ただ、嫌われたかっただけなんです。婚約破棄を望みます。

ちゅんりー

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「……もう、綺麗事はたくさんよ」

私は自室で、大きな羽根ペンを握りしめ、一枚の書類を書き上げていた。

名医に「聖女」と診断され、占い師に「愛の化身」と予言されたあの日から、私の評判は天井知らずの神格化を遂げている。
このままでは、卒業と同時に「聖ルト大聖堂」でも建てられかねない。

「お嬢様、また恐ろしい顔をして何を書いていらっしゃるのですか?」

アンナが、遠巻きに私の手元を覗き込んだ。

「これ? これはね、アンナ。私の『強欲の証明書』よ。……フフフ、ついに見つけたわ。どんな聖者でも、お金に汚いとなれば一気に化けの皮が剥がれるものよ!」

「……強欲、ですか」

「そうよ! 私は今日、アラリック様に『法外な金額の小遣い』を要求するの! それも、国庫が傾くほどの額をね! 私利私欲のために血税を貪る悪女……。これこそ婚約破棄に相応しい罪状だわ!」

私は書き上げた「予算請求書」を手に、アラリック様の執務室へと乗り込んだ。
ちょうどそこには、マリアさんも一緒にいた。
二人まとめて、私の「醜い本性」を見せてあげるわ!

「アラリック様! 折り入ってご相談がありますの!」

私はわざとらしく、机の上にドサリと書類を置いた。

「おや、ルト。自分から相談に来てくれるなんて嬉しいよ。……どれどれ、これは?」

「フフ……。見て驚きなさい! 私が今、個人的に欲しいものをリストアップした予算案ですわ! これだけの金額を、今すぐ私の個人口座に振り込んでいただきたいの!」

アラリック様が書類を手に取る。
そこには、私が適当に考えた「時価数億の宝石」「隣国から取り寄せる超高級ドレス百着」「庭園を全部金箔で塗る費用」など、ふざけた要求が並んでいる。

マリアさんが、隣で書類を覗き込み、息を呑んだ。

「……っ!! こ、これは……!!」

「どうしたの、マリアさん? あまりの金額に言葉も出ないかしら? そうよ、私はこういう女なの。国民の苦労なんて露知らず、贅沢三昧したいだけの強欲な女なのよ!」

私は勝ち誇ったように笑った。
さあ、アラリック様。怒りなさい!
「身の程を知れ、この金食い虫が!」と叫んで、私を追い出しなさい!

しかし、アラリック様は書類を見つめたまま、ぶるぶると肩を震わせ始めた。

「……ルト。君という人は……どこまで、どこまで深い考えを持っているんだ……!」

「……は?」

アラリック様が、感極まったように私を見つめた。

「君は、今の我が国の『経済停滞』を憂いているんだね。……見てごらん、マリア嬢。この『超高級ドレス百着』という要求を」

「ええ、殿下! 私も今、気づきましたわ! これは、最近不況に苦しんでいる我が国の繊維産業を救うための、大規模な公共投資ですわね!?」

「その通りだ! ルトがこれだけの注文を出せば、職人たちの仕事が増え、市場にお金が回る。……さらに、この『庭園を金箔で塗る』という案! これは、金を死蔵させず、観光資源として再開発しようという遠大な計画なんだろう?」

「……」

私は、空いた口が塞がらなかった。
そんなこと、微塵も考えていないわよ。

「さらに、この宝石の購入費用……。これは、隣国との貿易摩擦を解消するための、外交的な資金移動だね? ルト、君は自分を『強欲』という泥に染めることで、誰にも悟られずに国を救おうとしているんだ……!」

アラリック様の瞳から、大粒の涙がこぼれ落ちた。

「ああ、ルト様! なんて、なんておいたわしい……! 本当は質素な生活を好まれるルト様が、あえて悪名を背負ってまで、経済を回そうとされるなんて……! 私、感動で胸がいっぱいです!」

マリアさんが私の足元に縋り付き、嗚咽を漏らした。

「ルト。君のこの『経済再生プラン』、僕が責任を持って全額承認しよう。いや、足りないくらいだ! 君の個人口座には、予定の倍の金額を振り込んでおくよ。……好きなだけ、この国を救ってくれ」

「……」

「ルト様万歳! 強欲(という名の救世)の女神、ルト様万歳!!」

執務室の外にいた衛兵たちまで、一斉に歓声を上げ始めた。

私は、机を叩こうとした手を、そのまま力なく下ろした。

贅沢を言えば「経済の神」と呼ばれ。
大金を要求すれば「公共投資」と讃えられ。
倍額の小遣いまで押し付けられる始末。

「(……ねえ、もう誰か止めて。私、このままじゃ『経済の父』……じゃない、『経済の母』にされちゃうわ……!)」

私の「強欲大作戦」は、国家規模の経済対策として受理され、私の「聖女伝説」に新たなページを加えてしまったのだった。
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