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「……これこそ、彼女の正体を暴く決定打よ!」
私は自室で、一冊の古びた黒革の手帳を掲げた。
先日、マリアさんのカバンから「ルト様観察聖典」を奪い取った際、実はもう一冊、怪しく光る(ように見えた)手帳を見つけていたのだ。
あの時は聖典の衝撃で忘れていたけれど、これこそが本命に違いない。
「お嬢様、また人の持ち物を……。それは、マリア様が大切にされていた帳簿ではありませんか?」
アンナが、呆れを通り越して感心の域に達したような顔で言った。
「そうよ! あんなに良い子ぶっているけれど、男爵家の家計でこんな立派な手帳を持てるはずがないわ。きっと、王子をたぶらかして得た裏金や、他国への密通記録がびっしりと書かれているはずよ!」
「……もしそうなら、今度こそお嬢様の望みが叶いますね(棒読み)」
私は意気揚々と、アラリック様の元へ向かった。
一対一で証拠を突きつけるよりも、大勢の人の前で「彼女はこんなに恐ろしい女なのよ!」と暴露する方が効果的だ。
ちょうど、王宮の回廊には多くの貴族たちが集まっていた。
その中心には、談笑するアラリック様とマリアさんの姿がある。
「(さあ、覚悟しなさい、マリアさん。あなたの『黒い中身』、全部ぶちまけてあげるわ!)」
私は毅然とした足取りで、輪の中へ割り込んだ。
「アラリック様! 皆様、お聞きになって! この男爵令嬢マリアさんが、どれほど恐ろしい裏の顔を持っているか、今ここで証明してみせますわ!」
周囲の貴族たちがざわめく。
マリアさんは「えっ、ルト様!? また私のために何かイベントを!?」と、相変わらず的外れな期待で目を輝かせている。
「イベントではありませんわ! これを見なさい!」
私は高らかに、黒革の手帳を突きつけた。
「この中には、あなたがひた隠しにしてきた『不都合な真実』が記されているはずよ。さあ、アラリック様。ご自身の手で、この女の正体を確認なさってくださいな!」
私はアラリック様に手帳を押しつけた。
彼は少し困惑した様子だったが、私のあまりの剣幕に押され、ゆっくりとページを開いた。
「……ルト、これは」
「ふふ、驚いたでしょう? その驚愕の表情、待っていましたわ!」
「……ああ、驚いたよ。マリア嬢、君はこれほどの活動を、僕にも黙って……」
アラリック様の声が震えている。
よし、怒りよ! 怒りなさい! そしてマリアさんを追放するついでに、管理責任を問うて私との婚約も破棄してちょうだい!
「ルト、君にも見てほしい。彼女の『献身』を」
「……はい?」
私はアラリック様の手元を覗き込んだ。
そこには、びっしりと数字と地名が並んでいた。
『×月○日。王都の孤児院へ、ルト様の名義でパン三百個を寄付。』
『△月×日。北方の貧困村へ、ルト様から頂いた(と称した)古いドレスを仕立て直して贈呈。感謝の声、多数。』
『□月△日。ルト様の素晴らしさを広めるための『聖女ルト基金』、目標金額の八割を達成。』
「……何、これ」
私は、頭の中が真っ白になった。
マリアさんが、おずおずと手を挙げる。
「あ、あの……。ルト様はいつも、ツンツンした態度で周りを威嚇されていますけれど、本当は誰よりもお優しい方。だから、私がルト様の代わりに、その『隠された慈悲』を形にしていたんです!」
「……隠された慈悲?」
「はい! ルト様は『私を悪者にして!』とよくおっしゃいますが、それはきっと、自分が目立つことを嫌う謙虚さゆえのこと。だから私は、ルト様の評判が正しく伝わるよう、裏でコツコツと徳を積ませていただいておりました!」
マリアさんは、感極まったようにハンカチで目元を拭った。
「昨日の『青いタルト』も、実は栄養満点のスーパーフードだったと街で評判ですよ! ルト様、あんなに手間のかかるものを……!!」
「……うおおおおお!」
「ルト様……! なんて奥ゆかしい方なんだ!」
「悪役のふりをして善行を積むなんて、真の聖女だ!」
周囲の貴族たちから、割れんばかりの拍手と称賛の声が上がった。
アラリック様も、熱い眼差しで私を見つめている。
「ルト。君がそこまで自分の善行を隠そうとしていたなんて。……僕も甘かった。君の愛の深さに、もっと真摯に向き合わなければならないね」
「……」
私は、手に持っていた手帳を力なく地面に落とした。
黒革の手帳は、悪の証拠ではなく、私の「聖女伝説」を補完する最強の資料だったのだ。
「(……もう、詰んだわ。私、この国で一番の善人として、歴史に刻まれちゃうじゃないの……!)」
私の絶望を余所に、マリアさんの「ルト様・徳積み日記」は、新たな伝説として王宮中に広まっていくのだった。
私は自室で、一冊の古びた黒革の手帳を掲げた。
先日、マリアさんのカバンから「ルト様観察聖典」を奪い取った際、実はもう一冊、怪しく光る(ように見えた)手帳を見つけていたのだ。
あの時は聖典の衝撃で忘れていたけれど、これこそが本命に違いない。
「お嬢様、また人の持ち物を……。それは、マリア様が大切にされていた帳簿ではありませんか?」
アンナが、呆れを通り越して感心の域に達したような顔で言った。
「そうよ! あんなに良い子ぶっているけれど、男爵家の家計でこんな立派な手帳を持てるはずがないわ。きっと、王子をたぶらかして得た裏金や、他国への密通記録がびっしりと書かれているはずよ!」
「……もしそうなら、今度こそお嬢様の望みが叶いますね(棒読み)」
私は意気揚々と、アラリック様の元へ向かった。
一対一で証拠を突きつけるよりも、大勢の人の前で「彼女はこんなに恐ろしい女なのよ!」と暴露する方が効果的だ。
ちょうど、王宮の回廊には多くの貴族たちが集まっていた。
その中心には、談笑するアラリック様とマリアさんの姿がある。
「(さあ、覚悟しなさい、マリアさん。あなたの『黒い中身』、全部ぶちまけてあげるわ!)」
私は毅然とした足取りで、輪の中へ割り込んだ。
「アラリック様! 皆様、お聞きになって! この男爵令嬢マリアさんが、どれほど恐ろしい裏の顔を持っているか、今ここで証明してみせますわ!」
周囲の貴族たちがざわめく。
マリアさんは「えっ、ルト様!? また私のために何かイベントを!?」と、相変わらず的外れな期待で目を輝かせている。
「イベントではありませんわ! これを見なさい!」
私は高らかに、黒革の手帳を突きつけた。
「この中には、あなたがひた隠しにしてきた『不都合な真実』が記されているはずよ。さあ、アラリック様。ご自身の手で、この女の正体を確認なさってくださいな!」
私はアラリック様に手帳を押しつけた。
彼は少し困惑した様子だったが、私のあまりの剣幕に押され、ゆっくりとページを開いた。
「……ルト、これは」
「ふふ、驚いたでしょう? その驚愕の表情、待っていましたわ!」
「……ああ、驚いたよ。マリア嬢、君はこれほどの活動を、僕にも黙って……」
アラリック様の声が震えている。
よし、怒りよ! 怒りなさい! そしてマリアさんを追放するついでに、管理責任を問うて私との婚約も破棄してちょうだい!
「ルト、君にも見てほしい。彼女の『献身』を」
「……はい?」
私はアラリック様の手元を覗き込んだ。
そこには、びっしりと数字と地名が並んでいた。
『×月○日。王都の孤児院へ、ルト様の名義でパン三百個を寄付。』
『△月×日。北方の貧困村へ、ルト様から頂いた(と称した)古いドレスを仕立て直して贈呈。感謝の声、多数。』
『□月△日。ルト様の素晴らしさを広めるための『聖女ルト基金』、目標金額の八割を達成。』
「……何、これ」
私は、頭の中が真っ白になった。
マリアさんが、おずおずと手を挙げる。
「あ、あの……。ルト様はいつも、ツンツンした態度で周りを威嚇されていますけれど、本当は誰よりもお優しい方。だから、私がルト様の代わりに、その『隠された慈悲』を形にしていたんです!」
「……隠された慈悲?」
「はい! ルト様は『私を悪者にして!』とよくおっしゃいますが、それはきっと、自分が目立つことを嫌う謙虚さゆえのこと。だから私は、ルト様の評判が正しく伝わるよう、裏でコツコツと徳を積ませていただいておりました!」
マリアさんは、感極まったようにハンカチで目元を拭った。
「昨日の『青いタルト』も、実は栄養満点のスーパーフードだったと街で評判ですよ! ルト様、あんなに手間のかかるものを……!!」
「……うおおおおお!」
「ルト様……! なんて奥ゆかしい方なんだ!」
「悪役のふりをして善行を積むなんて、真の聖女だ!」
周囲の貴族たちから、割れんばかりの拍手と称賛の声が上がった。
アラリック様も、熱い眼差しで私を見つめている。
「ルト。君がそこまで自分の善行を隠そうとしていたなんて。……僕も甘かった。君の愛の深さに、もっと真摯に向き合わなければならないね」
「……」
私は、手に持っていた手帳を力なく地面に落とした。
黒革の手帳は、悪の証拠ではなく、私の「聖女伝説」を補完する最強の資料だったのだ。
「(……もう、詰んだわ。私、この国で一番の善人として、歴史に刻まれちゃうじゃないの……!)」
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