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「……ふふ、ふふふ。今度こそ、今度こそ終わらせてあげるわ」
私は自室で、怪しく微笑みながら三枚の肖像画をテーブルに並べた。
孤児院の一件で「教育の母」なんて呼ばれるようになってから、私の危機感はマックスに達している。
もはや私一人の力では、アラリック様の「愛のフィルター」を突き破ることは不可能。
ならば、外圧よ! 外部からの強力な誘惑で、彼の理性を崩壊させるのよ!
「お嬢様、その……いかにも『訳あり』そうな美女たちの写真は一体?」
アンナが、遠巻きに私の手元を覗き込みながら言った。
「これ? これはね、私が全財産(お小遣い)を叩いて雇った、隣国の超一流『誘惑のスペシャリスト』三人衆よ!」
「……ハニートラップ、ですか」
「そうよ! 清廉潔白を絵に描いたようなアラリック様だって、若くて血気盛んな男だもの。こんな絶世の美女たちに迫られたら、コロッといっちゃうはずだわ! そこを私が『不潔だわ! 婚約破棄よ!』と踏み込む……完璧なシナリオね」
私はその日の夜、王宮の小サロンで内密な「夜会」をセッティングした。
アラリック様を「大切なお話がある」と呼び出し、私は別室でモニター(魔法の鏡)越しに戦況を見守ることにした。
サロンには、妖艶なドレスを纏った三人の美女たちが配置されている。
準備は万端。ターゲットが現れたわ!
「お待たせしたね。ルトはまだかな?」
アラリック様が、無防備な様子でサロンに入ってきた。
すかさず、美女の一人がしなだれかかるように彼に近づく。
「……あら、殿下。ルト様は少し遅れるそうですわ。それまで、私たちが退屈しのぎのお相手を……」
美女がアラリック様の耳元で囁き、そっと彼の肩に手を置いた。
よし、いいわよ! そのまま彼を寝室へ連れ込みなさい!
「おや、顔色が悪いようだが。……君、貧血かな?」
アラリック様が、心配そうに美女の顔を覗き込んだ。
「えっ……?」
「肩が震えている。きっと、この部屋の空調が君には強すぎるんだね。今すぐ僕の上着を貸そう。それから、温かいハーブティーを用意させるから、無理をせず椅子に座るといい」
アラリック様は迷いのない手つきで自分の上着を脱ぎ、美女の肩に優しくかけた。
……は? 何をやってるのよ、あの王子。
「あ、あの、殿下……。私はそんなことより、もっと殿下と……その、深い仲に……」
二体目の美女が、大胆にドレスの肩をはだけさせて詰め寄る。
「……っ!! なんてことだ、ドレスの縫製が甘かったのかい!? 君のような淑女が、こんな人前で肌を晒してしまうなんて……! 今すぐ僕が、背後を隠してあげよう。騎士団長! 裁縫セットと、彼女を保護するためのカーテンを持ってきてくれ!」
アラリック様は悲痛な顔で叫び、自ら盾となって美女を隠した。
……違う。そうじゃないのよ。
三体目の美女が、最後の手段として「媚薬入り(という名の甘い酒)」のグラスを差し出した。
「殿下……。これを飲んで、私と二人きりで、熱い夜を……」
「……これは。……ほう、君は僕が最近、ルトのために『最高に美味しいノンアルコールカクテル』を探しているのを知っていて、試作品を持ってきてくれたんだね!」
アラリック様は感極まったようにグラスを掲げた。
「君たちの献身的な態度に、僕は感動したよ。ルトを喜ばせるために、わざわざ体調不良を隠したり、ドレスを犠牲にしたりしてまで……。君たちは、ルトの良き友人になれる逸材だ!」
「「「……」」」
美女たちは、呆然と立ち尽くした。
そして次の瞬間、彼女たちは一斉にその場に膝をつき、私の潜伏している別室の方を向いて叫んだ。
「ルト様! ごめんなさい! 私たち、こんなに聖人君子な殿下を誘惑しようなんて、間違っていました!」
「殿下の愛は、ダイヤモンドよりも硬く、太陽よりも眩しいです……! 私たち、もう汚れた仕事はやめます!」
美女たちが、涙を流しながら部屋から走り去っていく。
……作戦、大失敗。
「……おや、ルト。そこにいたのか」
アラリック様が、別室の扉を開けて入ってきた。
彼は私の姿を見るなり、神々しいものを見たかのように微笑んだ。
「君が用意してくれた『おもてなしのスタッフ』たちは、実に素晴らしい女性たちだったよ。僕に、君への愛を再確認させるための試練を与えてくれたんだね。……ルト。僕には君しかいない。例え絶世の美女が百人現れても、僕の心は君の指先一つにしか動かないんだ」
「……」
「ルト様! 殿下の愛の深さ、私もしっかり記録いたしましたわ!」
いつの間にか背後にいたマリアさんが、またしても例の「観察聖典」を激しく書きなぐっている。
「ハニートラップさえも『愛の確認イベント』に変えてしまうルト様の手腕……。まさに愛の女神ですわ!!」
「……もう、死なせて」
私は、もふもふの猫のぬいぐるみを抱きしめ、虚空を見つめた。
誘惑すればするほど、彼の誠実さが際立ち、私の「内助の功」が増していく。
もはや、この世の全ての美女を連れてきても、私の婚約破棄は達成できそうにない。
「(……ねえ、アラリック様。あなた、人間を辞めて聖者になるつもりなの!?)」
私の絶望的なツッコミは、彼の情熱的な抱擁によって、甘い沈黙へと変わるのだった。
私は自室で、怪しく微笑みながら三枚の肖像画をテーブルに並べた。
孤児院の一件で「教育の母」なんて呼ばれるようになってから、私の危機感はマックスに達している。
もはや私一人の力では、アラリック様の「愛のフィルター」を突き破ることは不可能。
ならば、外圧よ! 外部からの強力な誘惑で、彼の理性を崩壊させるのよ!
「お嬢様、その……いかにも『訳あり』そうな美女たちの写真は一体?」
アンナが、遠巻きに私の手元を覗き込みながら言った。
「これ? これはね、私が全財産(お小遣い)を叩いて雇った、隣国の超一流『誘惑のスペシャリスト』三人衆よ!」
「……ハニートラップ、ですか」
「そうよ! 清廉潔白を絵に描いたようなアラリック様だって、若くて血気盛んな男だもの。こんな絶世の美女たちに迫られたら、コロッといっちゃうはずだわ! そこを私が『不潔だわ! 婚約破棄よ!』と踏み込む……完璧なシナリオね」
私はその日の夜、王宮の小サロンで内密な「夜会」をセッティングした。
アラリック様を「大切なお話がある」と呼び出し、私は別室でモニター(魔法の鏡)越しに戦況を見守ることにした。
サロンには、妖艶なドレスを纏った三人の美女たちが配置されている。
準備は万端。ターゲットが現れたわ!
「お待たせしたね。ルトはまだかな?」
アラリック様が、無防備な様子でサロンに入ってきた。
すかさず、美女の一人がしなだれかかるように彼に近づく。
「……あら、殿下。ルト様は少し遅れるそうですわ。それまで、私たちが退屈しのぎのお相手を……」
美女がアラリック様の耳元で囁き、そっと彼の肩に手を置いた。
よし、いいわよ! そのまま彼を寝室へ連れ込みなさい!
「おや、顔色が悪いようだが。……君、貧血かな?」
アラリック様が、心配そうに美女の顔を覗き込んだ。
「えっ……?」
「肩が震えている。きっと、この部屋の空調が君には強すぎるんだね。今すぐ僕の上着を貸そう。それから、温かいハーブティーを用意させるから、無理をせず椅子に座るといい」
アラリック様は迷いのない手つきで自分の上着を脱ぎ、美女の肩に優しくかけた。
……は? 何をやってるのよ、あの王子。
「あ、あの、殿下……。私はそんなことより、もっと殿下と……その、深い仲に……」
二体目の美女が、大胆にドレスの肩をはだけさせて詰め寄る。
「……っ!! なんてことだ、ドレスの縫製が甘かったのかい!? 君のような淑女が、こんな人前で肌を晒してしまうなんて……! 今すぐ僕が、背後を隠してあげよう。騎士団長! 裁縫セットと、彼女を保護するためのカーテンを持ってきてくれ!」
アラリック様は悲痛な顔で叫び、自ら盾となって美女を隠した。
……違う。そうじゃないのよ。
三体目の美女が、最後の手段として「媚薬入り(という名の甘い酒)」のグラスを差し出した。
「殿下……。これを飲んで、私と二人きりで、熱い夜を……」
「……これは。……ほう、君は僕が最近、ルトのために『最高に美味しいノンアルコールカクテル』を探しているのを知っていて、試作品を持ってきてくれたんだね!」
アラリック様は感極まったようにグラスを掲げた。
「君たちの献身的な態度に、僕は感動したよ。ルトを喜ばせるために、わざわざ体調不良を隠したり、ドレスを犠牲にしたりしてまで……。君たちは、ルトの良き友人になれる逸材だ!」
「「「……」」」
美女たちは、呆然と立ち尽くした。
そして次の瞬間、彼女たちは一斉にその場に膝をつき、私の潜伏している別室の方を向いて叫んだ。
「ルト様! ごめんなさい! 私たち、こんなに聖人君子な殿下を誘惑しようなんて、間違っていました!」
「殿下の愛は、ダイヤモンドよりも硬く、太陽よりも眩しいです……! 私たち、もう汚れた仕事はやめます!」
美女たちが、涙を流しながら部屋から走り去っていく。
……作戦、大失敗。
「……おや、ルト。そこにいたのか」
アラリック様が、別室の扉を開けて入ってきた。
彼は私の姿を見るなり、神々しいものを見たかのように微笑んだ。
「君が用意してくれた『おもてなしのスタッフ』たちは、実に素晴らしい女性たちだったよ。僕に、君への愛を再確認させるための試練を与えてくれたんだね。……ルト。僕には君しかいない。例え絶世の美女が百人現れても、僕の心は君の指先一つにしか動かないんだ」
「……」
「ルト様! 殿下の愛の深さ、私もしっかり記録いたしましたわ!」
いつの間にか背後にいたマリアさんが、またしても例の「観察聖典」を激しく書きなぐっている。
「ハニートラップさえも『愛の確認イベント』に変えてしまうルト様の手腕……。まさに愛の女神ですわ!!」
「……もう、死なせて」
私は、もふもふの猫のぬいぐるみを抱きしめ、虚空を見つめた。
誘惑すればするほど、彼の誠実さが際立ち、私の「内助の功」が増していく。
もはや、この世の全ての美女を連れてきても、私の婚約破棄は達成できそうにない。
「(……ねえ、アラリック様。あなた、人間を辞めて聖者になるつもりなの!?)」
私の絶望的なツッコミは、彼の情熱的な抱擁によって、甘い沈黙へと変わるのだった。
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