耳なしのラビィは軍神のご主人様に食べられる

桃瀬わさび

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食べてください2 【ラビィ】

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ガザイモをすり潰して肉を混ぜ、よく捏ねてからまぁるく丸める。それをじっくりと焼く横では、たっぷりの砂糖を加えたラルベリーが、くつくつと甘く煮られている。
お仕事がとても大変だからか、ご主人様は甘い物がとてもお好きだ。きっとお身体が欲しているのだと思う。
けれど、外では威厳を損なうからと食べられなくて、こうして僕の作るもので我慢されている。
今日のデザートは、しっとりと柔らかく焼いたクッキーに、あつあつのラルベリーのジャムを挟んだもの。最近お忙しいご主人様も、きっと喜んでくださるだろう。

「ラルベリーか」
「わ! お帰りなさいご主人様!」
「いい匂いだ」
「はい! たくさん採れる時期なので、とてもお安く買えたんです!」

短い尻尾をぱたぱたと振って答えると、ご主人様が目を細めた。
そうすると厳しいお顔立ちが途端に柔らかな雰囲気になって、いつもどきどきしてしまう。外では厳しい表情を崩されないご主人様が、ゆったりと寛ぐお姿に、心もふんわりと温かくなる。
凍てつくような外から、暖かな部屋に入るとき。たらふくご飯を食べられるとき。そして、好物の甘いものを口にされるとき。
目尻にほんのりと寄る微かな皺が、僕のいっとう好きなところだ。

「そういえば、そろそろ時期のようだ。数日したら休むことになっている」
「はい、わかりました! しっかり準備しておきますね」

食後に切り出されたその言葉に、こくこくと何度も頷いた。
そろそろというのは、発情期のこと。
獣の本能がとても強くなる時期で、苦しいほどに欲が高まるのだという。
ご主人様は、発情期についてそう端的に教えてくださったけれど、僕は苦しむご主人様の姿を見たことはない。
僕の用意したたくさんの食事をお部屋に持ち込んで、絶対に近づかないよう厳しく僕に言いつけるから。苦しむ姿のひとかけらも、僕には見せてくださらないから。

―――僕にも発情期があればいいのに。

半獣半人だからか、あるいは、まだ未熟なせいなのか。僕はまだ発情期というものがわからない。
もし僕にも発情期があったなら、ご主人様の苦しみが少しでも理解できるのに。
幾日も苦しみにうめくご主人様を、介抱することができたのかもしれないのに。

はぁ、と吐きそうになったため息を懸命に堪えて、保存のきく食事の献立を考える。
発情期はほとんど食事はされないけれど、少しでも苦しみがましなときに、一口二口なら食べられるかもしれない。
しっかり焼いたパンや燻製肉の他に、小さなスコーンを作るのも良いかもしれない。
明日もまた、お店に材料を買いに行かなければ。





抱えるほどの食料と、井戸から汲んできた新鮮なお水。それらをご主人様の部屋に運び込んで、お部屋を綺麗に掃除する。
一週間以上も続く発情期の間、ご主人様はずっとここに籠もられるから。塵ひとつないようお掃除をして、なにも不自由のないよう準備をして。

―――明日からは、ご主人様のお世話ができない。

おかえりなさいとお迎えすることも、甘いデザートを用意することも。見惚れるほどのお姿も、優しく目尻に寄る皺も、しばらくは見ることができない。
そればかりか、お苦しみになるご主人様の声だけを、じっと聞くことだけしかできない。

ため息を吐きたいような気持ちになって、気分を切り替え玄関に向かった。飴色に磨き上げた玄関扉の横にある、年代物の振り子時計。一日一回これを巻くのが、僕の一番大切な仕事。

重たい踏み台をそこにうんしょと運びこみ、ぐらつかないようしっかりと置いた。念のため踏んで確かめてからそれにのぼり、古びた振り子時計に手をかける。
硝子の蓋をそうっと開けて鍵を差し込み、ねじをゆっくりと巻いていると、記憶もじぃじぃ巻き戻りだす。

まだここに来たばかりの頃、何かにつけびくびくしてしまう僕に、ご主人様が与えてくださった初めての仕事。
それが、この振り子時計のねじを巻くこと。
『この鍵はお前に預ける』と小さな真鍮の鍵をくださり、『毎日必ず巻くように』と、『それさえやってくれればいい』と、優しく諭してくださった。
『ここはお前の家だから、何も怖がることはない』と、居場所を与えてくださった。

物思いにふけっていると、ねじはすぐに巻き終わってしまう。
鍵を抜いて丁寧に服の内側にしまい、時計の蓋をそうっと閉める。曇りも歪みもない硝子の向こうで、針が正しく時を刻む。
その時、バンと扉が開いた。

「! ご主人様……!?」
「寄るな! ……っいいか、……くれぐれも……」
「わかっています、近づきません! もうお支度も済んでいます!」
「…………ああ、」

苦しそうに吐息を漏らし、ご主人様が顔を背ける。よろよろと自室に向かって進むその額に、びっしりと脂汗が浮かんでいる。
つらそうに肩で息をする姿に、ぎゅうっと胸が痛くなる。
きっと、予想より早く発情期が始まりそうで、慌てて帰って来られたんだろう。金の瞳は欲に煽られて煌々と光り、その手はきつく握られている。

でも、お身体を支えて差し上げることも、脂汗を拭いて差し上げることも、僕には許されていなかった。


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