9 / 28
9
「……これこそ、彼女の正体を暴く決定打よ!」
私は自室で、一冊の古びた黒革の手帳を掲げた。
先日、マリアさんのカバンから「ルト様観察聖典」を奪い取った際、実はもう一冊、怪しく光る(ように見えた)手帳を見つけていたのだ。
あの時は聖典の衝撃で忘れていたけれど、これこそが本命に違いない。
「お嬢様、また人の持ち物を……。それは、マリア様が大切にされていた帳簿ではありませんか?」
アンナが、呆れを通り越して感心の域に達したような顔で言った。
「そうよ! あんなに良い子ぶっているけれど、男爵家の家計でこんな立派な手帳を持てるはずがないわ。きっと、王子をたぶらかして得た裏金や、他国への密通記録がびっしりと書かれているはずよ!」
「……もしそうなら、今度こそお嬢様の望みが叶いますね(棒読み)」
私は意気揚々と、アラリック様の元へ向かった。
一対一で証拠を突きつけるよりも、大勢の人の前で「彼女はこんなに恐ろしい女なのよ!」と暴露する方が効果的だ。
ちょうど、王宮の回廊には多くの貴族たちが集まっていた。
その中心には、談笑するアラリック様とマリアさんの姿がある。
「(さあ、覚悟しなさい、マリアさん。あなたの『黒い中身』、全部ぶちまけてあげるわ!)」
私は毅然とした足取りで、輪の中へ割り込んだ。
「アラリック様! 皆様、お聞きになって! この男爵令嬢マリアさんが、どれほど恐ろしい裏の顔を持っているか、今ここで証明してみせますわ!」
周囲の貴族たちがざわめく。
マリアさんは「えっ、ルト様!? また私のために何かイベントを!?」と、相変わらず的外れな期待で目を輝かせている。
「イベントではありませんわ! これを見なさい!」
私は高らかに、黒革の手帳を突きつけた。
「この中には、あなたがひた隠しにしてきた『不都合な真実』が記されているはずよ。さあ、アラリック様。ご自身の手で、この女の正体を確認なさってくださいな!」
私はアラリック様に手帳を押しつけた。
彼は少し困惑した様子だったが、私のあまりの剣幕に押され、ゆっくりとページを開いた。
「……ルト、これは」
「ふふ、驚いたでしょう? その驚愕の表情、待っていましたわ!」
「……ああ、驚いたよ。マリア嬢、君はこれほどの活動を、僕にも黙って……」
アラリック様の声が震えている。
よし、怒りよ! 怒りなさい! そしてマリアさんを追放するついでに、管理責任を問うて私との婚約も破棄してちょうだい!
「ルト、君にも見てほしい。彼女の『献身』を」
「……はい?」
私はアラリック様の手元を覗き込んだ。
そこには、びっしりと数字と地名が並んでいた。
『×月○日。王都の孤児院へ、ルト様の名義でパン三百個を寄付。』
『△月×日。北方の貧困村へ、ルト様から頂いた(と称した)古いドレスを仕立て直して贈呈。感謝の声、多数。』
『□月△日。ルト様の素晴らしさを広めるための『聖女ルト基金』、目標金額の八割を達成。』
「……何、これ」
私は、頭の中が真っ白になった。
マリアさんが、おずおずと手を挙げる。
「あ、あの……。ルト様はいつも、ツンツンした態度で周りを威嚇されていますけれど、本当は誰よりもお優しい方。だから、私がルト様の代わりに、その『隠された慈悲』を形にしていたんです!」
「……隠された慈悲?」
「はい! ルト様は『私を悪者にして!』とよくおっしゃいますが、それはきっと、自分が目立つことを嫌う謙虚さゆえのこと。だから私は、ルト様の評判が正しく伝わるよう、裏でコツコツと徳を積ませていただいておりました!」
マリアさんは、感極まったようにハンカチで目元を拭った。
「昨日の『青いタルト』も、実は栄養満点のスーパーフードだったと街で評判ですよ! ルト様、あんなに手間のかかるものを……!!」
「……うおおおおお!」
「ルト様……! なんて奥ゆかしい方なんだ!」
「悪役のふりをして善行を積むなんて、真の聖女だ!」
周囲の貴族たちから、割れんばかりの拍手と称賛の声が上がった。
アラリック様も、熱い眼差しで私を見つめている。
「ルト。君がそこまで自分の善行を隠そうとしていたなんて。……僕も甘かった。君の愛の深さに、もっと真摯に向き合わなければならないね」
「……」
私は、手に持っていた手帳を力なく地面に落とした。
黒革の手帳は、悪の証拠ではなく、私の「聖女伝説」を補完する最強の資料だったのだ。
「(……もう、詰んだわ。私、この国で一番の善人として、歴史に刻まれちゃうじゃないの……!)」
私の絶望を余所に、マリアさんの「ルト様・徳積み日記」は、新たな伝説として王宮中に広まっていくのだった。
私は自室で、一冊の古びた黒革の手帳を掲げた。
先日、マリアさんのカバンから「ルト様観察聖典」を奪い取った際、実はもう一冊、怪しく光る(ように見えた)手帳を見つけていたのだ。
あの時は聖典の衝撃で忘れていたけれど、これこそが本命に違いない。
「お嬢様、また人の持ち物を……。それは、マリア様が大切にされていた帳簿ではありませんか?」
アンナが、呆れを通り越して感心の域に達したような顔で言った。
「そうよ! あんなに良い子ぶっているけれど、男爵家の家計でこんな立派な手帳を持てるはずがないわ。きっと、王子をたぶらかして得た裏金や、他国への密通記録がびっしりと書かれているはずよ!」
「……もしそうなら、今度こそお嬢様の望みが叶いますね(棒読み)」
私は意気揚々と、アラリック様の元へ向かった。
一対一で証拠を突きつけるよりも、大勢の人の前で「彼女はこんなに恐ろしい女なのよ!」と暴露する方が効果的だ。
ちょうど、王宮の回廊には多くの貴族たちが集まっていた。
その中心には、談笑するアラリック様とマリアさんの姿がある。
「(さあ、覚悟しなさい、マリアさん。あなたの『黒い中身』、全部ぶちまけてあげるわ!)」
私は毅然とした足取りで、輪の中へ割り込んだ。
「アラリック様! 皆様、お聞きになって! この男爵令嬢マリアさんが、どれほど恐ろしい裏の顔を持っているか、今ここで証明してみせますわ!」
周囲の貴族たちがざわめく。
マリアさんは「えっ、ルト様!? また私のために何かイベントを!?」と、相変わらず的外れな期待で目を輝かせている。
「イベントではありませんわ! これを見なさい!」
私は高らかに、黒革の手帳を突きつけた。
「この中には、あなたがひた隠しにしてきた『不都合な真実』が記されているはずよ。さあ、アラリック様。ご自身の手で、この女の正体を確認なさってくださいな!」
私はアラリック様に手帳を押しつけた。
彼は少し困惑した様子だったが、私のあまりの剣幕に押され、ゆっくりとページを開いた。
「……ルト、これは」
「ふふ、驚いたでしょう? その驚愕の表情、待っていましたわ!」
「……ああ、驚いたよ。マリア嬢、君はこれほどの活動を、僕にも黙って……」
アラリック様の声が震えている。
よし、怒りよ! 怒りなさい! そしてマリアさんを追放するついでに、管理責任を問うて私との婚約も破棄してちょうだい!
「ルト、君にも見てほしい。彼女の『献身』を」
「……はい?」
私はアラリック様の手元を覗き込んだ。
そこには、びっしりと数字と地名が並んでいた。
『×月○日。王都の孤児院へ、ルト様の名義でパン三百個を寄付。』
『△月×日。北方の貧困村へ、ルト様から頂いた(と称した)古いドレスを仕立て直して贈呈。感謝の声、多数。』
『□月△日。ルト様の素晴らしさを広めるための『聖女ルト基金』、目標金額の八割を達成。』
「……何、これ」
私は、頭の中が真っ白になった。
マリアさんが、おずおずと手を挙げる。
「あ、あの……。ルト様はいつも、ツンツンした態度で周りを威嚇されていますけれど、本当は誰よりもお優しい方。だから、私がルト様の代わりに、その『隠された慈悲』を形にしていたんです!」
「……隠された慈悲?」
「はい! ルト様は『私を悪者にして!』とよくおっしゃいますが、それはきっと、自分が目立つことを嫌う謙虚さゆえのこと。だから私は、ルト様の評判が正しく伝わるよう、裏でコツコツと徳を積ませていただいておりました!」
マリアさんは、感極まったようにハンカチで目元を拭った。
「昨日の『青いタルト』も、実は栄養満点のスーパーフードだったと街で評判ですよ! ルト様、あんなに手間のかかるものを……!!」
「……うおおおおお!」
「ルト様……! なんて奥ゆかしい方なんだ!」
「悪役のふりをして善行を積むなんて、真の聖女だ!」
周囲の貴族たちから、割れんばかりの拍手と称賛の声が上がった。
アラリック様も、熱い眼差しで私を見つめている。
「ルト。君がそこまで自分の善行を隠そうとしていたなんて。……僕も甘かった。君の愛の深さに、もっと真摯に向き合わなければならないね」
「……」
私は、手に持っていた手帳を力なく地面に落とした。
黒革の手帳は、悪の証拠ではなく、私の「聖女伝説」を補完する最強の資料だったのだ。
「(……もう、詰んだわ。私、この国で一番の善人として、歴史に刻まれちゃうじゃないの……!)」
私の絶望を余所に、マリアさんの「ルト様・徳積み日記」は、新たな伝説として王宮中に広まっていくのだった。
あなたにおすすめの小説
悪役令嬢にされたので婚約破棄を受け入れたら、なぜか全員困っています
かきんとう
恋愛
王城の大広間は、いつも以上に華やいでいた。
磨き上げられた床は燭台の光を反射し、色とりどりのドレスが揺れるたびに、まるで花畑が動いているかのように見える。貴族たちの笑い声、楽団の優雅な旋律、そして、ひそやかな噂話が、空気を満たしていた。
その中心に、私は立っていた。
――今日、この瞬間のために。
「エレノア・フォン・リーベルト嬢」
高らかに呼ばれた私の名に、ざわめきがぴたりと止む。
アルバートの屈辱
プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。
『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。
良いものは全部ヒトのもの
猫枕
恋愛
会うたびにミリアム容姿のことを貶しまくる婚約者のクロード。
ある日我慢の限界に達したミリアムはクロードを顔面グーパンして婚約破棄となる。
翌日からは学園でブスゴリラと渾名されるようになる。
一人っ子のミリアムは婿養子を探さなければならない。
『またすぐ別の婚約者候補が現れて、私の顔を見た瞬間にがっかりされるんだろうな』
憂鬱な気分のミリアムに両親は無理に結婚しなくても好きに生きていい、と言う。
自分の望む人生のあり方を模索しはじめるミリアムであったが。
10年間の結婚生活を忘れました ~ドーラとレクス~
緑谷めい
恋愛
ドーラは金で買われたも同然の妻だった――
レクスとの結婚が決まった際「ドーラ、すまない。本当にすまない。不甲斐ない父を許せとは言わん。だが、我が家を助けると思ってゼーマン伯爵家に嫁いでくれ。頼む。この通りだ」と自分に頭を下げた実父の姿を見て、ドーラは自分の人生を諦めた。齢17歳にしてだ。
※ 全10話完結予定
悪女と呼ばれた王妃
アズやっこ
恋愛
私はこの国の王妃だった。悪女と呼ばれ処刑される。
処刑台へ向かうと先に処刑された私の幼馴染み、私の護衛騎士、私の従者達、胴体と頭が離れた状態で捨て置かれている。
まるで屑物のように足で蹴られぞんざいな扱いをされている。
私一人処刑すれば済む話なのに。
それでも仕方がないわね。私は心がない悪女、今までの行いの結果よね。
目の前には私の夫、この国の国王陛下が座っている。
私はただ、
貴方を愛して、貴方を護りたかっただけだったの。
貴方のこの国を、貴方の地位を、貴方の政務を…、
ただ護りたかっただけ…。
だから私は泣かない。悪女らしく最後は笑ってこの世を去るわ。
❈ 作者独自の世界観です。
❈ ゆるい設定です。
❈ 処刑エンドなのでバットエンドです。
「では、ごきげんよう」と去った悪役令嬢は破滅すら置き去りにして
東雲れいな
恋愛
「悪役令嬢」と噂される伯爵令嬢・ローズ。王太子殿下の婚約者候補だというのに、ヒロインから王子を奪おうなんて野心はまるでありません。むしろ彼女は、“わたくしはわたくしらしく”と胸を張り、周囲の冷たい視線にも毅然と立ち向かいます。
破滅を甘受する覚悟すらあった彼女が、誇り高く戦い抜くとき、運命は大きく動きだす。
報われなかった姫君に、弔いの白い薔薇の花束を
さくたろう
恋愛
その国の王妃を決める舞踏会に招かれたロザリー・ベルトレードは、自分が当時の王子、そうして現王アルフォンスの婚約者であり、不遇の死を遂げた姫オフィーリアであったという前世を思い出す。
少しずつ蘇るオフィーリアの記憶に翻弄されながらも、17年前から今世まで続く因縁に、ロザリーは絡め取られていく。一方でアルフォンスもロザリーの存在から目が離せなくなり、やがて二人は再び惹かれ合うようになるが――。
20話です。小説家になろう様でも公開中です。