前ではツンツンしているけれど……きっと寝る時はこういう可愛いものに囲まれていたいんじゃないかと思って」

「……」

「ルト様! そのぬいぐるみ、抱き心地を追求して、中に最高級の羽毛が入っているんです! 殿下が『ルトの肌はデリケートだから、少しの摩擦も許さない!』とおっしゃって、職人さんに何度も作り直させたんですよ!」

マリアさんが、鼻息荒く解説を始めた。

「殿下は、ルト様が夜中に一人で寂しくないように、自分の身代わりとしてこの子を贈りたいと……! ああ、なんて尊い愛なのでしょう!!」

「(……死にたい)」

私は泥だらけの顔で、もふもふの猫のぬいぐるみを抱えたまま、その場に崩れ落ちた。

浮気の証拠を探しに来たら、自分への重すぎる愛の証拠を突きつけられた。
しかも、そのために私は公爵令嬢としてあるまじき「泥塗りの不審者」を演じてしまったのだ。

「ルト……。そんなに感動してくれたのかい? 顔に泥を塗ってまで、僕たちのサプライズを察知しようとするなんて。君の『愛の探知機』は、実に優秀だね」

アラリック様が、泥だらけの私の手を優しく取った。

「さあ、着替えよう。そのぬいぐるみに合う、最高のパジャマも用意してあるんだ」

「……ねえ、殿下。一つだけ確認させて。私、今、すごく惨めに見えない?」

「いいや。僕の目には、獲物を狙う誇り高き女豹のように美しく見えるよ」

「……もう、殺して」

私の「あら探し作戦」は、ぬいぐるみ一体によって、跡形もなく粉砕された。
不審者としての悪評すら、「殿下の愛を確かめたがる可愛い嫉妬」として片付けられてしまったのだ。
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