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「……ちょっと、あなたたち。いい加減になさいよ」
部屋の隅で私たちのやり取りを黙って見ていたリリア様が、ついに堪えきれなくなったという様子で声を上げた。
その表情は、かつての「悪女」としての険しさは消え失せ、代わりに深い困惑と、ほんの少しの……同情の色が混じっている。
「リリア様? 反省中ではなかったのですか?」
「反省なんてしてる場合じゃないわ。……ターニャ、あなた。さっきから胃のあたりを必死に押さえているけれど、それ、演技じゃないのね?」
リリア様は私の目の前に歩み寄ると、私のサングラス越しに見える「死んだ魚のような目」を覗き込んできた。
「演技でこんなに顔色を土気色にできる令嬢がいたら、今すぐ王立劇団の主役に推薦しますわ。……リリア様、私は今、真剣に『光毒』に当てられているのです」
「……殿下。あなたもよ。彼女がこれほどまでに嫌がっているのに、どうして『照れ隠し』だなんて思えるの? あなたの認知能力、一度魔導師団に調べてもらった方がいいんじゃないかしら」
リリア様がはっきりと、王子に向かって苦言を呈した。
シリウス殿下は、驚いたように瞳をパチパチさせた(そのたびに金粉が舞うのを、リリア様は扇で器用に仰ぎ返している)。
「リリア、何を言うんだ。彼女は僕を『脂身』と呼び、『胃もたれする』とまで言ってくれたんだぞ? これ以上の情熱的なコミュニケーションが他にあるかい?」
「……それはただの悪口よ、殿下。本気で嫌悪されているのよ」
「ははは! 君も冗談が上手いな。ターニャが僕を嫌う? 太陽が西から昇るようなものだよ」
シリウス殿下は、全く悪びれる様子もなく爽やかに笑った。
その瞬間、リリア様の肩が震え、彼女は深いため息をついた。
「……信じられない。私、こんな、話の通じないポジティブモンスターを奪い合おうとしていたの……?」
リリア様はガックリと肩を落とし、私の隣に座り込んだ。
「……ターニャ。私、認めるわ。あなたの勝機はゼロよ。あの方、あなたの『嫌い』をすべて『好き』に翻訳する魔法がかかっているもの」
「そうなのですわ、リリア様! 分かってくださいますか!? この孤独な戦いを!」
「ええ、痛いほど。……殿下がウィンクするたびに、あなたが本気で『うぷっ』って言っているのも、さっきようやく理解したわ。……ねえ、もういいわ。私、協力してあげる」
「えっ? 協力……?」
リリア様はキリリと顔を上げ、シリウス殿下を指差した。
「殿下! これより一週間、ターニャは精神安定……いえ、王妃教育の一環として、私リリアが預かりますわ! 殿下は一切の接触を禁じます!」
「何だって!? リリア、君にそんな権利が――」
「権利も何も、彼女をこれ以上追い詰めたら、今夜にもアステリア公爵家が国を挙げて反乱を起こしますわよ! いいから、殿下はあちらの部屋で自分のポエムでも磨いていらっしゃい!」
リリア様が放つ圧倒的な「お局様オーラ」に、流石のシリウス殿下も気圧されたように数歩下がった。
「……ふむ。リリアがこれほど熱くなるなんて。……わかった、ターニャを休ませる必要があるというのは、僕への愛で彼女の心臓がオーバーヒートしたということだね」
「(……まだ言ってるわ、この人)」
「いいだろう。一週間の辛抱だ。……ターニャ、夢の中で会おう。僕という星屑を散りばめた夜空でね!」
シリウス殿下は最後に見事なターンを決め、廊下に大量の花びらを撒き散らしながら去っていった。
部屋に静寂が訪れる。
……正確には、換気扇を回したくなるような甘ったるい香水の残り香だけが漂っていた。
「……お嬢様。助かりましたね。リリア様が、まさかの『防波堤』になってくださるとは」
セバスが、無表情にパチパチと拍手をした。
「リリア様……。……ありがとうございます。私、あなたのことを『計算高い小娘』だなんて思っていたこと、今ここで謝罪しますわ」
「いいわよ、事実だもの。……でも、あんな絶望的な光景を見せられたら、女として放っておけないわ。……それに、殿下があなたに夢中なうちに、私が『殿下の光を中和する特訓』を積み上げて、いつかあの座を奪い取ってあげるわ。……同情したからって、王妃の座を諦めたわけじゃないんだからね!」
「ええ、ええ! どうぞ、好きなだけ奪ってください! 今ならリリア様を『聖リリア』として崇めてもいいくらいですわ!」
私はリリア様の手を取り、激しく上下に振った。
リリア様は少し頬を赤らめながら、「……まずはそのサングラスを外しなさい。……今から私たちが、あのバカ殿下をどうやって『まともな人間』に引きずり下ろすか、作戦会議を始めるわよ!」
「はい、リリア先生!」
こうして、かつての敵は、私の胃腸を守るための最強の盾となったのである。
部屋の隅で私たちのやり取りを黙って見ていたリリア様が、ついに堪えきれなくなったという様子で声を上げた。
その表情は、かつての「悪女」としての険しさは消え失せ、代わりに深い困惑と、ほんの少しの……同情の色が混じっている。
「リリア様? 反省中ではなかったのですか?」
「反省なんてしてる場合じゃないわ。……ターニャ、あなた。さっきから胃のあたりを必死に押さえているけれど、それ、演技じゃないのね?」
リリア様は私の目の前に歩み寄ると、私のサングラス越しに見える「死んだ魚のような目」を覗き込んできた。
「演技でこんなに顔色を土気色にできる令嬢がいたら、今すぐ王立劇団の主役に推薦しますわ。……リリア様、私は今、真剣に『光毒』に当てられているのです」
「……殿下。あなたもよ。彼女がこれほどまでに嫌がっているのに、どうして『照れ隠し』だなんて思えるの? あなたの認知能力、一度魔導師団に調べてもらった方がいいんじゃないかしら」
リリア様がはっきりと、王子に向かって苦言を呈した。
シリウス殿下は、驚いたように瞳をパチパチさせた(そのたびに金粉が舞うのを、リリア様は扇で器用に仰ぎ返している)。
「リリア、何を言うんだ。彼女は僕を『脂身』と呼び、『胃もたれする』とまで言ってくれたんだぞ? これ以上の情熱的なコミュニケーションが他にあるかい?」
「……それはただの悪口よ、殿下。本気で嫌悪されているのよ」
「ははは! 君も冗談が上手いな。ターニャが僕を嫌う? 太陽が西から昇るようなものだよ」
シリウス殿下は、全く悪びれる様子もなく爽やかに笑った。
その瞬間、リリア様の肩が震え、彼女は深いため息をついた。
「……信じられない。私、こんな、話の通じないポジティブモンスターを奪い合おうとしていたの……?」
リリア様はガックリと肩を落とし、私の隣に座り込んだ。
「……ターニャ。私、認めるわ。あなたの勝機はゼロよ。あの方、あなたの『嫌い』をすべて『好き』に翻訳する魔法がかかっているもの」
「そうなのですわ、リリア様! 分かってくださいますか!? この孤独な戦いを!」
「ええ、痛いほど。……殿下がウィンクするたびに、あなたが本気で『うぷっ』って言っているのも、さっきようやく理解したわ。……ねえ、もういいわ。私、協力してあげる」
「えっ? 協力……?」
リリア様はキリリと顔を上げ、シリウス殿下を指差した。
「殿下! これより一週間、ターニャは精神安定……いえ、王妃教育の一環として、私リリアが預かりますわ! 殿下は一切の接触を禁じます!」
「何だって!? リリア、君にそんな権利が――」
「権利も何も、彼女をこれ以上追い詰めたら、今夜にもアステリア公爵家が国を挙げて反乱を起こしますわよ! いいから、殿下はあちらの部屋で自分のポエムでも磨いていらっしゃい!」
リリア様が放つ圧倒的な「お局様オーラ」に、流石のシリウス殿下も気圧されたように数歩下がった。
「……ふむ。リリアがこれほど熱くなるなんて。……わかった、ターニャを休ませる必要があるというのは、僕への愛で彼女の心臓がオーバーヒートしたということだね」
「(……まだ言ってるわ、この人)」
「いいだろう。一週間の辛抱だ。……ターニャ、夢の中で会おう。僕という星屑を散りばめた夜空でね!」
シリウス殿下は最後に見事なターンを決め、廊下に大量の花びらを撒き散らしながら去っていった。
部屋に静寂が訪れる。
……正確には、換気扇を回したくなるような甘ったるい香水の残り香だけが漂っていた。
「……お嬢様。助かりましたね。リリア様が、まさかの『防波堤』になってくださるとは」
セバスが、無表情にパチパチと拍手をした。
「リリア様……。……ありがとうございます。私、あなたのことを『計算高い小娘』だなんて思っていたこと、今ここで謝罪しますわ」
「いいわよ、事実だもの。……でも、あんな絶望的な光景を見せられたら、女として放っておけないわ。……それに、殿下があなたに夢中なうちに、私が『殿下の光を中和する特訓』を積み上げて、いつかあの座を奪い取ってあげるわ。……同情したからって、王妃の座を諦めたわけじゃないんだからね!」
「ええ、ええ! どうぞ、好きなだけ奪ってください! 今ならリリア様を『聖リリア』として崇めてもいいくらいですわ!」
私はリリア様の手を取り、激しく上下に振った。
リリア様は少し頬を赤らめながら、「……まずはそのサングラスを外しなさい。……今から私たちが、あのバカ殿下をどうやって『まともな人間』に引きずり下ろすか、作戦会議を始めるわよ!」
「はい、リリア先生!」
こうして、かつての敵は、私の胃腸を守るための最強の盾となったのである。
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