2 / 11
食べてください2 【ラビィ】
しおりを挟むガザイモをすり潰して肉を混ぜ、よく捏ねてからまぁるく丸める。それをじっくりと焼く横では、たっぷりの砂糖を加えたラルベリーが、くつくつと甘く煮られている。
お仕事がとても大変だからか、ご主人様は甘い物がとてもお好きだ。きっとお身体が欲しているのだと思う。
けれど、外では威厳を損なうからと食べられなくて、こうして僕の作るもので我慢されている。
今日のデザートは、しっとりと柔らかく焼いたクッキーに、あつあつのラルベリーのジャムを挟んだもの。最近お忙しいご主人様も、きっと喜んでくださるだろう。
「ラルベリーか」
「わ! お帰りなさいご主人様!」
「いい匂いだ」
「はい! たくさん採れる時期なので、とてもお安く買えたんです!」
短い尻尾をぱたぱたと振って答えると、ご主人様が目を細めた。
そうすると厳しいお顔立ちが途端に柔らかな雰囲気になって、いつもどきどきしてしまう。外では厳しい表情を崩されないご主人様が、ゆったりと寛ぐお姿に、心もふんわりと温かくなる。
凍てつくような外から、暖かな部屋に入るとき。たらふくご飯を食べられるとき。そして、好物の甘いものを口にされるとき。
目尻にほんのりと寄る微かな皺が、僕のいっとう好きなところだ。
「そういえば、そろそろ時期のようだ。数日したら休むことになっている」
「はい、わかりました! しっかり準備しておきますね」
食後に切り出されたその言葉に、こくこくと何度も頷いた。
そろそろというのは、発情期のこと。
獣の本能がとても強くなる時期で、苦しいほどに欲が高まるのだという。
ご主人様は、発情期についてそう端的に教えてくださったけれど、僕は苦しむご主人様の姿を見たことはない。
僕の用意したたくさんの食事をお部屋に持ち込んで、絶対に近づかないよう厳しく僕に言いつけるから。苦しむ姿のひとかけらも、僕には見せてくださらないから。
―――僕にも発情期があればいいのに。
半獣半人だからか、あるいは、まだ未熟なせいなのか。僕はまだ発情期というものがわからない。
もし僕にも発情期があったなら、ご主人様の苦しみが少しでも理解できるのに。
幾日も苦しみにうめくご主人様を、介抱することができたのかもしれないのに。
はぁ、と吐きそうになったため息を懸命に堪えて、保存のきく食事の献立を考える。
発情期はほとんど食事はされないけれど、少しでも苦しみがましなときに、一口二口なら食べられるかもしれない。
しっかり焼いたパンや燻製肉の他に、小さなスコーンを作るのも良いかもしれない。
明日もまた、お店に材料を買いに行かなければ。
✢
抱えるほどの食料と、井戸から汲んできた新鮮なお水。それらをご主人様の部屋に運び込んで、お部屋を綺麗に掃除する。
一週間以上も続く発情期の間、ご主人様はずっとここに籠もられるから。塵ひとつないようお掃除をして、なにも不自由のないよう準備をして。
―――明日からは、ご主人様のお世話ができない。
おかえりなさいとお迎えすることも、甘いデザートを用意することも。見惚れるほどのお姿も、優しく目尻に寄る皺も、しばらくは見ることができない。
そればかりか、お苦しみになるご主人様の声だけを、じっと聞くことだけしかできない。
ため息を吐きたいような気持ちになって、気分を切り替え玄関に向かった。飴色に磨き上げた玄関扉の横にある、年代物の振り子時計。一日一回これを巻くのが、僕の一番大切な仕事。
重たい踏み台をそこにうんしょと運びこみ、ぐらつかないようしっかりと置いた。念のため踏んで確かめてからそれにのぼり、古びた振り子時計に手をかける。
硝子の蓋をそうっと開けて鍵を差し込み、ねじをゆっくりと巻いていると、記憶もじぃじぃ巻き戻りだす。
まだここに来たばかりの頃、何かにつけびくびくしてしまう僕に、ご主人様が与えてくださった初めての仕事。
それが、この振り子時計のねじを巻くこと。
『この鍵はお前に預ける』と小さな真鍮の鍵をくださり、『毎日必ず巻くように』と、『それさえやってくれればいい』と、優しく諭してくださった。
『ここはお前の家だから、何も怖がることはない』と、居場所を与えてくださった。
物思いにふけっていると、ねじはすぐに巻き終わってしまう。
鍵を抜いて丁寧に服の内側にしまい、時計の蓋をそうっと閉める。曇りも歪みもない硝子の向こうで、針が正しく時を刻む。
その時、バンと扉が開いた。
「! ご主人様……!?」
「寄るな! ……っいいか、……くれぐれも……」
「わかっています、近づきません! もうお支度も済んでいます!」
「…………ああ、」
苦しそうに吐息を漏らし、ご主人様が顔を背ける。よろよろと自室に向かって進むその額に、びっしりと脂汗が浮かんでいる。
つらそうに肩で息をする姿に、ぎゅうっと胸が痛くなる。
きっと、予想より早く発情期が始まりそうで、慌てて帰って来られたんだろう。金の瞳は欲に煽られて煌々と光り、その手はきつく握られている。
でも、お身体を支えて差し上げることも、脂汗を拭いて差し上げることも、僕には許されていなかった。
42
あなたにおすすめの小説
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
異世界に転移したら運命の人の膝の上でした!
鳴海
BL
ある日、異世界に転移した天音(あまね)は、そこでハインツという名のカイネルシア帝国の皇帝に出会った。
この世界では異世界転移者は”界渡り人”と呼ばれる神からの預かり子で、界渡り人の幸せがこの国の繁栄に大きく関与すると言われている。
界渡り人に幸せになってもらいたいハインツのおかげで離宮に住むことになった天音は、日本にいた頃の何倍も贅沢な暮らしをさせてもらえることになった。
そんな天音がやっと異世界での生活に慣れた頃、なぜか危険な目に遭い始めて……。
竜の生贄になった僕だけど、甘やかされて幸せすぎっ!【完結】
ぬこまる
BL
竜の獣人はスパダリの超絶イケメン!主人公は女の子と間違うほどの美少年。この物語は勘違いから始まるBLです。2人の視点が交互に読めてハラハラドキドキ!面白いと思います。ぜひご覧くださいませ。感想お待ちしております。
【完】心配性は異世界で番認定された狼獣人に甘やかされる
おはぎ
BL
起きるとそこは見覚えのない場所。死んだ瞬間を思い出して呆然としている優人に、騎士らしき人たちが声を掛けてくる。何で頭に獣耳…?とポカンとしていると、その中の狼獣人のカイラが何故か優しくて、ぴったり身体をくっつけてくる。何でそんなに気遣ってくれるの?と分からない優人は大きな身体に怯えながら何とかこの別世界で生きていこうとする話。
知らない世界に来てあれこれ考えては心配してしまう優人と、優人が可愛くて仕方ないカイラが溺愛しながら支えて甘やかしていきます。
異世界にやってきたら氷の宰相様が毎日お手製の弁当を持たせてくれる
七瀬京
BL
異世界に召喚された大学生ルイは、この世界を救う「巫覡」として、力を失った宝珠を癒やす役目を与えられる。
だが、異界の食べ物を受けつけない身体に苦しみ、倒れてしまう。
そんな彼を救ったのは、“氷の宰相”と呼ばれる美貌の男・ルースア。
唯一ルイが食べられるのは、彼の手で作られた料理だけ――。
優しさに触れるたび、ルイの胸に芽生える感情は“感謝”か、それとも“恋”か。
穏やかな日々の中で、ふたりの距離は静かに溶け合っていく。
――心と身体を癒やす、年の差主従ファンタジーBL。
強面龍人おじさんのツガイになりました。
いんげん
BL
ひょんな感じで、異世界の番の元にやってきた主人公。
番は、やくざの組長みたいな着物の男だった。
勘違いが爆誕しながら、まったり過ごしていたが、何やら妖しい展開に。
強面攻めが、受けに授乳します。
【完結】俺の身体の半分は糖分で出来ている!? スイーツ男子の異世界紀行
海野ことり
BL
異世界に転移しちゃってこっちの世界は甘いものなんて全然ないしもう絶望的だ……と嘆いていた甘党男子大学生の柚木一哉(ゆのきいちや)は、自分の身体から甘い匂いがすることに気付いた。
(あれ? これは俺が大好きなみよしの豆大福の匂いでは!?)
なんと一哉は気分次第で食べたことのあるスイーツの味がする身体になっていた。
甘いものなんてろくにない世界で狙われる一哉と、甘いものが嫌いなのに一哉の護衛をする黒豹獣人のロク。
二人は一哉が狙われる理由を無くす為に甘味を探す旅に出るが……。
《人物紹介》
柚木一哉(愛称チヤ、大学生19才)甘党だけど肉も好き。一人暮らしをしていたので簡単な料理は出来る。自分で作れるお菓子はクレープだけ。
女性に「ツルツルなのはちょっと引くわね。男はやっぱりモサモサしてないと」と言われてこちらの女性が苦手になった。
ベルモント・ロクサーン侯爵(通称ロク)黒豹の獣人。甘いものが嫌い。なので一哉の護衛に抜擢される。真っ黒い毛並みに見事なプルシアン・ブルーの瞳。
顔は黒豹そのものだが身体は二足歩行で、全身が天鵞絨のような毛に覆われている。爪と牙が鋭い。
※)こちらはムーンライトノベルズ様にも投稿しております。
※)Rが含まれる話はタイトルに記載されています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる