ただ、嫌われたかっただけなんです。婚約破棄を望みます。

ちゅんりー

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「……もう、黙って見ていられないわ」

私は公爵家の馬車に揺られながら、窓の外を険しい目で見つめていた。

前回の「黒革の手帳」事件以来、私の評判は「人知れず善行を積む、つつましき聖女」という、吐き気のするような方向へ爆走している。
マリアさんが勝手に私の名前で行っていた寄付のせいで、街を歩けば「ルト様、ありがとうございます!」と拝まれる始末。

このままでは、婚約破棄どころか、将来の国母として銅像が立ちかねない。

「お嬢様、そんなに殺気立ってどちらへ? 今日はアラリック殿下との刺繍教室があったはずですが」

アンナが、馬車の揺れに合わせながら冷静に尋ねた。

「刺繍なんてやってる場合じゃないわ! マリアさんが勝手に寄付していたっていう、あの孤児院に行くのよ!」

「……まさか、寄付金を取り返しに行くのですか?」

「失礼ね、そこまで落ちぶれてないわよ。私は、彼らに『本当の絶望』を教えに行くの! 聖女ルト様なんて幻想を、根底からぶち壊してやるわ!」

私は馬車の座席に置いた、ずっしりと重い袋を叩いた。
中には、私が用意した「子供たちが嫌がるもの」が詰まっている。

孤児院に着くと、マリアさんがエプロン姿で子供たちに囲まれていた。

「あ、ルト様! 見てください、子供たちがこんなに元気に……!」

「どきなさい、マリアさん。今日の主役は私よ」

私はマリアさんを突き飛ばす勢いで(実際には、マリアさんが『ああ、ルト様の手の感触……!』とうっとりしながら自分から避けただけだが)中央に立った。

子供たちが、期待に満ちた目で私を見上げてくる。
ふふ……。今にその顔が絶望に染まるわよ。

「いい、子供たち! 私は、あなたたちが思っているような優しい人間ではないわ。さあ、これを受け取りなさい!」

私は袋から、一つ目の「絶望」を取り出した。

「これは、最高級の、ものすごく甘い砂糖菓子よ! これでもかというほど砂糖を使った、体に悪いお菓子なんだから! さあ、食べて虫歯になりなさい!」

私は山のようなお菓子をテーブルにぶちまけた。
子供たちは一瞬静まり返り——……。

「……わあああああ!!」
「お菓子だ! こんなにたくさん、見たことないよ!」
「ルト様、大好き!」

歓喜の嵐が巻き起こった。
子供たちは、虫歯の恐怖などどこへやら、幸せそうにお菓子に食らいついている。

「(……おかしいわね。甘すぎるお菓子は、子供への嫌がらせの定番のはずなのに)」

私は焦って、二つ目の「絶望」を取り出した。

「喜ぶのはまだ早いわよ! 次はこれよ! 難解で、ちっとも面白くない、分厚い教科書! これでお勉強地獄を味わせてやるわ!」

私は、私が学生時代に一番嫌いだった、古い歴史書や算術の本を叩きつけた。

「……っ!!」

一人の少年が、その本を震える手で取った。
よし、泣きなさい! 勉強の苦しさに悶絶しなさい!

「……すごい。これ、欲しかったんだ。……僕、字を覚えて、いつかルト様みたいに立派な人になりたいって思ってたんだ。……ありがとう、ルト様!」

少年はボロボロと涙を流し、本を抱きしめて私の足元に跪いた。
周りの子供たちも、「ルト様、僕たちを教育してくださるんだね!」と目を輝かせている。

「(……は? 教育? 教科書って、普通は嫌がらせでしょう!?)」

「ルト様……。なんて、なんて深い慈悲を。お菓子で子供たちの心を解きほぐし、その上で未来のための知識を授ける……。これこそ真の教育者ですわ!」

マリアさんが、私の背後で滝のような涙を流していた。

そこへ、なぜか騎士団を引き連れたアラリック様が現れた。
彼は私の姿を見るなり、神々しいものを見たかのように片膝をついた。

「ルト……。君がここにいると聞いて駆けつけたが。……まさか、自ら孤児院に足を運び、物資だけでなく『希望』まで配っていたとは」

「殿下、違います。私はただ、彼らを堕落させ、勉強地獄に突き落とそうと——」

「わかっている。君は、彼らを『自立した国民』に育て上げようとしているんだね。君のその遠大な国家計画、僕も全責任を持って支援しよう。今すぐ、この孤児院を国立の教育機関に格上げする!」

「……は?」

「ルト様万歳!」
「聖女ルト様、万歳!!」

子供たちとマリアさん、そして騎士たちの歓声が、孤児院の庭に響き渡った。

私は、空になった袋を握りしめたまま、その場に棒立ちになった。

お菓子を配れば「慈母」と呼ばれ、嫌な教科書を渡せば「教育の父(母)」と呼ばれ……。
私の「悪の救世主」作戦は、孤児院の子供たちを救い、王子の信頼を不動のものにし、私の評判を伝説の域へと押し上げるという、最悪の成功を収めてしまった。

「(……ねえ、誰か。誰か一人くらい、私を『嫌な女』って言ってよ……!)」

私の切実な願いは、誰にも届くことなく、幸せな歌声にかき消されていった。
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