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「……昨日の泥まみれ事件は、私の人生最大の不覚だわ」
私は自室で、丁寧に磨き上げられた爪を見つめながら溜息をついた。
あの後、アラリック様に「泥パックだなんて、君は美の探求に余念がないんだね」と、とんでもない解釈をされて、そのまま高級な風呂に入れられた。
もちろん、あのもふもふの猫のぬいぐるみも一緒にだ。
今では私のベッドの特等席に鎮座している。
「お嬢様、またお悩みですか? 次はどのような『断罪』を企画されているのでしょう」
アンナが呆れたように、ハーブティーを机に置いた。
「企画なんて言わないで。私は至って真面目なのよ……。でも、もう直接的なあら探しは限界ね。彼らの善意は、私の想像を絶するわ」
「そうですね。もはや呪いの域に達しているかと」
「だからこそ、今度は『受動的』に攻めることにしたわ」
私はニヤリと笑った。
「彼らが私をどう思っているか、第三者の前で話している『本音』を盗み聞きするのよ。人前であんなに甘いアラリック様だって、側近の前では『あのごうまんちきな女、早く追い出したい』って溢しているに違いないわ!」
「……まだ諦めていらっしゃらなかったんですね。感服いたします」
私はアンナの言葉を無視し、再び隠密行動を開始した。
今回の舞台は、王宮の会議室へと続く回廊だ。
そこには、アラリック様と、彼の側近である騎士団長がいた。
私は重厚なカーテンの影に隠れ、息を殺す。
「……ルトの件だが」
アラリック様の、低く冷徹な声。
よし、始まったわ!
「はっ。例の『ルト様対策』、すでに進行しております」
騎士団長が、硬い声で答えた。
『対策』!? なんて素敵な響きかしら!
「彼女は最近、ますます過激になっている。……昨日のあの、泥を塗って現れた姿を見たか?」
「はい。正気の沙汰とは思えませんでした」
「(……もっと言って! もっと私の悪口を言い合いなさいな!)」
私はカーテンの中で、小躍りしたい気分だった。
ついに、ついに共通の認識として「ルトはやばい女」だと認められたのね!
「だが、あそこまで自分を捨てて、僕を試そうとする彼女の情熱……。僕は、それに応えなければならないと思っている」
「……殿下。本気でございますか?」
「ああ。彼女が望むなら、僕はどこまでも堕ちよう。……例の『地下室』の準備はどうなっている?」
「(……地下室!? 拷問部屋!? それとも、私を幽閉するための監獄!?)」
私の心臓が、歓喜で飛び跳ねた。
ついに来たわ。悪役令嬢の王道ルート、幽閉エンドよ!
冷たい石畳、細い窓、粗末な食事……。
そこから「もう二度と私の前に現れるな!」と、冷たく言い捨てられるのね!
「準備は万端です。温度管理から湿度、そして防音に至るまで、ルト様が満足されるよう徹底いたしました」
「よし。彼女をあそこに閉じ込め、一生、僕だけのものにする……。誰にも邪魔させはしない」
「(……ひゃっはー! 独占欲をこじらせたヤンデレ王子ルート! これなら確実に婚約破棄……じゃなくて、婚約破棄以上の破滅が待っているわ!)」
私は感動のあまり、カーテンから飛び出しそうになった。
しかし、ここで正体がバレては台無しだ。
私は、アラリック様が立ち去るのを待ってから、こっそりとその「地下室」とやらを突き止めることにした。
数時間後。
夜の帳が下りた頃、私は騎士団長からくすねた鍵を手に、王宮の地下深くへと潜入した。
重い鉄の扉の前に立つ。
ここを開ければ、私の望んだ「終わり」が待っている。
「(さあ……私の新しい家(監獄)を見せてちょうだい!)」
私はギィ……と音を立てて扉を開けた。
そこは——……。
「……何、ここ」
眩いばかりの魔石の灯りに照らされた空間。
そこにあったのは、冷たい石の壁でも、鉄格子でもなかった。
最高級の絨毯が敷き詰められ、壁一面には世界中の名作を揃えた書庫。
中央には、雲のような寝心地を約束する巨大なベッド。
そして、部屋の片隅には……。
「……プライベート・シアター?」
「おや、ルト。自分からここに来てくれるなんて。僕の愛が通じたのかな?」
「ひっ!?」
背後から、ぬっと現れたアラリック様に、私は悲鳴を上げた。
彼は優雅な笑みを浮かべ、部屋のスイッチをパチンと鳴らした。
「ここは、君が『誰にも邪魔されたくない』と言っていた時のための、究極の隠れ家だよ。防音も完璧だから、君がどれだけわがままを叫んでも、外には漏れない。……どうだい? 一生、ここで僕に甘やかされて暮らす気になったかな?」
「……」
「ルト様! 書庫の本は、私がすべて検品いたしましたわ! 前世とか来世とか、そんな怪しいオカルト本は一冊もございません! すべて純愛モノと、ルト様の好きな料理の本だけです!」
どこからともなく、マリアさんまで現れた。
彼女はエプロン姿で、焼きたてのクッキーを盆に乗せている。
「さあ、ルト。この『地下室』で、僕と二人きりで……夜通し、次の公務の打ち合わせをしようじゃないか」
「……打ち合わせ?」
「ああ。君がここを気に入ってくれれば、僕も仕事が捗るからね。君をここに閉じ込めて、僕が甲斐甲斐しく世話を焼く……。これ以上の幸せが、この世にあるだろうか」
「(……それ、ただの超豪華なテレワーク部屋じゃないのよ!!)」
私は、豪華なソファに力なく沈み込んだ。
幽閉という名の極上リゾート。
監視という名の至れり尽くせりな介護。
「……ねえ、アラリック様。私、本当に、あなたを断罪したいの。本気なのよ」
「わかっているよ、ルト。君はそうやって、僕を『悪い男』に仕立て上げることで、自分の愛を試しているんだろう? 大丈夫だ、僕は君のどんな期待にも応えてみせる」
「……もう、どうにでもなれ」
私は、マリアさんが持ってきたクッキーを、自棄糞で口に放り込んだ。
悔しいけれど、とびきり甘くて、最高に美味しかった。
私の「聞こえてきた密談」は、ただの「重すぎる愛の計画」でしかなかったのだ。
私は自室で、丁寧に磨き上げられた爪を見つめながら溜息をついた。
あの後、アラリック様に「泥パックだなんて、君は美の探求に余念がないんだね」と、とんでもない解釈をされて、そのまま高級な風呂に入れられた。
もちろん、あのもふもふの猫のぬいぐるみも一緒にだ。
今では私のベッドの特等席に鎮座している。
「お嬢様、またお悩みですか? 次はどのような『断罪』を企画されているのでしょう」
アンナが呆れたように、ハーブティーを机に置いた。
「企画なんて言わないで。私は至って真面目なのよ……。でも、もう直接的なあら探しは限界ね。彼らの善意は、私の想像を絶するわ」
「そうですね。もはや呪いの域に達しているかと」
「だからこそ、今度は『受動的』に攻めることにしたわ」
私はニヤリと笑った。
「彼らが私をどう思っているか、第三者の前で話している『本音』を盗み聞きするのよ。人前であんなに甘いアラリック様だって、側近の前では『あのごうまんちきな女、早く追い出したい』って溢しているに違いないわ!」
「……まだ諦めていらっしゃらなかったんですね。感服いたします」
私はアンナの言葉を無視し、再び隠密行動を開始した。
今回の舞台は、王宮の会議室へと続く回廊だ。
そこには、アラリック様と、彼の側近である騎士団長がいた。
私は重厚なカーテンの影に隠れ、息を殺す。
「……ルトの件だが」
アラリック様の、低く冷徹な声。
よし、始まったわ!
「はっ。例の『ルト様対策』、すでに進行しております」
騎士団長が、硬い声で答えた。
『対策』!? なんて素敵な響きかしら!
「彼女は最近、ますます過激になっている。……昨日のあの、泥を塗って現れた姿を見たか?」
「はい。正気の沙汰とは思えませんでした」
「(……もっと言って! もっと私の悪口を言い合いなさいな!)」
私はカーテンの中で、小躍りしたい気分だった。
ついに、ついに共通の認識として「ルトはやばい女」だと認められたのね!
「だが、あそこまで自分を捨てて、僕を試そうとする彼女の情熱……。僕は、それに応えなければならないと思っている」
「……殿下。本気でございますか?」
「ああ。彼女が望むなら、僕はどこまでも堕ちよう。……例の『地下室』の準備はどうなっている?」
「(……地下室!? 拷問部屋!? それとも、私を幽閉するための監獄!?)」
私の心臓が、歓喜で飛び跳ねた。
ついに来たわ。悪役令嬢の王道ルート、幽閉エンドよ!
冷たい石畳、細い窓、粗末な食事……。
そこから「もう二度と私の前に現れるな!」と、冷たく言い捨てられるのね!
「準備は万端です。温度管理から湿度、そして防音に至るまで、ルト様が満足されるよう徹底いたしました」
「よし。彼女をあそこに閉じ込め、一生、僕だけのものにする……。誰にも邪魔させはしない」
「(……ひゃっはー! 独占欲をこじらせたヤンデレ王子ルート! これなら確実に婚約破棄……じゃなくて、婚約破棄以上の破滅が待っているわ!)」
私は感動のあまり、カーテンから飛び出しそうになった。
しかし、ここで正体がバレては台無しだ。
私は、アラリック様が立ち去るのを待ってから、こっそりとその「地下室」とやらを突き止めることにした。
数時間後。
夜の帳が下りた頃、私は騎士団長からくすねた鍵を手に、王宮の地下深くへと潜入した。
重い鉄の扉の前に立つ。
ここを開ければ、私の望んだ「終わり」が待っている。
「(さあ……私の新しい家(監獄)を見せてちょうだい!)」
私はギィ……と音を立てて扉を開けた。
そこは——……。
「……何、ここ」
眩いばかりの魔石の灯りに照らされた空間。
そこにあったのは、冷たい石の壁でも、鉄格子でもなかった。
最高級の絨毯が敷き詰められ、壁一面には世界中の名作を揃えた書庫。
中央には、雲のような寝心地を約束する巨大なベッド。
そして、部屋の片隅には……。
「……プライベート・シアター?」
「おや、ルト。自分からここに来てくれるなんて。僕の愛が通じたのかな?」
「ひっ!?」
背後から、ぬっと現れたアラリック様に、私は悲鳴を上げた。
彼は優雅な笑みを浮かべ、部屋のスイッチをパチンと鳴らした。
「ここは、君が『誰にも邪魔されたくない』と言っていた時のための、究極の隠れ家だよ。防音も完璧だから、君がどれだけわがままを叫んでも、外には漏れない。……どうだい? 一生、ここで僕に甘やかされて暮らす気になったかな?」
「……」
「ルト様! 書庫の本は、私がすべて検品いたしましたわ! 前世とか来世とか、そんな怪しいオカルト本は一冊もございません! すべて純愛モノと、ルト様の好きな料理の本だけです!」
どこからともなく、マリアさんまで現れた。
彼女はエプロン姿で、焼きたてのクッキーを盆に乗せている。
「さあ、ルト。この『地下室』で、僕と二人きりで……夜通し、次の公務の打ち合わせをしようじゃないか」
「……打ち合わせ?」
「ああ。君がここを気に入ってくれれば、僕も仕事が捗るからね。君をここに閉じ込めて、僕が甲斐甲斐しく世話を焼く……。これ以上の幸せが、この世にあるだろうか」
「(……それ、ただの超豪華なテレワーク部屋じゃないのよ!!)」
私は、豪華なソファに力なく沈み込んだ。
幽閉という名の極上リゾート。
監視という名の至れり尽くせりな介護。
「……ねえ、アラリック様。私、本当に、あなたを断罪したいの。本気なのよ」
「わかっているよ、ルト。君はそうやって、僕を『悪い男』に仕立て上げることで、自分の愛を試しているんだろう? 大丈夫だ、僕は君のどんな期待にも応えてみせる」
「……もう、どうにでもなれ」
私は、マリアさんが持ってきたクッキーを、自棄糞で口に放り込んだ。
悔しいけれど、とびきり甘くて、最高に美味しかった。
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