6 / 28
6
しおりを挟む
「……昨日の泥まみれ事件は、私の人生最大の不覚だわ」
私は自室で、丁寧に磨き上げられた爪を見つめながら溜息をついた。
あの後、アラリック様に「泥パックだなんて、君は美の探求に余念がないんだね」と、とんでもない解釈をされて、そのまま高級な風呂に入れられた。
もちろん、あのもふもふの猫のぬいぐるみも一緒にだ。
今では私のベッドの特等席に鎮座している。
「お嬢様、またお悩みですか? 次はどのような『断罪』を企画されているのでしょう」
アンナが呆れたように、ハーブティーを机に置いた。
「企画なんて言わないで。私は至って真面目なのよ……。でも、もう直接的なあら探しは限界ね。彼らの善意は、私の想像を絶するわ」
「そうですね。もはや呪いの域に達しているかと」
「だからこそ、今度は『受動的』に攻めることにしたわ」
私はニヤリと笑った。
「彼らが私をどう思っているか、第三者の前で話している『本音』を盗み聞きするのよ。人前であんなに甘いアラリック様だって、側近の前では『あのごうまんちきな女、早く追い出したい』って溢しているに違いないわ!」
「……まだ諦めていらっしゃらなかったんですね。感服いたします」
私はアンナの言葉を無視し、再び隠密行動を開始した。
今回の舞台は、王宮の会議室へと続く回廊だ。
そこには、アラリック様と、彼の側近である騎士団長がいた。
私は重厚なカーテンの影に隠れ、息を殺す。
「……ルトの件だが」
アラリック様の、低く冷徹な声。
よし、始まったわ!
「はっ。例の『ルト様対策』、すでに進行しております」
騎士団長が、硬い声で答えた。
『対策』!? なんて素敵な響きかしら!
「彼女は最近、ますます過激になっている。……昨日のあの、泥を塗って現れた姿を見たか?」
「はい。正気の沙汰とは思えませんでした」
「(……もっと言って! もっと私の悪口を言い合いなさいな!)」
私はカーテンの中で、小躍りしたい気分だった。
ついに、ついに共通の認識として「ルトはやばい女」だと認められたのね!
「だが、あそこまで自分を捨てて、僕を試そうとする彼女の情熱……。僕は、それに応えなければならないと思っている」
「……殿下。本気でございますか?」
「ああ。彼女が望むなら、僕はどこまでも堕ちよう。……例の『地下室』の準備はどうなっている?」
「(……地下室!? 拷問部屋!? それとも、私を幽閉するための監獄!?)」
私の心臓が、歓喜で飛び跳ねた。
ついに来たわ。悪役令嬢の王道ルート、幽閉エンドよ!
冷たい石畳、細い窓、粗末な食事……。
そこから「もう二度と私の前に現れるな!」と、冷たく言い捨てられるのね!
「準備は万端です。温度管理から湿度、そして防音に至るまで、ルト様が満足されるよう徹底いたしました」
「よし。彼女をあそこに閉じ込め、一生、僕だけのものにする……。誰にも邪魔させはしない」
「(……ひゃっはー! 独占欲をこじらせたヤンデレ王子ルート! これなら確実に婚約破棄……じゃなくて、婚約破棄以上の破滅が待っているわ!)」
私は感動のあまり、カーテンから飛び出しそうになった。
しかし、ここで正体がバレては台無しだ。
私は、アラリック様が立ち去るのを待ってから、こっそりとその「地下室」とやらを突き止めることにした。
数時間後。
夜の帳が下りた頃、私は騎士団長からくすねた鍵を手に、王宮の地下深くへと潜入した。
重い鉄の扉の前に立つ。
ここを開ければ、私の望んだ「終わり」が待っている。
「(さあ……私の新しい家(監獄)を見せてちょうだい!)」
私はギィ……と音を立てて扉を開けた。
そこは——……。
「……何、ここ」
眩いばかりの魔石の灯りに照らされた空間。
そこにあったのは、冷たい石の壁でも、鉄格子でもなかった。
最高級の絨毯が敷き詰められ、壁一面には世界中の名作を揃えた書庫。
中央には、雲のような寝心地を約束する巨大なベッド。
そして、部屋の片隅には……。
「……プライベート・シアター?」
「おや、ルト。自分からここに来てくれるなんて。僕の愛が通じたのかな?」
「ひっ!?」
背後から、ぬっと現れたアラリック様に、私は悲鳴を上げた。
彼は優雅な笑みを浮かべ、部屋のスイッチをパチンと鳴らした。
「ここは、君が『誰にも邪魔されたくない』と言っていた時のための、究極の隠れ家だよ。防音も完璧だから、君がどれだけわがままを叫んでも、外には漏れない。……どうだい? 一生、ここで僕に甘やかされて暮らす気になったかな?」
「……」
「ルト様! 書庫の本は、私がすべて検品いたしましたわ! 前世とか来世とか、そんな怪しいオカルト本は一冊もございません! すべて純愛モノと、ルト様の好きな料理の本だけです!」
どこからともなく、マリアさんまで現れた。
彼女はエプロン姿で、焼きたてのクッキーを盆に乗せている。
「さあ、ルト。この『地下室』で、僕と二人きりで……夜通し、次の公務の打ち合わせをしようじゃないか」
「……打ち合わせ?」
「ああ。君がここを気に入ってくれれば、僕も仕事が捗るからね。君をここに閉じ込めて、僕が甲斐甲斐しく世話を焼く……。これ以上の幸せが、この世にあるだろうか」
「(……それ、ただの超豪華なテレワーク部屋じゃないのよ!!)」
私は、豪華なソファに力なく沈み込んだ。
幽閉という名の極上リゾート。
監視という名の至れり尽くせりな介護。
「……ねえ、アラリック様。私、本当に、あなたを断罪したいの。本気なのよ」
「わかっているよ、ルト。君はそうやって、僕を『悪い男』に仕立て上げることで、自分の愛を試しているんだろう? 大丈夫だ、僕は君のどんな期待にも応えてみせる」
「……もう、どうにでもなれ」
私は、マリアさんが持ってきたクッキーを、自棄糞で口に放り込んだ。
悔しいけれど、とびきり甘くて、最高に美味しかった。
私の「聞こえてきた密談」は、ただの「重すぎる愛の計画」でしかなかったのだ。
私は自室で、丁寧に磨き上げられた爪を見つめながら溜息をついた。
あの後、アラリック様に「泥パックだなんて、君は美の探求に余念がないんだね」と、とんでもない解釈をされて、そのまま高級な風呂に入れられた。
もちろん、あのもふもふの猫のぬいぐるみも一緒にだ。
今では私のベッドの特等席に鎮座している。
「お嬢様、またお悩みですか? 次はどのような『断罪』を企画されているのでしょう」
アンナが呆れたように、ハーブティーを机に置いた。
「企画なんて言わないで。私は至って真面目なのよ……。でも、もう直接的なあら探しは限界ね。彼らの善意は、私の想像を絶するわ」
「そうですね。もはや呪いの域に達しているかと」
「だからこそ、今度は『受動的』に攻めることにしたわ」
私はニヤリと笑った。
「彼らが私をどう思っているか、第三者の前で話している『本音』を盗み聞きするのよ。人前であんなに甘いアラリック様だって、側近の前では『あのごうまんちきな女、早く追い出したい』って溢しているに違いないわ!」
「……まだ諦めていらっしゃらなかったんですね。感服いたします」
私はアンナの言葉を無視し、再び隠密行動を開始した。
今回の舞台は、王宮の会議室へと続く回廊だ。
そこには、アラリック様と、彼の側近である騎士団長がいた。
私は重厚なカーテンの影に隠れ、息を殺す。
「……ルトの件だが」
アラリック様の、低く冷徹な声。
よし、始まったわ!
「はっ。例の『ルト様対策』、すでに進行しております」
騎士団長が、硬い声で答えた。
『対策』!? なんて素敵な響きかしら!
「彼女は最近、ますます過激になっている。……昨日のあの、泥を塗って現れた姿を見たか?」
「はい。正気の沙汰とは思えませんでした」
「(……もっと言って! もっと私の悪口を言い合いなさいな!)」
私はカーテンの中で、小躍りしたい気分だった。
ついに、ついに共通の認識として「ルトはやばい女」だと認められたのね!
「だが、あそこまで自分を捨てて、僕を試そうとする彼女の情熱……。僕は、それに応えなければならないと思っている」
「……殿下。本気でございますか?」
「ああ。彼女が望むなら、僕はどこまでも堕ちよう。……例の『地下室』の準備はどうなっている?」
「(……地下室!? 拷問部屋!? それとも、私を幽閉するための監獄!?)」
私の心臓が、歓喜で飛び跳ねた。
ついに来たわ。悪役令嬢の王道ルート、幽閉エンドよ!
冷たい石畳、細い窓、粗末な食事……。
そこから「もう二度と私の前に現れるな!」と、冷たく言い捨てられるのね!
「準備は万端です。温度管理から湿度、そして防音に至るまで、ルト様が満足されるよう徹底いたしました」
「よし。彼女をあそこに閉じ込め、一生、僕だけのものにする……。誰にも邪魔させはしない」
「(……ひゃっはー! 独占欲をこじらせたヤンデレ王子ルート! これなら確実に婚約破棄……じゃなくて、婚約破棄以上の破滅が待っているわ!)」
私は感動のあまり、カーテンから飛び出しそうになった。
しかし、ここで正体がバレては台無しだ。
私は、アラリック様が立ち去るのを待ってから、こっそりとその「地下室」とやらを突き止めることにした。
数時間後。
夜の帳が下りた頃、私は騎士団長からくすねた鍵を手に、王宮の地下深くへと潜入した。
重い鉄の扉の前に立つ。
ここを開ければ、私の望んだ「終わり」が待っている。
「(さあ……私の新しい家(監獄)を見せてちょうだい!)」
私はギィ……と音を立てて扉を開けた。
そこは——……。
「……何、ここ」
眩いばかりの魔石の灯りに照らされた空間。
そこにあったのは、冷たい石の壁でも、鉄格子でもなかった。
最高級の絨毯が敷き詰められ、壁一面には世界中の名作を揃えた書庫。
中央には、雲のような寝心地を約束する巨大なベッド。
そして、部屋の片隅には……。
「……プライベート・シアター?」
「おや、ルト。自分からここに来てくれるなんて。僕の愛が通じたのかな?」
「ひっ!?」
背後から、ぬっと現れたアラリック様に、私は悲鳴を上げた。
彼は優雅な笑みを浮かべ、部屋のスイッチをパチンと鳴らした。
「ここは、君が『誰にも邪魔されたくない』と言っていた時のための、究極の隠れ家だよ。防音も完璧だから、君がどれだけわがままを叫んでも、外には漏れない。……どうだい? 一生、ここで僕に甘やかされて暮らす気になったかな?」
「……」
「ルト様! 書庫の本は、私がすべて検品いたしましたわ! 前世とか来世とか、そんな怪しいオカルト本は一冊もございません! すべて純愛モノと、ルト様の好きな料理の本だけです!」
どこからともなく、マリアさんまで現れた。
彼女はエプロン姿で、焼きたてのクッキーを盆に乗せている。
「さあ、ルト。この『地下室』で、僕と二人きりで……夜通し、次の公務の打ち合わせをしようじゃないか」
「……打ち合わせ?」
「ああ。君がここを気に入ってくれれば、僕も仕事が捗るからね。君をここに閉じ込めて、僕が甲斐甲斐しく世話を焼く……。これ以上の幸せが、この世にあるだろうか」
「(……それ、ただの超豪華なテレワーク部屋じゃないのよ!!)」
私は、豪華なソファに力なく沈み込んだ。
幽閉という名の極上リゾート。
監視という名の至れり尽くせりな介護。
「……ねえ、アラリック様。私、本当に、あなたを断罪したいの。本気なのよ」
「わかっているよ、ルト。君はそうやって、僕を『悪い男』に仕立て上げることで、自分の愛を試しているんだろう? 大丈夫だ、僕は君のどんな期待にも応えてみせる」
「……もう、どうにでもなれ」
私は、マリアさんが持ってきたクッキーを、自棄糞で口に放り込んだ。
悔しいけれど、とびきり甘くて、最高に美味しかった。
私の「聞こえてきた密談」は、ただの「重すぎる愛の計画」でしかなかったのだ。
0
あなたにおすすめの小説
アルバートの屈辱
プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。
『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。
「お前との婚約はなかったことに」と言われたので、全財産持って逃げました
ほーみ
恋愛
その日、私は生まれて初めて「人間ってここまで自己中心的になれるんだ」と知った。
「レイナ・エルンスト。お前との婚約は、なかったことにしたい」
そう言ったのは、私の婚約者であり王太子であるエドワルド殿下だった。
「……は?」
まぬけな声が出た。無理もない。私は何の前触れもなく、突然、婚約を破棄されたのだから。
旦那様には愛人がいますが気にしません。
りつ
恋愛
イレーナの夫には愛人がいた。名はマリアンヌ。子どものように可愛らしい彼女のお腹にはすでに子どもまでいた。けれどイレーナは別に気にしなかった。彼女は子どもが嫌いだったから。
※表紙は「かんたん表紙メーカー」様で作成しました。
【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。
五月ふう
恋愛
リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。
「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」
今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。
「そう……。」
マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。
明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。
リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。
「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」
ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。
「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」
「ちっ……」
ポールは顔をしかめて舌打ちをした。
「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」
ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。
だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。
二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。
「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」
貴方が側妃を望んだのです
cyaru
恋愛
「君はそれでいいのか」王太子ハロルドは言った。
「えぇ。勿論ですわ」婚約者の公爵令嬢フランセアは答えた。
誠の愛に気がついたと言われたフランセアは微笑んで答えた。
※2022年6月12日。一部書き足しました。
※架空のお話です。現実世界の話ではありません。
史実などに基づいたものではない事をご理解ください。
※話の都合上、残酷な描写がありますがそれがざまぁなのかは受け取り方は人それぞれです。
表現的にどうかと思う回は冒頭に注意喚起を書き込むようにしますが有無は作者の判断です。
※更新していくうえでタグは幾つか増えます。
※作者都合のご都合主義です。
※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。
※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります)
※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。
【完結】旦那に愛人がいると知ってから
よどら文鳥
恋愛
私(ジュリアーナ)は旦那のことをヒーローだと思っている。だからこそどんなに性格が変わってしまっても、いつの日か優しかった旦那に戻ることを願って今もなお愛している。
だが、私の気持ちなどお構いなく、旦那からの容赦ない暴言は絶えない。当然だが、私のことを愛してはくれていないのだろう。
それでも好きでいられる思い出があったから耐えてきた。
だが、偶然にも旦那が他の女と腕を組んでいる姿を目撃してしまった。
「……あの女、誰……!?」
この事件がきっかけで、私の大事にしていた思い出までもが崩れていく。
だが、今までの苦しい日々から解放される試練でもあった。
※前半が暗すぎるので、明るくなってくるところまで一気に更新しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる